トップページ » コミュニケ-ションにおける人の評価(見方)の違い ~実例から~

コミュニケ-ションにおける人の評価(見方)の違い ~実例から~

こんにちは!
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

秋口に差し掛かろうとしている今日この頃ですが、秋という季節においては、会社などでの人事異動や転勤、また、高校や大学などへの推薦入試の時期でもあり、色々と「人の評価(見方)」が気になる?頃合いであるかもしれません(笑)
そこで今回は「コミュニケ-ションにおける人の評価(見方)の違い ~実例から~」というテーマをお届け致します!

 

ところで、今回の実例というのは、今から6~7年程前の事であり、ちょうどその頃の私は、青森に戻ってくる前の、ヒプノセラピー(催眠療法)のトレーナー認定を修了して、東京で色々と準備をしていた時の事です。
そのように、私がヒプノセラピーやカウンセリングが出来るという事を知っていた知り合いから相談を受けました。

 

まず、その相談というのが、ある地元の名士と呼ばれているご祖父さんが、お孫さんの事で悩んでいるとのものでした。
そして、ちょうどその方が東京に来る機会があるので、その時に相談に乗って欲しいとの事でした。
そこで、私はある場所に出向き、お話を聞かせて貰う事と相成りました。

 

そして、まず、お孫さんには別室にて待って頂き、最初にご祖父さんからお話を窺いましたが、それは次のような内容でした。
ちなみに、このお孫さんとは(当時)高校3年生の男性の方です。

 

ご祖父さんのお話:
『 孫が何度も喧嘩をして、学校にも迷惑を掛けて、とても困っている。

  その学校の校長先生とは昔からの知り合いで、とても「立派な方」で、その校長先生にも迷惑を掛けている事が申し訳なくて。

  何とか、孫が喧嘩をしないように出来ないものだろうか? 』

 

との内容です。
そこで、その後に、私はそのお孫さんと別室において、2人きりで話をさせて貰う事に致しました。
すると、まず、そのお孫さんは、今日この場所にどうして連れて来られて、なぜ私と話をするのかの理由が分かっていない事が判明しました。

これは、ある意味、出だしから気まずさの雰囲気が漂いますよね(笑)
そこで、私が世間話をしながらお孫さんに改めて聞いた所、今日、東京に来た理由は、ご祖父さんが何でも好きな物を買ってくれると言うから一緒に来ただけ、、、というのが分かりました。

 

そのような経緯なので、そのお孫さんにとっては、どうして、どこの馬の骨とも分からない私と、しかも2人きりの部屋でお話をしなければならないのかが理解出来ずに困惑しているのも、よく理解出来ますよね(笑)
そこで、私はその本当の理由(ご祖父さんが喧嘩を止めて欲しいと思っている事)をお孫さんに告げて、少しの時間、私と付き合って貰えれば助かりますと理解して頂きました!

 

そして、喧嘩についての武勇伝?を幾つか教えて貰い、喧嘩に関するお孫さんの考えを聞く事にしました。
そこでは、

 

お孫さんのお話:
『 自分は確かに何度も喧嘩してきて、迷惑を掛けているのは分かっている。

  ただ、今まで自分から喧嘩を吹っかけた事は、ほとんど無い。

  今回も仲間が(他校の人に)ボコボコにされたから、けじめとして自分が出向いたんだ。

  喧嘩という手段が良くない事は分かってるけど、自分は仲間との絆や正義の方が大事なんだ。

  だから、今回も喧嘩したんだ、、、 』

 

との事でした。
ちなみに、今回は喧嘩の是非や正義とは何ぞや?などをテーマとしている訳ではありませんので、話の流れとして捉えて下さい(笑)
そして、最初にご祖父さんから窺ったお話と、ここでお孫さんから窺ったお話で一つの共通点が見えてきました。

それは、校長先生が「次に喧嘩をしたら、高校を退学にする!」とお話しているというものでした。

 

この退学という事態を一番怖れているのが、ご祖父さんでもあり、また、そのお孫さんも同様でした。
そして、仲間との絆や正義の話を2人でしていた所、そのお孫さんには、とても大切にしている彼女がいる事を教えてくれました。

そして、その彼女が「次に喧嘩をしたら、あなたと別れる!」と、お孫さんに話している事も教えてくれて、それに対してお孫さんは自分の中で、彼女を悲しませたくもないし「二度と喧嘩はしない!」と思っているという事もお話してくれました。

 

では、ここで一つの関門が自然とクリアされた事になります!
それは次のようなクリアであり、私は、そのお孫さんのお気持ちを「補強する」意味でも、次のようにお話しました。

 

私のお話:
『 ちゃんと、自分で素敵な答えを見つけているじゃないですか!

  彼女を大切にしたい、彼女と別れたくないと思う気持ちが本当であれば、彼女の為にも、もう二度と喧嘩は出来ないものね!

  そして、もう二度と喧嘩が出来なければ、自分の為にも、喧嘩をして退学にさせられる事も絶対に起こりようがないよね!

  それと、「次に喧嘩をしたら、あなたと別れる!」というのは、卒業してからも続くものだから、それも大切にして下さいね(笑) 』

 

と。
すると、お孫さんは、無言でニヤリと微笑んで頷いてくれました(笑)
このように「二度と喧嘩をしない」という答え(強い思い)に落ち着いた所で、そのお孫さんが本心を語り始めてくれました。
それが、

 

お孫さんのお話:
『 確かに、今までしてきた喧嘩の中には、自分が悪いものもある。

  だけど、そこから自分なりに考えて、その後の喧嘩は全て因縁などを付けられたり、仲間がやられたりなどで、自分から喧嘩を煽った事は無い。

  それまでの自分がしてきた喧嘩が噂で広まってしまった事で、自分は喧嘩をするつもりもないのに、知らない相手からも勝手に喧嘩を吹っかけられるようになっていった。

  そして、その度に校長には自分の言い分も話してきたけど信じて貰えない。

  今回の仲間の為の喧嘩も同じく、全く自分を信じて貰えず、全て自分が悪いとレッテルを貼ってきた。

  自分は、学校の中で、その校長が一番「大嫌い」だ! 』

 

と。
では、ここ迄で皆さんは、今回のテーマである「人の評価(見方)」の違いに、既にお気づきになられているかとも思います(笑)
それは、最初の方で、

 

ご祖父さんは・・・

校長先生は、とても「立派な方」で!

 

と私に伝えていましたが、

 

お孫さんは・・・

校長が一番「大嫌い」だ!

 

と私に伝えてくれました。
校長先生に対する「評価(見方)」が、真っ二つ!に別れていますよね(笑)
そこで、まず、

 

人それぞれには・・・

社会生活における「立場など」の違いがあるので・・・

「とても立派な方」と評されるのも「事実」であるのかもしれない・・・

 

という「評価(見方)」も当然ながら成り立ちます。
ご祖父さんと校長先生との間柄、お孫さんである生徒と校長先生との間柄では、違いが生じるのも、ある意味では自然な事でもあります。
しかし、ここに焦点を合わせ過ぎると、本当の答えの糸口は、なかなか見つかりにくくもなります。

 

そして、このケースにおける、本当の問題となっているポイントは、最初に出てきた「そのお孫さんは、今日この場所にどうして連れて来られて、なぜ私と話をするのかの理由が分かっていない」&「東京に来た理由は、ご祖父さんが何でも好きな物を買ってくれると言うから一緒に来ただけ、、、」という所にあります。

そして、これが、このTOPICSでも幾度もお伝えしておりますように、

 

トラブルになりがちなのは・・・

コミュニケ-ションによる意見の相違などではなく・・・

コミュニケ-ションが取れていない「隙間」に・・・

 

という意味です(笑)
そして、私はそのお孫さんに最後に質問しました。

「自分では二度と喧嘩はしないと決めていたのだから、今日ここに、このような理由で来る必要もなかったように思うけど、それ(二度と喧嘩しない)はご祖父さんには話してなかったの?」と。

 

すると、お孫さんは「ただただ校長は立派で、何でも校長の言う通りと思っている祖父に自分の気持ちを話しても信じて貰えないだろうし、自分で何とかすればいいだけの事だから話していないよ」と答えてくれました。

そして、この時は、ご祖母さんも同行していたのですが、お孫さんは、ご祖母さんは好きだが、ご祖父さんはあまり好きではないとも私に話してくれました、、、

 

このような経過を辿り、お孫さんは買い物に出掛けたので、私はその直後に再びご祖父さんとお話しました。
それは、

 

私のお話:
『 彼と色々お話をさせて貰いましたが、今時の若者としては、絆や正義感などを大切にしている素敵な思いも持っているようでしたし、彼ともここでのお話は私との間だけの事で、ご祖父さんには全てを伝えないとも私は彼と約束をしました。

  なので、その辺りはご祖父さんにもお伝えする事は出来ませんが、ただ、彼に一つだけ、ご祖父さんに伝えても良いですか?と了承を貰った事があります。

  それが、彼は「彼女の為にも、二度と喧嘩しない!」と話してくれた事です。

  お孫さんを信じてみては如何ですか? 』

 

と(笑)
では、ここからは私の推測と、少し穿った?評価(見方)も入るかもしれませんが、仮に、ご祖父さんとお孫さんが、校長先生に対する「評価(見方)」をそれ迄(ここ迄こじれる状況)の間にコミュニケ-ションを取っていたとしても、その「評価(見方)」はおそらくそれぞれ変わってはいなかった事とも感じます。
そして、それはそれで別に構わない事でもあります。

ただ、私がご祖父さんとお話していて、一点、とても気になった点がありました。
それが、

 

(この)ご祖父さんは・・・

過剰な位?に・・・

世間体を気にし過ぎている・・・

 

と感じた事です。
そして、何より、

 

その世間体というのが・・・

孫の事を思う気持ちからではなく・・・

ご自身の名声を汚されたくない?・・・

 

との思いから強く出ているのでは?と私自身としては、ご祖父さんから窺うお話の端々(はしばし)に、強く感じたのを今でも覚えております。
もしかしたら、地元の名士だから(失礼の無いように、、、)との「ニュアンス」で私が知り合いから伝えられたのと同様に、このご祖父さんも名士として多くの方から接せられてきて、また、だからこそ、校長先生にも自分がされているような接し方をしてきたのかもしれません。
これもよくある事なので、良し悪しという問題でもありません。
ただ、

 

世間体を気にし過ぎるあまりに・・・

それが「無言」でお孫さんにも伝わって・・・

逆に世間体を気にせざるを得ないような状況を創り出してきた・・・

 

のかもしれません。
そして、

 

世間体に対する「怖れ」が・・・

お孫さんとのコミュニケ-ションを取る「怖れ」に繋がり・・・

結果的に、コミュニケ-ションにおける「隙間」を広げてきた・・・

 

のかもしれません。
つまり、「お孫さんとのコミュニケ-ションを取る「怖れ」に繋がり」の、真の「怖れ」とは、

 

コミュニケ-ションを取ってみても・・・

それが自分(ご祖父さん)の期待通りにならず・・・

また、期待した自分(ご祖父さん)が裏切られたらどうしよう・・・

という「怖れ」・・・

 

です。
今回のご祖父さんとお孫さんとの間のコミュニケ-ションの「隙間」、そして、確かに喧嘩を繰り返してきたお孫さんにも反省すべき点があるのもその通りですが、その繰り返しによって「聞く耳」を持たなくなっていった校長先生が創り出したコミュニケ-ションの「隙間」も同じ事になります。

今回は「人の評価(見方)」からの実例でしたが、このようなケースは「あらゆる面」にも当てはまるものです。

 

コミュニケ-ションの取れていない「隙間」・・・

その「隙間」を生じさせるのが・・・

「怖れ」・・・

 

という視点からも、それが本当に自分が「真に怖れている」事なのかな?と、コミュニケ-ションにおける何かの折には当てはめて考えてみて下さい!

そして、「あらゆる経験」を自分一人で学ぶのは完全に不可能!!!でもありますし、今回のTOPICSのようなお話は、それこそ、日常生活や社会においては溢れ返っているものでもありますので、是非、そのような視点からも、色々な人とのコミュニケ-ションを取る事が、「自分にとっての学び」でもあるという点を、素敵に活用してみて下さい(笑)

2019年8月31日 02:08

«

»

TOPへ戻る

新着投稿

過去の投稿


プライバシーポリシー

当サイトのご利用規約

サイトの詳細につきましては上記のご利用規約をご確認ください。

当サイトはリンクフリーではありません。
事前の連絡と許可審査が必要です。

スマートフォン、タブレットで読み取ってください

先頭へ