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魂の視点で捉える時代(や元号)

こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

先日、新元号が発表になりましたが、様々な見方や捉え方、そして、人それぞれ、色々な感じ方やご感想を持たれている事と思います。
中には、早合点?して、既に新元号が始まった!と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、このTOPICS掲載時における「今、現在」では、まだ「平成」という時代は続いております(笑)

そこで、今回は「魂の視点で捉える時代(や元号)」というテーマをお届け致しますが、今回の内容につきましては、正直な所、取り上げるか否かは迷いました、、、
と言うのも、

 

魂の視点とは・・・

時には・・・

とても冷たく(クールで)もあり・・・

皮肉や冷笑(シニカル)的でもあり・・・

また・・・

残酷???・・・

といった、様々な捉え方をされるケースも(少なからず)ある・・・

 

からです。
そして、これを別の表現で用いますと、

 

魂の視点においては・・・

時には・・・

「厳しさ」をもたらす・・・

 

という側面も含まれているからです。
そして、それが何故かと言うと、

 

魂の視点とは・・・

「好意や悪意や他意」などの(行き過ぎた感情という)視点は存在せず・・・

「自然法則」に則した「中立的」なものであり・・・

「自分自身」を映し出している視点でもあり・・・

その視点からは・・・時には・・・

価値観の違い(逆転や真逆)が含まれる・・・

 

からでもあります。
なお、魂の視点における「価値観の違い」とは、「人それぞれの価値観の違い」ではなく、「この世とあの世での価値観の違い」という意味合いです。
なので、

 

「私(瀬川)」が「自分自身」に魂の視点を当てはめて「考える」場合においても・・・

時には・・・

厳しさや辛さや苦しさなどを感じる時もある・・・

 

というのが、正直な本音でもあります(笑)
ただ、今回のテーマや内容は、読む人にとっての「厳しさや辛さや苦しさなど」をもたらすものでは決してありませんので、その点はお気軽にお読み頂ければと思いますが、先ほどの「価値観の違い(逆転や真逆)」という視点は含まれて参りますので、ご了承頂ければ幸いです。

 

そして、元号を含んだ今回のようなテーマを取り上げる機会は、次にあるとしても、かなり先の事にもなろうかと思いましたのと、今迄も魂の視点は幾度もお伝えしておりますが、先ほどコメントしてきた魂の視点に存する一側面には、今迄はほとんど触れておりませんでしたので、敢えて今回は率直に「表現」して参りますので、興味や関心のある方は、そのままお読み進め頂ければ幸いです!

 

そこで、新元号発表の当日ですが、私自身は、はしご酒?のように、TVのリモコンを切り替えては、各局の伝え方を色々と眺めておりました(笑)
すると、ほとんどの局の伝え方において、

 

新しい時代がやって来る(到来する)!

 

とのフレーズやイメージが多かったと感じます。
これはこれで悪い事でもありませんし、そこに「水を差す」意図も全くないのですが(笑)、ただ、

 

魂の視点においては・・・

自然と「時代」が「やって来る(到来する)」事はなく・・・

 

時代とは・・・

日々、瞬間瞬間「創られる」ものでもなく・・・

 

時代とは・・・

日々、瞬間瞬間、お一人お一人が「創り上げている」もの・・・

 

という捉え方になります。
どうでしょうか?
魂の視点を当てはめてみると、小賢(こざか)しくも感じたり、素直でないと感じられたり、小難しく理屈っぽくもあり、天の邪鬼(あまのじゃく)?のように感じられたりするかもしれませんね(笑)
そして、このような事は、私の語彙や表現力不足も関係しているとも思いますが、

 

魂の視点を「言葉」で表現するには・・・

「制限や限界」が生じる面もある・・・

 

からです。
ただ、

 

「言葉」においては・・・「時代」は・・・

「創られる」ものではなく・・・

「創り上げている」もの・・・

 

という、「ほんのちょっと」したニュアンスの「違い」に思われるかもしれませんが、

 

この視点の当てはめ方の「違い」により・・・

その先には・・・

大きな「分岐点や変化」が生じていく・・・

 

というのが魂の視点での捉え方になります。
ここ迄は、「言葉」というキーワードを頭の片隅に入れて置きつつ、この先は読み進めてみて下さい(笑)

 

では、今回のテーマのもう一つに「元号」も取り上げておりますので進めて参りますが、ここ最近の近代においては、天皇1代の元号を一つだけにする一世一元の制度が取り入れられていた事は、皆さんもご存じの事と思われます。

そして、ここには天皇陛下という存在が深く関係してきますが、次にお伝えする事は、もしかしたら?心情的には、ピンと来ない、理解出来ない、そうは思わない、あるいは、畏れ多い、不遜だ、不愉快だ、などと感じたり思われたりする方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、魂の視点としては、とても大切な事ですのでお伝えして参ります。
それは、

 

魂の視点の上では・・・

「私」そして「あなた」も・・・

「天皇陛下」も・・・

「魂の存在」としては・・・

「皆、同じ」である・・・

 

というものです。
ただ、魂の視点を活用してお届けしている私の中にも、前提としては「僭越ながらも・・・」という心情は存在しておりますが、その意味は、、、後ほどお伝えして参ります(笑)
そして、これも、このTOPICSでは幾度となくお伝えしておりますが、

 

魂の視点の上では・・・

子どもは親を選んで産まれてくる・・・

 

と。
そして、この「選択」の中には、

 

家庭や家族などの「環境」も選んで産まれてくる・・・

 

という視点も含まれます。
そして、敢えて、「私」や「あなた」を「私達」との表現を活用しますが、

 

「私達」には・・・

選んで産まれてきた家庭や家族などの「環境」を、その後に(大きく)変化させていける・・・

「自由意思を行使出来る幅」が広くなっており・・・

その「自由意思を行使出来る幅」の広さをも選んで産まれて来ている・・・

 

というのが、魂の視点における捉え方です。
そして、皆さんもご存じの通り、天皇陛下、あるいは、天皇家や皇室等においては、この「自由意思を行使出来る幅」が「制限」されているのは、感じ方としてはご理解頂けるかと思います。

なお、この「制限」とは、(現在では)「閉鎖的」という意味ではなく、「様々な制約」が課されているという意味合いになります。
そして、先ほどの「僭越ながら・・・」とお伝えしたのは、

 

産まれてくる前(あの世)における魂の視点からの「選択」において・・・

このような「様々な制約」のある(この世での)「環境」を「決断」する(出来る)というのは・・・

それ迄の間に・・・

「より様々な経験を経てきた魂」としての存在だからこそ・・・

 

とも捉える事が出来ます。
なお、これは悪意という意味では全くない事をご了承頂いた上で、「様々な制約」のある「環境」を選んで産まれて来た「全ての人(魂)」がそうである、という事ではありません。
魂の上での経験値を「飛躍的に加速させる」為に、敢えて厳しい環境を選んで産まれて来ている人(魂)もいらっしゃるからです。

 

ただ、これも想像力を活用すれば、実感として伴いやすくなるかもしれませんが、天皇家などを巡る報道などに触れるにつけ、当然の事ながら私的な旅行と言っても、常に護衛などに囲まれ、そして、周囲(国民)の目に晒されるなどの「環境」に思いを馳せてみると、

 

「私」や「あなた」という「私達」が・・・

このような「様々な制約」がある「環境」での人生を・・・

果たして「耐えきる」事が出来るのであろうか・・・?

また、どのような「生き方」をする(出来る)のであろうか・・・?

 

という点を考えてみると、少なくとも「私」には、とても務まらないであろう事は「自分の身の丈」で考えれば「私」には理解出来ますが、「あなた」においては如何でしょうか?(笑)

そして、退位をされる天皇陛下ご夫妻においては、数々の戦地への慰霊や、被災者の方々への言葉掛けにおいて、従来であれば、様々な見解や時には否定されていたかもしれない、スリッパで膝をついての語り合いなどは目にした方も多いかと思われます。
つまり、

 

特に「言葉」という「言動」においては・・・

「様々な制約」が課されている中で・・・

ご自身の中の「思い」を・・・

どのように「行動(という表現)」で現していくのか・・・

 

を、

 

ひたすらに「考え抜いた(考え抜いてきた)」・・・

 

という姿勢を拝見すると、そこには、天皇家や皇室だからという理由でもなく、また、偉いなどの評価でもなく、

 

ただ・・・

「個としての魂の存在」としての経験(を積んでいる)・・・

 

という捉え方と「学び」という視点においては、私個人的には敬意や感服するという気持ちや心情が存在する面もあるという点が、「僭越ながら・・・」という意味でもあり、「魂としての経験(値)における先輩(!?)」という視点も含まれております(笑)
つまり、

 

多様性というのは・・・

「この世」における・・・

「役割の違い」という面にも目を向けて見る・・・

 

という視点を増やす事で、よりお互いに理解が進んでいくのかもしれません。
そして、この視点においても、繰り返しこのTOPICSでお伝えしております通り、

 

「思い」 + 「言葉」 + 「行動」 = 「人となり」

 

というのと同じ意味になります。
そして、あくまで私個人の憶測ですが、約200年振りという生前退位(譲位)を選択した中においては、従来のように崩御に際して「元号」が変わるのでは多くの影響を与えてしまう為、、、、という「思い」も存在している事と、勝手ながら推し量っております(笑)

 

そして、今回の改元に際しては、お目出たい、喜ばしい、また、色々とビジネスチャンスとしての動きも既に出ている模様でもあり、それはそれで宜しいかとも思いますが、実は、ここからの締めくくりが今回のテーマにおける、魂の視点としては、どうしてもお伝えしなければならない部分なのですが、それは、

 

仮に「元号」が変わる事で・・・

「時代」も変わる(という側面もある)事を受け入れたとしても・・・

その事により・・・

「先の時代」に「私達、人間」が引き起こしてきた、数々の出来事の・・・

「免罪符」とはならない・・・

 

という視点です。
これも、このTOPICSで繰り返しお伝えしております、

 

自分のした事は自分に反ってくる

 

との現れでもありますし、

 

これに「気づく」際には・・・

「考える(考え抜く)」という事が・・・

必ず必要になってくる・・・

 

という視点も大切になります。
そして、この視点が前半でお伝え致しました、

 

「時代」は・・・

「創られる」ものではなく・・・

「創り上げている」もの・・・

 

になります、、、
ちなみに、これは誤解の無きよう申し上げますが、今回のテーマにおいては、何か思想的?な、いわゆる「右」や「左」というものでは全くありませんし、私自身もそのように(どちらかに偏るような)考えも持っておりませんし、そもそも「魂の視点」においては、そのようなもの(「違い」ではなく「分離」を生み出すもの)は存在しておりませんので、、、(笑)
そして、

 

魂の視点とは・・・

「現実的」な視点でもある・・・

 

という点を幾分かでもご理解頂けているようでしたら幸いなのと、

 

魂の視点と言えども・・・

日常生活に活用しなければ(出来なければ)・・・

単なる「お題目」に過ぎなくなってしまう・・・

 

ものでもあります(笑)

2019年4月6日 04:04

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