厄払い

こんばんわ。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

いきなり全くの私事ですが、私は本年「本厄」に当たっており、一足先に「後厄」のお祓いを、本日、岩木山神社で行って貰いました。
そして、これも全くの個人的見解ですが、「厄払い」は、気になるようでしたら行って貰うのも良いでしょうし、気にならなければ行わなくても良いと思います。

 

ただ、「厄払い」を行う一つの意味として、

 

「何かのせい、誰かのせいにしない」

 

という心構えが出来るかと考えます。
皆さんも、

 

「今年色々続いたのは厄年のせいかな」「厄年だったから良い事がなかった」

 

などの言葉を周りの人々から聞いたりしたことはないでしょうか?
私は「良くない事(あるいは、自分にとって都合の悪い事)が起こる」のは「厄年のせい」とは思いません。

 

また同様の意味で、「厄年」の時に、事業を開始したり、引っ越しは避けた方が良い、との言葉も聞かれます。
確かに、長年の智恵や経験から、そのような事もあるのかもしれません。
しかし、私は「本厄」の年にS.Light.Mを開設しました。
私にも現実の生活というものがあります。
それを「厄年」を言い訳に先に遅らすことは私自身にとっては無意味に思えたからです。

 

私自身が考えるポイントは、「厄年」を言い訳にしない事と考えます。
本当に心からやりたい事、あるいは取り組みたい事などがある場合、勿論、取りかかる前に色々熟考もするでしょうが、先延ばしに出来るでしょうか?
「本厄」は終わったけれども「後厄」だからという言い訳で先延ばしに出来るでしょうか?
「前厄」も含めたら「3年」もの時間を費やす事になってしまいます。

 

そして、「厄年だから悪い事が起こらなければいいな」「厄年だし悪い事が起こるかもしれないな」

 

などと、「怖れ」を抱えてその年を生きるのであれば、「お祓い」をして貰って、スッキリして生きるのも一つの考えだと思います。
「厄年」を気にするも、気にしないも自由ですし、「お祓い」を行うのも、行わないのも全くの自由です。

 

「何かのせい、誰かのせいにしない」という「責任主体」の生き方を心がけたいと、改めて思った次第です。

 

なお、余録になりますが、神社は、本来「お願い事」をしに行く場所ではありません。
神社は、

 

「誓い」や「決断」を伝えに行く場所です。

 

例えばお金が欲しいならば、「宝くじが当たりますように」とか、「大金持ちになれますように」という「願い事」をする代わりに、「私は自分の仕事を心を込めて精一杯行う事を決断しました」などのような「誓い」や「決断」をお伝えするのが本来の趣旨になります。
その道中で「最善の方向に行けるよう、必要な時に導きやメッセージ」をお願いするのは構わないと思います。

 

実は、このような「願望」と「誓い・決断」の違いは、以前にもお伝えした「暗示の効果」と、とてもよく似ています。
「暗示」は、

 

「~になって欲しい」「~になりますように」という「願望形」は潜在意識に届きにくい特性があります。

 

この場合は、「~になります(なりつつあります)」「~になりました」という「現在進行形」や「過去完了形」の表現の方が、潜在意識には届きやすくなります。

 

古来の人々は「神」にお願いをするのは不躾と思っていたのかもしれませんが、このような潜在意識の仕組みを体感として理解していたのかもしれません。
これは「お墓参り」も同様です。

 

やたらと「ご先祖様」にお願いをしていると、「ご先祖様」はどう思うでしょうか?
あなたが「ご先祖様」になったつもりで、「子孫の方々」がどのようにお参りに来てくれたら嬉しいかを考えてみるのも一つの作法の参考になるかもしれません。

 

そして、これも全くの余談ですが、岩木山神社からの帰り道、信号待ちをしていた時ですが、ふと、車の走行距離のメーターに目が行きました(普段は走行距離など考えることもありません)。
すると、「メーター」は「50333km」となっていました。
そして、これも、ふと、時計を目にしたら「PM3:33」となっていました。

 

「333」という数字が共通しています。

 

心理学ではこのような現象を「シンクロニシティ(共時性:意味ある偶然)」と表現したりします。

 

年始の初詣の際は、「誓い・決断」を、よろしければ参考になさって下さい。
そして、慌ただしい「師走」の季節になりますが、そんな中、余裕を持って、ふと、「シンクロニシティ」の現象に「気づいて」みるのも、心の清涼剤になるかもしれません。

2014年11月28日 05:11

選挙

こんばんわ。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

12月14日に衆議院の総選挙が行われることになりました。
そこで、今回は選挙から連想してTOPICSを進めてみたいと思います。
なお、特定の政党や政策を支持・批判しての趣旨ではありませんので、ご了承下さい。

 

TVや新聞報道などでは、今回の選挙は「争点がない」「大義がない」。だから「投票率は上がらない」といったコメントが多数されております。
以前にTVショッピングのお話をしましたが、このような報道も同様に、刷り込みの「暗示」の効果があります。
過去に大義がない選挙、争点のない選挙は投票率が低かったとの統計からコメントされていると思われますが、実際の所はどうなんでしょうか?

 

選挙日までの間、TVや新聞報道などを見て、「今回は大した選挙でないから、投票しなくてもいいや」「どうせ投票率も低いという事だし」といった心理・暗示的効果が働いているとも考えられないでしょうか?

 

勿論、結論は私にも分かりません。
「鶏が先か?卵が先か?」の議論と同様です。

 

また、安倍総理の演説の中で、
「代表なくして課税なし」
といったフレーズが使われておりました。

 

これは、当時、イギリスの植民地であったアメリカ国民が、自らに税を課されるのに、アメリカの代表がその議論に加わる事が出来ないことに対し不服を抱き、アメリカ独立戦争のスローガンになった言葉と言われています。

 

実は、このようなフレーズを活用することは、ヒプノセラピー(催眠療法)においては「メタファー」として実際のセッションに活用されています。

 

メタファーとは「一種の物語」的なものですが、潜在意識はこのような「物語」が大好きという特色があります。
「分かるようでいて、あまりよくは分からない」あるいは「分からないけど、なんとなくこんな意味かな」などのような曖昧な表現というのは、受け取る人の数ほど解釈が成り立ちます。
つまり、良く受け取るも、悪く受け取るも、受け取る人次第ということです。
(勿論、ヒプノセラピーにおいて活用するメタファーは、クライアントの方にとって最高最善の効果を出せるよう工夫されております。)

 

このように、選挙や演説といった例の中にも、ヒプノセラピーやNLP(神経言語プログラミング)などの手法がちりばめられています。

 

そして、「争点」というのは他の人から与えられるものなのでしょうか?

 

皆様も日常生活の中で、「こうなって欲しい」とか、「この辺が改善されれば良いのに」といった事は思い浮かべていると思います。
私は、それこそが、その人の中での「争点」と考えます。
今回の選挙公約には入っていない「争点」を思い浮かべる方もいらっしゃるでしょう。
しかし、そのように思い浮かべている事こそが、「変化」を望んでいるということだと思います。

 

経済対策も確かに重要でしょう。
しかし、それ以外にも、今後の日本のあり方を大きく「変化」させる重要な争点も含まれています。
集団的自衛権、武器輸出、原発再稼働、特定秘密保護 など・・・・・

 

良くも悪くも「変化」は次世代、そして、その次の世代へも脈々と受け継がれていきます。
そして、日本の「変化」は世界へも「変化」をもたらします。
そして、世界各国の次世代もその「変化」の影響を受けます。

 

以前にTOPICSにおいて、

 

いつまでも誰かがやってくれるだろうという「待ち」や「依存」の心持ちで「変化」は起きるのでしょうか?

 

といった趣旨のコメントをしました。

 

体調等の関係で、一票を投じたくとも、投じられない方々もいらっしゃると思います。

是非、期日前投票などもありますので、自分を変えるチャンスと思って、「変化」への権利を行使してみて下さい。

2014年11月20日 06:11

恐怖症劇場

こんばんわ。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

今回は「恐怖症劇場」をご紹介致します。
「恐怖症劇場」というネーミングから、何か怖いものや、オドロオドロしいイメージを持たれるかもしれませんが、これは、ヒプノセラピー(催眠療法)における、「恐怖症」を改善するための一手法です。

簡単に一人でも出来る手法なので、今回、皆様にご紹介致します。

皆様にも、何か「怖い」対象というものがあるかと思います。
高所恐怖症、閉所恐怖症、飛行機恐怖症、広場恐怖症、水恐怖症など、色々列挙していけばキリがないほど挙げられます。
「怖い」けれども、日常生活に支障がなければ、特段気にする必要もないと思いますが、「怖さ」により日常生活に支障が出るようだと、色々お困りになるケースもあるかもしれません。

 

ヒプノセラピー(催眠療法)においては、「怖さ」を改善・克服していく手法としては、その原因を探し出すために、「前世療法」や「年齢退行療法(インナーチャイルド)」などが行われるケースが多いです。
また、「エンプティ チェア ワーク(空椅子の技法)」などで、その「怖さ」の対象となっているものと対話を進める手法もあります。
さらに、系統的脱感法という手法を用いて、「怖さ」の場面などを10段階位に区別し、10セッション程かけて、段階的に「怖さ」を克服していく手法もあります。この手法は、イメージを活用した「認知行動療法」に近いものです。

しかし、これらの手法は、原因を探し出すことにより、「怖さ」の根本を癒していけるメリットはありますが、即効性という意味では多少時間がかかるという側面もあります。

例えば、飛行機恐怖症であるが、明日、どうしても仕事の都合で飛行機に乗らなければならない場面などでは、これらの手法を用いるのは難しいでしょう。

 

そこで、今回ご紹介する「恐怖症劇場」の手法は、根本原因を探し出すことはしないが、ひとまず、「恐怖」を和らげる即効性のあるセッションとして活用されます。

 

それでは、皆様も一人で出来る簡単バージョンをご紹介致します。
なお、以下の手法は全てイメージ下で行います。

① 目を閉じて、誰もいない「映画館」の中央のイスに座り、目の前のスクリーンを見ている自分をイメージします。

② そうしていると、自分の「意識」だけが、後方の映写室に移動するようイメージします。
(そこからは、イスに座っている自分の後頭部、そして目の前のスクリーンが見えています)

③ そして、スクリーンに自分が過去に体験した恐怖や最悪の場面を、白黒の静止画(A場面)にして映し出します。
(ポイントは、「白黒」の「静止画」です)

④ 次に、2つの場面を設定します。
一つ目は、その恐怖体験を終え、「ホッと一安心している」場面(B場面)です。
二つ目は、その恐怖体験が始まる前の、「安心している」場面(C場面)です。
どちらも、「白黒」の「静止画」としてイメージします。

⑤ さあ、今から映画が始まります!

最初の場面は「ホッと一安心している」場面(B場面)です。
次の場面は「恐怖や最悪」の場面(A場面)です。
最後の場面は「安心している」場面(C場面)です。

このように、恐怖体験の映画が、「B場面 → A場面 → C場面」というように、逆回しで、白黒で放映して下さい。
しかも、2倍速の早回しで放映されていきます。そして、15秒保程で1回目の上映は終了します。

⑥ 上記⑤を「怖さ」がなくなるまで、何回も繰り返します。
しかも再上映の度に、さらに早いスピードで(15秒から13秒、13秒から10秒という感じで)巻き戻していきます。

この時、何かコミカルなBGM(背景音楽)を流しても構いません(イメージ下で音楽を流します)。
例えば、笑点の音楽や、自分で笑えそうと思える音楽であれば何でも大丈夫です。
すると、BGMと、逆回しで、しかも早いスピードで映画が放映されていきますので、全ての動きがコミカルな感じがしてきます。

やり方は上記①~⑥までで全てです。「怖さ」を感じなくなったら、目を開けて終了です。
一度場面を設定してしまうと、あとはそう思うだけでイメージしやすくなっていますので、短時間で簡単に出来ます。

 

この手法のポイントは「怖さ」には「実体がない」という所にあると考えられます。
「怖さ」は自らのイメージや思い込みにより植え付けられ、そして、その「怖さ」が「また再度起きたらどうしよう」という「予期不安」となって繰り返されている所です。

 

注意深く物事を行うことは、とても重要なことだと思います。
しかし、あまり注意深くなってしまうと、「取り越し苦労」に繋がる可能性もあります。

この手法は、「怖さ」の対象は何でにも活用出来ます。
また、上手くやろうとしなくても大丈夫ですし、間違って行っても、「怖さ」が再燃したり、増幅されたりすることはありません。

どうぞ、何か「怖さ」があれば、遊び半分で大丈夫ですので、是非、行ってみて下さい。

2014年11月14日 06:11

冬支度

こんばんわ。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

日毎に寒さも増し、先日は初雪も観測されました。
以前もこのTOPICSで書きましたが、私は昨年の10月中旬に五所川原に戻って来たというか、引っ越ししてきました。
ちょうど引っ越し後に、私が東京にて大変お世話になった方のお祝いパーティーがあったり、また同様に、大変お世話になった方がこの世を旅立たれたりといった状況で、東京と青森を行ったり来たりし、また小学校の恩師も旅立たれたりといったことが続いておりましたので、色々と慌ただしくしてました。

 

私は独身なので、五所川原での自分の一人暮らしを始める基盤を作るのには、東京での生活とさほど大差がなかったのでスムーズにいきましたが、

 

車のタイヤ交換ということは、全く頭にありませんでした!

 

11月に入ってある朝起きたら雪が一面に積もっていて、夏タイヤで恐る恐るタイヤ交換をしてくれる所まで運転して行きました。

 

また、年末年始は今までも帰省していたため、寒さの程は理解していましたが、

 

自分の新居においてはどの位の暖房が必要になるのかということも、全く頭にありませんでした!

 

東京のマンションでは、火災の延焼防止の観点から、ほとんどの所では石油ストーブの使用が禁止されています。
そのため、エアコンで何とかなるだろうと甘く考えていたのですが、雪が降り出してから慌ててストーブを買いにいったりしました。

 

しかし、今まで灯油を自分で買ったこともなかったため、ポリタンクの購入や、灯油を入れるためのポンプなど、今まで気にもしていなかった生活道具が必要なことも、この時初めて「気づき」ました。
(実家で行っていることを見ていることと、自分で行うということは「別物」ということでしょう。)

 

勿論、帰省の折に友達などと会った際は寒さの話しなどもしてましたので、私の「頭の中」にはこのような状況も入っていたとは思いますが、

 

私はそのことに全く「気づいて」いなかったのです!

 

よく、外国で生活すると日本の良さ(悪さも含めてかもしれませんが)など、自分の国のことがよりハッキリと見えてくる、とも言われます。
しかし、外国と日本のような距離を隔てていなくとも、青森と東京でも同じことです。
そして、このことは自分の家と隣の家、あるいは親と子ども、そして夫婦の間でも同じことが言えるかもしれません。
自分のことに「気づく」、そして相手のことに「気づく」時に、何も離れて暮らす必要はありません。

 

一番簡単なのは「想像力」を活用して、「気づく」ことだと思います。

 

肌で実感して初めて分かることも多々あるかと思います。
そして、私の場合でも、「周りの人」に前もって聞いていれば、何も慌てて物事に取りかかる必要もなかったかもしれません。

 

しかし、その時の私は、「周りの人によく聞く」、といったことすら「気づいて」いなかったのでしょう。
(「聞く耳を持つ」ということも同様ですが、、、)

 

ヒーラーやヒプノセラピストという職業は、人の悩みなどのお話をお聞きして、そして、その人にとっての最高最善の人生をこれから歩んでいけるよう一緒に考えたりすることも多々あります。

 

それが故に、ヒーラーやヒプノセラピストなどをしている人は、悩みもなく、何でも簡単に対処していけると思われがちですが、そうではありません。
同じ人間として様々なことが人生には起こります。
それに対して別の観点から考えたり、自分の持っている対処方法などは勿論活用していきます。

 

しかし、基本は「気づく」ことだと思います。

 

私の場合でも、車のタイヤ交換、そしてストーブの準備など、「気づけていない」ことも多々あります。
このように生活上の些細なことかもしれませんが、「気づく」練習はいつでも出来ます。
そして、このような「小さな気づき」の積み重ねが、皆様がより素晴らしい人生を送れる「大きな気づき」に繋がっていきます。

 

毎度のことですが、何かに「気づき」、そして「気づいた」後には、「想像力」を活用して視野を広げてみて下さい。
そこで繰り広げられる「想像・イメージ」の中には、

 

あなたにとっての必要な情報が前もって「メッセージ」として届けられていることと思います、、、。

2014年11月4日 05:11

TOPへ戻る

プライバシーポリシー

当サイトのご利用規約

サイトの詳細につきましては上記のご利用規約をご確認ください。

当サイトはリンクフリーではありません。
事前の連絡と許可審査が必要です。

スマートフォン、タブレットで読み取ってください

先頭へ