ドキドキ感・・・などの反応

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

先週来から、弘前公園の桜、津軽フラワ-センタ-の梅、そして、芦野公園の桜を見てきました。
お花の咲き具合にもよるのでしょうが、また適切な表現が浮かびませんが、昨年よりも今年のお花は少し「軽さ」があるように感じてきました。
別に「軽さ」と言っても何かが不足しているということではありません。
桜も梅も生命ですので、時折折の表現が違うのは人間と一緒です。

 

GWも目前で、旅行の予定などで浮き浮きして「心が軽く」感じている方もいらっしゃるでしょう。
そこで、今回のテ-マ「ドキドキ感・・・などの反応」を進めていきます。
なお、ここ数回は熊本での地震を取り上げ、大切なことながら多少重たい内容でしたが、今回は「そんなこともあるのかなぁ~?」というように気軽に読み進めて貰えればと思います。

 

ところで、現在S.Light.Mでは提供しておりませんが、私は以前に、シ-タ ヒ-リングの基礎・応用というのも修了しています。
このヒ-リングは、ヴァイアナ・スタイバル 氏が、ご自身がリンパ腺癌を発症したことにより、それを治癒させていく過程で考案したヒ-リング手法とされています。

シ-タ波という脳波の状態では物事が実現しやすくなるという性質を活用して、ヒ-リングを行う側がシ-タ波状態になりヒ-リングを行っていく手法ですが、浮遊霊の浄化など少々スピリチュアルな内容も含まれています。

 

そして、このシ-タ ヒ-リングの受講に際して、ある面白い?注意点(ガイドライン)が設けられていました。
それは、次の通りです。

 

「 セミナ-中に、カウンセリングや無条件の愛などの内容を取り扱うために、ヒ-リング中に起こる感情を恋愛感情と思い違いする人もいます。セミナ-後の10日間は、クラスで出会った人とデ-トをしないようにお勧めします。 」

 

長期間の他のセミナ-や合宿などでは、長い時間を過ごす際の受講生同士のトラブル防止として、このようなことが暗に指摘されるケ-スはあることと思います。
しかし、一点違うのは、セミナ-中ではなく、セミナ-後10日間とされている所です。

 

ところで、以前「スピ-ド」というアクション映画がありました。
キアヌ・リ-ブスが演じる主人公であるSWAT隊員が幾多の困難な状況からある女性を救出していきます。
そして、救出された女性が主人公に以下のセリフを投げかけます。

 

「 異常な状況で結ばれた男女は長続きしないのよ 」

 

結末は興味のある方は映画をご覧になって頂ければと思いますし、このセリフの内容が絶対的に真実というものでもありません。
皆さんも「ソウルメイト(魂で結びついている仲)」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、このような異常な状況の下に、相手がソウルメイトであると気づくこともあるかもしれません。

 

この映画では、幾多もの困難な状況に遭遇し、「ドキドキ感」を双方が感じていきます。
そして、最後に救出された際に、この「ドキドキ感」が最高潮に達していきます。
そして、安堵感と共に、この「ドキドキ感」は困難な状況が生み出したものであって、「恋愛のドキドキ感」ではないかもよ?と茶目っ気のあるセリフが先の女性のセリフです。

 

実は、このセリフの本質は、同じく先のシ-タ ヒ-リングにおける受講時の注意点と全く同じものから派生しています。

 

カウンセリングでも他のセラピ-やヒ-リングでも一緒ですが、自分の中の何かに気づかされた時に、人にはある種の反応が出て来ることがとても多いです。
それは「ドキドキ感」あるいは「ワクワク感」と感じる方もいらっしゃいますし、少しネガティブな感じ方をする方もいらっしゃいます。
反応は人それぞれですが、これは、

 

心と体が一緒に反応した、あなたへのメッセ-ジ

 

とも捉えることも出来ます。
そして、反応が生じた直後では、この反応が「どこから来ているのか?」ということにはなかなか気づきにくい面もあります。

 

例えば、カウンセリングなどを受けていて、ある瞬間「ドキドキ感」が生じたとします。
そして、その後、何か「心が軽くなった」あるいは「安心感」が生まれてきたとします。

 

実は、この「ドキドキ感」は、「よく気づいたね!」というその人自身の心と体からの贈り物とも言えます。
しかし、当の本人はそのことに当初は気づきにくい状況にあります。

 

そこで、当初にその答えを探そうとすると、「 ドキドキ感 = 恋愛感 」と思い違いをしてしまうことが起こることもあり得ます。
つまり、この種の心と体の反応に対して、

 

自分なりに「別の再定義」をしてしまっている

 

ということになります。
本来は、

 

「自分の中の答え」を見つけたことに対しての反応が、「相手の中に答え」を見つけた!

 

というように「別の再定義」が行われた結果であるかもしれません。
そして、このような「別の再定義」をしている状況というのは、日常でもいくつもあります。

 

何らかの状況に対して、いつも同じような反応をしてしまう際などは、「相手の中の答え」という「別の再定義」をしているケ-スも見受けられますので、もし、このような状況の時には、「相手の中の答え」である「別の再定義」に焦点を合わせるのではなく、「自分の中の答え」に焦点を当ててみて下さい。

 

ちなみに、このような「別の再定義」は、DV(家庭内暴力)や虐待の場面などでも、自らの身を守るために無意識に活用しているケ-スもよく報告されています。

 

今回の映画のセリフや受講時の注意点のような発想は日本ではなかなかお目にかかれないケ-スでもあります。
国により、また、文化の違いにより生み出される発想という側面もあることと思います。

 

アメリカでは自分専属のお抱えセラピストを活用している人は日常的に多いですし、よく映画でもセラピ-を勧めたり、受けている場面は頻繁に見かけます。

また、イギリスなどでは王室が昔からヒ-リングやセラピ-を活用していることにより、国全体としてもかなり日常的に根付いています。
この国では、いわゆる幽霊が出現するホテルやお家などは、相場より料金や家賃が高く、また、とても人気があるというように、日本とはこの点に関しては全くの正反対とも言えるかもしれません。

しかし、国や文化は違えど、同じ人として理解し共通している部分は少なからずあることと思います。

 

余談ですが、S.Light.Mにおいて行っている各種認定講座においても、雑談形式で今回のようなお話を伝えています。
男性セラピストが女性のクライアントに接する際などは、優劣関係がつきやすい傾向がありますので、男性には自制心を保ち、決して女性のクライアントに優劣関係などを使用しないようにお話しますし、女性セラピストであれば、今回のテ-マのような思い違いという「別の再定義」から男性のクライアントに執拗に迫られる可能性もありますので、そのような折は毅然とした説明と態度を取るようにお話しています。

 

GWも始まりますが、是非素敵な「ドキドキ感」を感じて、楽しい連休をお過ごし下さい!

2016年4月28日 04:04

素敵な思いに味付けを

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

熊本において発生した地震から1週間ほど経ちましたが、まだまだ予断を許さない状況で、気にかけておられる方も多数いらっしゃるかと思います。
そこで今回のテ-マ「素敵な思いに味付けを」でお伝え致します。

 

ところで、私がヒプノセラピストの認定を取得したのは2011年ですが、講座を受けるために1月半ほど毎週末大阪に通っていました。
当時は東京に住んでいましたし、行政書士の仕事もしていたので、新幹線で大阪に向かいホテルに到着すると夜遅くになっていました。

 

そこで、夕食をホテルの部屋で済ませようと、近所のデパ地下に行って、お寿司やお総菜などを買ってホテルに戻りました。
明日から始まる講座の期待感にも胸を膨らませつつ、お風呂上がりに軽くビ-ルでも飲みながらお寿司を食べようと思い、夕食を広げていきました。

 

すると、お寿司の中に「お醤油」が入っていませんでした。
ホテルの備え付けにもありませんし、ル-ムサ-ビスも行っていません、また、買ってきたお総菜の中にも「お醤油」の代用になりそうなものもありませんでした。

 

まあ、それでも酢飯だし何とかなるだろうと思い食べ始めました。
しかし、何とも味わったことのない、あるいは、文字通り味気のないお寿司と感じ、具を酢飯からはずして、お刺身として食べてみました。
しかし、感想は全く同じでした。

 

「お醤油」を付けないお寿司やお刺身を食べたのはこの時が始めてでしたが、最終的には味気ないを通り越し、最後まで食べきることは出来ませんでした。
率直に言って、美味しい、不味いの問題ではなく、それ以上食べる気が失せてしまいました。

 

そこで、今回のテ-マ「素敵な思いに味付けを」ですが、この「味付け」とは、

 

相手の状況や立場を思う想像力

 

という見方で読み進めて貰えればと思います。

私が大学生の時に兵庫で大きな地震が起こりました。
朝起きてTVをつけたら、まさに映画の中でしか見た事のないような状況が映し出されていました。
これまで、あまり支援やボランティアといったことはしたことがありませんでしたし、意識したこともほとんどありませんでした。

 

しかし、この時はさすがに何かをしなければと思い、物資を送ろうと買い物に出かけました。
そして、飲料水やカイロ、そして、爪切りや麺棒なども必要だろうと思い、色々なものを「見繕って」ダンボ-ルに詰めて送りました。
今となっては、思慮不足、そして、自己満足の救援物資であったと気づいています、、、、、

 

神戸、新潟、そして、東日本大震災での経験、また、SNSの活用などにより、支援についての情報なども豊富になっています。
また、迅速に行われるようになったことも一つの教訓かもしれません。

熊本などの被災地の情報もTVなどでも多く伝えられています。
ライフラインが徐々に復旧していくごとに、必要な物資も絶えず変わっていくことでしょう。

 

色々な報道がなされていますが、日本全体が被災している訳ではありませんので、ここ数日の「主に必要となる物資」というのは絶対的に不足しているということはないと思います。
色々な自治体や団体などからも多くの物資が届けられています。

 

現在は、「物資」が足りないのではなく、届け先ごとに「ムラ」や「遅配」が出てしまい、バランスが取れていないのだろうと思います。
そして、少ないニ-ズの物資というのは、さらに届きにくくなっていることもあることでしょう。
勿論、現場の方々は必死の思いで行っていることと思います。
また、このような状況において「完璧」もあり得ないことと思います。当然のことです。
情報やニ-ズを整理し、臨機応変に対応し、「出来ること」を行い続けることが大切なのかもしれません。

 

そして、「物資」を扱う方々の多くも「被災者」の方々です。
先の私の兵庫への救援物資のように、届けられた物資の箱を空け、その中の物資を仕分けしていくだけでも、大変な労力とマンパワ-が必要になります。勿論時間もかかります。
私のように「見繕った物資」は、現状では役に立たず、逆にありがた迷惑になってしまう可能性が大きいです。

 

私達の多くは芸能人などのように、ヘリコプタ-やトラックを活用して大量に物資を送り届けることは出来ません。
TVなどでも多くの情報が出ていますのでお分かりかと思いますが、物資を送る際は、お水ならお水、あるいは、ティッシュペ-パ-ならティッシュペ-パ-というように1種類に限定し、ダンボ-ルに「お水のみ在中」などと書いてあげれば、現地で仕分けをしている方々にとっても役に立つことと思われます。

ここが「味付け」という意味合いになります。

 

また、「義援金」のような「お金の支援」もあります。
「お金の支援」というと、「冷たい」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、例えば、お家が全壊していなくとも、家の中は足の踏み場もない状況で、色々な物が損壊されている所も多々あることでしょう。
このような際、日常生活に移行していく時にはお皿やお茶碗などもすぐに必要になります。

また、これから先の長い復旧などに際しては、ボランティアで手伝ってくれている方々にお茶の1杯でもご馳走したいと思われる被災者の方もいるかもしれません。
お皿を買う、お茶を差し上げる時に必要なのは「お金」になります。

 

勿論、「義援金」が直接お皿やお茶に変わる訳ではありません。
しかし、間接的には同じことになっていきます。
「義援金」の使われ方、あるいは、配分の仕方などは目の届かない所で行われていることもあって、東日本大震災の時も問題になったケ-スもありましたが、目的別、地域別に義援金を募っている自治体や団体などもあります。

また、ス-パ-などでは募金箱も設置されています。
夕食を買った際のお釣りの1円でも2円でも立派な支援になります。

 

素敵な思いから行う支援において、正解も間違いもありません。
ただ、せっかくの素敵な支援が、私が行った兵庫への救援物資、あるいは、お寿司の例のように、味気のない、あるいは食べる気が失せてしまうようなことにならないよう、もし何か支援をと考えている方は、

 

あなた自身の味付け

 

を行ってみてはいかがでしょうか。
そして、私のように「見繕う」のではなく、

 

各自がシンプルに行う

 

ことで、不思議と収まるところに収まることも多々あります。
なお、お知り合いなどの方から要望があるようなケ-スでは、色々「見繕って」あげることは大きな力になることでしょう。

また、私が定期的に水素水を購入している会社が熊本県の菊池市にあります。
設備が一部損壊し、また、周辺の被災された方々へ水素水を優先的に配布するので、復旧までの遅配や受付休止の案内などがなされておりました。
被災していない私達がすぐに必要ではない場合に「待つ」というのも一つの支援のあり方です。

 

そして、支援は「物資」や「お金」だけではありません。
平穏を祈ることも素敵な支援になります。
祈りは神や仏である必要性はありません。心の中の祈りで充分です。
あなたの「心の中の思い」は必ず届きます。
そして、東日本大震災もまだ復興の途上にあります、、、、、

 

「味付け」は今回のような震災に限りません。
人生の至る所で「味付け」をすることにより、人生をさらに彩ることも出来ます。

そして、予断の許されない状況が続く中、心が揺れ動くこともあるかもしれませんが、
「あなた自身の日常」をしっかりと送ることも、とても大切なことです、、、、、

2016年4月21日 03:04

急遽:今、見つめ・気付けることを・・・

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

本日は4月16日ですが、深夜に発生した熊本での地震により、一昨日の14日の地震後とは一変した状況にもなっています。
また、この地震は熊本のみならず、大分などへも拡大しています。
阿蘇山も僅かとはいえ噴火をしています。

 

そこで、急遽「今、見つめ・気付けることを・・・」をお伝えします。
なお、今回のTOPICSの内容に関しては不謹慎と思われる方も少なからずいらっしゃることかと思います。
私自身の心の一部にもそのような思いはあります。
故に、そのように感じられる方は、ここから先はお読みにならない方がよろしいかと思いますし、少し時を経た後にお読みになって頂いても構いません。

 

では、続けます。
14日の地震は「前震」であり、本日16日の地震が「本震」であろうと気象庁が発表しました。
本日のニュ-スに出演されている学者の方々のほとんどが、14日の地震が「前震」とは考えもよらなかったと現在はコメントしています。
また、15日のニュ-スで出演されていた学者の方々の多くは、14日の地震がさらに拡大していく怖れはかなり低い、そして、阿蘇山の噴火には繋がらないと思われるとのコメントが多数でした。

 

私は学者の方々や気象庁の発表や分析を非難している訳ではありません。
ここでお伝えしたいことは、地震や火山の予知、そして、地震や火山の噴火がもたらす影響などは、現時点では、ほとんど不可能であるということです。
そして、それぞれの地震の関連性や、火山との連動性も「実際の所は分からない」ということです。

 

16日の「本震」により、山が崩壊し土砂が流れて道路や橋が陥落したり、線路も流されたりといったように移動手段が分断されています。
また、踏切内で電車が脱線していることにより、そこでも移動手段が寸断されたりしています。
勿論、家屋の倒壊などで、通常の交通や移動手段がほぼ不可能なことも明らかです。
多くの場所で移動も出来ずに孤立状態も続いています。

 

一方で、自衛隊、警察・消防や行政などの多くの救援活動も行われています。
救援のみならず、お水や食事の配給なども行われています。
このような活動は、現地ではとても心強いことでしょうし、仕事を超えた尊さを感じる方もいらっしゃることでしょう。

 

そして、ここから先がお伝えしたい内容になっていきますが、私は今回の地震の被災を活用して現政権を批判したり、政治的な話題を取り上げる趣旨ではありません。
ここから先は、皆さんが考える素材として下さい。

 

今回の地震の近辺では、先日再稼働された原子力発電所の施設があります。
多くの学者の方々も、今回の地震が大分にまで拡大発生するとは考えもしなかったと先にコメントしています。
この間、次の大規模な地震の発生まで、たった1日の期間しかありませんでした。
阿蘇山の噴火に至っては、今もって関連性はないとの意見が多い模様です。
そして、近辺の原子力発電所は異常はないとのことで、「今」現在も止めることなく稼働させています。

 

このように、道路の分断や孤立状態が続いている状態で、原子力発電所に何か事故が起こった際は、避難する術がないのは、もうお分かりのことと思います。
そして、これが「今」の現状です。
東日本大震災の時も同様でした。

 

そして、これから先、少し状況が落ち着いた頃には、これほどの地震が起こっても原子力発電所の施設は問題なかったので安全だという論調が必ず出てきます。

 

そして、自衛隊などの自らも被災する可能性もある中での救援活動が行われているのも「今」の現状です。
このような自衛隊の活動に対して、非難をする方は、ほぼほぼいらっしゃらないことと思います。

そして、同じようにこれから先、状況が落ち着いた頃には、このように素晴らしい活動を行えている自衛隊が他国で(救助以外の)活動を行っても自制心を持って対応出来るという論調も必ず出てきます。
しかし、他国での活動では、自衛隊自身が自らの命を守る行動を取らざるを得ないことと思います。

 

そして、リ-マンショック級の不景気や、東日本大震災級の災害が起こらなければ消費増税は延期しないと言われています。
世界経済の縮小などで延期されるかも?との思いは近頃では少なからず考えられたかもしれませんが、来年4月までの間に、東日本大震災級の災害が起こり延期されるかも?と思っていた方は、ほぼほぼいないことと思います。

 

率直に言えば、今取り上げた内容は、原発再稼働、安全保障、そして消費税と、どれもが国論を二分している問題です。

 

私達の意識というものは、正の面も負の面も含めて、それが多数集まることにより膨大なエネルギ-が産み出されることが量子力学における数万人の実験から明らかになっています。
その実験では、その集合した意識のエネルギ-が、まずもって狂わされる可能性のない機器に影響を及ぼし、変化させていることが実証されています。

 

そして、例えとは言え、東日本大震災級の災害が起こらない限り、、、という、言葉を発することの影響力です。
勿論、今回の地震がその言葉から発生しているということではありません。

しかし、私達の意識の集積と言葉が作り出すエネルギ-というものも、よくよく考えていく必要性もあります。
この点も含めて、私が不謹慎と思われる場合はお読みならない方がよろしいですよ、とお断りした側面も含まれています。

 

「今」現在の状況では、ニュ-スから流れてくる映像や情報には間違いも含まれていることと思います。
混乱した状況では、それも当然のことです。

 

しかし、充分な検証が出来ないまま伝えられている情報などには、「今」しかもたらされない情報も含まれています。
落ち着いた頃に振り返られる特集などでは、「今」は流されているが、「後には」好ましくないと自粛される情報も多く含まれていると思います。

 

「今」起きていることは、すぐ目先の日本の有り様に即座に反映されていきます。

 

被災されている方々や避難されている方々には、情報はほとんど届きません。
そして、なにより、「今」を生き抜くことに必死で、周りで起こっていることを省みる余裕はありません。
そして、それも当然のことと思いますし、それが身を守る最善の方法と思います。

 

「今」こうしている私達は、多少心を痛めながらも、普段の日常を送れている人がほとんどです。
そのような中、「今」起こっていることを見つめ・気付けることが多くあります。
逆に言えば、「今」しか見つめ・気付けないことがあるかもしれないということです。
そして、それが「今」出来るのは、被災していない私達です。

 

「人」には、自分を守るため、そして、先に進むために記憶を薄れさせていく力も備わっています。
そして、その裏側では、不都合な事実が歪められ、いつしか大したことではないと感じるようにもなっていく側面もあります。
二度と同じようなことが「起こらない」ようにするのではなく、二度と「起こさない」ようにするためにも、
「今」起こっていることを見つめ、そして、自分なりに何かに気付いてみるようにしてみて下さい、、、、、

 

そして、「今」の現状が一刻も早く収まることを、心よりお祈り申し上げます。

2016年4月16日 03:04

便利と怠惰・・・そして、本当の優しさ

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

青森県内では、そろそろ車のタイヤ交換を行おうかどうかと、迷っている方も多い季節になりました。
私も先日タイヤ交換をして、その数日後に雪が降りましたが、もう大丈夫では?と思うような陽気も近づいています。

 

車と言えば、近頃ではTVコマ-シャルなどでも自動制御ブレ-キが搭載されている車が標準になりつつあるようです。
過去の痛ましい事故などから、二度と同じようなことが起こらないようにとの思いから色々開発されていることと思います。
そこで、今回のテ-マ「便利と怠惰・・・そして、本当の優しさ」です。

 

「便利」になるということは、その反面として「怠惰」になるという裏面が潜んでいます。
車の自動制御ブレ-キにおいても、いざという時の安心感・安全感を感じられる反面、危険を未然に防ぐということが徐々に意識から薄れていく側面もあります。
勿論、「今の所」は機械に頼らず、充分注意して安全運転を心掛けている方が大半だと思いますが、、、、、

 

ところで、昨年の第153回の芥川賞を受賞した「スクラップ・アンド・ビルド」(文藝春秋)という小説があります。
作者は羽田圭介 氏ですが、最近はバラエティ番組などにも出演しているのでご覧になった方もいるかもしれません。

 

この小説の内容は、早くお迎えが来て欲しいというのが口癖の祖父に対して、孫である主人公が、究極の孫孝行?を行おうと葛藤していく物語です。
その孫孝行の行動は、

 

本人(祖父)が自分で出来ることまで、過剰に全てやってあげて、本人(祖父)の行動を奪っていく

 

ということを試みていきます。
バリアフリ-ではなく、行動を奪うためにバリア-を逆に作り上げ、要介護度をさらに重度に押し進める逆行的な介護を試みるという行動です。
つまり、孫が行う行動の全てが、

 

本人(祖父)にとっては究極的に「便利」になる

 

ということを意味し、その反面、

 

本人(祖父)の「自由」を徹底的に奪い取り「怠惰」にさせる

 

という動機・目的が隠されています。
そして、何も出来なくなることで本人(祖父)の死期を早め、究極の自発的尊厳死(※ 「究極の自発的尊厳死」というのは、この小説内にて用いられている表現ですのでご了承下さい)を目指していく内容です。
(※ ちなみに、最近のニュ-スなどでは、尊厳死と安楽死が混同されて報道されているケ-スもあるみたいですので、両者は違うものであることを心に留め置いて情報に接して下さい。)

 

「便利」になるということには、効率性や安全性が増すという側面も確かにあります。
そして、「便利」になるということは表現を換えれば、

 

意識を向けずとも物事が実現し

振り返ると、どうやって実現したかが分からなくなっている

 

という相反する現象が生まれる可能性も秘められています。
私自身も「漢字」を忘れたりした際は、以前であれば辞書を引っ張り出して調べていたことが、今ではスマフォや携帯で字を変換して思い出したりする時も勿論あります。
そして、辞書で調べていた時よりも、変換で思い出した「漢字」の方が、すぐ忘れる確率は高いと感じています。

 

また、私は車の自動制御ブレ-キを否定している訳ではありませんが、赤信号を認識したら自動的に止まる、人を認識したら自動的にブレ-キがかかる、、、、、このようなことが無意識に実現していくとしたら、これから先の車の運転はどうなっていくのでしょうか?

 

そして、この小説の本人(祖父)はあらゆることを自動的にしてもらい、自分で出来る自由が密かに奪われていく現実、そして、それが本人(祖父)にとっては無意識で実現していく、、、、、

 

例えば、農作業などでは機械化を導入することで、作業時の肉体的負担が軽減されたり、以前よりも高齢でも農作業に従事出来る、あるいは、効率化が実現されることにより、余裕が出来た時間で二次的な加工食品を作れるようになるかもしれません。

 

また、エスカレ-タ内を歩くのは危険なので、本来は歩行は禁止されていますが、急いでいる人のためにとのことで、片方の通路が空けられているのも実情です。
東京では右側を空けるが、大阪では左側を空けるなど、地域によっての違いに戸惑った経験をされた方もいらっしゃるかもしれません。

 

ここまで、小説の内容、車の自動制御ブレ-キ、農作業における機械化、そして、エスカレ-タと幾つか例えを挙げてきました。
「便利」と「怠惰」は紙一重であるかもしれません。
また、「便利」な方向に活用するか、あるいは「怠惰」な方向に活用するかも人それぞれだと思います。
「便利」と「怠惰」の両方が含まれているケ-スもあることでしょう。

 

このような事象は様々な場面に反映されています。
一見すると「便利」になるということは良いことのように思われるかもしれません。
要は活用法の違いにもなりますが、

 

何が相手や対象にとって、本当の優しさなのか?

 

を、今一度考えてみて下さい、、、、、

 

昨晩、熊本で大きな地震が発生しました。
被災された方々へ心よりお見舞い申し上げます。

 

奇しくも今回のTOPICSは地震発生前にほぼ書き終えていました。
被災地では当面の必要な物資は近隣などからの支援で足りつつあるとのことです。
現状では、まだこれから何が不足していくかが分からない状況でもあります。

 

何か支援をと考えていらっしゃる方も多数いらっしゃることでしょう。
被災直後は支援物資で溢れ返ってしまうのは、今までの経験からもお分かりかと思います。
しかし、少し落ち着いた後の、日常生活へと戻る頃合いには、ほとんど気にされなくなっていくこともまた実情です。

 

是非、何か支援をと考えていらっしゃる方は、今少し状況を把握し、
被災地、そして、被災者の方々が日常へ戻れる際の、「本当の優しさ」をご自身なりに考えて行動してみては如何でしょうか、、、、、

2016年4月15日 03:04

人間関係における距離感と恋愛

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

関東の方では桜も満開になり、青森県内でもあと2週間程すると桜が咲き始めると言われています。
桜と言えば春ですし、入学などの季節でもあります。
このような季節の風物詩を耳にすると、過去のその当時の思い出が蘇ってくる方々も多いかと思います。

 

私も近頃は、夜寝る前に、私が中・高校生当時に流行っていたTVドラマをレンタルしてきて見たりしています。
今から25年程前のドラマですが、現状では考えられないようなライフスタイル(バブル経済の名残)であったり、また、飲酒運転の場面や、今では差別的な発言と言われるような表現や、教育上好ましくないと言われるような描写も当たり前のようにドラマの中には組み込まれていました。

 

私はそのようなことが悪いと考えている訳ではありません。
良い点悪い点は別にして、当時と今現在では社会における価値観などもかなり変わってきています。
また、携帯電話の普及率やSNSなどの発展により、コミュニケ-ションの質も、当時とは大幅に変わっている側面もあります。
飲酒運転や差別的な表現などを肯定する気はありませんが、個人的には現在の方が少し窮屈に感じることも少なからずあります。
そして、当時はトレンディ-ドラマと言われる、いわゆる「恋愛」ドラマが大方を占めていました。

 

そこで、今回の「人間関係における距離感と恋愛」を進めていきます。
私がカウンセリングを行っているケ-スでも、人間関係における悩みというのはとても多いです。
親子・家族、親類、職場、友達など、人間関係は様々に反映されます。
私が行政書士の仕事をしていた時も、相続関係でトラブルになっているケ-スも少なからず見てきました。

 

人間関係を送る上での「距離感」という言葉からは「冷たさ」を連想する方もいらっしゃるかもしれません。
また、この「距離感」をこれから「数値化」していきますが、あくまでイメ-ジしやすいことを目的としていますので、その「数値化」が正しく絶対的なものでもありませんし、人それぞれ違ってきます。
よく、「腹八分目」に食べるという表現のように、ご自身なりの「適度」を考えて貰えることが目的です。

 

皆さんは、例えば職場の人との距離感をどのように保っているでしょうか?
ある人は、職場の人とは30%程の距離感を保っている、あるいは、プライベ-トでの関係とは違うので10%程の接し方に留めているという方もいらっしゃるでしょう。

 

また、お知り合いやお友達との距離感は如何でしょうか?
そつなく過ごして行きたいから50%程の距離感で付き合っている、あるいは、大切な親友なので80%程の親密さで交流している方もいらっしゃるでしょう。

 

ここで出てきている「数値化」とは「0%から100%」を前提としています。
今、30%や80%などの、様々な「数値」が出てきました。
この「数値」は、

 

あなたが相手を許せる(かもしれない)割合であり、あなたが相手に依存する(かもしれない)割合

 

に近い「数値」と考えられます。
許す割合、そして、依存する割合とは、表現を変えれば、

 

あなたが相手に期待している割合

 

でもあります。
つまり、30%の割合とすれば、例えば相手の方が何かあなたを傷つけるような言動があった場合、

 

あなたは70%の割合で気にしないでいられる

 

という目安です。
80%の場合であれば、

 

あなたは20%の割合でしか気にしないでいられない

 

という裏返しにもなります。
期待をしている割合とは、表現を換えれば、

 

あなたが「見返り」を求めている(かもしれない)割合

 

とも言えるかもしれません。
勿論、「見返り」などを求めず、自分に出来ることは全て行うという方もいらっしゃることでしょう。

 

このように、職場の人、あるいは、お知り合いやお友達などの場合には、「0%」ということもなければ、「100%」ということもほとんどないでしょう。
言わば「0%から100%」の間のどこかの基準をあなた自身が設定していることになります。

 

では、親子や家族の場合はどうでしょうか?
親子や家族というケ-スには、養親と養子、あるいは、何らかの事情で施設などで暮らしている方も、その施設内での役割ということで当てはまります。

親子や家族の場合は、

 

0%から100%までの全てを含んでいる

 

という傾向が強いと思います。
親子や家族というのは、社会における人間関係の基礎・土台になっていきます。
故に、何があっても裏切れらることはないという信頼感や、逆に、身近であるが故に意固地になってしまいがちなケ-スもあります。

 

小さい子どもは100%親や家族に依存しなければ生きていけません。
裏を返せば、親や家族は小さい子どものうちは、手をかけてあげる必要性が生じます。
そのように、親子や家族の場合は、

 

子どもは100%の依存から、0%の依存へ向けて自立・自律を目指す

 

また、親や家族の側は、

 

子どもが100%の自立・自律が出来るよう、手をかけることから寄り添いへ向かっていく

 

とも言えます。
言わば、親や家族の側の自立・自律も同時並行で進んで行くということでしょう。

 

子どもは受動から能動へ、そして、親や家族は能動から受動へ

 

ということかもしれません。
そして、一つ大切な点は、

 

「依存」と「支え合い」は違う

 

ということです。
簡単な表現では、「依存は、自分で出来ることまでして貰う」、そして、「支え合いは、自分では出来ないことをして貰う」という違いがあります。
そして、「支え合い」の中には「見返り」というものは本来存在していません。
なお、職場で働いて給料を頂く、サ-ビスや商品を提供してお金を頂くというのは「見返り」ではありません。
これは、労働の対価、言わば「対価の交換」という行為になります。

 

そして、最後に「恋愛」です。
先に述べた私が見ているトレンディ-ドラマにおいても、これでもか!という位、すれ違い、誤解、優柔不断さなどが登場してきます。
このような状況をハラハラして見る方もいれば、イライラして見る方もいらっしゃることでしょう。

あくまで極端な個人的見解ですが、「恋愛」は、

 

「0%」か「100%」のどちらかでしか成立し得ない

 

と考えます。
なぜなら、「恋愛」における「好き」という感情は

 

理屈ではない

 

からです。
あなたが好意を寄せている人のことを思い浮かべてみて下さい。
おそらく、あなたはその方の素敵な点を幾つか、あるいは、幾つも思い浮かべることが出来ることと思います。

 

では、それらの素敵な点が一定程度を上回ったから好意を寄せるようになったのでしょうか?

あるいは、

もともと好意的な気持ちがあったから、素敵な点をより見つめるようになったのでしょうか?

 

答えはどちらも正解であることと思います。
どちらも正解ということが「理屈ではない」ということかもしれません。

 

以前は「3高(高学歴・高収入・高身長)」がもてはやされていた時代もありました。
しかし、仮にそれら全ての条件に当てはまる方がいても、それだけであなたは好意を寄せるようになったでしょうか?

 

人間関係の中では、「恋愛」が一番「ままならない」関係であるように感じます。
「ままならない」とはネガティブな意味合いではありません。

 

自分の中の好意に気づいた時には「0%」から「100%」へすでに切り替わっていることでしょうし、
逆に、急に熱が冷めた時には「100%」から「0%」へ戻っていることでしょう。

 

このような「0%から100%」「100%から0%」というジェットコ-スタ-のような中、相手に気に入られたいとの思いから自分を磨くこともありますし、相手の気持ちを汲み取ろうと心を想像力で満たすこともあります。
言わば、「感性」が高まり、色々動くというとても良い経験をしているとも言えます。

 

新入学や新しい職場などで、新たな出会いや縁も増えることと思います。
「恋愛」もとても大切な経験ですので、是非、素敵な関係を築いていってみて下さい。
また、現在人間関係などで悩んでいる方は、今回の「距離感」ということを、自分の中で考え、自分なりに再設定してみて下さい。
あなたの中で何かが変われば、あなたの周りの環境にも変化が及ぼされます。

なお、DV(家庭内暴力)、虐待、スト-カ-などのような特殊なケ-スでは、相談をする、あるいは、保護を受けるなどのように、即座に行動に移すことが必要です。
このようなケ-スの状況では、自分の中を適切に振り返ることは出来ませんし、何より自分を大切にする意味でも、警察や行政など、周りの方々の助けを求めて下さい!

2016年4月8日 02:04

新たな歩みへ・・・・・

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

4月1日となり、本日から新たな年度の始まりとなりました。
新しい環境に歩みを進める方、環境は変わらずとも、新たな心持ちで何かに歩みを進める方など、色々な人生模様が動き出していることと思います。

S.Light.Mにおいても、新年度ということで、

 

セミナ-「 誰でも理解る  心と体と行動の繋がり - セラピ-・ヒ-リング・カウンセリングから - 」

 

を新たに開催する運びと致しました。

心と体は繋がっているのか、心と体の繋がりから私達はどのように行動しているのか、などを分かりやすく一緒に学んでいくセミナ-です。
セミナ-と言っても、よくあるような大人数を前にしての講義形式ではなく、少人数でお茶やお菓子を食べたりしながらの、リラックスした雰囲気のセミナ-です。

そして、このセミナ-の一番の目的は、簡単に、

 

自分のため、そして、他の人のためにも活用出来る

 

という所に主眼を置いています。

S.Light.Mの開設から1年半ほど経ちますが、
カウンセリングやセラピ-・ヒ-リングを申し込む迄に、数ヶ月ほど考えた、
あるいは、自分のことではなく他の人のことなので相談して良いのか分からなかった、
また、ヒプノセラピ-やレイキ ヒ-リングなどに興味はあるが、自分がそれを出来るようになる自信がなかった、
など、様々なお話も聞かせて頂きました。

 

また、カウンセリングを受けるまででもないが、何か将来や今に対して漠然とした不安感がある、何を始めて良いのか分からない、色々な書籍などを読んではみたが難しくて分からない、「心」などのお話をしたいが身近でそのようなお話をすると変に思われる、などのご意見も多々ありました。

そして、ヒプノセラピ-やレイキ ヒ-リングの講座に興味はあるが、いきなり講座を受ける自信もないし、なかなか一歩を踏み出すのに躊躇があった、などのご感想もありました。

 

そこで、何か新しく、手頃にお役に立てることはないかと考え、今回の新たなセミナ-開催を始める契機となりました。
そして、このセミナ-の内容には、私が行政書士の仕事をしていた時の、法律の相談以外にも、雑談しながら色々な相談や意見を求められたケ-スの経験、心や意識、科学、哲学、セラピ-・ヒ-リング、スピリチュアルな分野などの書籍を数百冊を読んだ中での、自分なりに気づいた分野をまたがる共通項、そして、カウンセリング・セラピ-・ヒ-リングを行っている中での経験などから、簡単に、そして、偏りのない視点からお役に立てると思われる構成としております。

 

他の人を癒すことは、自分を癒すことに繋がります

また、

自分を癒すことは、他の人を癒すことに繋がります

 

実は、私達は日常的に、そして、無意識ながらも、自分が癒され、そして、他の人を癒しています。

そのような仕組みを、セミナ-を通じて、少し意識して心と体と行動の繋がりを理解し、自分、そして、身の周りの大切な方々との人生をさらに華やかに彩るきっかけにして頂ければ、そして、ご自身の人生において新たな発見や気づきをさらに増して、望む人生を創り上げる一助になれれば幸いと思っております。
また、自分でもヒプノセラピ-やレイキ ヒ-リングを身に付けて、自分のために、そして、他の人のためにも活用してみたいと思われている方の入門編としてもご活用頂けると思います。

 

新たな環境に歩みを進める方、心を新たにして歩みを進める方など、様々な思いと出来事があるかと思いますが、

 

すぐに役立たないものが、無駄なものとは限らない、、、、、

 

ということを心に留め置いて頂ければ、いつの日か役に立つかもしれません。
現代は手っ取り早く効果を出そう、結論を見つけようというスピ-ドに翻弄されている時代とも言えます。
新たな環境や心持ちにおいて、新たな発見もあれば、新たな理不尽さを発見することもあるかもしれません。

 

どのようなことであろうと、客観的な視点で、そして、少し気長な目を持ちながら、
新たな年度の出発点としてみて下さい!

2016年4月1日 04:04

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