被災者の御魂からのメッセ-ジ : 切り替え

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

3月も下旬に入り、色々と忙しい生活を送っている方もいらっしゃるかもしれません。
また、5年目に入った東日本大震災の3月11日から2週間ほど経過し、被災に遭われた方々、あるいは、震災を体験してなくとも心を痛めていらっしゃった方々の気持ちも、少し落ち着いてきた頃合いかもしれません。

 

そこで、今回は「被災者の御魂からのメッセ-ジ : 切り替え」というテ-マをお伝えしていきたいと思います。
このテ-マを進めるに当たりまして、一つの論文をご紹介致します。

それは、ノンフィクション作家である奥野修司 氏の「死者と生きる - 被災地の霊体験」(月刊 新潮:2016年4月号にて掲載)です。
※ 死者や霊というお題が冠されてますが、面白可笑しく取り上げられているものではなく、偏見を排し、真摯に取り組んでいる内容です。

 

震災後に、被災地では多くの不思議な体験や現象、あるいは、被災に遭われたご家族の霊を見たというお話は色々語られていました。
しかし、そのような内容を記事として取り上げるのは不謹慎である、あるいは逆に、それこそ興味本位のみから都市伝説的なお話のみが一人歩きしてきたという実態もあります。

 

そこで、奥野 氏は震災の2年目から毎月のように被災地に通い、当事者から様々な体験談の聞き取りを行ってきたそうです。
詳細はこの論文をお読みになって頂ければと思いますが、まず、そこで語られている被災者の方々に共通していることは、

 

後悔している

 

という思いがあることです。
あの時こうしておけば、、、、、別の行動をしていれば、、、、、など様々です。

 

このような後悔の念を今も持ち続けていることは、無理からぬことと思います。
一瞬にして今までの日常が流され、ご家族などが津波に飲み込まれてしまった状況などでは、後悔を手放すということは一筋縄ではいかない難しい面もあると思います。
また、後悔を手放すことに罪悪感を感じる方もいらっしゃるかと思います。

 

そして、この論文の被災者からの体験談を読ませて貰っていると、このような不思議な体験をした、また、残された方々へのメッセ-ジが届けられたという時には、大きく二つのパタ-ンがあるように見受けられました。

 

一つは、「これから先どうやって生きていけば良いのか分からない」という時です。
このような思いの時に、不思議な体験をし、それが被災されたご家族からのメッセ-ジと気づいて、心の「切り替え」が出来てきたというケ-スです。

 

そして、もう一つは、「今のままではダメだ、前に進み出そう」という時です。
このような心の「切り替え」が出来た時にも、同じようにメッセ-ジに気づいて、「さらなる励み」となっていったケ-スです。

受動的な切り替え、あるいは能動的な切り替えという意味では違いがあるのかもしれませんが、やはり共通しているのは、

 

切り替え

 

という点だと思います。
ある体験が元になって「切り替え」が出来るようになり、また、「切り替え」が出来るようになったことで、ある体験をした。

そして、「切り替え」と言っても、様々な側面があります。

 

例えば、「静から動へ」の切り替えです。
これは、少しでも前に進んで行こうという、行動の切り替えです。
やりたかったことを実行に移してみることなどが当てはまります。

 

また、「静から静へ」「動から動へ」という切り替えもあると思います。
「静から静へ」というのは、例えば後悔の念が深く、まだ何かに手を付けられる状態ではないが、心の中を整理し、少しでも心を動かす状況にしていこうという、心の切り替えです。
これも立派な切り替えだと思います。
「動から動へ」というのは、切り替え後の行動に、さらなる心をバネにして行動していくという、心と行動のコラボレ-ションと言えるかもしれません。

 

そして、「動から静へ」という切り替えもあります。
今までの切り替えも私達においても大切なことですが、この「動から静へ」という切り替えは、意外と盲点になっている面もあります。

例えば、何かが上手くいっていないと感じる時には、ひとまず立ち止まってみる、動かずに状況を客観的に把握してみるということになるかもしれません。

 

そして、この「動から静へ」というのは、大切なご家族などを失った場合にも当てはまります。
震災に限らず、事故やご病気などでも同様です。

大切な方を失った時は、悲しさ、寂しさなどに明け暮れることも多いと思います。
そして、だんだんと時が経過するにつれ、少しずつ自分を取り戻して日常を送っていくというケ-スも多いことでしょう。
これも大切なことです。

そして、私が盲点としてお伝えしたい点は、私達はこのような悲しさや寂しさなどを克服していこうと、

 

自分でも知らず知らずの内に、通常の自分以上にテンションを上げ続けている

 

という点です。
大切な方を失った時には、火葬やお葬式などの現実的な対処が必要な場面も多いものです。
悲しみや寂しさの渦中にありながらも、少しでも冷静を保とうと自覚もしていることも勿論多いです。
しかし、中には、

 

無自覚のまま、数ヶ月後も数年後もテンションを上げ続けている

 

というケ-スもあります。
そして、

 

今もテンションを上げ続けている自分に気づいていない

 

というケ-スです。
言わば、必要以上にアドレナリンが出続けている状態と言えるかもしれません。
つまり、喪失感などから少し立ち直れた、あるいは日常が戻ってきたと感じている今現在でも、

 

実際のテンションが本来の自分以上のまま継続している

 

ということです。
悪いことではありませんが、自分でも知らないままテンションを上げ続けていると、疲労感などが積み重なってしまうこともあります。
そのような時の切り替えが、

 

自覚を持って「動から静へ」

 

という意味合いです。
そして、この切り替えにより「本来の自分」を取り戻すということに繋がっていくことと思います。

被災地における復興には、インフラ整備などの現実的な対応も勿論必要です。
そして、復興のあり方としては、「元に戻る」のではなく、「新しい何か」が加味された、「発展」を見据えていくことも必要かもしれません。
これは、物的なものだけではなく、私達の「心」の側面においても同じことのように感じます。
「切り替え」が出来た時に、本当の「節目」と言えるのかもしれません。

 

被災に遭われた方々は、一方的に支援を受けている訳ではありません。
「生き方」を通じて、被災をしていない私達の日常に気づきや変化などをもたらしてくれてもいます。

このような不思議な体験には、幻覚だ、脳の産み出した錯覚だ、過度のストレスが原因だ、などの見解もあることと思います。
しかし、このような体験を語って下さった方々にとっては、紛れもない「事実」です。
信じる信じないも勿論自由です。
被災地の現状を見つめる際にでも、一つの側面として、偏見を排し、語られているお話も考えてみては如何でしょうか、、、、、
そして、それは「自分を見つめる」ということにも繋がっているのかもしれません。

 

年度末は色々な「切り替え」の頃合いとも言えます。
「切り替え」は、誰にでもいつでも出来ることです。
そして、自分で出来る範囲内の「切り替え」でも、大いに様々な気づきや変化をもたらしてくれることと思います、、、、、

 

ちなみに、この論文の中の体験談をよく読むと、子どもの胎内記憶、子どもは産まれてくる前はどのような状態なのか、そして、前世からの個性・能力の引き継ぎと思われるようなお話も多く見受けられます。
面白可笑しく読むような内容ではありませんし、それは今回体験を語って下さった方々への失礼にもなりますが、真摯にお話に耳を傾けていると、色々なことが見えてくるような内容も含まれている・・・・・と、個人的には思います。

2016年3月24日 04:03

正論 ≦ 一部の常識 ≦ 行動

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

先日来、プロ野球の複数の球団において、自らの試合に関して金銭の授受を行っていたとのニュ-スが流れています。
賭博や賭けとまではいかないとの法的な見解もあるようですが、意見も様々に分かれている模様です。

 

私自身を振り返ると、過去に賭け行為を行ったことがないと言えば「嘘」になります。
そのような自分自身も振り返りながら、今回のケ-スを自分なりの「クリティカル・ファキュリティ-(判断のフィルタ-)」を通すと、まずは好ましくない行いであることを認識し、そして反省し、同じような行為を他のケ-スでも行っていないかを検証し、そして、二度と同じことをしない、というのが一解決方法でもあるのかなぁと考えています。

今回のような、金銭の授受に関する行為は、

 

好ましくない

 

というのは大方の意見でもあろうかと思います。
そこで、今回のテ-マ「正論 ≦ 一部の常識 ≦ 行動」です。

今回のケ-スにおいて、「好ましくない」というのは「正論」です。
そして、「正論」に対しては、

 

反論の余地がない

 

という側面が含まれています。
ところで、このTOPICSでも度々取り上げている題材に、「図書館戦争」という小説が登場しています。
この小説の中の一節に、以下のようなセリフがあります。

 

「 正論は正しい、だが正論を武器にする奴は正しくない。 お前が使ってるのはどっちだ? 」(本文から抜粋)

 

小説の前後関係がないので分かりにくいかもしれませんが、皆さんはどのように感じるでしょうか?
10人いれば10通りの解釈があることでしょう。

「正論」には、

 

相手を打ち負かしてしまう

 

という側面もあります。
よく「グウの音も出ない」という表現が使われることもあります。

確かに「正論」は正しいです。
しかし、「正論」を武器にするのは、相手を「打ち負かしてしまう」という結果に繋がってしまう怖れもあります。
つまり、「正論」を持ち出す時に、

 

あなたは相手をどうしたいのか?

 

という視点を考える必要があるということです。
「正論」を使って「打ち負かしたい」のか? あるいは、「正論」を諭して、相手に少しでも「良くなって欲しい」のか?
「正論を振りかざす」「正論を吐く」という使われ方もしますが、どちらの表現も「威圧的」な印象を感じるのは私だけでしょうか?

そして、ある意味ここからが今回のテ-マの本質です。
このような「正論」の中には、

 

「一部の常識」が含まれている

 

ということです。
この「一部の常識」とは、

 

ある目的(利益など)の元に、自らの見解に賛同を得ようと「多数派を装う」

 

ということです。
「常識」というのは「多数派」であるという前提が必要になります。
なぜなら、ある見解に多くの支持がないと、「常識」になり得ないからです。
つまり、

 

多数派を装った「一部の常識」が存在する

 

ということになります。
私達は「常識」と呼ばれていることに関して、あまり深くは考えたりする傾向はありません。
なぜなら、

 

多くの人が支持しているのは「正論」だから

 

と、「無意識ながら判断」しているからです。
「常識」の一側面は「社会的暗示」でもあります。
勿論、社会生活を進めていく上で、一定の「常識やル-ル」というのは必要です。
そして、「無意識ながら判断している」ということは、

 

無意識ながらその「常識」に沿った「行動」をしている

 

ということに繋がっていきます。
少しネガティブな言い回しでは「長い物に巻かれよ」という表現もあります。

 

カウンセリングなどを行っていると、このような「一部の常識」に捕らわれて悩んでいる方も見受けられます。
つまり、「一部の常識」に捕らわれ悩んでいるという背景には、

 

自分自身の「正論」とは違う

 

という意識がハッキリと存在しています。
しかし、「常識」であると受け入れてしまっているがために、

 

違うと感じるのは、私が変なのでは?

 

と考えてしまっているケ-スがあるということです。
私達は自分一人で存在し、生活を送っている訳ではないので、他者を尊重するという意味合いにおいても、必要な「常識やル-ル」があることは先に述べた通りです。
しかし、「一部の常識」には、「多数派を装った」た見解も存在することから、「常識」というものに悩まされている時は、

 

自分を見つめ、そして、自分自身の「正論」に自信が持てる時は、自分を尊重してみて下さい

 

そして、身の周りの「一部の常識」に気づいたら、

 

自分自身が「正論」を「武器」として使っていないか?

 

を考えてみて下さい。
このようなことを意識することにより、生きやすさを感じたり、あるいは、人間関係が良好になっていくかもしれません、、、、、

 

ちなみに、これも先日来、TVコメンテ-タ-などとして活躍していた経営コンサルタントの方が、「経歴詐称」ということで活動を自粛するといったことが報道されています。
私はこの方を批判もしませんが、擁護・弁解することもありません。

この方の中には、おそらく、

 

学歴がなければ、自分の発言に説得力を持たせられない

 

との考えがあったのかもしれません。
表現を変えれば、「学歴」という「一部の常識・社会的暗示」を素直に受け入れてしまっていたのかもしれません。
先ほど、「自分自身の「正論」に自信が持てる時は、自分を尊重してみて下さい」とお伝えしました。

この方も学歴があろうとなかろうと、

 

「今」発言していること、そして、「行動」に自信を持っていれば、、、、、

 

学歴に頼る必要はなかったのかもしれません。
そして、「過去を偽る」ということは、

 

自分自身を愛せていなかった、、、、、

 

のかもしれません、、、、、

2016年3月17日 04:03

映画 「オデッセイ」 からの 「I will Survive」

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

「信長協奏曲」「さらば あぶない刑事」に続き、先日、今年3本目となる映画「オデッセイ」を観てきました。
この映画は、火星に一人取り残された主人公マット・デイモンが、生き残りを賭けサバイバルをし、果たして地球に帰還出来るのか!?という内容です。

 

スリリングなテ-マですが、劇中にはコミカルな要素も多く、火星という未来(近い将来?)の舞台設定でありながらも、劇中の曲として、1970年代のディスコ・ミュ-ジックが採用されているなど、とても見やすい映画でした。

 

そして、この映画のエンディング曲として、グロリア・ゲイナ-の「I will Survive」という曲が流れていました。
私は洋楽はあまり詳しくないのですが、この曲に関しては、以前のTOPICS「スピリチュアルなドラマ」でご紹介した、「ミディアム~霊能捜査官 アリソン・デュボア~」のシ-ズン2:第二話「リフレイン」において、殺人事件の被害者から届けられるメッセ-ジの方法として、とても印象深い使われ方をしていたので、記憶に残っていました。

 

そこで、今回のテ-マの内容に入っていきます。
ちなみに、「Survive」とは「生き残る」という意味で、よく「サバイバル」として使われています。

 

ところで、皆さんも中学校の英語の授業で、「I will ~ 」「I can ~ 」という内容を学んだかと思います。
「will」は未来形として「 ~ だろう」、そして、「can」は「 ~ できる」というように習った方が多いと思います。

 

そこでは、「I will Survive」も「I can Survive」もほとんど同じ意味とされています。
しかし、実は英語のニュアンスとしては大きな違いが秘められています。

 

「I can Survive」は「私は、生き残ることができる」という訳になるでしょうが、
「I will Survive」の本来の訳としては、

 

「私は、これから先、何があろうとも、生き抜いてみせる!」

 

という訳になります。
日本風の英語では、どちらかと言えば「can( ~ できる)」の方が力強さを感じるように思いますが、先の訳の通り、本来は「will( ~ だろう)」の方が力強さを伴っています。
では、この違いはどこから来るのでしょうか?
それは、

 

「 未来形 」である

 

という所です。
つまり、「I will ~ 」という表現には、

 

「今から私は、これから先、何があろうとも、 ~ してみせる、~し抜いてみせる」という「自己宣言」の意思

 

が貫かれています。
たった数語の単語において、この中には、日本語の表現では全く違った表現になることが表されています。

 

ご存じの皆さんも多いかもしれませんが、「バック トゥ・ザ フュ-チャ-」という映画があります。
これはタイムマシ-ンであるデロリアン号で、「過去」や「未来」を行き来する物語です。

「過去」から「今現在」に必死に戻ろうとし、「未来」から「今現在」に必死に戻ろうとする所が山場でもあります。
実はこの映画においても、

 

「I will ~ 」

 

という表現が活用されています。
そして、それは「過去」から「今現在」に戻る時のみならず、

 

「未来」から「今現在」に戻る時

 

にも活用されています。
このように「I will ~ 」という表現の中には、

 

「貫く意志の強さ」

 

という「言葉と意思の力」が秘められています。

私の所にも、ABH(米国催眠療法協会)やNGH(米国催眠士協会)から、定期的に最新情報や暗示文などが届けられますが、なかなか日本語訳としてはニュアンスが伝わりづらいなぁと感じることもあります。

 

中学校程度の英語においても、映画などで活用されている表現を見てみると、もっと色々な発見もあるかもしれません!
ちなみに、私自身は英語のリスニング(聞き取り)はほとんど出来ませんが、今回のような数語の単語のみを意識しておくことで、その表現が耳に入りやすくなることもありますよ!

 

そして、ここから先が、本来、私がお伝えしたい内容であるかもしれません、、、、、
昨日で東日本大震災から5年の月日が流れました。
節目の年とも言われていますが、実態はとてもそのような節目とは思えません。

 

時が経過していくことで薄れていくこともあるでしょうが、逆に、如何ともし難い思いが強くのし掛かって来てると思われている方々も多くいらっしゃるかと思います。

是非、今回のテ-マの「I will Survive」=「私は、これから先、何があろうとも、生き抜いてみせる!」
という思いと同時に、

 

ご自身にとっての素敵な 「I will ~ !」

 

を探して頂ければ一助になるかもしれません。
そのことを思うことにより、

 

「未来」から「あなたへ」差し伸べられている手

 

が見えてくることを心より祈念しております、、、、、

2016年3月12日 04:03

達磨(ダルマ)大師とボ-リング

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

3月に入り、三寒四温の兆候も表れ、寒暖差の激しい日も続いていますが、体調のほどは如何でしょうか?
体調管理が大切な時期でもありますが、もう目の前に春は訪れています!

 

ところで、3月という春の季節は、新入学や新社会人、そして転勤などで、色々新しい環境に進む季節でもあります。
新しい環境には期待も高まる反面、不安なことなども生じる側面があるかもしれません。

 

そこで、今回は「達磨(ダルマ)大師とボ-リング」というテ-マでお届け致します。
達磨大師? ボ-リング? 何の繋がりがあって? そして、 何のテ-マだろう? と思われていることと思います。

 

今回のテ-マの真の目的は「不安への対処」です。
そこで、2段階仕込みにて、達磨大師の逸話やイメ-ジ療法をご紹介致します。

 

達磨大師は禅宗の祖と言われている人ですが、9年間もの間、壁に向かって座禅を組んでいたと言われ、そのような長期間の座禅のために手足が腐ってしまった、という伝説が残っています。
選挙の当選などで「目」を入れる「だるま」の元になった人物とも言われています。

そこで、以下は、達磨大師と弟子とのお話です。

 

弟子:「私は不安に悩まされて、とても困っています。 不安を治す方法を教えて下さい。」

達磨大師:「不安じゃと!? よかろう、では、まずは、おまえの不安を取り出して私の目の前に見せなさい。」

弟子:「私は心で不安を感じているのです。 取り出すことも出来ないし、目の前に見せることも出来ません。」

達磨大師:「では、おまえの言う不安とやらは存在せぬではないか。 不安はおまえの「幻」じゃ!」

 

ここまでが第1段階です。

不安は「無いと思えば存在しない」というのも、真理の一側面です。
そして、「シンプルであればあるこそ真実に近づく」というのも、真理の一側面です。

不安にせよ心配にせよ、ここまでお読みになった皆様の中で、

 

「 無いと思えば存在しない 」

 

と得心が得られるようでしたら、この方法を活用してみて下さい。

しかし、なかなか得心が得られないケ-スも多いと思います。
「そんな簡単なことで不安はなくならない」「頭では分かっていても、現に不安を感じているのが実情だ」などの感想があるのも至極最もです。

 

不安などの感情は目に見えません。
目に見えないものを、消そう、手放そうとしても、なかなか実感出来ないのも無理からぬことです。

 

では、第2段階として、
あなたの不安をボ-リングの玉にして下さい。
色は何色でも構いません。好きな色で大丈夫です。
上手くやろうとしなくて大丈夫ですよ。
ただ、そのようにイメ-ジし、何となくそう思えれば成功です!

 

そのボ-リングの玉は、あなたにも持てる位の重さですが、とても固いことにあなたは気づいています。

そして、もし不安などから食欲がない、何かだるさを感じる、などの不調があれば、
それをこれから玉を投げるピンに見立てて下さい。
10本のピンが目の前にありますが、10個の不調を揃える必要はありません。
1個であろうが、10個であろうが、100個であろうが、
そのような不調がすでに全体として10本のピンとして目の前にあります。

さあ、では、その10本のピンめがけて、あなたが不安というエネルギ-から作り出したボ-リングの玉を、

 

力の限り、猛スピ-ドで、目の前のピンに向かって投げつけてやりましょう!

誰に遠慮することもありません、あなたのありったけの思いで投げつけてやりましょう!

 

さあ、派手なピン アクションの光景が目の前に開け、見事ストライクです!

今、あなたはとてつもない「爽快感」に包まれています!

 

では、これで終了です。

ところで、イメ-ジ療法には様々な種類があります。
どれが良くてどれが悪いということもありません。
イメ-ジ療法の利点の一つには、

 

「 見えないものを形に出来る 」

 

という所があります。
今回はボ-リングの紹介でしたが、野球が好きならばホ-ムランを打つ、ゴルフが好きならばホ-ルインワンをする、サッカ-やバスケットが好きならばゴ-ルする、というように、あなたの中の不安などをボ-ルにして下さい。
あるいは将棋が好きであれば、相手の王将を不安などで作り出し王手をする、など何でも大丈夫です。

見えないものを形にすれば、それを手放すことは簡単になってきます。
そして、

 

「 最後に爽快感を感じる 」

 

ということもポイントの一つです。
不安でも、心配でも、悲しみでも、怒りでも、何でも大丈夫です。

 

それを「形」にし、「形」にしたことで「手放し」やすくなり、「手放し」たら「爽快感」を感じる!

 

ただ、それだけの作業です。
そして、イメ-ジ療法においても、1回で劇的な変化を遂げる人もおりますが、「魔法」ではありませんので、

 

「 継続する 」

 

ことが大切です。
継続することで潜在意識に着実に定着していき、ある段階で、不安はまだあるが、以前のような不安と違うなぁ~と感じていることに気づいていきます。
そして、その感じを自然と継続していくことで、いつのまにか感じなくなっていることにも気づいていくことと思います。

実は、多くの方が、

 

不安を感じなくなって初めて、次の行動を起こせる

 

と考えがちですが、

 

自然と次の行動を起こせていることに気づいたと同時に、不安も減少ないしは消滅していることに気づく

 

というケ-スの方が多いです。
全ての不安を消し去る必要はありません。
不安も時には私達の身を守るセンセ-のような役割も果たしてくれています。

 

不安で行動を起こせない

 

のであれば対処が必要な時もあるかもしれませんが、

 

不安も多少感じるが、行動が起こせている

 

のであれば、特段気を揉む必要もありません。
また、あらゆる行動を起こせる必要もありません。
好きでないことや、必ずしも必要でないことを行えるようにする必要性もありません。
飛行機が怖いのであれば、新幹線や電車を乗り継いで目的地に到着しても良いのです。

 

ちなみに、継続するという意味では、例えばボ-リングでは、10フレ-ム全てでストライクを出し、
最後は「パ-フェクト達成」の画面を見て、「より爽快感を感じる」なども良いと思います。

 

イメ-ジの世界では、誰に遠慮することもありません(かと言って残虐な場面などを思い描いたりするのは止めましょう!)。
自由に伸び伸びとイメ-ジして下さい。
そして、その「イメ-ジの力」は、あなたが実際に持っている「あなた自身の力」です。
是非、「イメ-ジの力」を自分の味方につけ、新しい環境を楽しく過ごしてみて下さい!

2016年3月4日 03:03

TOPへ戻る

プライバシーポリシー

当サイトのご利用規約

サイトの詳細につきましては上記のご利用規約をご確認ください。

当サイトはリンクフリーではありません。
事前の連絡と許可審査が必要です。

スマートフォン、タブレットで読み取ってください

先頭へ