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魂の視点から見る墓終(じま)い

こんにちは!
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

お盆休みも明けた方々も多いかと思いますが、やはり、お盆と言えばお墓(参り)というのがキーワードになってくるケースが圧倒的に多いかと思われます。
また、最近は「墓終(じま)い」という言葉も頻繁に聞かれるようになってきた事からも、今回は「魂の視点から見る墓終(じま)い」というテーマをお届け致します!

 

ところで、今回のお盆休みで帰省された方々などにおかれましても、この墓終(じま)いの話題が出た方もいらっしゃるかもしれませんし、何かこのような話を持ち出すのは無礼(非礼)?などと感じて口を噤(つぐ)んでいた方もいらっしゃるかもしれませんし、次に逢う時までの持ち越し項目などにされた方もいらっしゃるかもしれませんね。

 

そこで、大層、不謹慎?に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、このような墓終(じま)いと言うテーマに関して、魂の視点はハマリ役!になります(笑)
なぜなら、

 

日常生活を送るに当たっては・・・

魂の視点を考える事がほとんど無い人の場合であっても・・・

 

お墓に関しては自分の事のみならず・・・

(ご親類などの)他者も含めた考察が必要になり・・・

 

なおかつ・・・

(ご先祖様などの)他界された方々の思いをも汲み取る・・・

という思慮深さを学べるチャンス!

 

でもあるからです!
このような魂の視点に触れる機会というのは、やはり、ご病気になった時や、身内の方が他界された時、あるいは、何かしらの悩みの渦中にある時に「一縷の救い」を求めてというケースが圧倒的に多くもなります。
そのような意味からのチャンス!という表現ですので、その点を重々ご理解頂ければ幸いです(笑)

 

なお、今回のテーマにおける墓終(じま)いは、法律的な手続きでもなく、仏教などの宗教観を否定する趣旨でも全くなく、お墓やご仏壇を所有している、所有していないなどの「有無」でもなく、

 

供養の本当(本来)の側面でもある・・・

自らの内面を自らの人生に・・・

どう反映させていくのか・・・

 

という趣旨も含まれております。
また、ここから先にお伝えする内容におきましては、お墓やご仏壇を放って置いても構わない、蔑(ないがし)ろにしても構わないという意味合いでも全くありませんので、その辺りも誤解の無きようご了承下さい!

そこで、まず、私自身のお墓事情?をご紹介致しますので、こちらも参考になるようでしたら、考える素材としてみて下さい(笑)

 

私は父と母の3人家族ですが、父はいわゆる分家という事もあり、母が他界した時にお墓を建立しました。
なので、現在の私(というか正式には父ですが)の所有しているお墓には母を納骨しておりますが、ご先祖様は納骨しておりません。

そして、私は無宗教ですが、以前のTOPICSでもご紹介した事があります、一休さん(一休宗純)が「幸せとは何か?」と問われた時に、「親死に、子死に、孫死に」と答えたように、ある種の順番通りであれば、今のお墓には父を納骨する事になります。

 

ただ、私は独身で子どももおりませんので、その後は、、、私自身が他界した時に、私をお墓に納骨してくれる人はおりませんし、自らで自分自身を納骨出来るような特殊能力???は私にも全くありません(笑)

なので、今現在の状況が続いたと仮定した際の、自分自身の人生における、ある一定の時期と判断した時には、今のお墓を墓終(じま)いする旨は父にも伝えております。

 

勿論、この先に結婚する事もあるかもしれませんが(諦めて?はおりませんので(笑))、例えば、私がお墓を守る事に固執(執着)して結婚するなどと言う事が万が一にでもあれば、それこそ、ここ最近のTOPICSで繰り返しお伝えしております通り、あまりにも「不純な動機」という事になってしまいます(笑)

まあ、あまり参考にならなかったかもしれませんが、先に続けて参ります!
では、墓終(じま)いを考えるに当たり、最大のポイントは、以前に流行した「千の風になって」の歌詞のように、

 

お墓に魂は存在しません・・・

というより・・・

お墓に居る必要性は全く無い!!!

 

というのが真実!?です(笑)
勿論、他界した後に、自分はお墓に行くものだ!との観念を強く持っていれば、一時的にはそのようなケースもある事はありますが、お墓にいる理由が全く無い!と気づいてしまえば、「な~んだ、本来の所へ行って、これから先の生活を充実させよう!」と一瞬にして状況や環境が変わります。

ちなみに、ご気分を害される方もいらっしゃるかもしれませんが、病院にはいわゆる霊はほとんど存在しないのも、これと同趣旨の事です。
誰しもが、ご病気から解放されたら、(その後も)病院に居続けたいと思う方は(ほとんど)いらっしゃらない事でしょう。

 

また、他界後にお墓に出向く現象として、敢えて不適切な例えをすると、小学校を卒業したにも関わらず、(理由も無しに)中学校には行かずに、小学校に通い続けているようなものです(笑)
ちゃんと、今世という人生を修了したのですから、次に進んで良いのです!
ちなみに「終了」ではなく「修了」との言葉で間違っておりませんので(笑)

つまり、

 

他界されたご本人様において・・・

お墓に出向いてしまうというのは・・・

「気づいていない」が故の「行動」なので・・・

 

という点からも、皆さんも本当のご供養の意味が、薄々?分かりかけてきた頃かもしれませんね!?

では、魂の視点から墓終(じま)いをする時に大切になる点をお伝え致します。
まず、可能であればちゃんと墓前まで出向くという事は考えて頂きたい一点目です。
このような「思い」にまつわる事柄に関しては、出来るだけ「手間を惜しまない」という姿勢が大切であり、望ましいのは言うまでもありませんが、色々な状況などを鑑みて、出向く事が難しい場合には、それでも大丈夫です。

そこで、大切な点というのは、

 

心の中で(構わないので)・・・

(墓終(じま)いに至った)諸般の事情をご自身なりにお伝えをし・・・

ご理解頂けるように「思いを込める」!!!

 

との事で充分に伝わります。
そして、この世の常?であるのかどうかは分かりませんが、中には、このような「思い」には全く目を向ける事なく、ひたすらに儀式的なものに執着や固執をするご意見や考えをお持ちの方も多いものです。

勿論、出来る範囲内で、それぞれの宗派などにおける色々な儀式を執り行って貰うのも構わないと思いますし、何かの儀式として行う際にも、ご自身なりの方法でも構わないと私自身は感じます。
なお、ご自身なりの方法で構わないと申しましても、遺骨を好き勝手に撒いたりするのは法的にもアウト!になりますので、最低限のルールなどは守って下さいね(笑)

 

ただ、これも中には、ちゃんと儀式をしないと祟(たた)られるよ?などと、考え無しに発言する人もいらっしゃるかと思います(苦笑)
何故、このような発言が出て来るかと言いますと、このTOPICSでも繰り返しお伝えしておりますように、

 

肉体の年齢と・・・魂の年齢は・・・違う

 

という所から来ています。
なので、このような発言も気にする必要性はありませんが、仮に、このような場合があるとしたら、次のように自問してみて下さい。

 

自分がご先祖様の立場だったら・・・

ちゃんと事情を伝えてくれて・・・

そこに「思いが込められている」のであれば・・・

祟る事などするであろうか・・・???

 

と(笑)
祟られる?などと考えてしまうというのは、それこそ、逆に、ご先祖様を悲しい思いにさせる事になるかもしれません。
そして、これこそ、感受性が豊かな人の場合では、でも、、、何か言われているようで気になる、、、という方もいらっしゃるかもしれません。
そして、本当にご先祖様が、墓終(じま)いをする事について、何か反対しているように(強く)感じる場合には、

 

お墓や家の存続などに執着(固執)する事なく・・・

「曇った」目で見るのではなく・・・

ちゃんと明らかになった「澄んだ」目で見て下さい!

 

などのように、心の中でお伝えしてあげて下さい。
極端に言えば、「この世の事柄に構う事なく、自分の成長に専念しなさい!」とお伝えしても良いケースもあるかもしれません(笑)
これも同じように、

 

他界後の世界においても・・・

魂の年齢はそれぞれ違いがあり・・・

先に他界したからといって・・・

この世の人より・・・

魂の年齢が高いとは限らない・・・

 

という側面があるからです。
勿論、「敬う」という意味では、肉体の年齢であろうと、魂の年齢であろうと、この世であろうと、あの世であろうと、とても大切な姿勢であるのは変わりありませんが、狭い視野で自縄自縛(じじょうじばく)になってしまっては本末転倒にもなります。
そして、「年齢」という言葉を用いていますが、これは「境地」と同じ意味でもあります。
このような際には、自分自身に対してと同時に、ご先祖様などに対しても、共に「叱咤激励」という「思い」を持ってみて下さい(笑)

 

では、ここで、皆さんはお墓やご仏壇はどのような機能?を果たしているのかご存じでしょうか?
それを少しだけお伝えして参ります!
あくまで魂の視点からですが(笑)

 

お墓やご仏壇というのは、例えば、この世の私達が手にしている携帯電話と、あの世の方々が活用している携帯電話を繋ぐ、基地局のようなものです。
言わば、双方の「思い」を繋ぐ「増幅器」のような感じです。
そして、あの世の方々が活用している携帯電話は、それはそれは、超超超高性能!のような感じですが、

 

この世の私達が手にしているのは・・・

糸電話・・・

いえ、それよりも・・・

モールス信号のようなもの・・・

 

とも表現出来ます(笑)
つまり、あの世の方々にはお墓やご仏壇を介さなくとも、ちゃんとこの世の私達の「思い」は届いているのですが、残念ながら?私達の多くはあの世の方々からのメッセージを正確にキャッチするのが難しい側面があります。
この理由は、例えば、

 

この世の私達の多くは・・・

自らで視野を狭め・・・

自らで「曇り」を創り出しているが故に・・・

メッセージという「電波」を受信しづらい状況になっている・・・

 

とも言えます。
これは、曇りや雨の日には、衛星放送の画面が乱れたり、時には映らなくなってしまうケースと同じようにイメージして頂いても構いません(笑)
勿論、常にメッセージを受け取れる訳では無いという理由の一つには、この世の私達があの世の方々に「依存し過ぎない為に」という側面もあり、ある意味自然な事でもあります。

この「依存し過ぎない為に」というのは、この世の私達自身にも「考えて欲しい」との、あの世の方々の「善意の思い」が反映されているからでもあります。
そして、このようなメッセージは、目に見えずとも、耳に聞こえずとも、

 

心を「澄まして」いれば・・・

何かを「感じる」瞬間は・・・

必ず訪れている・・・

 

ものでもあります。
そして、もうお分かりかと思いますが、この何かを「感じる」という感受性を「高める」為に活用しているのが、お墓やご仏壇とも言える事になります。
故に、墓終(じま)いをしたからと言って、あるいは、お墓やご仏壇を持っていないからと言って、あなたの「思い」が届かなくなる訳でもありませんし、あなたにメッセージを伝える術が失われる訳でも全くありません(笑)

 

では、ここ迄においては、墓終(じま)いをする際の、ご先祖様などへのお伝えの仕方などは、ぼんやり?ながらも何となくの「感じ」は掴めて頂けている部分もあるかもしれません。
そして、もし、あなたがお墓の管理などをしている場合において、墓終(じま)いをする際に、

 

一番厄介???になるのが・・・

(ご親類などの)生きている人間の側・・・!?

 

というのは、より実感として理解出来るかもしれませんね(笑)
まず、人それぞれ様々な考え方や捉え方がありますし、ご先祖様や、特に、ご家族などの身内の方が先に他界されている場合においては、その方々への「思い」も様々でありつつ、そこに更に、言わば、思いの「深さや幅」というのが加味され、これもそれぞれに違ってくるのが自然な事でもあります。

そして、このような場合、もし、あなたがお墓を管理していない(誰かに管理して貰っている)というケースでは、

 

あなたの考えや思いを伝えるのは、勿論それで構わないが・・・

その先の「選択と決断」は・・・

管理をしている人に任せる(委ねる)!

 

という姿勢を意識してみる事と、もし、あなたがお墓を管理しているというケースでは、

 

周りの意見や考えに耳を傾けつつも・・・

最終的な「選択と決断」は・・・

あなたが握っている!

 

という気持ちを(強く)持つ事が必要になってくるかもしれません。
そして、このような「思い」のそれぞれの捉え違いなどにおいては、トラブルになるケースもあるかもしれませんし、(次第に関係が)疎遠になっていくケースもあるかもしれません。
このような場合においては、

 

向かう方向性の違いであるが故に・・・

それぞれの道(人生観)を歩む・・・

 

という、ある種のポジティブな割り切りも必要になってきます。
なぜなら、どちらかが、あるいは、双方が「相手をコントロールしよう!」となってしまうと、泥沼に嵌まってしまいますので(苦笑)
そして、ここが今回のテーマの最大のポイントですが、墓終(じま)いをするにせよ、しないにせよ、

 

自分自身に「罪悪感」を持つ必要性は無い!!!

 

という点です。
これは、墓終(じま)いをする事に対して、ご先祖様や反対したご親類の方々などに対して抱いてしまう「罪悪感」もそうですが、

 

お墓を管理する事に限界を感じつつも・・・

波風を立てぬように、墓終(じま)いをしないという「選択と決断」をした・・・

自分自身に対する「罪悪感」・・・

 

も同様になります。
つまり、

 

墓終(じま)いをするという「選択と決断」を出来なかった(あるいは、させて貰えなかった)が故に・・・

その後の自分自身の人生が変えられてしまった・・・

 

などの「罪悪感」を持たない!という姿勢が、ここでは必ず必要になってきます。
なぜなら、ここでの「罪悪感」の裏に存在しているのは、

 

誰かや何かのせい(責任)しても・・・

人生は変わっていかない・・・

 

からです。
そして、

 

この世の出来事の全ては・・・

あの世においては全てが明らかになる!!!

 

という事がありますので、ある意味の「大胆さ」も加味しながら、墓終(じま)いの「選択と決断」をする際の「一考」の素材としてみて下さい(笑)

そして、ある意味の「大胆さ」という面に関しては、不謹慎に感じられる方もいらっしゃるかもしれませんが、これは笑い話?でよく聞く事ですが、身内の方がご病気などで入院されていて他界された際に、看護師さんなどがご家族にお電話を差し上げる際に、

 

先ほど〇〇さんが・・・

「チョット」お亡くなりになられました・・・

 

とお伝えしがちになる?というものです。
勿論ここには、身内の方がお亡くなりになられた衝撃を少しでも緩和させてあげたいとの、看護師さんなどの無意識からの「善意の思い」が「チョット」という言葉になっているのは言うまでもありません(笑)

なぜなら、私達がお墓やご仏壇に向かって語りかけたりするという「行動」は、相手の方が「今も存在している」という事が前提であり、「鏡に写った自分自身」に向かって語りかけるというのとは、少し性質が違う!?ものでもあります、、、が、、、しかし、、、この意味は最後にご紹介して参ります!

そして、このような墓終(じま)いというテーマから導かれる本当の供養の意味は、これもこのTOPICSでも幾度かお伝えしております通り、

 

この世に生きる私達が・・・

あの世の方々に安心して貰えるような・・・

生き方をすること!!!

 

に尽きるものです(笑)

そして、「ゆりかごから墓場まで」や「秘密は墓場まで持っていく」という言葉や、あるいは、ご夫婦や舅姑のご関係などにおいては、死んだ後まで一緒のお墓に入りたくない!などの言葉もよく聞かれますが、これらも全ては「今、ここから、どう考え生きるのですか?」という問い掛けになっているのが、本来の意味でもあります(笑)

 

そして、締め括りと致しまして、今回のようなテーマにおいて、今回のような内容をお伝えする際には、亡き人への冒涜だ!などのご意見もあるかもしれません。
しかし、次のような問い掛けに対して、私自身を含めた私達は、どのように答える事が出来るでしょうか?

 

「今」を生きている私達は・・・

「思い」「言葉」「行動」のどれか一つを取り上げてみても・・・

同じく「今」を生きている人間に対して・・・

(お互いに)「冒涜」をしていない、、、と言えるのでしょうか・・・

 

と、、、。

 

では、気分を変えて?少しの余談ですが、今回の「魂の視点から見る墓終(じま)い」というテーマにおいては、ヒプノセラピー(催眠療法)における「前世療法」などとも関連する部分があります。
日本ではまだまだ少数ですが、海外の大学においては、「前世」や「輪廻転生」などの研究が盛んに行われており、実証の為の統計や科学的手法なども取り入れた試みが多くの場で実際に行われています。

 

そして、「前世療法」や「夢」などを通して、自分の前世?などを想い出したり、あるいは、精神面の治療を行っている際などの「感情」を基にして、その理由を「前世」などに見出し、改善に向かわせる事なども行われておりますが、このような実証研究の場では、被験者や患者さんが行った事もない海外(異国など)において、自分の前世時代のお墓を見つけるケースも数多く報告されています。

 

勿論、全てが真実という訳ではないでしょうし、中には、詐称も含まれていたり、たまたま?(なお、「偶然」という現象については、これ一つで深く複数のテーマに繋がっていきますので、ここでは、たまたま?で片付けます(笑))というケースもある事でしょう。

ただ、このような「前世」などに関する研究や検証においては、国や文化や風習も違うそれぞれの大学での統計を合わせても、少なくとも6~7割方は「証言と事実とが一致する」という結果も報告されております。

このような視点を活用すると、数は少数かと思いますが、

 

「今のあなた」が手を合わせているお墓には・・・

「前世のあなた自身」が含まれている・・・

 

つまり・・・

 

「今のあなた」は・・・

「前世の自分自身」に向けて・・・

手を合わせている・・・

 

というケースは必ず存在しています!
これが、先ほどの、「鏡に写った自分自身」に向かって語りかける、、、という意味がご理解頂けたかもしれません(笑)
そして、このような魂の視点というのは、信じるも信じないも全くの自由ですし、人生の視野を広める「哲学」としての要素も含まれております。
そして、

 

99.9%の反証や反論が成り立つとしても・・・

たった一つの「事実という事象」には敵わない・・・

 

というのも「真実」であります(笑)

2019年8月24日 04:08

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