芦野公園

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

今日は、芦野公園(五所川原市金木町)に桜を見に行ってきました。
芦野公園に行くのは、おそらく20数年振りだと思いますが、小学校の時に野球の試合をしたグラウンドがそのまま残っていたりと、懐かしさも感じてきました。

 

そして、桜も素晴らしかったですが、芦野湖畔の上空では、鳥が優雅に空を舞っていました。
それを見ていて、

 

鳥は過去への「後悔」も、未来への「不安」もなく、

ただ「今」にあるのだろう、  と感じました。

 

勿論、桜やその他の木々、草花も同様であろうかと思います。

よく、

 

「今に在る」ということは、それだけで「完璧である」

 

ということも言われています。
つまり、ただ「存在」しているだけで、それは「完璧な姿」であるとも言えるでしょう。

 

私達は「過去」を後悔し、そして「未来」に不安を抱きがちな傾向もあります。
しかし、「過去」もその時点では、「今」という永遠の瞬間でした。
そして、「未来」も到達した時点では、「今」という永遠の瞬間の積み重ねです。

 

このように考えると、私達が「本来の自分」であり得るのは、「今」という瞬間だけなのかもしれません。

 

これからGWも始まります。
旅行に行く方、親類やお友達と集まる方、あるいは、お仕事の方など様々な過ごし方があると思います。
遊びに行く方などは、「今」のワクワクした気持ちを楽しんで、
そして、GW後の仕事のことなどは頭から追い払って、
どうぞ楽しい「今」を過ごしてみて下さい!

2015年4月23日 04:04

開花

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

県内においても開花の便りが聞かれるようになりました。
今年の開花は例年よりも10日程早いそうです。
昨年は12月からの大雪でどうなることかと思った方も多いと思いますが、こうして開花が例年より早く、そして確実に春が到来することを思うと、自然というのは凄いですね。

 

開花と聞くと「梅」や「桜」を思い浮かべる方も多いと思います。

 

「梅」は「暖かさ」を感じ取ってから開花の準備を始めるそうです。
そして、「桜」は「寒さ」を感じ取ってから開花の準備を始め、そして「暖かさ」と共に開花するのだそうです。

 

つまり、昨年の12月頃に、私達が大雪でヤキモキしていた頃、「桜」は、

 

「開花の準備だ!」

 

と感じ取り、そして、それから数ヶ月の準備を経て、今まさに開花しようとしています。

 

よく人の人生は「四季」に例えられることもあります。
それは、いかに「冬」の時期であろうとも、次には必ず「春」がやってくるというものです。

 

同じような例えとしては、

 

「夜明け前が一番暗い」

 

という表現もあります。
私達はいわゆる人生の「冬」の時期にいると考えてしまうと、なかなかその先の「春」のことが考えられなくなってしまいます。
また、その先の「春」を飛び越えて、次の「冬」のことを考えてしまいがちです。
確かに、人生の「冬」の時期に、そのように考えてしまうのも、心情・気持ちとしてよく理解出来ます。

 

そこで、「桜」はその「冬」の時期に、「開花・春」への準備を始めることを考えると、
私達の人生も「冬」と思える時期に、何か変化の兆しを捉え、そして何かを行動に移す・準備するということが、
自然から学べる智慧なのかもしれません。

 

日本では「桜」に思い入れを持っている人々が多いと思います。
それは、私達の中で、何か「桜」に感じ入る部分が、無意識ながらもあるのかもしれません。

 

人生の全ての「答え」は自然の中に溢れている、という見解もあります。

 

是非、外出などの折には、「桜」もそうですが、
「つくし」や「たんぽぽ」、そして「蝶々」も飛び交う季節になりますので、
自然を楽しんでみて下さい。

2015年4月17日 04:04

美談の誘惑

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

今回は、「美談」について考えてみたいと思います。
「美談」については、フェイスブックなどを活用されている方は、よく「いいね!」を求められたり、色々なお話が紹介されていたりと身近なことと思います。

 

今回テ-マにするのは、広島東洋カ-プの黒田博樹 投手の「美談」について考えてみます。
なお、あくまで私見であり、黒田博樹 投手は私も好きな選手ですので、他意はないことをご了承下さい。

 

現在のマスコミ報道などでは、

 

「男気!黒田博樹!」

 

などとよく紹介されているように思います。
元々広島東洋カ-プの選手でありながら、夢を叶えるために大リ-グに挑戦し、そして大リ-グにおいても素晴らしい成績を残していますが、自身の野球人生の最後・締めくくりとして、広島東洋カ-プでプレ-することに決めたという概要です。

 

そして、このような人生の転機における大決断を下すに当たっては、様々な葛藤や悩み・不安などもあったかと思います。

 

そこで、今回「美談」を取り上げた最大の理由ですが、
それは、マスコミ報道などで、

 

「20億円を蹴って、4億円のカ-プへ!」 → 「男気!」

 

といった図式・論調が先行している点です。
勿論、ご本人の葛藤の中には金銭の面もあったことと思います。
そして、それも当然のことと思います。

 

しかし、ご本人の決断の内容を詳しく知らないが故に、
「20億円 → 4億円」といった金銭面のみが前提とされ、そして「男気がある!」とされていることに対しては、
私は「?」と感じてしまいます。
おそらく、黒田 投手ご本人も、ここまでクロ-ズアップされるとは思ってもいなかったかもしれません。

 

私の全くの私見ですが、今回の黒田 投手の美談は、逆に、「4億円の大リ-グ」から「20億円の広島東洋カ-プ」への移籍となっていたら成立したでしょうか?

 

そして、将来、今回と同じようなケ-スで、ある選手が「20億円の大リ-グに残留」と決断した場合、
どのような論調になるのでしょうか?

 

おそらく批判まではされないでしょうが、何か「沈黙」といった空気が流れてしまうようにも感じます。

 

このように、「美談」という枠の中であっても、どこに「焦点」を当てるかで見方が変わってきます。
あるいは「焦点」というよりも、どこに美談の「本質」を見い出すかの違いかもしれません。

 

世間で「美談」ともてはやされると、それに「異を挟む」ことが躊躇われる風潮もあります。

 

しかし、人それぞれ「見方」が違いますし、ある人にとっては「美談」であることが、
ある人にとっては「当たり前の話」であることも多々あります。

 

「美談」を聞いて、自分も頑張ろう、前向きに生きよう、といった思いが出てくることもあるかと思います。
それはそれで素晴らしいことと思います。

 

しかし、世間やマスコミが「美談」と言っているからといって、それに迎合する必要もありません。
あくまで自分にとっての「本質」を揺り動かしているか?という所に「焦点」を合わせることも必要なことかもしれません。

 

私達の日常生活においても、様々なお話や意見が飛び交っています。
それを全て聞き入れていると、いつまでも他の人に左右される人生になりがちになります。
そして、他の人に左右されている人生になってしまうと、全ての責任を自分ではなく他人や外部の環境に求めてしまうようにもなりかねません。

 

是非、ご自身の人生を自らコントロ-ルしていけるよう、
今回のような「美談」などからも、
「自分にとっての本質」に焦点を合わせ、意識してみて下さい。

2015年4月10日 05:04

信じることは見ること VS 見ることは信じること

こんばんわ。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

今回は、ある一つの「観念」のお話です。
それは、

 

信じることは見ること VS 見ることは信じること

 

です。
「VS(対立)」となっていますが、どちらの「観念」が善いとか悪いとかではありませんので、誤解なきようお願い致します。
そして、皆さんは上記2つの「観念」のうち、どちらをより多く採用しているでしょうか?

 

まず、この「観念」の例えとしては、サプリメントなどの商品のお試し期間や、新入社員の試用期間などをイメ-ジしてもらえれば分かりやすくなるかもしれません。

 

「見ることは信じること」を採用して、あるサプリメントを試しに購入し、実際に飲んでみました。
しかし、3ヶ月飲み続けたけれど、あまり効果が実感出来ない体験をしました。

 

逆に、「信じることは見ること」を採用して、サプリメントは自分に効果があると信じて3ケ月飲み続けた所、それなりの効果を実感出来る体験をしました。

 

同様に、「見ることは信じること」を採用して、ある新入社員を試しに3ヶ月雇用した所、その新入社員は3ヶ月持たず辞めてしまいました。

 

逆に、「信じることは見ること」を採用して、面接では見込みのある新入社員だと感じ、3ケ月の試用期間でどれ位成長するか楽しみだと思いながら雇い続けた所、試用期間中にもかかわらず会社に利益をもたらしました。

 

そして、上記の例えでは「見ることは信じること」を採用した場合、あまり望ましくない結果となりました。
逆に、「信じることは見ること」を採用した場合、比較的望ましい結果となりました。

 

しかし、これとは全く正反対の結果も考えられます。
信じてはいないけど、試しにサプリメントを飲んでみたら効果があるように感じられた。
期待はしていないけど、試しに雇用したら思っていた以上の成果を上げた。

 

あるいは、信じて試しにサプリメントを飲んでみたけど、あまり効果が感じられなかった。
期待して試しに雇用したけど、思ったほどの成果は出せなかった。

 

鶏が先か卵が先かの理論同様、何故効果があったのか、あるいは何故効果がなかったのかは分かりづらいかもしれません。

 

そこで、「見ること」を「実現すること」と置き換えてみます。
そうすると、「実現することは信じること」となり、「信じることは実現すること」となります。
何か「違い」を感じないでしょうか?

 

「実現することは信じること」あるいは同様の「見ることは信じること」は結果が出た後の問題です。
そして、「信じることは実現すること」あるいは同様の「信じることは見ること」は、結果の前に「意思」という作用が含まれます。

 

別の表現を用いれば、「実現することは信じること」あるいは「見ることは信じること」の中には「偶然性」という作用が含まれているようにも感じます。

 

しかし、「信じることは実現すること」あるいは「信じることは見ること」の中には「必然性」という作用が大きく関わっているようにも感じます。

 

「自分の人生は自分で創り上げている」「世の中に偶然はない」という言葉を聞いたことはないでしょうか?
この言葉は、「信じることは実現すること」「信じることは見ること」という「観念」を採用しています。

 

先ほどもお話したように、どちらの「観念」を採用しても結果は両反対の場合もあり得ることも理論上は成り立ちます。
しかし、「信じることは実現すること」「信じることは見ること」の「観念」を採用した結果、「自分の人生は自分で創り上げている」「世の中に偶然はない」という結果になった場合、

 

仮に当初の結果が望ましくない場合でも、それを変えていく「力」が自分にはある!

 

ということになります。
人が行動を起こす時には、必ず何かしらの「観念」を採用しています。
つまり、その人にとって好ましい行動、あるいは好ましくない行動のいずれかを実行する場合でも、何かしらの「観念」を信用して行動しています。

 

是非、今回の「観念」の話題から、もし皆さんの中で止めたい習慣や癖がある時、あるいは何か上手くいっていないと感じる時には、
皆さんの中に「どういう観念」があるのかを探してみて下さい。

2015年4月1日 08:04

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