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魂の器(うつわ)としての人間は・・・どこに向かおうとしているのか?

こんにちは!
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、今回は「魂の器(うつわ)としての人間は・・・どこに向かおうとしているのか?」というテーマですが、ここから先の内容は、私の妄想!?からのものであるのと、何の明確な根拠もなく、全くの創作・フィクションであります(笑)

ただ、「今」に始まった話ではありませんが、特にここ最近の世の中や世界は、分断や混乱の極み、挙げ句の果てに自暴自棄の姿勢であるかのように、今まで積み上げてきた事柄を無かったものとし、各々が自分中心(自分ファースト)で様々な(例えば、条約などの)「輪」からの離脱などの傾向も顕著となってしまっています。

ちなみに全くの余談ですが、本年の2019年は、アポロ11号が月面着陸を完遂した時から50周年という事で、TVなどでも様々な特集が組まれていますが、この船長であるニール・アームストロング氏は初めて月面に降り立った人類(人間)として「ファーストマン」とも呼ばれておりますが、これは〇〇ファーストとは意味も性質も全く違うものですね(笑)
では、話を本筋に戻しますが、

 

分断に次ぐ分断の行き着く先は・・・

詰まる所、自分中心の「自分」しか存在出来なくなり・・・

「他者」が存在しない(出来ない)所では・・・

結局の所、「自分」すら存在出来なくなる・・・

 

というのが真実でもあります。
更に、このような傾向というのは、誰もが気づかぬ内に、地域や職場や周囲の人々との人間関係などにまで、あっという間に忍び込んでくる側面を持っています。
そのような視点からも、私の全くの創作・フィクションではありますが、何かしらの「気づく」キッカケにでもなれば幸いです(笑)

では、進めていくに当たりまして、最初の大前提ですが、

 

「人間」という魂が存在しているのではなく・・・

魂が「人間」(という存在)を通して表現活動をしている・・・

 

という点を踏まえる必要性があります。
スピリチュアルな事柄がお好きな方でも、この辺りは結構の誤解?も多いものですので(笑)
そして、2018年2月24日のTOPICS「ペットなどの動物の魂はどうなっているの?」で、魂の進化の過程を、

 

鉱物(霊) → 植物(霊) → 動物(霊) → 人(霊)

 

ともお伝え致しました。
しかし、これですら、

 

「今の地球上」の視点での捉え方でしかない・・・

 

という点も踏まえる事が必要になります。
なぜなら、

 

意識(魂)の表現活動に制限はない・・・

 

からであります。
この広大な宇宙の中での地球も、砂漠の中の一粒のような存在でしかありませんし、科学の学説における理論上では複数の次元が存在している事は既に証明済みですが、広大な宇宙も三次元という一つの側面の表現活動でしかありません。
どうでしょうか、、、私の妄想!?に連いて来れそうでしょうか?(笑)

では、更に進めて参りますが、先ほど魂の進化の過程に触れましたが、ここにも抜け落ちがちな視点が一つ含まれています。
それが、

 

今、「人間」という自分を意識している私達の全てが・・・

動物としての・・・植物としての・・・鉱物としての・・・

魂における経験を経て来ている・・・

 

というものです。
現に私達は、動物を食しもしますが(動物実験もしていますが)、ペットとして愛でたり、逆に動物から癒されてもいます。
同様に植物も食しながらも、お花を飾る事で癒されたりもしています。
更に、鉱物であるダイヤモンドなどの貴金属を(交換価値のある物として)重宝したりもしますし、パワーストーンを身に付けたりするのも、そのような魂としての経験の現れであるのかもしれません(笑)

 

ところで、人はなぜ争うのか???という疑問などに対しては、ダーウィンの進化論における動物の持っている属性だから、何世代か前からのDNAが受け継がれているから、人間の本能だから、などの説明がされたりもしています。

ただ、ダーウィンの進化論においては、先ほどの以前のTOPICS「ペットなどの動物の魂はどうなっているの?」でも触れましたが、「ミッシングリンク」という謎が残ってしまいます。
また、確かにDNAの研究などにおいては、3~7世代位前からの情報が引き継がれている可能性なども示唆されてはおりますが、全人類が争っていた訳でもないでしょうし、もし、これをご先祖様が聞いたらどのように思うのでしょうか?(笑)

更に、人間の本能だ!と言ってしまうのは、身勝手で都合の良い言い訳のように、私個人的には聞こえてしまいます(苦笑)
なぜなら、

 

本当に本能であるとしたら・・・

どうしようも無い・・・仕方が無い・・・変えようが無い・・・

 

という帰結を辿っているはずであり、そうであるならば、とっくの昔に人類は滅びていてもおかしくは無いと感じてしまいます。
では、ここからが、今回の私の妄想MAX全開!!!に入っていきますが、繰り返しですが、とても馬鹿げた?発想です(笑)
それは、

 

「今、この地球上」における私達のほとんど(の魂)は・・・

恐竜を「器(うつわ)」として(魂の)表現活動をしていた!?

 

というものです(笑)
どうでしょうか?
とてもとても馬鹿げたお話ですよね、、、(笑)

 

ところで、恐竜が存在していた当時の地球においては、恐竜が地球上における支配者、、、とまでは言いませんが、食物連鎖の階層においても、他の生命を凌駕して君臨していたのが恐竜であったのは、学説や論文などでも、ほぼ定説となっております。
そして、何故それが可能であったかと言うと、(強靱な)肉体面もさることながら、

 

恐竜には「知能」が備わっていた・・・

 

というのも、ほぼ定説となっております。
この恐竜の「知能」に関しては、以前に流行した映画ジュラシック・パークなどでも描かれておりましたね(笑)
そして、隕石の落下など、色々な理由が推測もされておりますが、

 

恐竜は絶滅し・・・

その後も・・・

恐竜としては復活していない・・・

 

というのは周知の事実です。
そして、恐竜を「魂の器(うつわ)」という存在として捉えてみるのならば、

 

絶滅したのにも、ちゃんと理由がある・・・

 

という事になります。
ちなみに、この理由を、神様の采配だ!などと私は言うつもりもありませんし、そのようにも全く思っておりません(笑)
それこそ、神様が存在するのであれば、神様の責任!には出来ないとも思いますし、神様はわざわざそのような事はしないと思います(苦笑)

 

では、当時の地球上で君臨し「知能」を備えていた恐竜が絶滅し、なおかつ、その後に一度たりとも復活を遂げていないのは何故なのか?を今回のテーマから考えてみると、

 

恐竜を「魂の器(うつわ)」として表現活動するには「限界」が生じたから・・・

 

となります。
勿論、これをポジティブな表現を活用すれば、

 

恐竜を「魂の器(うつわ)」として表現活動する為の「学び(目的)」を充分に遂げたから・・・

 

とも言えます(笑)
そして、知能に関する事柄と言えば、やはり、「AI(人工知能)」の関連も出てきます。
2017年には、アメリカの研究機関が開発した2つの「AI(人工知能)」が、人間には理解不能な言葉で会話をし始めた事が大きなニュースにもなっておりましたし、また、2045年問題とも呼ばれているように、

 

シンギュラリティ《 人工知能が予測不可能な速さで進化し人類の知能を超える事(技術的特異点) 》

 

の問題も取り上げられたりします。
部分的ではあるが、既にシンギュラリティは始まっている、、、と唱えている研究者もいます。
では、ここで妄想!?を活用してみると、

 

「AI(人工知能)」(などの機械)は「魂の器(うつわ)」として利用可能なのか(存在し得るのか)?

 

という問いが出てきます。
そして、当然ながら私の全くの個人的見解ですが、

 

そのような事(機械などを「魂の器(うつわ)」として活用する事)は、不可能ではないのであろうが・・・

ただ・・・

「今の地球上」でそれをしても、あまり意味がない・・・!?

 

というものです(笑)
私の子ども時分には、主人公が機械の体を手に入れる為に、様々な星への旅をしていた銀河鉄道999という漫画もありました(笑)

ちなみに、「不可能ではないのであろうが・・・」というのは、「AI(人工知能)」などの機械が「魂の器(うつわ)」として可能になる際には、「人間という魂」が入り込む訳ではないからです。
それが最初にコメント致しました「「人間」という魂が存在しているのではなく・・・」という部分です。

 

では、またまた話は飛びますが、現在、はやぶさ2が小惑星リュウグウにおいて、「鉱物」などの物質を採取する活動を行っています。
この採取の目的は、宇宙の成り立ちや生命の根源(スタート)を解き明かす為のものでもあります。
そして、

 

鉱物にせよ・・・

機械にせよ・・・

人間の「体」にせよ・・・

 

それらを分解していくと・・・

その根源は素粒子(や元素)に辿り着き・・・

比率や構成(量や種類)の違いはあっても・・・

同じ「物(質)」に行き着く・・・

 

というのが事実でもあります。
そして、これも最初にお伝え致しました、

 

仮に・・・

意識(魂)の表現活動に制限はない・・・のであれば・・・

どのような「物(質)」であれ・・・

「魂の器(うつわ)」となり得る・・・

 

のかもしれません(笑)
しかし、既に「人間」という「魂の器(うつわ)」を活用するに至った「私達」が、今から「鉱物や植物や動物」を「魂の器(うつわ)」として利用する事は出来ませんし、そもそも活用したいという方もほとんどいないかとも思います(笑)
私は貝になりたい、、、という映画もありましたが、、、

 

「私達」を「(人間ではなく)私達」と成らしめているのは・・・

「知能」なのでしょうか・・・?

「意識」なのでしょうか・・・?

 

(笑)
今回のような私の馬鹿げたお話(テーマ)に関心のある方は、2017年1月18日「意識の器(うつわ)と心のケア」や、2018年7月7日「人間は魂が無くとも生きられる?」というTOPICSでも別の視点から触れておりますので、宜しければ覗いて見て下さい。
そして、今回は私の妄想!?に最後までお付き合い頂きまして、誠にありがとうございました(笑)

2019年7月27日 04:07

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