胎教とシンクロニティ

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

今回は「胎教」をテ-マに進めて行きたいと思います。
胎教は最近ではよく耳にするようになりましたが、一説では、胎教は2千年以上前の中国で既に知られており、
また、日本においても江戸時代には一般的に耳にするようになっていたと言われています。

 

今回、胎教をテ-マに取り上げたきっかけは後に触れますが、ある一冊の本に胎教のことが書かれていました。
それは、「吉田 松陰 と 久坂 玄瑞」(著:河合 敦、版:幻冬舎新書)です。

吉田 松陰は皆様も歴史の授業などで一度は耳にした人物であろうと思われますが、「松下村塾」を創設し、
そこでは今で言う、教師のような役割をし、久坂 玄瑞や高杉 晋作などの師と伝えられている人物です。

そして、先の本の中に、吉田 松陰が妹の千代に対して、獄中から書いた手紙が紹介されていました。

 

「 昔、聖人の作法には胎教と申す事あり。子、胎内に宿れば、母は言語立居より給(たべ)ものなどに至るまで、
万事心を用ひ、正しからぬ事なき様にすれば、生るる子、なり姿正しく、器量人の勝るとなり。
物しらぬ人の心にては、胎内に舎れる見聞きもせず、ものも言はぬものの、母が行を正しくしたりとて、
などか通ずべきと思ふべけれど、こは道理を知らぬゆゑ合点ゆかぬなり。
およそ人は、天地の正しき気を得て形を拵(こしら)へ、天地の正しき理を得て心を拵へたるものなれば、
正しきは、習はず教へずして自ら持得(もちう)る道具なり。
ゆゑに母の行(おこない)ただしければ、自ら感んずること更に疑たがふべきにあらず。
是れを正を以て正しきを感ずると申すなり」

古い口調なので難しいと思いますので、この本の著作者の河合 敦 氏の翻訳をご紹介します。

 

「 妊娠した女性が、その行動に気をつけ、正しいおこないをしていれば、生まれてくる子どもも立派な人間となる。
無知な者は、胎内で目も見えず耳も聞こえず、言葉も言えない胎児に対し、そんな胎教など効果はないだろうと思うかもしれないが、それは間違いである。
正しさというものは、習ったり教わったりするものではなく、もともと人に備わっている道具なのだから、母のおこないが正しければ、それを感じて子どもも自ずから正しいおこないを身に付けるようになる」

 

そして、吉田 松陰はこの後、「ましてや目も見え、耳も聞こえ、言葉も話せるのであれば、たとえ子どもといっても、正しいことはきちんと感じ取れる。また、正しくないことも速やかに感じ取るだろう。、、、、、」と続け、子どもへの教育の重要性を妹の千代に対して伝えています。

 

ところで、ヒプノセラピ-(催眠療法)の「年齢退行療法(インナ-チャイルド)」では、
セッションを受けにきた問題の理由になっていると思われる出来事を、母親の胎内での出来事に見い出す方も少なくありません。
そこでの出来事は様々ですが、そこから判明することとして、私達は胎内においても母親や父親、あるいはその他の周りの人々の「話し」もちゃんと「聞こえている」し、また、同様に母親や父親、そして周囲の人々の「感情」までも「感じ取っている」ということです。

 

ヒプノセラピ-の観点から考えてみても、胎教ということには一つの真理が含まれているように感じます。

 

そして、私が考える胎教の目的は、頭の良い子になってもらうことでもなく、賢くなってもらうことでもないと感じます。
(勿論、このように育ってくれることに関しては素敵なことと思いますが)

 

私が感じる胎教の目的、それは、

 

「安心して(この世に)生まれて来て良いんだよ!」

 

と、子どもに伝えてあげることにあると感じています。
なぜなら、先の「年齢退行療法」においても、生まれてくる直前になって、
「生まれてくるのが怖くなって尻込みをした」という体験を語る人も多いからです。

 

およそ突拍子もない話しにも思えるでしょうし、胎教が医学的観点から現在の所は効果が見られないとされていても、
どんどん愛情を持って話しかけたりする胎教は素晴らしいことと思います。
そして、「安心して(この世に)生まれて来て良いんだ!」と子どもが思えることは、
その子のこれからの人生において、絶対的な安心感へと繋がっていくことと思います。

 

ヒプノセラピ-の観点からも、胎内にいるお子さんに対して、素敵な物語を読み聞かせてあげ、素敵な音楽を聴かせてあげ、
そして、どんどん話しかけてみて下さい。

 

また、お腹に手を当てる、あるいは、優しくゆっくりお腹をさすってあげるのも、レイキ ヒ-リングの観点からは、
母子共にヒ-リングの効果が見込まれますので活用してみて下さい。
なお、あまり激しくお腹をさすったりすると、子どもはエネルギ-に敏感ですので、少しこそばゆく感じるみたいです。

 

そして、ここから先は余談になりますが、今回「胎教」をテ-マにした理由です。
先日、父の72歳の誕生日を実家で行いました。
そして初めて父から、私の名前「瑞之(みずゆき)」の由来的なことを聞きました。

それは、私の「瑞」という字は、父の何かしらのヒラメキ?で「久坂 玄瑞」から付けたとのことでした。
私は明治期の歴史については詳しくないので、久坂 玄瑞も名前位しか知りませんでした。
そこで良い機会と思い、久坂 玄瑞に関する書籍を色々読んでいた折、今回の胎教の話しに繋がりました。

 

それと以前にもTOPICSで軽く触れましたが「シンクロニティ」が起こったことです。
先日の誕生日の席において、私も父も「瑞之」という名前の人にはまだ出会ったことがないことが分かりました。

そして、まさしく昨日たまたま(世の中に偶然はないと言いますが、、、)TVを見ていました。
別にそのTVを見たい訳でもなかったので音楽を聴きながら画面を眺めているような感じでした。
また普段はそのチャンネルに合わせることもほとんどありません。

すると、ある家族が紹介され、そのお子さんの一人の方のお名前が「瑞雪」と紹介されていました。
音楽を聴きながらだったので、そのお子さんのお名前が何と呼ばれているのかは分かりませんでしたが、
字は違いながらも「瑞雪」というお名前の方に出会ったのは昨日が初めてでした、、、、、

2015年7月28日 04:07

2015 夏:高校野球

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ここ数回は「安保法案」「短命県 返上!」など、重たい?テ-マが続きましたので、
今回は「高校野球」をテ-マに進めて行きたいと思います。

 

本日は甲子園出場を掛けて、青森県大会の決勝戦が行われました。
延長戦の末、サヨナラ勝ちで勝敗が決する、とても素晴らしい試合でした!

 

最近では高校生の今後の野球人生を考慮して、球数制限を設けては、といった議論もなされていますが、
今日の試合を観ている限りでは、球数制限を設けて投手を交代させるル-ルというのも、
物分かりの良い大人側の意見に過ぎないようにも感じました。
精神論で押し切るのも乱暴な進め方で良くないとは思いますが、球数制限等のル-ルを適用するにしても、
大人側の意見を一方的に押し付けるのではなく、是非、実際にプレ-をしている高校生の意見も反映させて進めていって貰えればと感じます。

 

ところで、私も小・中学校と野球をしていましたが、その頃の青森県勢の甲子園というと、せいぜい1勝出来ればとか、あるいは夏の甲子園では青森県として1本もホ-ムランが出ていない、などが主な話題だったと思います。

 

それが近頃では、甲子園に出場しても決勝戦まで進めるなど、レベルもかなり上がっている状況だと思います。
この要因の一つとしては、越境入学もやはり関係していると思います。

 

青森県勢が強くなり出した頃、出場校の選手のほとんどが越境入学者で地元選手がいない、など多くの批判もあったことを記憶しています。
この件に関しては、今でも多くの意見があることと思います。
勿論、越境入学に関しては野球のみならず、他のスポ-ツや学問の分野でも行われていることと思います。

 

しかし、私が越境入学に関して凄いなぁと感じる側面もあります。
それは、野球であれば甲子園出場という「明確な目標」を持ち、そして、それを実現するために親元を離れ、知らない街で生活を送るという「決断を実行している」という点です。
それも中学生の段階でこの「選択」をし、「決断」をし、そして「実行」出来るという所です。
私が中学生の頃であれば、到底このような「選択」と「決断」、そして「実行」は出来ていないと思います。

 

今回は越境入学の是非を考えるテ-マではありませんので、別の観点に移動しますが、
それは、越境入学にしても、

 

「選ばれる学校」がある

 

という点です。
選ばれる要因も色々あるでしょう。
寮が完備されている、また、親元を離れての団体生活におけるル-ルがしっかりしている、そして野球であれば甲子園に近いということもあろうかと思います。

 

そして、これを一言で言えば、

 

「魅力」がある

 

ということになろうかと思います。
どこに「魅力」を感じるかは人それぞれでしょうが、やはり「魅力」が感じられないものは選ばれないのだと思います。

 

最近は「地方創生」という、よく分かるような分からないような言葉で地方の活性化が叫ばれていますが、
やはり「人」が集まることがポイントだと感じています。

 

そして「人」が集まるには「魅力」があるのだと思います。
「人」が集まることの中には観光客も含まれるでしょうが、
やはり「そこに住みたい」という「人」が集まってくる「魅力」が必要だろうと思います。
そして、その「魅力」は当然のことながら「今住んでいる人」にとっても「魅力」がある必要性があると思います。

 

高校野球で言えば、越境入学者が増えたことで強いチ-ムが出来、そして、そのようなチ-ムと練習や試合をするという交流を経て、青森県のレベルも徐々に上がっていた側面も否めないと思います。

 

地方の活性化という「街作り」において、
「今住んでいる人」そして「移住してくる人」双方が意見を出し合い、複合的に、そして、少しの長い目を持って出来ることから実現していくことが、高校野球からも学べる観点かもしれません。

2015年7月22日 05:07

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

今回は、明日15日にも強行採決か?と話題になっている「安保法案」と、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。」というフレ-ズ、そして「前世療法」の観点からこの問題を考えてみたいと思います。

 

まず、いつもお伝えしている通り、この法案に賛成あるいは反対、様々な意見があると思います。
そして、「前世」の存在を信じる信じないということも皆様の自由です。

それを前提としつつ、今回は、「前世」は科学的には証明されていないが、統計学上の調査においては、かなり高い確率でその存在が証明されつつある、そして、「前世」の存在を前提としなければ説明のつかない事例が多数保留のまま存在している、ということを念頭にお読み頂いて考えて頂ければと思います。

 

まず、ヒプノセラピスト認定講座においては、受講生の皆様にも「前世療法」を複数回体験して貰っています。
そして、体験した多くの方が、直接的であれ間接的であれ、「戦争」あるいは「戦闘」など、人を傷つけ殺し、あるいは自分が傷つけられ殺され、といった「前世」を思い出す方がとても多いです。

 

また、以前私が「前世療法」を行った方は、理由は分からないけど「戦闘機や艦船」に非常に興味があるので、それに関する「前世」を知りたい、というテ-マで行ったことがあります。
その方は、ある「戦争」体験を思い出し、その際の戦闘で負傷した箇所にセッション中も強烈な痛みを感じていました。
勿論「前世療法」ではあまりにも過酷であると思われる場面では、客観的に見たり、あるいは体験を飛ばして進めて行くことも出来ますが、その方は「ありのままを受け止めたい」との要望で、痛みを感じつつもセッションを続けていきました。
そして、体験の内容もかなり生々しいものでありました。

 

また、私自身も「前世療法」は何回も受けておりますが、その中で、かなり古い時代と思われますが、「身勝手な正義」の名目で「戦闘」を行っていた「前世」を体験しました。

 

そこで「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。」というフレ-ズです。
なお、ここでの賢者や愚者というのは、頭の良し悪し、知識の豊富さ、学歴などとは全く関係ありません。
ここで意味することは、「愚者」は過去の「歴史」や他の人の話に耳を傾けず、自らが体験するまでは、そこでの過ちや愚行に気づけない。
一方、「賢者」は自ら体験することなく、過去の「歴史」や他の人の話などから学び取り、過ちや愚行を未然に防ぐということです。

 

ここで言う「歴史」とは、先人達の智慧、語り継がれているお話、書籍、映画なども勿論含まれます。
日本においても悲惨な戦争体験を語り継いでくれている方々はまだまだいらっしゃいますし、世界規模で見ればかなりの人数に昇るでしょう。
また、「三国志」や日本の「戦国時代」の小説が好きな方々もいらっしゃると思います。

 

そして、「前世療法」の観点からは「魂の視点」という見方が導き出されます。
それは、「魂」は何度もこの世に生を受けて産まれてくる、という見方です。

 

今回の「安保法案」に賛成や反対、あるいは関心がないなど、様々な意見や見方があると思います。
もしかしたら中には、「自分が生きている間には戦争は起こらないだろう」、あるいは「子や孫の世代までは安心だろう」といった意見をお持ちの方もいるかもしれません。

 

それでは「魂の視点」から考えてみます。
自分の生きている間は戦争は起こらないかもしれません。
あるいは、自分が直接触れあった子や孫の世代では戦争は起こらないかもしれません。
しかし、仮に100年後に戦争が起こっていないという保証はありません。
そして、その100年後の戦争時代に自分が生まれ変わっていない、という保証もありません。
「魂」が生まれ変わってくる時は、今までの「前世」を含めてやり残したこと、あるいは過ちや愚行をしてしまったことを学び直すために、
この世に再度やって来るとも言われています。

 

また、今回の人生の次の人生である「未来世」があると仮定しましょう。
その「未来世」で何か上手くいかない、あるいは何か壁にぶつかっている時に、その「未来世」において「前世療法」を受けた時に、
まさに「今、生きている人生」での出来事や課題を発見するかもしれません。

 

私は「歴史」から学ぶために「前世療法」を勧めている訳ではありません。
「前世療法」から導かれる体験として、

 

全てが「今」起こっていることであり、

全てが「他人事」ではなく「自分の事」である。

 

という観点です。

 

このTOPICSでも一例ですが、下記のテ-マでお伝えしていることもあります。

・ 2015. 6.11 「本質とは」では、「なぜ、人を殺してはいけないのか?」。
・ 2015. 3. 7 「イジメという問題」では、イジメがなくならない理由として「大人の社会にイジメがあるから」。
・ 2014.12.16 「投票率と意識」では、「愛の反対は無関心である」。

今回のテ-マも上記のテ-マも全て繋がっています。
そして、それを繋げているのは「魂の視点」という「哲学」です。

 

ちなみに、私は大学、大学院で法律を専攻し、そして行政書士という仕事を経験して、多少は法律をかじった身ですが、
その観点からも今回の「安保法案」は「憲法違反」であると思います。
そして、何よりも今回の法案の進め方・手法に甚だ疑問が多々あると感じています。

 

このTOPICSでは私個人としての政治的判断は控えるよう自制してきましたが、
今回はヒ-ラ-そしてヒプノセラピストとしての自分、そして個人としての自分としても、
「安保法案」には「反対」ということでコメントさせて頂きます。

 

そして、今後、今回のようなテ-マでTOPICSを書く必要がない状況であることも願っています、、、、、
皆様も全ては「他人事」ではなく、「自分の事」として考えてみて下さい、、、、、

2015年7月14日 04:07

気になっている「言葉」

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

今回は、私が今、気になっている「言葉」を取り上げてみたいと思います。
その言葉とは、

 

「戦略」

 

です。

「戦略」という言葉は、実に様々な分野で多用されています。
例えば、厚生労働省における認知症対策として「認知症施策推進総合戦略」という政策がなされています。
また、青森県庁においても、「総合戦略」と称して人口減少対策などの様々な対策を講じる政策がありますし、
観光推進として「観光国際戦略推進本部」という部署も設置されています。

 

そこで、「戦略」という言葉を広辞苑(第六版:岩波書店)で調べてみました。

「戦略」:戦術より広範な作戦計画。各種の戦闘を総合し、戦争を全局的に運用する方法。
転じて、政治・社会運動などで、主要な敵とそれに対応すべき味方との配置を定めることをいう。

 

このように定義されていました。
私達も日常「販売戦略」などはよく耳にしていることと思います。
また、スポ-ツなどで「作戦を立てる」「戦略を練る」などの用語が出てくるのは分かります。

 

しかし、例えば上記の例のように、認知症対策や観光などの分野において、
私達は誰か、あるいは、何かと「戦う」必要性があるのでしょうか?
あるいは、そもそもの前提として、誰かや、何かと「敵対」しているのでしょうか?
そして、「戦略」という言葉は、子育ての分野などでもよく多用されています。

 

レイキ ヒ-リングでもそうですが、特に、ヒプノセラピ-(催眠療法)では、
言葉をとても「大切」に扱います。

なぜなら、「言葉」には「力・パワ-」があるからです。

 

「力・パワ-」と言われてもピンと来ない方もいらっしゃるかもしれませんので、
幾つか実例をご紹介します。

例えば、「死」という言葉を耳にした時、ある人は身近な方を亡くされた場面が想起されるかもしれません。
またある方は「恐い」という感情に気づくかもしれません。

「レモン」や「梅干し」という言葉を聞いて、口の中が酸っぱくなる方もいるかもしれません。

「ある言葉」を耳にして、その時の思い出が蘇ったり、その時の感情などを再度味わう方もいるかもしれません。

好きな音楽の「楽曲名」を耳にすることで、無意識ながらその歌を口ずさんだり、頭の中でメロディ-が響き渡る方もいるかもしれません。

好きな映画の「題名」を耳にすることで、一瞬のうちに、そのスト-リ-が思い出されるかもしれません。

 

上記はあくまで一例ですが、「ある言葉」を耳にすることで、「感情や思い」が湧き出し、そして、その感情や思いを伴う「体験」を思い出し、時には「酸っぱい」と感じるように、体にも即座に影響を及ぼします。

 

そして大切なことは、こういった実例があまりにも当たり前すぎて、そして一瞬にして無意識で行われているために、

 

「言葉」の持つ「力・パワ-」に気づきにくいという点です。

 

そして当然のことながら、その言葉をポジティブに捉えるか、あるいはネガティブに捉えるかは各自の選択と判断に委ねられています。

 

「戦略」という言葉はあくまで一つの例ですが、「戦略」という言葉に内在されている意味やイメ-ジを考えると、
「言葉」の活用分野という意味でも、何か考えさせられる気がしています、、、、、

 

ちなみに、今回は「言葉」を取り上げましたので、潜在意識の観点から、
青森県のキャッチフレ-ズ?である「短命県 返上!」を考えてみます。

 

TOPICSでも再三お伝えしているように、潜在意識は「否定形」を理解出来ません。
そして「理解」出来ないということは、その言葉を「無視」するということにもなります。
つまり、

 

「短命県 返上! 短命県 返上! 短命県 返上!」

 

と何回も耳にすることで、私達の潜在意識の中では、

 

「短命県! 短命県! 短命県!」

 

という言葉が繰り返されていることになります。
つまり「返上」という言葉は潜在意識の中では「無視」されています。
このような意味で「返上」という言葉は「否定形」と同等になります。

「返上」という言葉は「汚名返上」などのようにも活用されていますが、
私の中ではあまりポジティブな印象を受ける言葉ではないようにも感じています。

 

「短命県 返上!」というフレ-ズを考えついた方は、
「問題意識」を持って欲しい、そして、そのためには「目に付く」フレ-ズであることを、
そして、文字通り「短命県 返上!」を達成したいとの「思い」があったことと思います。
私は批判をしている訳ではございません。
このような「素晴らしい思い」から考えに考え抜いた結果、導き出された「言葉・フレ-ズ」であると理解しています。

 

「思い」を表現する一つの重要な手段が「言葉」です。
是非、「言葉」を意識してみて下さい、、、、、あなたの中の「何か」が変わっていくことと思います、、、、、

2015年7月10日 02:07

「思い込み」による失敗談?

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

今回は「思い込み」に関しての、私の最近の失敗談?をご紹介します。

 

私は、「自宅」と「S.Light.M」をそれぞれ別の場所に借り受けています。
そして、それぞれの家賃を銀行さんに依頼して、毎月自動的に送金されるよう手続きをしています。

 

そんなある日、銀行さんから「自動送金期限到来のお知らせ」の通知が届きました。
そこで、私は通帳と印鑑を手に、銀行さんへ更新の手続きを行いに向かいました。
そして、窓口で通帳と印鑑を渡し待っていました。

 

そのように待っていると、窓口の方から呼ばれ、
家賃の振込先や、家賃の値段が違うのでは?と問い合わせを受けました。

 

私は、家賃の振込先も変わっていないし、家賃の値段も変わっていない、と思いながら、
その場で、以前の書類や通帳などの突き合わせを行いました。
そして、「ハッ!」と気づきました!

 

もうお分かりかもしれませんが、
私は、「S.Light.M」の場所の手続きであると勝手に「思い込み」、
実は期限到来のお知らせの対象は「自宅」の場所だったのです!

 

そして、その場で私の勘違いである旨をお伝えして、すぐに自宅に戻り、
自宅用の通帳と印鑑を再度持参して手続きを行って貰いました。

 

このように「思い込んでしまった」と考えられる理由は確かにあります。
「自宅」に関する手続きは普段あまりないのが一つの理由でもあるでしょうし、
「S.Light.M」に関しては、毎月の帳簿付けや、各種支払い手続きもありますので、
私の中では、 「手続き = S.Light.M」と「思い込んでいた」というのが最大の理由でしょう。

 

この時の私の本心としては、

 

「100%、S.Light.Mの手続きである」と「信じていた」!

 

というよりも、

 

「100%、S.Light.Mの手続きである」というのに「疑いがない」!

 

という状態でした。

全くの「思い込み」から始まった失敗談?ですが、
このことから「思い込みとは何だろう?」と考えてみました。

 

「思い込み」には、
「100%信じている!」というケ-スもあるでしょうし、
「100%疑いがない!」というケ-スもあるでしょう。

 

一見するとどちらも同じことのように思いますが、
「100%信じている」という概念の中には、何らかの事情や環境の変化(自信を喪失させるような体験など)などにより、
「疑いの芽」が生じてくる可能性も幾分含まれているのかなぁ?と感じたりもしました。

 

一方の「100%疑いがない」という概念の中には、文字通り、
「疑いの芽」が生じてくる可能性が含まれていません。

 

ヒプノセラピスト認定講座などにおいては、「否定形(~しない)」を出来るだけ使用しないように、
と教えておりますが、この「出来るだけ」の例外が、あくまで私自身にとっては、
まさに今回、身を持って体験した「100%疑いがない」ということかもしれないなぁと感じました。

 

勿論、その時々、あるいは状況によっては、
「100%信じている」という方がしっくりくるというケ-スも多いでしょうし、
何より、ポジティブな響きのある表現ですので、私もこちらの表現がしっくりくるよう心掛けたいと思っております。

 

過度の「思い込み」に関してはマイナスな側面に働くこともあるでしょうし、
人の意見に耳を貸さない、などのようなことでトラブルを招くケ-スもあるかもしれません。

 

しかし、この「思い込み」の「力」をプラスの側面に活用することにより、
自分のやりたいことなどを実現する「大きな助け」となってくれるようにも感じました。

 

いずれにせよ、あるいは、「信じている」「疑いがない」どちらの表現に当てはまるにせよ、
「思い込み」のプラスの側面を上手に活用することにより、
皆様の望むことが、「実現」に向けて、力強く、そして迅速に動いていくための、
「大きな味方」になってくれることと思います!

2015年7月2日 03:07

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