ヒプノセラピ-(催眠療法)における「記憶の回復」と「ウソ」

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

先日来、元大臣そして元県議の金銭にまつわる諸問題が色々と報じられていますが、その中で、
「記憶を整理・確認する」「記憶にない」などのキ-ワ-ドが盛んに報じられていました。
そこで今回は、ヒプノセラピ-(催眠療法)における「記憶の回復」と「ウソ」というテ-マで進めて行きたいと思います。

今回のTOPICSにおいては、事の真相を解明することが目的ではありませんし、何か政治的な諸問題を扱う訳ではありませんので、お気軽にお読み下さい。

 

まず、「記憶をなくす」ということが今回のテ-マの一つの出発点になります。
そこで、どのような場合に「記憶をなくす」のかを幾つか取り上げていきたいと思います。

なお、「記憶をなくす」という場合には様々なケ-スが考えられます。
そこで今回は、外傷等による脳機能の欠損、薬物の乱用による記憶障がい、多重人格、憑依などのケ-スは含めないものとしております。

 

ちなみに、憑依というケ-スは非科学的で何かオカルトめいたものと思われるかもしれません。
しかし、この憑依についても実は昔から医学的な観点から検証されているケ-スも多々あります。
その一つとして、アメリカの精神科医であるカ-ル・A・ウィックランド博士は、異常行動で医学の手に負えなくなった患者について、憑依現象という観点から30年余に渡る治療を行っていたという記録が残っています。
この記録は「迷える霊との対話」(C.A.ウイックランド 著、近藤千雄 訳:(株)ハ-ト出版)として出版されています。
かなり分厚い本ですが、内容は台本形式で書かれていますので、厚さの割には比較的読みやすい内容になっていますので、興味のある方は参考にしてみて下さい。

また、多重人格と憑依は関連して調査されているケ-スも多いですし、多重人格については様々な角度から検証もされています。
「精神生物学(サイコバイオロジ-) - 心身のコミュニケ-ションと治癒の新理論 - 」(ア-ネスト・L・ロッシ 著、伊藤はるみ 訳:(株)日本教文社)においては多重人格と催眠における検証、また、ロバ-ト・ケネディ暗殺事件の催眠における検証なども紹介されています。
興味のある方は読んでみても面白いかもしれませんが、全体としては結構難しい内容ですので、催眠に関する所だけを読んでみるという方法もお勧めします。

 

それでは、まず「単なる物忘れ」というケ-スです。
皆さんもTVなどを見ていて、知ってはいるけれど、その芸能人の名前が出てこない、などの経験はあることと思います。
ここでの「物忘れ」は、全体としては記憶にある、そして知っているけれど、その一部が思い出せないというケ-スです。

 

私もこのようなケ-スは自分でも経験します。
ひらがなの「ア行」から順に当てはめて名前を思い出すこともあれば、全く思い出せない場合も多々あります。
このような時は「五感」を活用すれば思い出せることがよくあります。

 

例えば、芸能人の名前であれば、その人の出ていた映画であったり、歌を歌っているのであれば過去の音楽番組などを、さっとイメ-ジするように思い出すという方法です。
そして、次にそれを見ていた時の自分の状況をイメ-ジ・思い出してみます。
もしかしたらその時何か飲み物を飲んでいたかもしれません。
あるいは誰かがそばにいたかもしれません。

 

なぜ、このようにその当時をイメ-ジ・思い出してみるかというと、その当時のあなたはこの芸能人の名前を覚えていたからです。
つまり、その当時のことを鮮明に思い出せれば思い出せる程、その芸能人の名前も思い出しやすくなるということです。

 

そして、イメ-ジ・思い出した後は、何か別のことや他のことに取りかかり、その芸能人の名前に関しては、頭から取り去ることです。
そうしていると、ふとした瞬間に繋がりが出来て名前を思い出すことと思います。
現実的にはスマフォやパソコンなどで調べればモヤモヤ感はすぐに解消出来るでしょうし、特段試してみる必要もないかもしれません。

 

ところで、私達の潜在意識は「全てを覚えている・記憶している」と言われています。
しかし、覚えている・記憶しているとは言え、事細かに全てを細部に渡って思い出す必要もない場合もほとんどです。

 

年齢退行療法などを行うと、このような細部の記憶違いはよく起こります。
例えば、今の悩みの種となっている、ある原因や出来事が小学校1年生の時にあったと仮定します。
催眠下では、小学校1年生の時の教室にいる場面を思い出しました。
そこでヒプノセラピストが、その教室の状況を聞き取りしていきます。
すると、教室の壁紙が緑色であったことを思い出します。
しかし、実際は教室の壁紙が緑色だったのは小学校3年生の時であり、小学校1年生の時の教室の壁紙は黄色でした。

 

このような細部についての記憶違いというのがよく起こるということは、その壁紙の記憶に原因があるのではなく、
あくまで原因となっていると思われる1年生の出来事を思い出していくための準備を潜在意識は行っているということです。
本質に辿り着きやすくするための、潜在意識からの配慮とも言えます。
認知症などの場合では別の手法などになるかと思いますが、「単なる物忘れ」の場合には試してみるのも面白いかもしれません。

 

次は、何か衝撃的な出来事(トラウマ)などにより「記憶を抑圧」しているケ-スです。
このケ-スも色々な出来事が考えられます。
虐待の場合もあれば事故の場合もあることと思います。

 

このケ-スについては、正確な報告は今もってなされていないのが現状だと思います。
自分を守るために潜在意識が記憶を封印しているということもあり得ると考えます。
逆の表現を用いれば、潜在意識は「今の自分にとって安全」であるイメ-ジしか思い出せないようにしているという側面があります。
そして、然るべき時が来れば、思い出す必要のあることは、潜在意識が思い出すように導いてくれているとも言えます。

 

このような衝撃的な出来事により「記憶が抑圧」されているケ-スでは、時間と回数を掛けていく方が良いと考えます。
また、その出来事を思い出す必要性がないというケ-スもあります。
と言うのも、このような衝撃的な出来事の中には、自分は100%悪くないというケ-スが存在するからです。
これも残虐な虐待の事件がニュ-スで報道されています。

 

物心もついていない、ましてや自分の意思を表す言葉も話せない状況での虐待は、100%虐待を行っている方が悪いです。
しかし、このような出来事から生きていくために、そして自分なりに起こった出来事を正当化しようと無意識で行っている行為があるケ-スもあります。
その起こった出来事を正当化しようとする行為で多く見られるのは、「自分が悪い」と思い込むようになることです。
「DV」などでは比較的よく見受けられるケ-スです。

 

しかし、出来事の本質は「自分が悪い」ということで正当化出来ないことは、その本人の心の奥底では理解しています。
このような自分の中での葛藤や自己矛盾が、生きづらさを産み出している場合もあります。
そして、生きていくために無かった出来事にしようと「記憶を抑圧」したり、また、別の経験として捉えようと「偽りの記憶」を産み出すこともあります。

 

どのような場合でも潜在意識はその人を守るために働いてくれていますので、「今」思い出すべきことでなければ思い出しません。
また、全ての出来事を思い出す必要性がない側面もあります。
このような場合は、前世療法などで、その出来事に関わる要因を、大きく長い時間軸の中で少しづつ把握し、そして必要であれば、今回の人生における衝撃的な出来事に最終的に取り組むという方法も考えられます。

一番大切なのは、「今、これからを、どう生きるか」です。

 

次は、「日常的に習慣的に行っていること」です。
一見すると、「記憶をなくす」ということと相反するように思えるかもしれません。
ちゃんと自覚しているからこそ、日常的に習慣的に行うことが出来ている、という見方も正しいと思います。

 

皆さんも日常的に行っている動作や行為などは必ずあることと思います。
歯を磨いたり顔を洗ったり、車を運転したりなど様々あることでしょう。
お酒を飲む方であれば、飲み過ぎて記憶はないけど、ちゃんと家には帰っているというケ-スもあるかもしれません。

 

それでは、1週間前に、どのような状況で、どのようにして歯を磨いていたかを正確に思い出せるでしょうか?
その時に、何か日常とは違う出来事が起こっていたら思い出せるかもしれません。
しかし、多くの方は、思い出せているとは思うけれど、本当に正確な記憶かどうかは分からないと思います。
もしかしたら、1週間前と3日前の歯磨きの行為が重なっている記憶かもしれません。

 

このケ-スは、自転車に乗れるようになってから、自転車に乗れる方法を正確に説明出来るか?というのと似ているように思います。
このような日常的・習慣的行為を思い出す必要性があるケ-スはあまりないと思います。
しかし、鍵をどこかに置き忘れてきた、などの場合では、朝からの行動を思い出してみたりといった経験はないでしょうか?
このような場合は、意外と日常的・習慣的行為を正確に思い出すのは難しい一面もあることを思い出して貰い、普段であればまず行かない部屋や行動を考えて、その場所を探してみて下さい。
意外な所で探し物を発見するのはよくあることです。

 

最後は「ウソ」についてです。
本人が「ウソ」をついている場合、ヒプノセラピ-(催眠療法)において、本当の記憶を呼び覚まし、真実を語らせることは出来るでしょうか?

 

結論から申しますと、真実を語らせるのは、ほとんど不可能です。
これは「全ての催眠は自己催眠である」という催眠の本質から導き出されます。
つまり、本人にとって不都合な真実などは、どのように深い催眠下でも強制的に語らせることは出来ないということです。
これは、催眠下でも意識はハッキリしていることの証にもなりますし、催眠下で個人の秘密や、マイナンバ-や銀行の暗唱番号などをセラピストに聞き出されてしまうといったことはあり得ないということになります。
(勿論、このような秘密や何かの暗証番号などを聞き出すセラピストはおりません!)

 

ただし、「ウソ」をついていると思われる場合でも、先ほどの「記憶が抑圧」されているケ-スでの「偽りの記憶」が産み出されている場合もあり得ます。この場合は本人にとっては「偽りの記憶」こそが「真の記憶」となっているため、単純に「ウソ」をついていると言い切れない場合もあります。
また、催眠下において、何か自分の中の心や思いに気づき、当初は不都合な真実なので話さないとしていたことを、やっぱり真実を話そうと思うに至ることはあるかもしれません。このような場合でも、強制的なものではなく、あくまで本人の気づきから導き出される真実ということになります。

 

色々長々と見てきましたが、今回ご紹介したケ-スが勿論全てではありません。
が、しかし、そこで先の金銭にまつわる「記憶の整理・確認をする、記憶がない」ということを、「単なる物忘れ」、トラウマなどによる「記憶の抑圧」、「日常的に習慣的に行っていること」、そして「ウソ」を、ご自身なりに当てはめて考えてみて下さい。

 

真実は、当の本人には必ず分かっているはずです。
このような「記憶にない」などの発言は、今までも常套句として使われてきましたし、残念ながらこれから先も使われていくことでしょう。
是非、自分なりに真実を見つけるために「記憶」という観点からも、色々検証してみて下さい。

2016年1月30日 04:01

情報と心・イメ-ジ

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

先日、国立がん研究センタ-が、がんにおける生存率のデ-タを公表したとの報道がなされておりました。
そこで、今回は「情報と心・イメ-ジ」というテ-マで考えてみたいと思います。

 

なお、これから考えていくテ-マにつきまして、このTOPICSにおいても、あるいはHPにおいても、私は医学を否定している訳では決してありません。
専門の医師の指示・治療をきちんとお守り下さい、と再三申し伝えています。
そして、心身共に負担が緩和・軽減されるような医療の発展を心より実現して頂きたいと思っております。

 

そこで、今回はアメリカの心理学者のブル-ノ・クロッパ- 氏が報告しているお話をご紹介しますので、皆様もご自分なりに考えてみて下さい。
では、お話の始まりです。

 

ある時、リンパのがんという病にある男性がいました。
この男性は余命は数週間であろうと医師に告げられ、落胆していました。

 

そのような中、この男性はがんに効果があるとされる新薬が発見されたとのニュ-スを知り、医師に是非投薬して欲しいと頼み込みました。
当初、医師はこの新薬の効果も判明していないため、投薬をするのはためらっていましたが、最終的に男性の懇願に応じて、新薬の投与を開始しました。
すると、投薬後に腫瘍が縮小していき、投薬開始からわずか10日後に腫瘍が消滅されたと確認され、この男性は退院していきました。

 

ところが、それから2ケ月後に、その新薬には治療効果がないとの報道がなされ、その男性はその報道を耳にしました。
すると、その男性は落胆と共に容態も急変し、再発であるとの診断を受けました。

 

そこで男性の主治医は、この男性を救いたいとの思いから、嘘をつきました。
それは、報道は間違いであり、前回の新薬より、さらに治療効果の高い新型の新薬が届くので、それを投薬しましょう、と。
この時、実際に投薬されたのは蒸留水でした。
その結果、男性は元気になり、再び退院していきました。

 

ところが、それからさらに2ケ月後に、医師会がその新薬には効果がないとの最終報告を発表し、それが報道されました。
男性はその報道を耳にし、再び容態は悪化して、数日後にこの世から旅立ちました。

 

お話の概要は上記の通りです。
なお、このお話は実話とされていますが、紹介されている文献などにより、細部は異なっているケ-スがありますのでご了承下さい。

 

この男性のお話は、いわゆるプラシ-ボ(偽薬)効果について論じられることが多いです。
プラシ-ボ(偽薬)とは、例えばお腹が痛くて病院に行き、医師から胃薬を出しますよと言われて薬を飲み、そしてお腹の痛みが治ります。
しかし、実はここで出された薬は胃薬ではなく、単なる小麦粉であったというようなケ-スです。

 

先の男性の例においても、自然治癒力や免疫力が発動されて治癒した、医師を信ずる男性の信頼心により容態が良くなった(暗示的効果)、あるいは、一時的に容態が良くなったように見えただけで、病気はそのままであった。
色々な見解や見方がなされると思います。
また、「真の意味の寿命」という観点から論じられることもあります。

 

真実の所は分かりませんが、一つ事実として言えることは、この男性は、

 

当初の、新薬が効果があるとの「情報」に接し、容態が良好になり
また
その後の、新薬には効果がなかったとの「情報」に接し、容態が悪化した

 

という点です。
インタ-ネットが普及発展した現在では、様々な「情報」で溢れかえっています。
治療という意味では、色々な方法を調べ、自分の中で適切だと思える治療方法を選択することも重要なのかもしれません。

 

しかし、このような様々な「情報」の中には、間違っているものもあれば、正しいものもあるかもしれませんし、
後に間違いである、あるいはやはり正しかったと判明することもあるかもしれません。

 

色々な「情報」に接し、自らが選択し決断するということは、とても大切なことと思います。
しかし、それと同時に、自分にとって「必要な情報」と「不要な情報」を取捨選択していくことも併せて大切なことと思います。

 

私の個人的な考えでは、先の男性の例のように、

 

自分にとって「不要な情報」には接しない

 

というスタンスも大切であると考えます。
これは周りの人の意見を聞かなくても良い、という意味ではありません。

 

病に限らず、人の噂、あるいはTVのワイドショ-などでも、ほとんどが「憶測」の域を出ていない「情報」も多々あるように感じます。
そして、そのような「憶測」の域で発信された情報をそのまま鵜呑みにし、さらに自分なりの「憶測」から他の人のことをあれこれ言うのは、知らず知らずのうちに誰かを傷付けている可能性もあります。

 

だからと言って、疑心暗鬼になる必要もありません。
「情報」に接する際は、「理性の目」で見てその「情報」を自分なりに判断し、そして、自分の選択と決断において思い・行動することが大切であろうと感じています。

 

また、この類のお話では、放射線腫瘍医であるカ-ル・サイモント博士のサイモント療法なども話題として取り上げられることが多いです。
サイモント博士は主にがんに対する「イメ-ジ療法」というスタンスで実際に治療に取り組んでいます。

 

このような「イメ-ジ」はヒプノセラピ-(催眠療法)においても多用する手法ですが、病に限らず、色々なことに応用も出来ます。
そして、「イメ-ジする」ということは、何より自分一人でいつでもどこでも出来ることであり(注:お車の運転中は控えて下さい)、お金もかかりません。

このTOPICSでも以前からお伝えしているように、

 

潜在意識は「イメ-ジ」と「現実」との区別が出来ない

 

と。
そして、イメ-ジする際は、

 

「良くなった(完了形)」 あるいは 「良くなっている(現在進行形)」

 

という方が潜在意識に定着しやすくなります。
そして、定着させるには「繰り返す」ことも大いに役立ってくれます。

 

今回は「情報と心・イメ-ジ」というテ-マでしたが、
「情報」が氾濫している現代で、「情報」に振り回されることなく、
真に自分にとって「必要な情報」に触れることが出来るよう、よろしければ考えてみて下さい。
そのような意味では、私がお伝えしているこの「TOPICS」の内容についても同様ですので、ご自分なりの判断をして頂いて勿論大丈夫ですよ!

2016年1月21日 04:01

天使の証明

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

今回は「天使の証明」というテ-マを設定しておりますが、天使が実在するか否かという話題ではありません。
ある一つの概念についてのお話であり、好意的に表現すれば論理的に考えることであり、平たく表現すれば理屈っぽい見方と言えるかもしれませんが、イメ-ジだけでも捉えて頂ければ、新たな見方に繋がっていくかもしれません。

 

なお、天使が実在するか否かというテ-マは、よく悪魔が実在するか否かという「悪魔の証明」というテ-マで多くが論じられたりしていますが、どちらでも同じ見方に繋がりますので、今回は少しでもポジティブなイメ-ジを伴う天使の方を取り扱っていきます。

 

天使が実在するか否かを証明する手段としては、まずは以下の2通りの手段が考えられます。

 

天使が実在することを証明する
あるいは
天使が実在しないことを証明する

 

では、どちらの方がより効率的で有効でしょうか?

 

天使が実在することを証明する手段としては、天使が実在する痕跡を発見する、目撃した人の証言を集める、ビデオに撮影する、古代の書物などから情報を整理する、など様々な手段が考えられます。

 

一方、天使が実在しないことを証明する手段にはどのような方法があるでしょうか?
科学的検証で発見出来ていないのだから実在しない、脳が産み出した妄想である、など様々な反証も成り立つかもしれません。

 

しかし、実在しないことの証明としては、現時点では成立し得ません。
科学的検証で発見出来ないものが全て実在しないというのは、むしろ科学的な発想を持つ研究者などが違和感を持ちます。
なぜなら、目に見える見えないに関わらず、そのような現象を解明しようと歩み続けることが科学の命題だからです。
また、現時点では脳の機能の全てが解明されている訳ではありません。
むしろ、解明された?と思われている脳の機能についても、ごく僅かの部分でしかありません。

 

勿論、将来的に脳の機能の全てが解明される日が来るかもしれません。
しかし、仮にビデオに撮影された天使の画像などを分析しても意図的に作成されたものではないという点があれば、脳の機能とは別問題になります。
このような場合は、さらに科学的に映像の分析、光学上の影響、大気中のガスなどの影響などを調査していくことになるでしょう。
そして、実在しないことを証明するためには、このような調査を続行し続ける必要性が生じてきます、、、、、

 

言い換えれば、天使が実在しないことを証明するには、

 

全ての可能性を、あらゆる面を含めて調査し続けなければならない、、、、、

 

ということになります。
そして、実在しないということを、あらゆる面を含めて調査するというのは、

 

実は、ほぼ不可能である

 

ということです。
実在することを証明するのは、痕跡などを発見し、そして、それをさらに検証していくことで可能性としては広がっていきます。
ノ-ベル賞などでも、過去の一つの発見が、現代の新しい発見と地下深い所の水脈のように繋がっているのはご理解出来るかと思います。

 

しかし、実在しない、あるいは、ある現象が無いということを証明するのは、あるゆる可能性を潰していくというように永遠に続けざるを得ないという性質があります。

 

そして、このお話には裏のテ-マが隠されています。
それは、

 

「有るという概念」と「無いという概念」

 

についての見方です。
「有ること」と「無いこと」は、一見すると、相対立する概念のように思われます。
相対立するというのは、一方が成立すれば、他方は成立し得ないという結論になります。

 

では、「無いという概念」を見ていきます。
この「無いという概念」の一番のポイントは、

 

「無いという概念」の中には、「無い」ということすら存在し得ない

 

ということです。
表現を変えれば、「無い」という発想や考えすら、「無いという概念」の中には存在しないということです。
究極的には、「無いという概念」すら存在し得ないということです。

 

では、一方の「有るという概念」はどうでしょう。
この中には、存在するという「有る」という概念は当然含まれています。
そして、この「有るという概念」の中には、「無いという概念」も「有る」ということになります。
つまり、「有るという概念」は、「有ること」も「無いこと」も両方含まれているということです。

 

私達が、そんなのはあり得ないと考えたり発想することも、「無いという概念」から産まれているのではなく、
「有るという概念」の中で、「無い」という考えや発想を産み出していることになります。
なぜなら、繰り返しですが、「無いという概念」には、「無いという概念」すら存在出来ないからです。

 

このように見てくると、「有ること」と「無いこと」は、実は相対立する概念ではなく、「有るという概念」の中での見解の相違とも言えるかもしれません。

 

つまり、天使が実在するか否かという表現は、その大元は「有るという概念」の中に両方が含まれていることになります。
先ほど私は、実在しないことを証明するのは、ほぼ不可能であるとコメントしました。
実在しない、あるいは無いということを証明することも時には可能です。

 

例えば、冤罪などのように、実際には犯罪などを行っていないのに、犯罪を行ったとして逮捕され、「無実を証明する」時などです。
そのために、アリバイや、色々な検証の元、物理的・時間的に行うことは不可能などの結論が出されることもあります。
そして何よりの証明は「真犯人」を見つけるということです。
これで、「無実の証明」の全てが解決されます。

 

そして、「思考が実現する」というポイントの一つもここにあります。
「思考が実現する」というのは「有るという概念」の中での出来事です。
実現が不可能に思えるようなことも、「無いという概念」では、そのような発想や考えすら存在しません。
「存在そのものが、存在していない」とも言えるでしょう。

 

このような観点から、私達が思ったり、あるいは考えたりすることは、

 

少なくとも、実現する・存在する可能性がある

 

ということです。
昨年少し話題になっていましたが、映画「バック トゥ・ザ フュ-チャ- 2」で描かれていた未来の生活が、その未来の時代設定として選ばれた2015年においてどの位実現しているか?という検証がなされていました。

 

全てが実現している訳ではありませんが、その中のある部分については実現化している、あるいはもう少しで実現可能な所まで来ている、といった報告がされていました。
同じようなことは、ドラえもんの道具から発想を得て、実際に研究機関で実験的に作製されているものもあります。

これら全ての源は、

 

「有るという概念」の中での私達の発想

 

から産み出されているものです。

「有るという概念」という表現は理屈っぽく、また分かりづらいかもしれませんが、

 

私達には常に可能性がある

 

と表現を変えることも出来るでしょう。
そして、人間関係の中などで、何か相対立していると思われる見解の相違などがありましたら、
少し見方を変えて、相手も、

 

「有るという概念」の中で考えている

 

という共通点を思い出してみて下さい。
ほんの些細なことかもしれませんが、相手と同じ共通点に気づくことは、その後の話し合いにも良い影響を与えるかもしれません。
相対立していると思われる出発点から妥協点を見つけるのではなく、
共通点を出発点として妥協点を探っていくと、別の世界が開けてくるかもしれません、、、、、

2016年1月15日 04:01

子どもの記憶

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

お正月も明け、今年初めての連休ですが如何お過ごしでしょうか?
私も行政書士の仕事をしていた頃は、正月明けのこの時期の連休は、一心地付けるのにとても良い連休だったように感じていました。
また、ある意味、お正月は立春の日という捉え方もあります。
今年の立春は2月4日(木)ですが、お仕事の方もいらっしゃるでしょうが、立春を迎えるまでの鋭気を養う休日とするのも素敵な過ごし方かもしれません。

 

では、今回のテ-マは「子どもの記憶」というお話です。
ヒプノセラピ-(催眠療法)や少しスピリチュアルな見解もご紹介しながら進めて行きたいと思います。

 

「子どもの記憶」というテ-マに関しては、色々と書籍などでも紹介されています。
そのような中でも、今回お話しする内容の「子どもの記憶」に関しては、
現役の産婦人科医で医学博士である池川 明 氏と中部大学教授である大門 正幸 氏の共著である、
「人は生まれ変われる。 前世と胎内記憶から学ぶ意味」((株)ポプラ社)からの内容も含めてお伝えしますので、
興味のある方はご一読されると参考になるかもしれません。

 

また、現在子育て中の方、妊娠中の方、そして、子どもを授かりたいとの思いから不妊治療などに懸命に取り組んでおられる方もいらっしゃるかと思います。
そのような方々も、辛さや厳しさという側面のみではなく、希望や可能性という側面にも光を当てられることが出来れば幸いと思っております。

 

まず、「子どもの記憶」として大まかに3種類に分類してみます。
それは、「中間世での記憶」「胎内での記憶」「前世(過去世)での記憶」です。
なお、この流れは、今回産まれてきた、あるいは、これから産まれようとしている子どもが辿ってくる順番でご紹介します。
産まれついた後に「前世の記憶」を話し出すという意味で、こちらは3番目としております。

では、それぞれの記憶を見ていきましょう。

 

最初は「中間世での記憶」です。
「中間世」とはあまり聞き慣れない用語であるかと思います。
ヒプノセラピ-の前世療法でも活用している用語ですが、中間世とは、この世を旅立った後に、その時の人生を振り返り、これから先の生活に慣れていくための休憩所のようなものです。
またそれと同時に、これから産まれてこようとしている子ども(魂)が、(両)親との縁を考える場であったり、(両)親を決定した後に、産まれてくるまでの間に、その(両)親を見守っている待機所みたいなイメ-ジの世界とされています。

 

子どもに「前世はどうだったの?」と聞くよりも、「産まれてくる前は、どのような所にいたの?」と質問をすると、比較的色々な答えが返って来るケ-スも多い世界であるように思います。

 

そこで、この中間世と思われるエピソ-ドに関して、昨年放送されていたTVにおいて、女優の土屋 太凰(たお)さんがお話していました。
それは次のようなお話です。

 

太凰さんのお母様が妊娠中の出来事だそうです。
お母様が通っていた病院では、子どもの性別を事前にお知らせする方針は取っていませんでした。
そこでお母様は子どもの名前をどちらの性別で考えればよいか分からず困っていたそうです。

 

そのような状況の時に、ある夢を見たそうです。
その夢では、雲の上のような所に寺子屋のような場所があり、そこの机の前に赤ちゃんが座っていました。
そして、その赤ちゃんの目の前に長い紙が置かれていました。
そして、その紙には次のようなことが書かれていたそうです。

 

「 2月3日産まれ・女・太凰 」  と。

 

その夢を見たお母様は、もし本当に2月3日に女の子が産まれたら、名前を太凰にしようと決めたそうです。
そして、実際に太凰さんは2月3日に女の子として産まれてきました。

 

このお話はお母様の体験であり、太凰さんの記憶ではありません。
ご本人である太凰さんは笑いながら他人事のように楽しくお話していましたが、これは産まれてくる前の中間世から、太凰さんがお母様に実際に話しかけていた出来事と捉えることも出来ます。

 

また、妊娠してから産まれてくる迄の間、子どもは母親の胎内と、この中間世を自由に行き来しているという見解もあります。
そのような例として、母親が妊娠中に、しかも離れて過ごしている親類に起こった出来事などを、産まれてから子どもが話すのを聞いて、実際にその親類にそのような出来事があった、というお話も聞かれるケ-スも結構あります。

 

母親ですら知らない出来事を、その子どもが知っているというのはあり得ないお話でしょう。
しかし、「中間世での記憶」として捉えれば、あり得るかも、、、、、となるかもしれません。

 

次は「胎内での記憶」です。
「胎教」なども実際に行っている方も多いかもしれませんので、この記憶は比較的理解しやすい記憶かもしれません。

 

このケ-スでも、妊娠中に母親に起こった出来事や、その当時の母親、そして父親や周囲の方々の感情を話す子どもも比較的多く見受けられます。
胎内での出来事はヒプノセラピ-における年齢退行療法においても、当時の記憶や感情を思い出す方は多いです。

 

私もヒプノセラピストの資格を取得するに当たり、何度か年齢退行療法を経験しました。
するとある時、これから産まれ出ようとする直前に遡りました。
私は、セラピ-中、なんとなく息苦しくなって、早くこの場所から出して欲しいと思いました。

 

私自身、特に不都合な経験はありませんでしたが、このセラピ-を経験するまでは、何となくゴ-ルや目標が近づいていると感じると、心が焦るということを何となく感じていました。
この退行経験が実際の出来事かどうかは分かりませんが、それ以来、ゴ-ルや目標が近づいていると感じる時は、心を落ち着かせようと意識することが出来るようになりました。

 

最後は「前世(過去世)での記憶」です。
前世での記憶を話し出すのは、3歳頃から始まり、6,7歳頃で話すのを止める、あるいは忘れてしまうケ-スがとても多いです。
通常は、子どもの想像力はたくましいなぁ~という軽い気持ちで聞き流すことが多いかもしれませんが、そのように子どもが話している内容に耳を傾けると驚くような発見があるかもしれません。

 

勿論、小さい頃に読んであげていた絵本の内容などと前世の記憶が混在しているケ-スもあります。
これは「偽りの記憶」と呼ばれているものですが、子どもが何かの質問に想像力を使って何度も答えていると、その子どもには実際の記憶として定着していくという記憶です。

 

ただ、前世の記憶にせよ、偽りの記憶にせよ、それが表面に表れるということは、その子どもの潜在意識には何か意味のあることと考えられますので、そのような際は子どものお話に耳を傾けてあげてみて下さい。

 

このような前世の記憶に関しては、実際に色々な研究がなされています。
前世の研究で比較的有名なのは、バ-ジニア大学医学部精神医学・神経行動科学科知覚研究所の所長であった、イアン・スティ-ヴンソン博士の研究です。
氏の「前世を記憶する子どもたち」の書籍は有名ですし、バ-ジニア大学では現在も継続して研究・検証が進められています。

 

また、日本においても「勝五郎の話」という前世記憶にまつわる有名なお話もあります。
これは、小泉八雲ことラフカディオ・ハ-ンによって紹介されたお話ですが、インタ-ネットなどで「前世 勝五郎」などと検索すると内容が出てきますので、興味のある方はご覧になってみて下さい。

 

そして、前世の手掛かりとしては、ぶつけた覚えもないのに、小さい頃からあるあざや傷跡のようなものが見受けられるケ-スもあります。
他には、「異言」という現象も多数報告されています。
これは前世療法などのセラピ-で、催眠下において習ったこともない言葉を話すという現象です。
そして、その言葉は、訪れたことのない他の国で、数百年前までは使われていたが、現在では話されることのなくなった言語であるというケ-スが報告されています。

 

色々と子どもにまつわる記憶を見てきましたが、前世が本当にあるかどうかは分かりません。
中間世の記憶も同様です。
また、そこで語られる内容が真実であるかどうかを発見するのも容易なことではないでしょう。

 

私は前世などを解明することを目的としている訳ではありません。
それについては、色々な研究や検証をされている方が多数いらっしゃるので、お任せしたいと思っています。

 

大切なのは、何かしらの時点で、理由も分からない記憶などが呼び覚まされた時に、

 

それが今のあなたに贈る潜在意識からのメッセ-ジ

 

というケ-スもあるかもしれないという点です。

 

子どもは想像力も多分に活用しています。
そして、そのお話や記憶の中には、想像力だけではなく、事実の部分もあるかもしれません。
子どもが何かを話し出した時は、興味を持って聞いてあげてみて下さい。
それはお子さんにとって、とても良い体験になり、それから先の人生を送る上で安心感を与えてくれるかもしれません。

 

以前のTOPICSでも「子どもは親を選んで産まれてくる」というお話もしました。
現在子育て中の方は、子どもに選ばれたという自信を持って愛情を注いであげてみて下さい。
現在妊娠中の方は、すでに子どもに選ばれ子育ては始まっています。同じように愛情を注いであげてみて下さい。

 

そして、現在不妊治療などに取り組んでおられる方は、辛いと思われる時は「中間世での記憶」のお話を思い出してみて下さい。
土屋 太凰さんのお話のように、懸命に取り組んでいるあなたのことを、中間世から見守っている子ども(魂)が必ずいると思います。

 

産まれて来てくれるかどうかは分かりませんが、懸命に取り組んでいるあなたの思いは必ず届いていると思います。
そして、産まれてこなかったとしても選ばれなかった訳ではありません。
そのように取り組んでいるあなたの思いはすでに立派な子(魂)育てをしていることと思います。

 

子どもには無限の可能性があると言われています。
しかし、無限の可能性があるのは子どもだけに限りません。
同じように大人にも無限の可能性があります。
なぜなら、大人も同じように子どもだったからです。

 

制限を設けているのは他ならぬ自分自身です。
お正月明けで1年はまだ始まったばかりです。
「子どもの記憶」というテ-マから、可能性というポジティブな側面に光を当てていける年として、そして、行き詰まったと思われる時に、見方や視野を広げる意味で、よろしければ頭の片隅にでも置いてみて下さい。

2016年1月9日 05:01

本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

明けましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

2016年も始まりましたが、皆様も、今年1年をどのような年に創り上げていきたいかなど、色々な思いがあることと思います。
また、何かの目標や誓いを立てた方もいらっしゃるかと思います。
是非、自分自身に制限を設けず、自由な発想で思いを巡らせてみては如何でしょうか。

 

2016年は申年ということもあり、よく「見ざる 聞かざる 言わざる」などの故事が取り上げられます。
この故事の内容についても、色々な見解や解釈がありますが、私自身は個人的に以下のように捉えています。

 

「見ざる」
相手の欠点や短所のみに目を向けるのではなく、素晴らしい点、長所にも目を向けてみましょう。そうすると、あなたは相手の新しい面を発見し、それと同時に、相手もあなたの新しい面を発見し、お互いの関係が新たに素敵なものに発展していくことでしょう。

 

「聞かざる」
他の人の悪口などは聞かないようにしましょう。あなたにとってネガティブと思われる情報などに接し続けていると、知らず知らずのうちにあなたの考えや思いになり、そして行動に表れ、いつの間にかあなたの習慣になってしまうおそれもあります。あなたにとって本当に必要な情報なのかどうか、きっちりと取捨選択をしていきましょう。

 

「言わざる」
他の人の悪口や根も葉もない噂などを口にしないようにしましょう。言葉には力があります。それは他の人を傷つけるのみならず、巡り巡ってあなたに返ってくるかもしれません。他の人の評価を求められたりする際は、欠点のみを伝えるのではなく、素敵な面を探し、それを伝えてみましょう。そこにはネガティブな要素が入り込める余地がなくなります。

 

色々な解釈が成り立つ「見ざる 聞かざる 言わざる」ですが、

 

物事の本質は表裏一体

 

であることが多々あります。
コインの表裏、他の人は自分自身の表映しや裏映しである、というように表現される場合もあります。

そこで、「見ざる 聞かざる 言わざる」も大切ですが、その逆も意識してみて下さい。

 

逆もまた真なり  です。

 

「見る」
物事をしっかりと見つめてみましょう。大きい出来事も、小さな出来事の反映です。あなたの日常をしっかりと見渡せば、大きな出来事の解決法も見つかるかもしれません。日常を大切にしましょう。

 

「聞く」
他の人の意見などもしっかりと聞くようにしましょう。争いの種は意見のぶつかり合いであることが多々あります。まずは相手の話をしっかりと聞き、その上で自分の意見や考えを相手に伝えてみましょう。この際、感情ではなく理性で話し合いを進めてみて下さい。感情同士がぶつかり合いをすると、売り言葉に買い言葉になるおそれがあります。実は争いの種は意見ではなく感情であるかもしれません。理性を活用することで、お互いに新たな道が開けてくるかもしれません。

 

「言う」
相手のことを本当に思ってのことなら、しっかりと伝えてみましょう。伝えないことが優しさではない場面もあります。しっかりと伝えたならば、その後は相手に任せましょう。相手の方の人生は他ならぬその人のものです。そして伝える際は、出来うる範囲で綺麗な言葉で伝えてみましょう。綺麗な言葉が使われることで、感情よりも理性が働いてくれるようになります。

 

「見ざる 聞かざる 言わざる」も「見る 聞く 言う」も、私達が日常行っていることです。
そして、そのほとんどが無意識で行われていることもよくあります。

 

しかし、無意識であれ意識的であれ、あなたの中にないものは、外に出て来ることはありません。
そして、あなたの中にある大元は「思い」です。
「思い」が全ての出発点となります。
そして、あなたが創り上げたいと思っている2016年も、「思い」が出発点となり、色々なことが実現されていきます。
どうぞ、あなたの中の「思い」と楽しんで会話をしてみて下さい。

 

そして余談ですが、目標や誓いを立てた方は、どうぞ実現出来なかったことを怖れないで下さい。
意外に思われるかもしれませんが、目標や誓いが実現出来なければどうしよう?と怖れている人は結構多いものです。
そのために、実現出来なかった時に、自分に傷が付かないよう、知らず知らずのうちに、今までと同じ行動をとり続けてしまうということになりがちです。

 

目標や誓いが実現出来なかったとしても気にする必要はありません。
それまで行ってきたことが無に帰することもありません。
行ってきたことは、必ずあなたの中に根付いてます。

 

実現が今年中ではなく、来年の1月に少し延びただけかもしれません。
また、やってみたいことを続けている中で、本当にやってみたいことを新たに見つけ出すこともよくあります。
そのような時は、方向転換をすれば良いでしょう。
道は一つではありません。
色々な道を辿っても良い、ということを自分に許してみて下さい。

 

そして、簡単にクリア出来る目標をその都度探して設定してみて下さい。
例えばダイエットであれば、最初の1ヶ月は、今まで以上に食べないようにする。
そして、それがクリア出来れば、2ケ月目は、食べる量は今までと変えずに、食べる内容を変えてみる。
今までケ-キを2個食べていたのであれば、ケ-キは1個に減らし、2個目として豆腐やサラダを食べるなど色々考えられます。
勿論、設定を3ケ月ごとにしても構いませんし、自由に工夫してみて下さい。

 

人は目に見えた効果が感じられないと続けていくのが億劫になるということもよくあります。
最終目標は自分の中で制限を設けず、しかし手近にクリア出来そうな目標設定は至極簡単に!

というのがポイントです!

2016年1月4日 05:01

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