ゴ-スト・幽霊も暗示にかかる?

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

残暑が続いており、相次ぐ台風などの被害も出ておりますが、皆さんもそれぞれのお住まいの地域においてもお気をつけ下さい。
ところで先日、映画「ゴ-ストバスタ-ズ」を観に行ってきました。
この映画の初期のものは私が小学生の頃に公開されましたが、当時は今のようなCGもない中で、かなり衝撃的な映像であったと記憶しています。
また、映画は観ていなくとも、ゴ-ストバスタ-ズの音楽は一度は耳にされた方も多いと思います。

 

そこで今回のテ-マ「ゴ-スト・幽霊も暗示にかかる?」をお届けします。
なお、今回のテ-マに関しては、一般的なスピリチュアルの見解と私の想像?空想?を加味した内容ですので、特段根拠はありませんし、証明されているものでは当然ありません。
なので、単なる私が創作したフィクションの雑談のような感じで、興味のある方はお気軽に目を通してみて下さい。

そこで、このテ-マを進めるに当たり、一般的なスピリチュアルな見解としての、

 

私達は死後も魂として存続する

 

というのが大前提となります。
なぜなら、死後も魂として存続しないとなると、今回のテ-マの主人公であるゴ-スト・幽霊も脳の産み出した産物ということで話が片付けられてしまうからです。
まずは、この点をご了承の上、読み進めてみて下さい。

 

ところで、幽霊とゴ-ストという表現においては、かなりイメ-ジにおける違いが感じられるかと思います。
一般的に幽霊とは日本における存在であり、ゴ-ストとは西洋における存在と理解されているかと思います。

 

日本における幽霊という存在は、日本昔話などの怪談話に出て来るケ-スや、掛け軸やお寺にある絵などで認められるように、白装束を着て、両手が胸の前で垂れ下がっている印象だと思います。
また、登場?する時の音楽もヒュ~ドロドロのような、何か背筋を凍らせるようなイメ-ジもあるかもしれません。
言わば、白黒という印象がとても強く感じられます。
また、勝手な個人的解釈ですが、幽霊の両手が垂れ下がっているのは、幽霊とは言わば仏教における地獄に存在するような見方から、仏さんに祈る際の両手を失ったイメ-ジ・象徴として描かれているのでは?と感じています。

 

一方の西洋におけるゴ-ストの印象はどうでしょうか?
先ほどご紹介したゴ-ストバスタ-ズに出て来るゴ-ストや、東京ディズニ-ランドのアトラクションにあるホ-ンテッドマンションに登場するゴ-ストなどは、とにかく色がカラフルです。
また、ホ-ンテッドマンションなどでは中世の時代そのままに、未だに舞踏会で華やかに踊っているゴ-ストが紹介されたりしています。
そして、机の引き出しが飛び出したり、カップが宙を舞うなどのポルタ-ガイスト現象が「騒がしい霊」と表現されているように、とかくゴ-ストは派手なイメ-ジもあるかもしれません。

 

ここまで一般的な幽霊とゴ-ストのイメ-ジの違いを見てきましたが、それでは、そもそも、

なぜ、幽霊やゴ-ストは存在するのでしょうか?

ここで第1の暗示です。
その暗示とは、

 

死後も未練や執着があると幽霊やゴ-ストになる
あるいは、
死後は全てが無になる

 

という生前からの暗示です。
日本においては仏教が主流ですが、ここでは生前に悪い行いをすると地獄に落ちるなどの教訓が語られています。
勿論、これは生きている今を大切にするための教訓ですが、自分は悪いことをしたので地獄に落ちるかも?と死後に思ってしまうのもある意味当然かもしれません。
私達の中で生前に(程度の差はあれ)全く悪い行いをしなかった人など皆無でしょうし、死後すぐにこの世の未練や執着もなく飛び立っていく人もかなり少ないことでしょう。

 

仏教では49日として生前にお世話になった方々へのお礼や未練や執着を断ち切る期間が設けられていますが、この50日前後というのは、世界各国、そして、宗教や文化が違えどおおむねこの日数は共通しています。

このような暗示により、死後に未練や執着を断ち切ろうとしながらも、(あの世に時間はありませんが)何となく50日前後経たのに未だに未練や執着がある私は幽霊になるのかしら?と思ってしまうのかもしれません。

 

また、死後は全てが無になる、と思っていた人が、実は未だに生きているという自覚を持った場合も混乱をきたすかもしれません。
生前に思っていた状況と違う、あるいは、私はまだ生きている、と思って答えを探そうとして色々彷徨ってしまうのも無理からぬことかもしれません。

ここまでが幽霊やゴ-ストの存在の第1の暗示です。

 

では、日本と西洋の幽霊やゴ-ストの違いはどこから生じてくるのでしょうか?
これが第2の暗示です。

日本においては土葬にせよ現在のような火葬にせよ、棺桶や樽などに白装束を着せて葬るというのが古くからの習いです。
一方の西洋では未だに火葬を行わない所も多く、また埋葬する際にはス-ツやドレスなどの正装のように、生前にその人が好んでいた装いにしてあげるケ-スが多いと聞きます。

 

また、これも一般的なスピリチュアルにおける見解ですが、ほとんどの人は自分の葬儀に自分自身として立ち会っていると言われています。
その際に棺に入った自分の装いが白装束であるか、あるいは、ス-ツやドレスであるかの視覚的なものも影響を及ぼすことと思われます。
幽霊が一般的には白装束で登場し、ゴ-ストが色とりどりのカラフルな姿で登場するのも、この辺りの習わしという暗示の違いかもしれません。

 

ちなみに、西洋においては信仰上のものから悪魔やサタンなどの存在が人とは別の存在として描かれたりしています。
時には、この別の存在が人に憑依をして悪さをする映画なども多くありますが、日本においてはこのような人とは別の存在としては妖怪などとして馴染みのあるものかもしれません。
幸福を呼ぶ座敷童などは素敵な一例かもしれませんね。

 

では、ここまで第1の暗示、第2の暗示と見てきましたが、他にも暗示と思われるケ-スは色々あります。
それは、今まで見てきたような死後にも影響を与える暗示もあれば、今生きている私達がかかっている暗示というのもあります。

 

例えば、死後にも影響が残るケ-スとして、よく墓地や霊園で幽霊やゴ-ストを見かけるというお話があります。
これも死後はお墓で眠るもの、という暗示が影響してお墓をお家と思い込んでいるのかもしれません。
最近では、死んだ後までも旦那や姑と一緒にいたくないなどの理由で分骨などをするケ-スも多いようです。
このような思いも執着に繋がっていくのかもしれません。

 

一方では、以前に「千の風になって」という歌が流行しました。
「私のお墓の前で 泣かないで下さい そこに私はいません 眠ってなんかいません・・・」という歌い出しです。
この歌詞を誰が作詞したのかという説は色々ありますが、原詩は作者不詳とのことです。
面白いものですが、この歌を好きな人はお墓で目撃されることはないことでしょう、、、、、

 

また、今生きている私達に関する暗示として、病院では幽霊やゴ-ストの目撃談が多いというお話も耳にした方は多いかもしれません。
しかし、実際には病院において幽霊やゴ-ストはほとんど見かけないというのが実状だそうです。
勿論、何らかの理由で亡くなったことにすぐには気づかず、少しの間病院で過ごしてしまう人もいるかもしれません。
しかし、私達も病気やケガが治ればお家に帰るのと同様に、亡くなった人もすぐにお家に帰りたいという思いは一緒だと思います。
また、目撃した対象がある人の残留思念であるという見解もあります。残留思念とは、言わばエネルギ-の痕跡のようなもので、例えば私達が砂場に足を踏み入れると、しばらくの間、砂場に靴の後が残っているような感じです。

 

他には、日本人にとっては信じがたいことかもしれませんが、イギリスではゴ-ストが出るホテルやお家は人気が高く、値段も高いという風潮があります。
そのような気質のあるイギリス人にとっては、自分の死後にお家の資産価値を高める?ということでこの世に留まることを楽しんでいるケ-スもあるかもしれません!?
なぜなら、死後も個性は変わらないからです。

 

さて、色々書き連ねてきましたが、今回のテ-マはある意味、身も蓋もない内容です。
そもそも、死後は全てが無になる、というのが真相であれば、今回のお話も全く意味をなさない空虚なお話となることでしょう。
しかし、もし仮に死後も魂は存続する、とすれば、、、、、

 

未練や執着をなくすというのは、実は、この世における一部の人のための常識や、特定の人の利益を考慮した社会観などを払拭することなのかもしれません。
そして、物事の本質を捉える、ということが死後の目的の一つなのかもしれません。
真実は分かりませんが、このような目的は生きている今でもすぐに行えることのようにも思えます。
そして、今回のようなテ-マの視点においては、今まで思い込んできた人生というものの位置づけや捉え方、そして、先に旅立った方々への思いや接し方などに素敵な変化が及ぼされるかもしれません。

 

また、ゴ-ストや幽霊と聞くと、怖い、何か悪さをされるのでは?あるいは頭がおかしいのでは?などと思いがちになってしまいますが、

本当に怖いのは実は生きている側の人間では?

という視点も見失いがちになっているかもしれません、、、、、

 

今回のゴ-ストバスタ-ズの映画は、ブラックジョ-クやアメリカンジョ-ク的な会話も多いので日本人にとっては馴染みがあまりないものかもしれませんが、単純なスト-リ-ですし、映像として観てるだけでも小さいお子さんから大人まで楽しめますので、興味のある方はご覧になってみて下さい。

また、「幽霊を捕まえようとした科学者たち」(著:デボラ・ブラム 訳:鈴木恵 文藝春秋)という書籍では、医師、物理学者、数学者、哲学者、心理学者などがゴ-ストハンタ-ズとして様々な試みを行ったお話が書かれていますので、興味のある方は読んでみると面白いかもしれません。

2016年8月26日 01:08

無意識が教えてくれる「しっくり感」

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

お盆休みや夏休みも多くの方はすでに終わり、お仕事や日常の家事などに戻っている頃かもしれません。
それと同時に、楽しい時間を過ごしつつも、チョット疲労感も感じている時でもあるかもしれません。
そこで今回は、「利き指テスト」という遊びから「無意識が教えてくれる「しっくり感」」というテ-マをお伝えしていきます。

 

これは遊び心で行うものですし、せっかくですので、短く簡単なヒプノセラピ-(催眠療法)形式で進めていきます。
TOPICSを読み進めながら、ヒプノセラピ-(催眠療法)を体験しているかの如く遊んでみて下さい。

なお、このTOPICSを最後まで読んでも、あるいは、途中で読むのを止めても、その時点で催眠は自動的に解除されますのでご安心下さい。
また、このTOPICSを読み進めたからといって、その後も催眠が続いていくようなことは、決して100%ありません。
しかし、どうしても不安?に思う方は、読み終えた後でも構いませんし、読むのを途中で止めた時点でも構いませんので、心の中で「1,2,3」と数えてみて下さい。
それで、完全に催眠は解除されます。

 

それでは、まず、リラックスしてみましょう。
深呼吸をしても良いですし、しなくても構いません。

 

深呼吸をしても、あるいは、しなくても、このTOPICSを目で読み進めていくうちに、すでにリラックスした状態になりつつあることを、あなたは感じていくかもしれません。

 

あるいは、リラックスするために何かをしても良いですし、何もしなくても構いません。
いずれにしても、あなたは今、このTOPICSをここまで読み進めてくる迄、「あなたの足裏の感覚」あるいは「あなたのお尻の感覚」には気づいていませんでした。
「今」は気づいているかもしれませんが、、、、、

 

それは、あなたがリラックスしている兆候ですし、あなたは自分の意思で、いつでもリラックス出来るという証です。

 

それでは、これは「遊び」ですので、一つだけ簡単な仕草をして貰います。
それは「手を組む」ことです、、、、、まだ、「手を組む」ことをしなくて大丈夫ですよ。

 

「腕を組む」のではなく、「手を組む」仕草です。
そう、、、、、まるで、外国映画のワンシ-ンにあるような、神に祈りを捧げている時のような、「手を組む」仕草です。
そして、パソコンなどのマウスのスクロ-ル操作が必要な時、あるいは、印刷して紙ベ-スで読んでいる方も、途中で「手を解く」ことをしても大丈夫ですよ。
また、元の通りに「手を組む」仕草を行っていけば目的は充分に達成出来ます。

 

では、「手を組む」仕草をしてみて下さい、、、、、

 

どうでしょうか?

 

それでは、「手を組んだ」あなたの手をそのままの状態に保ちながら、あなたの「親指」を観察してみて下さい。

 

一番上に来ている親指は、あなたの左手の親指でしょうか?
あるいは、
あなたの右手の親指でしょうか?

 

どちらでも大丈夫ですよ。
あなたはとても上手に出来ています。

 

それでは、次に「手を組む」仕草を、逆になるように入れ替えしてみて下さい。
今、一番上に来ている親指が2番目になるように、、、、、

 

どうでしょうか?
何かを感じるでしょうか?

 

では、一番最初の「手を組む」仕草に戻してみて下さい。
そうです、また手の入れ替えをして、最初に一番上に来ていた親指が元の位置に納まっています、、、、、

 

さあ、今の感じはどうでしょうか?

 

それでは、「手を組む」のを止めて、このTOPICSを読み進めてみて下さい。
短く簡単なヒプノセラピ-(催眠療法)はこれで終了です。
もうすでに、全ての催眠は解除されていますので、ご安心下さい。

 

では、ここからは普段通りに進めていきます。
最初に「手を組む」仕草をした時には、ほとんどの方は何も感じなかったことと思います。
そして、次に手の入れ替えをして、逆になるよう「手を組む」仕草をして貰った時には、多くの方が「何か」を感じていたかと思います。
その多くは、

 

違和感・・・・・

 

ではないでしょうか?
そして、再度手を入れ替えして貰って、最初に「手を組んだ」状態に戻した時には、収まるべき所に収まったような、

 

しっくり感・・・・・

 

を感じませんでしたでしょうか?
勿論、「しっくり感」というのは一つの例えの表現であり、他の表現でも構いません。

 

それでは、ここであなたが小さかった頃を思い出してみて下さい。
あなたが最初に「手を組んだ」状態や仕草は、あなたが小さかった頃に、

 

誰かに教えて貰ったのでしょうか?
あるいは、
一生懸命に練習してその状態に至ったのでしょうか?

 

おそらく、どちらも当てはまらないことと思います。
誰に教わった訳でもなく、あるいは、練習した訳でもなく、あなたが最初に「手を組んだ」時の感覚、、、、、それが、

 

無意識が教えてくれる「しっくり感」

 

です。
あるいは、無意識が知っている「しっくり感」でも良いでしょう。

 

感覚というのは人それぞれ様々です。
ある感覚が嫌いな人もいれば、その感覚を楽しむ人もいます。
バンジ-ジャンプや飛行機の離陸時の感覚などが例えとして挙げられるかもしれません。
このような感覚というのは、習慣で知らず知らずの間に身に付いていくものも勿論あります。
しかし時には、どこで、いつ、身に付いたのか分からない、

 

まるで産まれる前から知っていたかのような感覚

 

というのも皆さんそれぞれお持ちかもしれません。
今回のテ-マは「余韻」も楽しみの一つですので、あと少しだけ短く続けます。

 

現代は様々な情報で溢れ返っています。
新聞、書籍、TV、インタ-ネット、人を介しての情報など様々です。

 

ある人が体に良いと紹介する食べ物が、ある人は勧めない食べ物ということもよくあります。
このようなことは食べ物に限りませんし、物事の考え方なども含まれます。
ある人が言っているからそれは良い事に違いない、、、、、だから自分もやってみよう。
あるいは、多くの人がやっているから良い事に違いない、、、、、だから自分もやってみよう。

 

勿論、そのようなことが悪い訳ではありません。
ただ、時には、ある人が言っているから、あるいは、多くの人がやっているからという事でも、自分には合わないかも?と感じることもあるかと思います。

 

食べ物にしても、どうしても嫌いな食べ物を体に良いと誰かが言っているから、あるいは、多くの人が言っているから食べるというだけでは、逆にストレスが溜まっていく側面もあるかもしれません。
それと同じように好きな食べ物だけを食べ続けるのもバランスが保てなくなる可能性もあるかもしれません。

 

適切な睡眠時間というのも、8時間という人もいれば、6時間で良いという人もいます。
私にはどちらが適切なのかは分かりませんし、どちらも適切ではないというケ-スもあるようにも感じます。
場合によっては、8時間の睡眠が適切と思い込み過ぎることによって、8時間寝るためには早く寝付かなきゃ!というプレッシャ-になって、逆に不眠症のきっかけにもなりかねないのでは?とも思ってしまうこともあります。

 

色々な情報が溢れている中、色々試して見ることも良いとは思います。
しかし、そのように試している中でも、やはり、自分の中で感じる、「無意識が教えてくれる「しっくり感」」というのも取り入れてみて貰えればとも感じています。

 

夏休みなどの疲労感の解消にも様々な方法があることでしょう。
寝るのが解消になる人もいれば、逆に適度な運動をした方がスッキリするという方もいらっしゃるかと思います。
よろしければ疲労感などの解消に、

あなたの無意識が教えてくれる感覚

にも目を向けて見て下さい。

2016年8月18日 05:08

「女」という字からの社会的暗示

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

夏休みやお盆休みのまっただ中に入りましたが、如何お過ごしでしょうか?
青森県内の主なお祭りも終わりましたが、私も先日、地元五所川原の立佞武多を観に行ってきました。
今年の新作は「出雲阿国」ということで、10年振りに「女性」を主人公にしたテ-マだそうです。

 

立佞武多のテ-マはお祭り終了後すぐに次回のテ-マ探しを始めるとも言われているように、今回の「出雲阿国」という「女性」という大きなテ-マも昨年中に決まったことと思われます。
そして、近頃ではイギリスの首相や東京都知事に「女性」が就任したということもあり、色々な「女性の活躍」ということをよく耳にしていることと思われます。

そこで、今回は「「女」という字からの社会的暗示」というテ-マでお伝え致します。

 

ところで、「女」という字は「漢字」です。
漢字は古代中国が発祥とされていて、その漢字は秦の始皇帝によりある程度の統一が試みられましたが、その後も幾多の変遷を経て今に至っています。
日本においての漢字の伝来時期は様々な説があります。
紀元後5世紀初頭が多い説ですが、これは漢字が普及し始めた頃であり、伝来自体は紀元後3世紀、1世紀、あるいは、それ以前の紀元前に伝えられていたなど様々です。
このように伝来から今に至るまで、漢字には長い歴史と様々な側面があります。

 

そこで、今回のテ-マの「女」という字の由来はご存じでしょうか?
一般的には「女」という字は、しとやかに跪(ひざまず)いた女の人の姿を表していると言われていますが、この姿もお祈りや神聖なる儀式を女性が担っていた所から始まっているとも言われています。

 

私は男性ですが、この「女」という字は様々なネガティブなイメ-ジを伴う用語として使用されている事に違和感を覚えることもあります。
例えば「女々しい」などという使われ方がなされたりします。

また、「女」という部首は存在しますが、「男」という部首は存在しないとされています。
そして、この部首からも「姑息」「嫉妬」というように「女」という字がネガティブなイメ-ジを伴った熟語として使われています。

 

真実は分かりませんが、「字」というものを作製し始めた頃には、すでに集落やコミュニティ-といった、ある一定の社会的集団が形成されていたと思われます。
そして、「女」という字が作製され始める以前には、すでに「女性」と「男性」という、ある意味偏見を含んだ社会的役割が作り出され、それが「女」という字にも影響を与えていたことと思われます。

そして、そのような長い歴史を経て、現在も「女」という字が、先のようなネガティブなイメ-ジを伴った用語として活用され続けています・・・・・

 

「女性」としての歴史は長く暗い側面が続いてきたことは否定出来ません。
そのような中、「女性」という側面に強く焦点を合わせて社会的にも活躍できる場を作り上げていくことも有効で意義のあることと思います。

 

しかし、先のような「女々しい」「姑息」「嫉妬」などの言葉からもお分かりのように、私達の身の周り、そして、普段使う言葉の中に、あまりにも「女」という字がネガティブな側面を持つケ-スがあることも否めません。
そして、これは言葉を理解し始める幼児期、そして、漢字を習い始める幼少期から今に至るまで続いていきます。
そして、これらのことは、ほとんど無意識に行われています。
つまり、

 

「女」という字が(ある種ネガティブなイメ-ジの)社会的暗示を伴ってしまっている

 

ということを意味しています。
そして、「男」という字の側面から見ると、「男前」「男泣き」「男気」といった言葉はありますが、「女前」「女泣き」「女気」という使われ方はされませんし、どこか「女」よりも優位に、そして、「女」に近づかせないような警告?めいた言葉も多々あります。
例えば、私個人的にはかなりひどいと思われるものとしては、「女の腐ったような・・・」という使われ方が思い浮かんだりします。
この表現も「男性」に対して発せられるものであり、「女性」に対して発せられるケ-スはないことでしょうし、「男の腐ったような・・・」という表現は聞いたことがありません。

 

言葉は普段から活用されており、また、その活用もほとんどが無意識で行われています。
何故、無意識で行われているかというと、

 

良くも悪くも私達に染み付いてしまっている

 

からです。
ポジティブなイメ-ジを伴う「女」という字を活用していくのは良いと思いますし、一方ではそれなりの時間も掛かるかもしれませんが、現在のようなネガティブなイメ-ジを払拭していくことも必要であると個人的には思います。

 

年末には流行語大賞なども行われていますが、「女性」という側面に強く焦点を合わせた社会的な方法と同時に、このような言葉の持つネガティブなイメ-ジを払拭していくためにも、「女々しい・姑息・嫉妬」などの言葉を他の用語へと取り替えていくような、「言葉の変化・作り替え」的な作業も行っていくことが、「女性」の更なる前進に繋がっていけるかもしれません。

そして、それと並行して「女性」「男性」という区別のみではなく、「人間性」に焦点が当てられるような誰もが生きやすい社会に変遷していくことも可能であるかもしれません。

 

同じようなことは最近よく使われる「LGBT」という言葉にも表れています。
この言葉は「L:レズビアン(女性同性愛者)」「G:ゲイ(男性同性愛者)」「B:バイセクシュアル(両性愛者)」「T:トランスジェンダ-(心と体の性の不一致)」の頭文字を取っているとされていますが、この範疇から外れてしまうようなケ-スでは理解が進まないという観点から性的少数者と区別されているとも言われています。

 

時代と共に、あるいは、流行に乗った言葉というのも様々生み出されていきます。
しかし、言葉というのは今回のように長い長い歴史を今後も伴っていくものも生まれていきます。
普段使っている何気ない「言葉」に時には意識を向けてみると、あなたの中の引き出しが増えていくかもしれません、、、、、
そして、以前のTOPICSでもお伝えしたように、「父性&母性」という観点も取り入れてみて下さい、、、、、

 

そして、ここから先は余談ですが、「父性&母性」「人間性」ということでお伝えすると、私がカウンセリングを行っている中にも「結婚」や「恋愛」というテ-マで相談を受けることも少なからずあります。
ほとんどが女性からの相談ですが、「結婚」に関しては、この先も変わらずに愛され続けて貰えるのか?浮気をされないか?などの、

 

将来に対する不安

 

というのがとても多いです。
逆に「恋愛」に関しては、過去にお付き合いしていた彼氏との比較や、その当時の彼氏が基準となってしまって、これから先に恋愛出来るのか?といった、

 

過去が生み出す不安

 

といったケ-スも多いです。
人それぞれ事情や状況も違いますし容姿の好みということもあります。
正しい答えというものはありません。

 

しかし、「結婚」にせよ「恋愛」にせよ、無意識ながら「彼は男性」で「自分は女性」という、「男性&女性」というある種のイメ-ジを伴った社会的暗示を無意識に受け入れてしまっているケ-スも少なからず見受けられます。
それも悪い事ではありません。
しかし、

 

それが故に可能性を狭めてしまっている

 

という側面もあります。
「男性&女性」という社会的暗示の視点から将来や過去を見渡すと不安などを感じてしまう傾向も理解出来ます。
そこで、大きな視点で「父性&母性」という視点を取り入れ、「男性&女性」の根幹となっている「人間性」という視点も取り入れてみては?というお話もさせて貰ったりします。

「父性&母性」そして「人間性」に視点を移すと社会的暗示の束縛が緩められる傾向もあります、、、、、

 

そして、ここから先は更なる余談ですが、お盆の時期、また、終戦の時期とも重なっていますので、スピリチュアルな視点も少し取り入れて、もう少しだけ続けていきます。
この時期は、あの世に里帰りした方々に思いを寄せたりする時期でもあります。
お墓参りに行く方もいれば、心の中でそっと思いを馳せる方もいらっしゃることでしょう。
大切なのは「形式」ではなく「思い」ですので、どちらでも、あるいは、それに限らず自分に出来る方法で良いと思います。
とろこで、

 

魂には「男性」「女性」といった性別はありません
しかし、
「個性」は存続し続け、更なる成長を遂げていく

 

とされています。
そして、

 

その魂の「個性」には「父性&母性」という視点も取り入れられて、バランスや調和を目指している

 

とも言われています。
あなたの思いに応えて、夢などを通じて何かのメッセ-ジが届けられることもあるかもしれません。
もし、そのようなメッセ-ジかな?と感じた時に、仮に理解出来ないような点がある場合には、

 

魂に性別はない、そして、父性&母性の融合という個性(人間性)からのメッセ-ジ

 

として受け取ってみると、あなたの中の社会的暗示の束縛が緩められ、何かに気づくきっかけになるかもしれません、、、、、

2016年8月12日 05:08

「シン・ゴジラ」というシンボル・象徴

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

梅雨明け後、一気に夏らしい装いになっていますが、熱中症や体調管理にご留意下さい。

 

ところで、先日、映画「シン・ゴジラ」を観てきました。
私は今まであまりゴジラ作品を観たことはありませんでしたが、今回は何となく観てみようと思い立ち足を運びました。
初期のゴジラ作品は、核や放射能に対する警告などがメッセ-ジとなっているとも言われています。

 

今回の作品も全体を通して様々なメッセ-ジが伝えられているように感じます。
ゴジラの出現という未曾有の事態に対し、主に政府や官僚、日米同盟、国連安保理の対応などが混迷を来していくという視点から描かれています。
とてもテンポの良い映画ですが、内容としては中高生以上の大人向けの作品でもあるように思います。
もちろん、小さいお子さんが観ても、その中から何かを汲み取ることは出来るかと思います。
また、ゴジラが起こす行動に際しての都市の状況などは、意図してのことと思われますが、どこか震災などの状況と重なる所もあり、映像的には衝撃を感じる方もいらっしゃるかもしれません。

そして、この映画の中で描かれているゴジラという存在は、

 

シンボル・象徴

 

です。
シンボル・象徴というのは、それに触れる人々の数と同じほど、印象や感想、そして、伴うイメ-ジというのは様々であり違いも生じてきます。
日本では馴染みのある仏像も同様ですし、企業のロゴマ-クなども該当します。
つまり、シンボル・象徴には、

 

それぞれの思いが込められている

 

とも言えます。
そして、シンボル・象徴という存在が産み出されるのは、

 

発想が元となって存在が産み出される

 

とも言われていますが、科学の分野のある一説では、

 

存在が元となって発想が産み出される

 

との真逆の見解もあります。
言わば、卵が先か?鶏が先か?のお話と似ています。
ともすると、この映画におけるゴジラという存在は、

 

発想を元に、ある思いが込められたシンボル・象徴として産み出された存在

 

とも言えますし、

 

(実存する)存在を元に、ある思いが込められたシンボル・象徴として産み出された発想

 

とも言えます。
希望?を込めてでもありますが、実際にゴジラという存在はこの地球上には実存していないでしょうし、姿を現すこともないかと思います。
しかし、

 

発想が存在を産み出す

 

と同時に、ゴジラという存在が産み出された、

 

発想の元になっている何かしらの存在がある

 

ということも否定出来ないのかもしれません。
そして、ここでの何かしらの存在の意味とは、実存する生物や物質という意味ではなく、

 

思いや感情というのも存在である

 

という側面を持っているかもしれません。
同じようなシンボル・象徴としてはウルトラマンも当てはまります。
私も小さい頃は好きでよく観ていましたし、今でもたまに観返したりもしています。

 

ウルトラマンは光の国からの正義の使者として描かれています。
私も小さい頃は正義のヒ-ロ-として憧れを持って観ていました。
しかし、大人になってから観返してみると、そこには様々なメッセ-ジが込められていることにも気づいていきました。
それは、

 

怪獣の全てが悪なのか? 怪獣は人間が産み出した側面はないのか?・・・・・

 

など様々です。
そして、正義の使者たるウルトラマン自身も、

 

自分が行っている怪獣退治は本当に善なのか? 自分が行っていることは本当の意味で地球のためになっているのか?・・・・・

 

などなど、様々な悩みの中で葛藤していく姿も描かれています。
このようなテ-マが特に初期の作品の中では多く描かれていますし、50代、40代の大人が今だに観返すほど人気がある理由なのかもしれません。

そして、このようなシンボル・象徴から紡ぎ出されるメッセ-ジの本質の一つには、

 

明確な答えというものは存在しない

 

という側面があり、明確な答えが無いからこそ、

 

それぞれの人が自分自身の事として考えることに意義がある

 

という問題提起の側面も担っています。
シンボル・象徴というのは身近にも数多く存在します。
それは漫画のキャラクタ-でもあったり、ある意味ゆるキャラも当てはまるかもしれません。
そして、自分自身が好きなシンボル・象徴という存在には、

 

あなた自身が反映されている

 

という鏡の役割を果たしています。
もし、あなたが何かの課題に直面した時など、あなたが好きなシンボル・象徴の存在になったつもりで考えてみると、その次の一手というものが見えてくるかもしれません。

 

夏休みやお盆休みの季節になりますが、お子さんのいるご家庭では一緒に映画やDVDなどを観てみるのも良いでしょうし、お一人で過ごす方なども、小説や漫画でも同じことですので、ほんのちょっとした時間をご自身の反映たるシンボル・象徴などに思いを馳せてみては如何でしょうか、、、、、

 

ちなみに、今回のシン・ゴジラの中では、人類に攻撃を受けたゴジラが身を守る?ために反撃をしますが、その際、ほんの数秒間ゴジラの顔がアップになりました。
その反撃をしている「ゴジラの目」は何とも物悲しげなように「私の目」には映りました。

そして、ネタバレになるとダメですので書きませんが、私が今回の映画から感じたメッセ-ジの一つには、

 

今の日本は「熱」と「冷」のバランスの調和が本当に取れているのか?

 

と、問いかけられている印象を受けました。
この「熱」と「冷」とは様々に受け取れる内容ですが、もし、これから観る方がいらっしゃれば、この点も意識して観てみると何かしらの発見もあるかもしれません。

2016年8月4日 03:08

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