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最近注目?の「レジリエンス」について

こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、今回は「最近注目?の「レジリエンス」について」というテーマですが、皆さんの中でも、この「レジリエンス」という言葉を最近よく耳や目にするようになった?と感じている方もいらっしゃるかもしれませんね(笑)
書店などでもレジリエンスと銘打った書籍は数多く見受けられるようになってきましたし、国立がん研究センターにおいては「レジリエンス外来」も開設されております。

 

そこで、まず、このレジリエンスという言葉をご存じの方もいらっしゃれば、初めて聞いたという方もいらっしゃるかと思いますので、簡単なご説明から進めて参ります!

この「レジリエンス(resilience)」という言葉は、元々は「ストレス」と共に、物理学などで「現象」を説明する為に活用されてきた言葉です。
そして、物理学などにおける「現象」の説明として、

 

レジリエンスとは・・・

跳ね返す力(弾力性)・・・

 

と意味していたものが、心理学などにおいても「心の現象」に当てはめられ、現在に活用されるように至っています。
そして、心理学などでは、「回復(快復)力」「復元力」「逆境力」「折れない心」「立ちなおる力」などと様々に表現されており、

 

レジリエンスにおいては・・・

絶対的に決められた(決まった)定義はない・・・

 

というのが現状でもあり、私個人としてもそのように理解し捉えておりますので、皆さんも、何がレジリエンスなの?という定義などに捕らわれる必要性は全くなく、ここから先は、皆さん自身の中に湧き出て来るイメージや、レジリエンスという言葉が醸し出す響きや雰囲気などを、それぞれ皆さんの自由に任せて味わうように読み進めてみて下さい!

 

ところで、このTOPICSにおいても、幾度も取り上げております、魔術師と称され、20世紀最大の催眠療法家と言われているミルトン・エリクソンですが、彼の物事の捉え方やセラピーでの手法などは、現代のヒプノセラピー(催眠療法)においても、その多くの部分が取り入れられ活用されております。

そして、エリクソン自身はレジリエンスという言葉を活用(多用)していた訳ではありませんが、彼のセラピーやセッションの中核を成しているのはレジリエンスと全く同じです。
そして、彼が活用していた言葉は、これも、このTOPICSにおいて繰り返しお伝えしております、

 

ユーティライゼーション

 

です。
このユーティライゼーションとは、

 

(クライアントなど)その人なりに、活用出来そうなものは、何でも活用する

 

という点に「主眼」が置かれているものです。
ちなみに、このユーティライゼーションにおける「何でも活用する」というのは、「目的のためには手段を選ばず」とは、全く意味も性質も違いますので、くれぐれも、誤解の無きよう、その点を正しくご理解頂ければ幸いです(笑)
そして、例えば、この「主眼」の捉え方においては、

 

仮に、私(瀬川)が99%の(クライアントなど)誰にでも効果を発揮する手法やアドバイスを持っているとします・・・

しかし、もし「あなた」が、その他の1%に該当しているとすれば・・・

 

私(瀬川)の99%の人に当てはまる手法やアドバイスは・・・

「あなた」にとっては何の意味もなさない・・・

 

それどころか・・・

私(瀬川)がその手法やアドバイスを「あなた」に(無理矢理にでも)適用させようとすれば・・・

「あなた」は間違いなく、落胆を感じ、希望を失っていく・・・

 

のが目に見えています。

ちなみに、私もカウンセリングなどを行っている中で、クライアントの方から、以前に他のカウンセリングやセラピーなどを受けた時に、その人から「怒られた?」、また、「私の言う通りにやらないから良くならないんですよ!」などと言われた、とのお話を頻繁?にお聞きしますし、それが元でカウンセリングなどを受けるのが「恐くなってしまった、、、」との感想も頂きますが、その原因は今お伝えしたものに存在する事と、他にもこの先で紹介して参りますので、そのような経験をされた方も、どうぞ安心して読み進めてみて下さい(笑)

では、話しを本題に戻しますが、つまり、ここに先ほどの、

 

レジリエンスにおいては・・・

絶対的に決められた(決まった)定義はない・・・

 

という点が当てはまってきます。
そして、エリクソンは、別の表現を使って、クライアントに寄り添うに当たって、セラピスト等に対して次の言葉を繰り返し伝えていました。
それが、

 

治療に「抵抗」するクライアントなどいない・・・

(治療に抵抗するクライアントが存在するように感じるのならば、それは・・・)

「柔軟性」に欠けるセラピストがいるだけだ・・・

 

と(笑)
そして、ここ迄においては、レジリエンスにおいても、エリクソンの手法にしても、

 

その根本に共通して存在しているのは・・・

「自分」の事は・・・

やはり「自分自身」が一番よく知っている・・・

 

という点を、まずは、頭の片隅にでも置いて頂いて、更にこの先をお読み進めてみて下さい!

そして、このように、クライアント毎に異なる、様々なアプローチを活用していたエリクソンですが、クライアント一人一人は育って来た環境や背景も異なり、その人自身の個性も最大限に尊重するという点からも、自らの手法などを体系化したり、マニュアル化するのを拒んでおりました。

 

ただ、やはり、その手法のエッセンスだけでも知る事で、役立つ部分が大きいのではないかと、エリクソン関連の書籍は多数出版もされております。
その中で、エリクソンの身近な関係者が著した『ミルトン・エリクソン心理療法 〈レジリエンス〉を育てる』(著:ダン・ショート、ベティ・アリス・エリクソン、ロキサンナ・エリクソン-クライン、訳:浅田仁子、発行:春秋社)という書籍があります。
これは、S.Light.Mで開催しているヒプノセラピスト認定講座においても、補足資料として活用しており、そのごく一部ではありますが、皆さんが、皆さん自身のレジリエンスを感じ、そして、「考える」手助けになりそうな点を少しご紹介して参ります!

では、まず最初の前提として、ユーティライゼーションにおいても、そして、レジリエンスにおいても共通しているのが、

 

『 心の健康は「標準化」してクライアントに強要出来るものではない 』

 

というエリクソンの一言です。
なお、ここでのクライアントとは、あなたが相談を持ちかけられた「誰か」にも当てはまりますし、勿論、「あなた自身」にも当てはまるものです。
これは、皆さん自身においても、自分の悩みでも然り、他の人から悩みを相談された時にも然り、

 

まずは、違って当然という・・・

「多様性」へと目を向けさせる・・・

 

という所がポイントです。
例えば、誰かから、あなたにとっては何でもないと感じる事を相談された時に、仮にあなたが「そんなのは悩みでも何でもないでしょ!」と答えたとすると、その後のコミュニケーションは継続しなくなる事でご理解頂けるかと思います(笑)
勿論、あなたの「内心」においては、どのように思おうと自由ですが、、、(笑)

そして、これを具体的なレジリエンスという現象に活用してみますと、

 

他の人が行っているレジリエンスを参考にするのも(大いに)役立つが・・・

「自分」と「他の人」とを比較しない!

 

という視点を保つのが大切になります。
つまり、「自分」に役立つレジリエンスが「他の人」に当てはまるとは限らないのと、逆もまた同様に、「他の人」に役立っているレジリエンスが必ずしも「自分」にとって功を奏すとも限らない、という意味です。

これは、少し冷めた?表現を用いますと「(過度な)期待をしない」とも言えますが、「他の人」から教えて貰って「自分」に試してみたけれど、「自分」にはあまり効果が感じられなかった、、、と落胆を感じる人も多くなっておりますので、そのような「本末転倒」にはならぬよう、少しこの点を心掛けてみて下さい!

 

では、ここからは、この書籍において、実際にあった2つの症例を元に考える素材を提供して参ります。
エリクソンの元に、関節炎による麻痺により、体が動かせなくなってしまい、車イス生活を送っていた男性が訪れてきました。
そして、エリクソンはその男性の話を色々聞いていた所、その男性は「親指だけは少し動かせる」という事が分かってきました。
そこで、エリクソンはその男性に次のように話し(指示・暗示し)ました。

 

『 親指「しか」動かないのであれば・・・

親指「だけ」を動かし続けて下さい・・・

そして、もし、「他の指」を動かしたくなったら、そうしても(動かしても)構いません・・・ 』

 

と。
すると、次第に、その男性の指の動きは、親指から人差し指へと、さらに他の指へと広がって(繋がって)いき、その状況を観察していたエリクソンはこの男性にペンキ塗りの仕事を与え、その後はトラックの運転手の仕事も任されるようになり、それと同時に、大学へも通えるようになっていきました。

理想論や空想と思われるかもしれませんが、実話です(笑)
このケースにおいては、全ての関節炎が全快(治癒)した訳ではありませんが、梅雨などの痛みの増す時期は良い休暇と思って休息を取りながら、日々の生活を送れようになっていきました。

では、このケースにおける、エリクソンからのレジリエンスの「提案」の言葉です!

 

『 全てを正す事が出来ない時には、修正出来るものを持つと良い 』

 

『 「癒し」は、オール・オア・ナッシング(all or nothing)という思考から、何が達成可能か?という考え方に「シフト」した時に、最もよく発生しやすい 』

 

と。
この「オール・オア・ナッシング(all or nothing)」とは、特にここ最近のTOPICSでも取り上げております、「本当に「二者択一」しかないのか?」あるいは「是か非か?」という思考パターンに陥るのと同じ意味です。

また、別の表現を用いると「可能な事と、不可能な事を分離する」と言えますが、何故、これがレジリエンスになるのかと言いますと、

 

このように分離する事により・・・

自分自身でもコントロール出来る部分が生まれてきて(それに「気づけて」)・・・

それが、その後の「自信」へと繋がっていく!

 

からです。
ちなみに、この「二者択一」問題?は、今回のTOPICSの最後の方でも、おそらく皆さんが「今、最も関心を持っている!?」と思われる話題に当てはめて考えていきますので(笑)

 

では、2つ目のケースです。
エリクソンの元に、「自分はイエス・キリストの生まれ変わりだ!」と称する患者さんがいました。
その患者さんは、キリストの生まれ変わりと思い込んでいるが故に、良かれと感じて他の患者さんに対して布教活動を行っていました。
しかし、その手法も強引なものであり、そもそものキリストの生まれ変わり?などの言動も相まって、周囲の人々は困惑していました。
すると、エリクソンはその患者さんについて、次のように考えました。

 

『 この患者さんに、「自分はキリストの生まれ変わりである!」と思わせておいたら、どんな良い事があるのだろう? 』

 

と(笑)
そして、その患者さんに次のように「質問」という「提案」をしました。

 

『 キリストという神の存在であれば、他に(布教活動以外に)どんな奉仕活動を進んで行うのでしょうか? 』

 

と。
すると、この患者さんは、進んで大工仕事などのボランティアを積極的に行うようになっていきました。
なぜなら、キリストは「大工」でもあったと聖書などでは言われているからです(笑)
皆さんはこの2つの実際の症例から、どのようなレジリエンスという「提案」を受け取りましたでしょうか?(笑)

 

では、レジリエンスとは、人それぞれに違っており、「自由」なものであるという点は、薄々?お分かりになってきた頃合いかもしれませんので、「え~っ! こんなのもレジリエンスになるの!?」というケースを2つ簡単にご紹介致します。

 

ある医師が、数年前に妻を亡くして以来、ひどい鬱状態に苦しんでいました。
そこで、次のような言葉が「提案」として使われました。

 

『 もし、あなた(医師)が先に亡くなり、奥さんが後に残されたとしたら、奥さんはどうなっていたでしょうか・・・(あなたと同じく苦しんでいたかもしれない、、、)?

あなたは、(ある面からの見方としては)そんなに恐ろしい苦しみから奥さんを救ったのですよ・・・

あなたのお陰で、奥さんは苦しみを味わわずに済んだのです・・・ 』

 

如何でしょうか?
人によっては激怒!?する方もいらっしゃるかもしれませんね(笑)
しかし、実際にこの医師は救われたのも事実です、、、

このような「提案」は、

 

新たな考えと新たな解釈を提示し・・・

それらを議論の余地のない何らかのやり方で・・・

遠い未来に関連付けるという・・・

「オリエンテーション(新たな方向付け)」!

 

というものです。
そして、このオリエンテーションのもう一つのケースが、トラウマを抱えている人に向けて贈った次の言葉です。

 

『 その位の症状で治まっているなんて、あなたの心と体は強いのですね!!! 』

 

と。
これがオリエンテーションの中で行われている、

 

「癒し」の大半は、当人の中にある「肯定的」な属性を強調し、それらを徐々に「増強」させていくプロセスである

 

という仕組みが活用されています。
これも、人によっては、「私のトラウマの苦しみをちっとも分かってくれていないじゃないの!」との反応が出る事も考えられますよね(笑)

 

では、ここ迄において、私が「提案」する一つのレジリエンスにおける捉え方です。
最初の方で、

 

「自分」の事は・・・

やはり「自分自身」が一番よく知っている・・・

 

とお伝え致しました。
そして、その後は、エリクソンとクライアント(患者さん)という関係を通して、幾つかのケースをご紹介して参りました。

繰り返しになりますが、何がレジリエンスになるかは「人それぞれ違う」という点は多少ご理解頂けたかもしれません。
そして、「それで良い!」という点も、、、
つまり、

 

レジリエンスとは・・・

「提案」でもあり・・・

「自分」というセラピストが・・・

「自分」というクライアントに対して・・・

様々な「提案」を行う事・・・

 

という側面が成り立ち、

 

「自分」が「自分」に対して行う様々な「提案」を・・・

「取捨選択」をし・・・

「決断」する・・・という

「自由」を有しているのが「自分自身」である!

 

というレジリエンスの「根本と源」です。
そして、このようなレジリエンスの捉え方においては、もしかしたら、多くの人から、次のような嘆き?や感想?が出て来るかもしれません。

 

レジリエンスに絶対的に決められたものはない・・・

というのは「頭」では理解出来るが・・・

その「自由」と言うのが・・・

逆に、私を悩ませる新たな種となるんだ!!!

 

と(笑)
このような(思考の)堂々巡り?に対する「答え」が、先ほどお伝えした、

 

『 全てを正す事が出来ない時には、修正出来るものを持つと良い 』

 

になっております。
つまり、レジリエンスという様々な「提案」が沢山ある中で、

 

もし「行動」してみたが、それが合わなかったり、上手くいかないと感じる時には・・・

「新たな提案」への「行動」へ移しても良い!

との「許可」を、前もって「自分」に与えてあげる!

 

という心の「柔軟性」と「余裕」を予め意識に入れて置く事で、自分にとって何が最適なレジリエンスになるのか?という迷いから脱却する事が可能になります。
勿論、複数のレジリエンスを持っていても良いですし、それを時と場合によって使い分けるのも大丈夫です!

 

では、先ほどコメント致しました、皆さんが最も関心を持っている!?タイムリー?な出来事にレジリエンスを当てはめてみます!

まず、これも、このTOPICSにおいて繰り返しお伝えしております「物事は大なり小なり、それぞれを反映している」という視点からですが、その当てはめる出来事というのは、「年金2,000万円不足!」問題です!
そして、もうお分かりかもしれませんが、結論から申しますと、

 

この大変身近で切実な出来事(話題)におていも・・・

相も変わらず・・・

(日本は)「自助」なのか?それとも、「公助」なのか?・・・

という「二者択一」(という思考)から逃れられないでいる・・・

 

という面が反映されております。
そこで、これも繰り返しお伝えしております、このような社会に当てはめられるレジリエンス、、、それが、、、

 

統合(融合)であり・・・

それを現している(体現している)一つの言葉が・・・

「情けは人の為ならず」・・・

 

です。
この言葉の本当の「真意」を、よくよく考えれば、その先に「光」が見えくるはずです(笑)
というより、このような「光」は、そもそも既に存在しており、その「真意」を汲み取って貰える事を待っている!とも言えます。

これは、皆さんお一人お一人が「考える」事がとても大切な問題ですので、その「真意」は皆さんお一人お一人のご判断にお任せ致しますが、ヒントとしては、よく誤解されている?ここでの「情け」とは、「哀れみ」や「同情」、また、「(自己)犠牲」という意味とは全く違う!という点を手掛かりとしてみて下さい。

また、この「真意」は年金問題に限らず、ここでの「情け」を、「別の怖れ」を煽る事で「真意」から目を背けさせるような手法が、残念ながら現在の社会の構造(会社組織も含め)に組み込まれてもおりますので、どうぞ、出来れば早い段階で皆さんも「考え」、そして、「気づいて」みて下さい!

 

そして、今回はその他の「現象」には敢えて触れませんが、これも現在の世の中や社会においては、先程から繰り返しお伝えしております、何でもかんでも「二者択一」に当てはめようとする発想?が様々な弊害を生みだし、もう、ほとんど破綻の状態にまで行き着いていると私個人としては感じておりますが、

 

世の中や社会に当てはめられるレジリエンスの本質となり得るのは・・・

私達一人一人が感じ入るレジリエンスの統合(融合)の中に存在しており・・・

それが、その先への「導き手」としての役割を果たしてくれる・・・

 

という意味にもなります。
そして、個人個人のレジリエンスとは、

 

既に私達の「中」に存在しているものであり・・・

私達の身の周りに様々なレジリエンスが反映されている(反映という形で「見せて」くれている)・・・

それに・・・どう「気づく」のか・・・?

 

という点が最大のポイントとなっています!
また、身近な反映というのは、これも繰り返しお伝えしております通り、人との縁であったり、本や映画や音楽であったり、ペットとの出逢いであったり、あるいは、チョコレートやケーキなど、それこそ何でも良いです(笑)

また、誤解の無きようお伝え致しますが、このようなテーマを社会や日常に当てはめた時に、では、変化を起こす為には、大規模なデモなどが必要なの?などと曲解される方もいらっしゃいますが、そのような趣旨では当然ありませんし、私を含め、お一人お一人が、出来る範囲内で大丈夫ですので、「無関心」を「少しの関心を保つ」にシフトさせる事への「提案」であり、それが、先ほど来お伝えしてきた「真意」を汲み取る手掛かりともなっております(笑)

まずは、自分なりのレジリエンスを考える際には「自由(な発想)」を意識してみて下さい!
では、今回のテーマの締め括りとして、先ほどご紹介した書籍から、2つの言葉と、あなたへの1つの質問を取り上げます。

まず一つ目はエリクソンの言葉、、、

『 あらゆる問題解決は、変化は可能だという考えから始まる 』

 

そして、二つ目はレオナルド・ダ・ヴィンチの言葉、、、

『 最後(大きな問題)より最初(小さな問題)の方が抵抗しやすい 』

 

そして、あなたへの質問とは、、、

『 ある朝、目覚めたら、奇跡が起こっていて、あなたの問題が解決していたら・・・

あなたの「行動」は・・・どう変わりますか? 』

 

です(笑)

2019年6月15日 03:06

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