カウンセリングの心・思い

こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

今回は「カウンセリングの心・思い」というテーマで進めて行きたいと思います。
カウンセリングについては、行う人の数ほど方法があると思いますし、また、どの方法が良くて、どの方法が悪いというのも無いと私は考えています。
また、今回のテ-マはカウンセリングとしておりますが、何かを身に付けた人が行う特殊な方法論ではなく、
皆様も身近な方やお知り合いなどから、何かしらの相談などをされた時に、そのお話を聞く時に、
心に留め置いて頂ければ幾分お役に立てるかもしれないというテーマですので、気軽にお読み下さい。

 

では今回のテーマを始めるにあたり、一冊の小説を元にして進めて行きたいと思います。
その小説は「レインツリーの国」(有川 浩:新潮文庫)です。
ちなみに、このように小説の一節やある物語を元にお話を進めて行くというのは、
ヒプノセラピー(催眠療法)でも行われている暗示療法として活用されている手法です。

 

この「レインツリーの国」は、今までもTOPICSで紹介した「図書館戦争」(有川 浩:角川文庫)の中の一つのエピソードとして出て来る小説です。
「図書館戦争」の中では、耳の不自由な女性に対し、聴覚障害(注:私は個人的には「障害」という言葉を使用するのは好まないですが、ここでは便宜上使用します)を扱った小説を薦めたことで、「人権侵害だ!配慮が足りない!」と糾弾される原因となった小説として描かれています。

 

では、この「レインツリーの国」という小説ですが、耳の不自由な女性の主人公の「ひとみ」と、男性の「伸行」との恋愛ストーリーです。
ひとみと伸行は、ある小説の感想をメールを通して話し合っていくうちに、徐々にお互いに心を寄せ合っていくという所から始まります。

 

ところで、この主人公の「ひとみ」には聴覚障害があります。
聴覚障害と言っても、一般的には分からない事も多いかと思いますので、この小説の中から少し紹介・補足します。

 

まず、この主人公の「ひとみ」の場合は、中途失聴・難聴に区分されます。
中途失聴・難聴とは人生のどこかの段階(日本語を習得した後)で聴覚障害になった場合です。
一方、聾・聾唖は日本語を習得する以前(多くは物心がつく前)に、すでに障害が発生していたことで区別されています。

 

そして、中途失聴・難聴は、音はほとんど聞こえないが話すことは出来る場合が多く、第一言語は日本語です。
一方、聾・聾唖は、ほとんどが第一言語が手話であり、日本語というのは第二言語扱いになります。
日本語が第二言語扱いというのは、私達日本語が話せる人が、他の外国語(第二言語)を一から学ぶのと同じように、とても努力や頑張りを要します。

 

この小説の中では、「話せるのに聞こえない」という点で、健聴者から理解されにくいのは、中途失聴・難聴の方が多いと描かれています。

 

また、主人公の「ひとみ」は感音性難聴です。
感音性難聴とは、内耳から奥に原因があり、聴力自体に原因があるので、補聴器などをつけて音のボリュームなどを上げても、あまり効果は期待出来ないそうです。むやみにボリュームを上げても雑音が増えるだけということもあるそうです。
一方、伝音性難聴という区分もあります。
伝音性難聴とは、外耳や中耳に原因があり、音の伝わりにくい難聴とのことです。聴力自体は残っているので、治療や補聴器などの効果が期待されるそうです。聞き取りにくい音を大きくすることで、聞こえやすくなるという意味です。

 

少し紹介・補足が長くなってしまいましたが、私自身もこの小説を読むまで知らなかったことです。
よろしければこの機会にでも、少しでも知って頂ければと思います。

 

このように、感音性難聴である「ひとみ」は補聴器を活用しながらも、ほとんど音の無い世界で人生を送っています。
そして、「伸行」と一緒に外出しながらも、健聴者である「伸行」には分からない体験が様々訪れてきます。

そのような中、「ひとみ」が自分の心情を以下のように吐露しています。

 

「 痛みにも悩みにも貴賤はない。
周りにどれだけ陳腐に見えようと、苦しむ本人にはそれが世界で一番重大な悩みだ。
救急車で病院に担ぎ込まれるような重病人が近くにいても、自分が指を切ったことが一番痛くて辛い、それが人間だ。 」

 

カウンセリングを行っている人も、あるいは誰かから相談を受けた方でも、自分のフィルターを通して物事を判断しがちです。
「そんなのは悩みのうちに入らない」「気にしすぎだよ」などと声を掛けたくなる心情があるケースも理解出来ます。
100%相談の内容を相手と同じように共有するのは夢の中の出来事なのかもしれません、、、、、

 

そして、「ひとみ」は職場でイジメに遭っていました。
先ほど「「話せるのに聞こえない」という点で、健聴者から理解されにくいのは、中途失聴・難聴の方が多い」という点が背景にあります。
そして、先述の心情の吐露に続き、「ひとみ」は以下のようにも綴っています。

 

「 イジメは「聞こえ」さえすればそんなトラブルに遭わなかったという恨みもあるのだが、「聞こえ」があったからと言って本当に社会生活が巧くいったかどうかなんて分からない。 」

 

そして、この小説の中では次のことが描かれています。

 

「 音から隔絶され、そのことによって次は健聴者とのコミュニケーションが阻害される。
聴覚障害で最大の問題は、人間としてのコミュニケーションから隔絶された状態に置かれることになるのを世間になかなか認知されないことだ。
この困難の根の深さを想像だけで把握できる人間はまずいない。 」

 

以上、「レインツリーの国」から紹介しましたが、私がこの小説から感じたことは、まず、

 

(カウンセリングを行う人や、誰かから相談を受ける人にとって)
どんなに些細な悩みや苦しみに思えても、それを声に出して訴えている内容には、真摯に耳を傾ける

 

ということです。
聞く側が始めから一部の扉を閉ざしていれば、相談や話しをする側はそれ以上に心情を語ってくれることは、まず無いと思います。
逆の立場で考えてみれば理解出来ることでしょう。
そして、やはり一番大切なのは、

 

コミュニケーションを心掛ける

 

ということを感じます。
この小説でもテーマの本質は「障害」だけではなく「コミュニケーション」だと思います。
先ほど100%の共有は夢の中の出来事なのかもしれません、、、、、とコメントしましたが、

 

「 この困難の根の深さを想像だけで把握できる人間はまずいない。 」

 

という一節から来ています。
100%分かり合うというのは、障害があろうとなかろうと難しいのかもしれません。
しかし、「何が100%なのか?」という見えない答えでもあります。

 

「伸行」は「想像力」を使って色々試みます。
上手く行かない経験もします。
しかし、「ひとみ」との「コミュニケーション」を絶やすことなく、そして、次々に色々と試し、実践していくことで物語の結末に辿り着きます。
その結末も「100%」ではないのかもしれません、、、、、
なぜなら、その先にも「未来」が広がっているからです、、、、、

 

今回は「カウンセリングの心・思い」というテーマでしたが、答えがある訳ではありません。
そして、これを読んで下さった方々の数だけ、色々な「心・思い」があることと思います。

 

ちなみに、この小説は有川 浩さんの夫が突発性難聴になったことにより、産まれたエピソードだそうです。
私達はあらゆる経験を自分一人ですることは出来ません。
また、全てを自分一人で経験する必要もありません。
なぜなら、「想像力」や今回のような小説や、あるいは映画などからでも多くのことを学べるからです。

 

「レインツリーの国」は今月から映画の上映も始まるそうですが、皆様も手にした本や映画などから色々学びながら楽しんでみて下さい。

 

それと、余談ですが、私はABH(米国催眠療法協会)からトレーナーとしての認定を受けておりますが、
トレーナーとは、私自身が責任を持ってヒプノセラピー(催眠療法)を教え、そして受講生の皆様にABHから認定を受けることが出来ると判断をし、実際に認定を行うことが出来る資格です。

そして、トレーナーの認定を受けるにあたり催眠術ショーのようなものを行う実技もあります。
この際、ある特殊な方法で幾つかの短い物語(メタファー)を暗示として活用しながら進めていきます。
実は、この方法が今回ご紹介した「レインツリーの国」の小説の構成と似ている点があります。
ヒプノセラピー(催眠療法)に興味がある方は、この小説のどこに似ている点があるのかを探しながら読んでみるのも面白いかもしれません。

2015年10月30日 05:10

グラウンディングと紅葉・もみじ

こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

秋も段々と深まってきましたが、先日、黒石市にある「中野もみじ山」に行ってきました。
名前の通り紅葉の名所ですが、少し時期的には早かったかもしれませんが、とても素晴らしい景色でした。
平日にも関わらず、観光バスなども来ており、駐車場はほぼ満杯でした。

 

中野もみじ山には中野神社がありますが、この神社は800年頃に、坂上田村麻呂が蝦夷平定の際に建立されたそうです。
そして、1,800年頃に、弘前藩主の津軽寧親(やすちか)公が中野山のもみじや不動の滝に魅了され、京都からかえでやもみじの苗を取り寄せ移植したそうです。
以来、京都の名所である「嵐山」に対し、「小嵐山」と呼ばれるようになったそうです。

 

色々な景色を見ながら、観楓台なども巡ってきましたが、樹齢700年とも言われている、スギの大木も素晴らしかったです。
そして、このような樹齢の大木、そして、木々の先に咲き誇っているもみじなど、
これらを可能にしているのは、、、、、

 

「根・基盤」がしっかりしている!

 

ということだと感じました。
大木などは見えない地中に相当深くしっかりと根を張っているでしょうし、根がしっかりと張られているからこそ、もみじなどの葉も、成長や変化を遂げることが可能なのだと思います。

 

ところで、西洋のヒーリングでは、「グラウンディング」という手法がよく活用されています。
日本風に表現すれば「地に足を着ける」ヒーリングと言えるかもしれません。

 

何か気分が浮ついているなぁ、集中力が続かないなぁ、漫然と日常が過ぎていくなぁ、などと感じている時に行うと効果があるヒーリングとされていますが、このヒーリングのポイントは、

 

「今に在る」「今に生きる」こと

 

を実践するヒーリングでもあります。
手法は様々ありますが、今回は最も簡単な方法をお知らせ致します。

 

まず、「両足の裏」あるいは「尾てい骨や仙骨の辺り」からエネルギーの線が出ているのをイメージし、
それを地球の中心まで伸ばし、地球のコア(核)に繋げるという簡単な手法です。
これをイメージ化で行います。

 

エネルギーの線とはイメージしやすければ何でも良いのですが、例えば、綱引きをする際の太いロープ(綱)や、船の碇(アンカー)などをイメージする方も多いです。
船の碇(アンカー)の場合などは、コア(核)にくさびを打ち込むような感じで、より繋がりをイメージしやすいのかもしれません。

 

また、この「グラウンディング」は、車を運転する時や、電車で移動する時、また、飛行機に乗る際などに安心感を保つために活用している方も多数おります。

 

奇しくも、今、横浜のマンションで問題となっているのも「地盤・基盤」です、、、、、が、
「グラウンディング」などを活用して、人生あるいはご自身の「根・基盤」を更に望ましいように創り出し、そして強固なものにしていくと、いつの間にか樹齢700年の大木のように、エネルギーに満ちた人生を歩んでいけるかもしれません、、、、、、
興味のある方は試してみて下さい。

 

そして余談ですが、よく大木などからパワーを貰うために、木に抱きつく方も見受けられます。
触れることが制限されていなければ、木に優しく触れてみることは素敵な体験になると思います。
私も樹齢700年のスギの大木に手を当ててきました。

 

レイキ ヒーリングを行っている方は感じやすいかもしれませんが、レイキはただ自分を通して流れていくものです。
その際の反応として熱感などを感じる場合は多いですが、この場合の熱感は、チリチリ感や、何か粗い感じを受けるケースもあります。
あくまでレイキが流れて反応しているだけなので、相手から何かを受け取ることはありません。

 

今回、私が大木に手を当てた時は、柔らかい、何か密度の繊細な「暖かさ」を感じてきました。
おそらくこれは反応ではなく、大木から私に流れてきたエネルギー的なものかもしれません。
レイキを行っていなくとも感じる方は大勢いらっしゃいますし、感じ方も千差万別あるかと思いますが、
機会があれば、木を傷つけることなく、そして優しく触れて、色々感じてみて下さい。

 

中野もみじ山はこれからもっと色づくことでしょうし、11月上旬頃迄は見頃だそうです。
ライトアップもありますし、山中の道はフカフカして気持ち良い所もありますが、
急な傾斜の箇所もありますし、霜の影響などで落ち葉で滑りやすくなっている箇所もありますので、
もし行かれる方は、気をつけて、そして楽しんでみて下さい。

2015年10月23日 04:10

「忌」という字から

こんばんは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

私達の日常は、「言葉」とは切っても切り離されないのが常となっています。
耳が不自由な方も手話という手段でコミュニケーションを取る場合もありますし、筆談などもあります。
そして「言葉」の元となっているのが「字」です。
そこで、今回は「忌」という字から色々考えてみたいと思います。

 

では、私が今回、なぜ「忌」という字を選んだか、、、、、
「忌」という字からは、「忌中」「忌々しい」などのように、おそらくほとんどの方がネガティブなイメージを伴っていると思います。

 

ところで、「忌」という字を分解してみると、何か見えてきませんでしょうか?

 

「忌」 = 「己(おのれ)」 + 「心(こころ)」

 

そうです。
「忌」という字は、「己の心」という成り立ちになっています。

 

話しの視点を少し変えてみます。
「鬼子母神(きしもじん)」のお話をご存じの方もいらっしゃるかもしれません。
鬼子母神は現在では安産・子育ての神として、色々な所で奉られております。

 

鬼子母神は多くの子どもを産み育てていました。
その子どもの数は、500人とも1,000人とも言われています。
しかし、そのような多くの子どもらを育てていくために、近隣の子どもをさらい、その子どもらの肉を自分の子ども達に食べさせていました。

 

そのような状況を見かねたお釈迦様が、ある日、鬼子母神の末っ子を隠してしまいました。
鬼子母神は末っ子を探し続けましたが見つからず、相当嘆き悲しんだそうです。

 

そして、そのような状態の鬼子母神にお釈迦様は次のように諭しました。

 

「1,000人もの子どもがいても、そのうちの一人を失うのでも、いかに嘆き悲しいことか、、、、、
ましてや、数少ない一人の子どもを食べるとは、その(実)父母の嘆き悲しみはいかほどであろう、、、、、」

 

この言葉により、鬼子母神は改心して、現在では尊崇の対象となったというお話です。
自らの子どものために、他の人の子どもを食べる、、、、、、
おそらく、その時の鬼子母神は「心の鬼」となっていたのかもしれません。

 

ところで、以前のTOPICSでも登場しておりますが、マザー・テレサの言葉の中に、「あなたの中の最良のものを」というのがあります。
前段は少し長いのですが、許すことや愛することなどを、どんなに裏切られてもやり続けなさい。
そして、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。

その締めくくりとして、

 

「最後に振り返るとあなたにも分かるはず。
結局は、全てあなたと内なる神の間のことなのです。
あなたと他の人の間のことであったことは一度もなかったのです。」

 

鬼子母神は仏教の世界です。
マザー・テレサはキリスト教の人です。
私は特段、仏教徒でもキリスト教信者でもありませんし、基本的に無宗教です。

 

鬼子母神でもマザー・テレサでも、国も違えば文化も違います。時代も大きく違います。そして宗教観も違います。
しかし、上記の二つのお話の本質は「人の心」について諭していると私は個人的に思っています。

 

繰り返しになりますが、「忌」という字は「己の心」です。

 

余談になりますが、「忌」というと「お葬式」などを思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。
お葬式が終わり、家に入る前に「お塩」を振りかける方も多いことでしょう。
「お塩」は浄化や魔除けなどとしても、日本では古来からよく活用されています。

 

しかし、愛する人とのお別れの会というのは、「穢らわしい」場では本来ありません。
浄化される対象は、残された人々の側の方です。
そのような意味から、「お葬式」などの多くの方の悲しみに溢れた感情などが、過度に日常の生活に影響を及ぼすことのないよう、ある種の「心の切り替え」という意味で馴染んできた風習なのかもしれません。

 

なお、どうしても気になる場合は、本来の「浄化」という意味では、化学的に精製された「お塩」では、ほとんど効果がないと言われています。
そのような場合は、きちんとした製法で作られた、ミネラルを含んでいる「お塩」を活用する方が良いそうです。

 

ちなみに、「患」という字も「患者さん」「患部」などのように使用されますが、
これも、「心(こころ)」に「串(くし)」が刺さった状態の成り立ちです。

 

私の個人的見解も多分に入っていますが、
皆様も自分の好きな「字」がありましたら、成り立ちを自分なりに解釈してみると、新たな発見があるかもしれません。

2015年10月16日 09:10

図書館戦争とニュートリノ(素粒子)

こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

今回は「図書館戦争とニュートリノ(素粒子)」というテーマでお伝えしていきたいと思います。
「図書館戦争」と「ニュートリノ(素粒子)」では、全く繋がりも脈絡もなく感じるかもしれません。
では、このテーマから何が紡ぎ出されるのか進めて行きたいと思います。

 

「図書館戦争」については、2014年10月24日のTOPICS「小説「鹿の王」」でも少し触れていますが、
先日、TVにて特別版とサブ・ストーリーのドラマが放映されていました。
また、来週から最新版の映画も公開されるとのことです。

 

この「図書館戦争」は「思想・言論の自由」を守るということが大きなテーマとなっています。
権力者側にとって都合の悪い思想や言論は全て取り締まりの対象となってしまう、とても息苦しい世界が舞台となっています。

 

ところで、先日、「ニュートリノ(素粒子)」が質量を持つことを証明したことで、ノーベル物理学賞の受賞のニュースも流れていました。
「ニュートリノ(素粒子)」は私達の肉眼の目には映りませんが、私達の身の周りの至る所に溢れている物質です。
そして、この物質は1秒間に約1兆個もの数が、私達の体を透過しています。
つまり、私達が意識している、意識していないに関わらず、この目に見えない物質は、私達の体を常に貫通し続けているということです。

 

そして、今回の発見により、今現在通用していると思われている現代物理学の根本・前提の見直しを迫られる理論が証明されました。
つまり、従来の枠組みでは、もう捉えきれない現象が証明されたということです。

 

では、何がこの発見に繋がったのでしょうか?

 

それは、証明する以前に、このような現象もあり得るかも?という「発想」の転換があったことと思います。
言い換えれば、「大胆な仮説」と言えるかもしれません。
そして、この「大胆な仮説」を証明しようとして、「スーパーカミオカンデ」という装置が作られていきました。

 

そこで、「図書館戦争」では「思想」を守ることがキーワードです。
今回の「ニュートリノ(素粒子)」では「発想」がキーワードです。
「思想」と「発想」では違いがあるのでしょうか?

 

「思想」は「生き方」や「哲学」、場合によっては何か宗教的な感じや、オカルト的な響きを感じる方もいるかもしれません。
一方、「発想」は「アイディア」や「着眼点」といった印象を持たれるかもしれません。

 

しかし、「思想」は「想い」に「思い」を馳せることです。
そして、「発想」は同じ「想い」を「表現」することです。
思想も発想も「想い」は同じです。

 

つまり、「思想」が弾圧されるということは「発想」が弾圧されるということです。
自由な「思想」が認められるとは、自由な「発想」が認められるということです。
そして、自由な「発想」が認められているため、今回のような素晴らしい「発見」に繋がったことと思います。

 

もうお分かりかもしれませんが、「発見」とは、「想い」が目に「見える」形になった現象です。
「見える」という現象が「表現」されたということです。

 

話は変わりますが、私が行政書士の仕事をしていた時、事務所の内外でも色々な会議がありました。
その際、私個人としては、会議の場での発言に「制限を設けない」ということを心掛けていました。
つまり、どんな突拍子もない、あるいは実現不可能のように思われるアイディアでも考えでも、まずは表現して貰うということです。
実現出来るかどうかは、その次に考えれば良いことだからです。

 

会議の場などでアイディアや考えを述べて貰う際、「実現可能な」という条件や前提を付してしまうと、「実現可能な」ことすら困難な道を歩むように私には感じられます。
言い過ぎな表現ですが、このような条件や前提も「弾圧」に近いものかもしれません。

 

私が行っているカウンセリング、ヒーリング、セラピーにおいても、

 

自分は「どうなりたいのか!」

 

という点を考えて貰い、そこを目指すようにしております。
そして「どうなりたいのか!」ということを考える際には「制限」を設けないようにアドバイスをしています。

 

自由に「どうなりたいのか!」を考えても良いのですよ、とアドバイスをしても、
「私には出来ない」「そこまでにはなれない」など、自らに「制限」を設けてしまう方もいらっしゃいます。
繰り返しですが、実現させる「方法」はその次に考えれば良いのです。

 

そして、「どうなりたいのか!」が決まったら、一番のポイントは「簡単にクリア出来る目標」を設定することです。
例えば、常に憂鬱な気分に苛まれているのなら、「1日に1度だけ笑う」といった簡単な目標です。
作り笑顔でも構いません。
そして、クリア出来たら、その回数を増やして次々にクリアしていくことです。

 

そして、このような簡単な目標をクリアしていくことで、自分でも気づかないうちに「自信」が産まれていきます。
「自信」が産まれれば、ドンドン「確信」に変わっていきます。
そして、知らず知らずのうちに、「どうなりたいのか!」という「自分」に近づいていると思います。
そして、また近づいた段階で新たな「どうなりたいのか!」という前向きな自分を発見していくことと感じます。

 

今回のテーマ「図書館戦争」と「ニュートリノ(素粒子)」では、「思想・発想」が大きなテーマであり、そして「制限を設けない」という所が裏のテーマになっています。
なお、「思想・発想」に「制限を設けない」と言っても、「差別」をしてはいけません!
「相手」が存在することも念頭に入れておいて下さい。

 

ここから先は余談ですが、私はこのTOPICSにおいては、科学的な視点・観点も出来る限り取り入れています。
私は高校時代は理数系の科目は全くの不得意でした。
高校時代の全国模試の数学においては、「2点」を取った強者(つわもの)?です。
しかも、答案用紙の自分の「名前」の箇所に〇印(2点)が付けられていました。
きっと、採点して下さった方の、お心遣いと激励の想いが込められていたと解釈しています。

 

このように理数系は不得意ですので、科学雑誌などを読んでも詳しいところはほとんど分かりません。
数式などが書かれている所は、読み飛ばしています。
しかし、全体のイメージを掴めるように心掛けて読んでいます。

 

そして、このように全体のイメージだけでも掴みかけていると、以前に読んだ小説の中で、自然描写の中であった素敵な表現が、実は科学的にはこのように捉えられているのかな?と感じたりすることも多くなっていきました。

 

今回の「ニュートリノ(素粒子)」においても、色々な本やTVを観ている中で、「ニュートリノ(物質)」と「反ニュートリノ(反物質)」が存在していることが分かりました。
そして、現在の説では、宇宙は「物質」で出来ていると考えられています。
また、「反物質」の星や人間世界があるのでは?という研究もなされているそうです。

 

「物質」と「反物質」が1:1の割合で衝突すると「対消滅」という現象が起き、「物質」も「反物質」も「消滅」してしまいます。
そして、宇宙の成り立ちは、数値は仮のものですが、「物質が1.1」、「反物質が1.0」の割合で衝突したために、「物質の1.0」と「反物質の1.0」が消滅したため、残った「物質0.1」で構成されたと考えられているそうです。
そして、残りの「物質0.1」で、宇宙、そして私達の体やその他の全ての物質が作られたという説です。

 

ここから私の素人的な発想から考えると、何かしらの体の物的な症状などは、「反物質」をある一定の割合で体内に取り込むことにより、不要な箇所は「対消滅」して症状が消え、体たる物質は本来の姿に戻れるのでは?などと考えたりしています。

 

前回のTOPICSで「nano(ナノ)」レベルのお話もしましたが、体を透過するという素粒子の性質により、近い将来の医学の大胆な発展、また、「エネルギー」や「心・意識」などのヒーリングやセラピーの解明にも近づいているのかもしれません、、、、、

2015年10月9日 04:10

スピリチュアルなドラマ

こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

10月に入り、肌で感じる季節感もドンドン秋めいてまいりました。
秋の夜長ということで、読書の秋とも言われますが、読書はチョット面倒くさいなぁと思われる方のために、今まで私が観たスピリチュアルなドラマ(DVD)を幾つかご紹介致します。

 

と言うのも、レイキ ヒーリング認定講座やヒプノセラピスト認定講座を行っている中で、目に見えない「心・意識」「エネルギー」などを対象にしている部分もあり、受講生の方との雑談の中でも、スピリチュアルな話題はよく出てくるからです。
私も今まで色々な書籍なども読んできましたが、真実の所は分かりません。
なぜなら「証明」出来ないからです。

 

しかし、国や地域、あるいは文化や宗教を超えて、ある共通点が見い出せるケースもあります。
私はそのようなケースでは、そこに書かれている内容を尊重する場合もあります。

 

そして、スピリチュアルという点では、日本語では「霊感」「霊能力」などと称されるケースが多いです。
「霊」という用語が、何か仰々しい響きも伴っており、あまり良いイメージは持たれない場合が多いと思います。

 

一方、欧米ではこのような能力は「GIFT(贈り物)」と称されています。
このような能力は怖いものではなく、日常生活、そして人々のために役に立てるよう、天から与えられた贈り物と言うことです。

 

このような点を踏まえてドラマ(DVD)を幾つかご紹介していきます。

 

まずは、「ミディアム ~ 霊能捜査官 アリソン・デュボア ~ 」(全7シーズン:パラマウント ホーム エンターテイメント ジャパン)です。
この主人公のアリソン・デュボアは実在する人物です。
実際にアメリカにおいて殺人事件などのプロファイラーとして活動していました。

 

ドラマの内容は、霊能力を駆使して、殺人事件の被害者などと交流し、事件を解決に導いていくというものです。
ドラマの脚本は一部実在の事件をモチーフにしている内容もありますが、多くはフィクションで、サスペンスとして観ても楽しめると思います。

 

ちなみに、アリソン・デュボアに関しましては、「あの世から届く愛のメッセ-ジ」「愛する人の霊はいつもあなたのそばにいる」(共に徳間書店)も刊行されていますので、興味のある方はDVDと共に読んでみると、違った観点からドラマも楽しめると思います。

 

次は、「ゴースト ~ 天国からのささやき」(全5シーズン:ウォルト・ディズニー・ジャパン(株))です。
この主人公の元となっている人も実在している人物です。
内容はこの世に未練を残して旅立った方々の執着を解き放ち、浄化させていくというものです。

 

「ミディアム ~ 霊能捜査官 アリソン・デュボア ~ 」、「ゴースト ~ 天国からのささやき」共に、死者との交流を介して、浄化させていくというものですが、幼い頃からのこのような能力を周囲の人々に理解されず、その中で生きていくことの葛藤などが共通しています。
そして、このような状況の中においても、家族や友達との愛ある関係を築いていくことが、共通の本質的なテーマとなっています。
殺人事件や死者との交流もモチーフになっていますが、本質は人間関係の物語ですので、色々と学べる点も多いかと思います。

 

最後は、「スターゲイト アトランティス」(全5シーズン:20世紀 フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン)です。
こちらもスピリチュアルな内容も多分に含まれていますが、基本はSFや宇宙が舞台になっています。

 

アトランティスとは哲学者のプラトンが著書の中で実際に言及しているものですが、今から1万年以上前の地球において実在した大陸であると言われています。
ここでの生活様式はクリスタルなどからエネルギーを産み出したりと、科学的にもかなり進んでいたとされています。
その進展具合は、今現在の科学とも匹敵出来ないほど進んでいたそうです。

 

そこでドラマの内容ですが、現在の地球の科学者達が、宇宙空間にある「スターゲイト」を発見し、そこから様々な宇宙の星に行き、色々な文明と交流をしていく中で様々な出来事が起こっていきます。
この「スターゲイト」というのは、空間を超越して移動出来る手段であり、現在実際に研究されている「量子テレポーテーション」の発想の元になっていると思われます。

 

そして、ドラマの中ではかなり進んだ科学や医学を手中にしたにも関わらず、「心・意識」の部分では、最後の手段としてヒプノセラピー(催眠療法)を施したりする場面も何度か出てきます。

 

そして、アトランティスにて生活していた人々は最終的にはドラマ内の表現を用いれば「高みに昇る」ことを目的としていました。
「高みに昇る」とは、肉体を通しての学びを完了し、その後は意識体としての学びや生活を送っていくということです。
これはスピリチュアルな概念ですが、化学的表現でも「昇華」と表現されています。
「昇華」とは液体を経ずに、固体から気体に変化することです。
例えば、「氷」から「水」に変化することなく、即座に「氷」から「水蒸気」に変化する現象です。
私達の「肉体」を「氷」と仮定すると、「意識」が「水蒸気」ということになるでしょう。
このような概念では、私達が一般的に考えている「死」という定義やイメージが全く変わってきます。

 

また、癒しという点では、ナノレベルの機械を人体に取り入れることで、飛躍的な治癒を実現させる場面なども出てきます。
ナノ(nano)とは10億分の1の単位のことですが、例えば1ナノメートルと言うと、1ミリの100万分の1の単位になります。
このように私達の細胞よりも遙かに微少な単位を活用している点などは、現在の私達の生活にも見られるようになりました。

 

最近流行の水素水などもナノ単位で体に浸透するため、活性酸素を効率的に除去出来ると言われています。
また、オゾン水などもナノレベルであるため、多くの細菌やウィルスなども死滅させることが出来ると言われています。

 

このように、このドラマの内容からは科学的な見方とスピリチュアルな見方の融合や、SFということもあり、お子さんと一緒に観ることが出来るように思います。

 

以上、3つのドラマ(DVD)をご紹介致しましたが、スピリチュアルと言うと、全く受け付けない方、あるいは、日常生活に目を向けず、ひたすら精神世界に没頭してしまうなどの、両極端の反応がよく見受けられます。

 

スピリチュアルとは、言葉を換えれば一種の「哲学」です。
今現在をより良く生きるための智慧とも言えるでしょう。

 

スピリチュアルな「哲学」を必要とされない方々も多いでしょうし、私はそれで構わないと思います。
一方、あまりにもスピリチュアルな側面に傾倒している方は、少しバランスを取ることをお勧め致します。

 

あくまで大切なのは、今の日常生活です。
そこには人間関係など様々な側面が含まれています。
そこから逃避をして、精神世界にのみ生きる術を見い出そうとすると、それもやはり行き詰まりが出て来る事と思います。

 

バランスを取ると言っても、「5:5」である必要はありません。
「6:4」の場合もあれば、「7:3」の割合が心地よく感じる方もいるでしょう。
バランスを取ることを意識すれば、今、目の前の生活にも自然と目を向けていることになります。

 

読書でもドラマ(DVD)でも大いに活用して、自分の中のバランスを心掛けてみて下さい。

2015年10月2日 04:10

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