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魂の視点から見る、お葬式と結婚式の共通点

こんにちは!
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

今回は「魂の視点から見る、お葬式と結婚式の共通点」というテーマをお届け致しますが、この内容は、いわゆるスピリチュアルの雑学のような感じで進めて参りますので、全く肩肘を張る必要も無く、ただ、リラックスして、へぇ~そんな事もあるのかな?本当かな?などのように、疑問を感じても全く構いませんし、あるいは、そうだったのか~!などのように、気軽な感じで読み進めて頂ければ幸いです!
なので、今回のTOPICSでは、得るものがなかったなぁ~!?のようなご感想を抱かれても大丈夫ですので(笑)

 

ところで、人生における大きな儀式?と致しましては、お葬式や結婚式というイメージを抱かれる方も多いかと感じます。
勿論、「今、この時」に、このTOPICSをお読み頂いている皆さんにおかれましては、自らのお葬式を(まだ)体験されていないのは当たり前の事でもありますし、また、ご結婚をされている方におかれましても、結婚式はしていないという方もいらっしゃる事でしょう。

 

では、皆さんは、今まで、お葬式と結婚式に共通点はある?という事を考えてみた事はありますでしょうか?(笑)
おそらく、、、ほとんど、無いですよね(笑)
まず、誰もが思いつく共通点と致しましては、

 

(人数に関わらず)人が集まる(集まりやすくなる)場

 

という点が挙げられるかもしれません。
私のように40代の中盤にもなりますと、結婚式にお招き頂く機会は(かなり)少なくなりますが、逆にお葬式などに参列させて頂く機会は増えていく傾向があるのは、皆さんも似たような感じかもしれませんね!?

 

ところで、先日、私の父のお姉さんが他界された事で、父は身体が一部不自由な面もある為、私が父の代理も兼ね、また、私自身もご挨拶をしたいとの思いから、岩手県でのお葬式に参列させて頂きました。
結婚式でも、もしかしたら似たような側面があるのかもしれませんが、特にお葬式では、

 

所変われば品変わる

 

との言葉のように、地域性による風習の違いなどが顕著に現れてくる側面もあります。
勿論、宗派による違いもあるでしょうし、仏式とそうではない宗教での違い、また、そもそもお葬式には決められた規則やルールなどは本来ありませんので、現在では家族葬などのように、(無宗教で)自由な雰囲気で執り行う方々も増えてきております。

また、結婚式と同様に、お葬式も必ず行わなければならないなどの決まり事も全くありません。
かつ、結婚式では「当事者」がもろもろの意向や趣向などを考えて執り行うでしょうが、お葬式の場合では、他界されたご本人様のご意向が反映されるケースは、まだ少数派でもあるかもしれません。

 

では、まず最初に、魂の視点から見て、お葬式にどのような意味合いがあるのか?を少しご紹介致します。
まず、一つ目としては、

 

他界されたご本人様に向けて、死を気づかせてあげる

 

という視点があります。
これは、頭のオカシイ?オカルト風?な話に聞こえる方もいらっしゃるかもしれませんが(笑)、突発的な事故などの場合や、意識の無い状態での入院生活が長期間続いていた場合などでは、

 

ご本人様そのものが、他界した事に気づいていない

 

というケースが(よく)あると言われております。
そのような視点からは、ご本人様が気づかぬままに、少しの混乱や困惑した状態で自らのお葬式に参加しているケースもあれば、ご本人様は他界された事に(充分に)自覚を持った上で、ご挨拶の思いを持って参加しているケースもあります。

なお、「参加」という言葉は少し変?に私も感じますが、なかなか適切な言葉が浮かびませんでしたので、ご容赦下さい(笑)
では、二つ目としては、

 

ご遺族などの心の整理(区切り)の為

 

という意味合いがあります。
これに関しては、私がこれ以上コメントするようなものでもありませんので、皆さんもご自身の経験から考えてみて下さい!
そして、これが一番大切になる三つ目として、

 

感謝であろうと・・・謝罪であろうと・・・

他界された方・・・この世にご存命の方・・・

「双方」における「思い」の交流の為に!

 

という意味合いです。
ところで、近頃の何かと慌ただしく気忙しい現代においては、お葬式と同時に、49日や100日法要なども済ませるケースがとても多くなっております。
勿論、これも否定や非難されるような性質のものではありませんので、それで良いものでもあります。
ちなみに、このような観点から、お葬式などを執り行わなかったからと言って、「浮かばれない」などのような事も決してありません(笑)

 

そこで、先ほどの私が参列させて頂いたお葬式のお話です。
なお、誤解の無きように先に申し伝えておきますが、これも否定や非難などでは決してなく、「所変われば品変わる」、つまり、仏式などでも、それを執り行うお坊さんや葬儀会社などによって違いがあるという趣旨でご紹介致します。

 

では、まず最初に、私がお葬式に参列させて頂く時の、私の「思い(スタンスや姿勢)」を少しお話致します。
私が経験した多くの場合では、お葬式の場では2~3回ほどのご焼香の機会が設けられているケースが多いように感じます。
勿論、1回のケースもありますので、そのような時には、私は帰りがけに再度、ご祭壇の前に出向いてご挨拶をさせて頂いたりしています。

 

そして、1回目のご焼香時は、感謝の念を伝えたり、よく頑張って生き抜かれましたね!などの「思い」を伝えるようにしています。
また、ご病気などの場合では、もう(肉体が無いが故に)楽になって良いんですよ、などの言葉掛けをする事もあります。
そして、お葬式の最中に、自分の中で湧き出てきた「想い出」などを2回目のご焼香時において伝え、それと同時に、

 

これからも・・・

共に「叱咤激励」しながら・・・

生きて行きましょう!

 

との「思い」を乗せる(運ぶ)ように心掛けております。
そして、これは余談ですが、お葬式の場などでは、どうしても悲しみなどの空気感(雰囲気)が存するのは自然で致し方ない事でもありますが、それが強いと感じる際には、お葬式の最中に、私は「その場(の人々も含め)」に向けてヒーリングを行ったりしている事もあります。
勿論、あくまで、自分の中の「イメージ」を活用してでありますので、立ち上がって何かをするようなものでは決してありません(笑)

 

そこで、まず、「思い」を伝える(運ぶ)際にはご焼香である必要性もありませんし、どこでも、いつでも、伝える事が出来るものでもありますし、伝わるものでもあります。
そこで、先日のお葬式においては、ご焼香の機会が6回ほど設けられておりました。

 

先ほどご紹介致しましたように、あくまで私個人としては、2~3回ほどの「思い」を伝える(運ぶ)事を心掛けておりますが、例えば、それが、より増えた機会を設けられた際には、「ご遺族などの方に、私に出来る事があれば教えて下さいね」なども伝えたりします。
ただ、

 

お葬式という限られた時間の中で・・・

(あくまで良い意味での)6回ほどのご焼香の場を設けて頂いても・・・

他の人々(参列されている方々)は、何を伝えて(運んで)いるのだろう・・・???

 

と考えてしまいました(笑)
勿論、6回でも足りない!という方々もいらっしゃる事でしょうし、それが、先ほどの「どこでも、いつでも、伝える事が出来る」という事にも繋がっております。
ただ、

 

おそらく(ですが)・・・

3回以上のご焼香の場を設けられると・・・

ほとんどの人は・・・

「儀式(形式的)」に執り行っているだけ・・・なのかも???

 

などのように、「思い」からではなく、「見た目(外見)」を重視せざるを得ない?という方々は、結構いらっしゃるようにも感じます(笑)
例えば、ご焼香をしている際に、何か急かされている?ような感じを持った事はありませんでしょうか?(笑)
勿論、このような事も、良し悪しや是非という問題ではありませんが、皆さんは今までのお葬式という場において、どのような体験や感じ方をされた事がありますでしょうか???

 

そして、魂の視点においては、他界された方々の多くは、ご自身のお葬式などにちゃんと参加しており、そして、参列している私達の「思い」もちゃんと届いているという観点からは、

 

お葬式の場などにおいては・・・

(あまり)「儀式(形式的)」に捕らわれ過ぎる必要もなく・・・

逆に・・・

お坊さんや葬儀会社などが、その趣旨(魂の視点)を汲み取り・・・

(これからは)「創意工夫」を込めていく・・・

 

事も必要なのでは?と個人的に思ったりもしていました(笑)
なぜなら、

 

(何度も繰り返される)ご焼香の場などにおいて・・・

何の「思い」も込められていないのであれば・・・

他界された方が、どう思い、どう感じているのか・・・???

 

に「思いを馳せる」と、自分が送られる側であれば何を素敵に感じるかな?という点は、薄々お気づきになるかとも思われます。
そして、おそらく?率直に言って、

 

仮に、「思い」が(全く)込められていない・・・

(何度も繰り返される)ご焼香の場などにおいては・・・

参加している他界されたご本人様も・・・

(もしかしたら)「苦笑」しているかもしれない・・・

 

という現象が起こっているのかもしれません(笑)
つまり、お葬式などの場においては、

 

「思い」「言葉」「行動」の一貫性

 

を考える機会となるかもしれません!
ちなみに繰り返しですが、私はご焼香の回数などに文句を付けてる訳でも、お坊さんや葬儀会社を非難している訳でも決してありませんので、重々誤解の無き用にお願い致します(笑)

 

では、お葬式では、他界された「当事者たる」ご本人様も(多くは)参加されているとお伝え致しましたが、そうは言っても「見えない」「聞こえない」「感じられない」というケースが圧倒的でもある事と思います。
しかし、結婚式においては、それこそ、もろに、結婚をされる「当事者」は存在し、目の前に見え、お話も出来、一緒に写真を撮るなど触れる事も出来ますよね(笑)

 

ところで、スピリチュアルなものが好きな方はご存じの方も多いでしょうが、「アカシックレコード」という概念?が存在しています。
では、簡単にご説明致します!

 

アカシックレコードとは・・・

この宇宙での全ての出来事・・・

「私達の全て」を記録(保存)しているもの・・・

 

と言われております。
つまり、

 

私達の瞬間瞬間、全ての・・・

「思い」「言葉」「行動」の・・・

データベース・・・

 

とも呼べるものでもあります。
ちなみに、これもご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、エドガー・ケイシーという人が存在しておりましたが、この人は、カウンセリングやガンなどの病気への対処法を知りアドバイスをする為に、このアカシックレコードにアクセスして情報等を得ていたと言われております。

これも、俄(にわか)には信じられない!という方も多いかと思いますが、少なくとも、量子力学などの最先端科学においても、意識は貯蔵され、その情報がどこかに存在しており、それにアクセスする事も(理論上は)可能であるとの方向性を既に示しております(笑)

 

では、結婚式には皆さんも出席された事が少なからずあるかと思われます。
そして、多くの場合では、おめでとう!などの祝福の「思い」を抱いての事かとも思われます。
ただ、中には、

 

チクショー! 羨ましいじゃないか!

 

などの、ポジティブとも?ネガティブとも?取れるような「思い」を抱く方もいらっしゃるでしょうし、子どもさんなどの結婚に対して、はらわたが煮えくり返る!?ような「(結婚に反対の)思い」を抱いて列席される親御さんなどもいらっしゃるかもしれません。
勿論、「内心は自由」ですので、どのように思おうと構わないものでもあります(笑)
そして、このように、結婚式においては、

 

どのように「思って」いようとも・・・

「言葉」と「行動」には現れない(現れづらい)為・・・

「当事者」に気づかれる事は・・・

ほぼ、無い・・・

 

というのが実情です(笑)
ただ、そうは言っても、

 

(もし、仮に)アカシックレコードなるものが・・・

本当に存在しているとすれば・・・

(そこでの)あなたの「思い」「言葉」「行動」の全てが・・・

記録(保存)されている・・・

 

という事にもなります(笑)
では、少し話は逸れますが、このアカシックレコードというのは、「走馬燈のように想い出が蘇る」という捉え方も出来ますし、「閻魔(えんま)さんから裁きを受ける際の調書(資料)」のようなものと捉える事も可能です。
勿論、閻魔さんは存在しておりませんし、そのような「裁き」を誰かからされる事もありませんが、

 

(魂の視点の上での)真実としては・・・

自らで自らの「思い」「言葉」「行動」を・・・

振り返させられる(省みさせられる)機会が・・・

例外なく、誰にでも、必ず・・・訪れる!!!

 

と言う事が出来ます。
そして、

 

そのような機会を設けているのは・・・

他ならぬ「自分自身」である!!!

 

と言うものでもあります(笑)
そして、結婚式では「(若い)二人の為に、御指導ご鞭撻と共に、何かの折には力になってあげて下さい!」などの祝辞や挨拶なども、よく聞かれるものでもあります。

 

では、ここ迄で、今回のお葬式と結婚式の「共通点」を皆さんなりに見出す事は出来ましたでしょうか?(笑)
では、魂の視点から私なりの「二つの共通点」をお伝え致します!

 

お葬式でも・・・結婚式でも・・・

どちらも「当事者」は(その場に)存在しており・・・

故に・・・

私達の「思い」「言葉」「行動」は・・・

(少なからず)現実(事実)として影響力を持っている!

 

というのが一点目です。
そして、二点目は、

 

お葬式でも・・・結婚式でも・・・

やはり・・・

その先(今後)に向けて・・・

「共に」これからも続いていく人生(や生命活動)における・・・

お互いにとっての「叱咤激励」の場となっている!

 

と言うものです(笑)
先ほどの結婚式における「内心の自由」のように、お葬式の場などでも「この世からいなくなってくれて清々した!」と思う方もいらっしゃるかもしれませんし、そのような内心においても、誰も制限などを掛ける事は出来ません。
そして、これは、結婚式でもお葬式の場でも、何も「崇高な思い」などを持ちましょう、という意味合いでも決してありません(笑)
ただ、

 

私達の「思い」「言葉」「行動」の全ては・・・

必ず「見られて」おり・・・

それを「見ている」のは・・・

他ならぬ「自分自身」でもある・・・

 

という視点を活用してみると、結婚式ではそんなに大差はないのかもしれませんが、少なくともお葬式の場においては、他界されたご本人様は勿論、「あなた自身」においても何かしらの「変化」を感じ取る素敵なキッカケとなるかもしれません!?(笑)

ちなみに、他の事例としては、コンサートや演劇などでは、「チケットのいらないお客様(が今日は多かった)」などという事がよく聞かれるものでもあります(笑)

 

そして、最後に少しの余談ですが、これは今回のテーマとも「源」が繋がっておりますのでコメントさせて頂きます。
現在、関西電力の原発(誘致)を巡る金品等の問題が明らかになりました。
そこで、

 

死んだ人の事を悪く言うものではない・・・

 

との言葉もありますが、これはその通りでもありますし、そのような「スタンスや姿勢」は大切なものでもあります。
ただ、ただ、ただ、

 

自らのした(行った)事に対しては・・・

死に逃げは出来ない・・・

 

と言うのも、魂の視点における真実でもあります。
故に、このような視点というのは「悪口」などのような性質とは一切違うものでもあります。
そして、これが、このTOPICSでも繰り返しお伝えしております、

 

自らのした事は、自らに反ってくる!

 

というものであり、

 

この反ってくるとは・・・

この世でも・・・あの世でも・・・

全く同じものであります(笑)

2019年10月12日 03:10

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