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スピリチュアルの本質&そこに神は存在するのか?

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、本年に入ってからの、ここ数回のTOPICSにおいては、比較的重めの内容をお伝えして参りましたのと、私が行っている各種セミナ-や講座、あるいは、カウンセリングなどにおいても、スピリチュアルな観点のご質問やご相談なども、年々増えてきているように感じております。
そこで、今回は「スピリチュアルの本質&そこに神は存在するのか?」というテ-マをお届け致しますが、ある意味、今回は気軽に読み進めてみて下さい!

 

なお、今回お届けする内容におきましても、あくまで「今の私が到達している理解度」がベ-スとなっておりますので、お伝えする内容が正しいという意味でもありませんし、山頂に至る道は人の数ほど無数に存在しておりますので、皆さんは皆さんなりの「考えや発想・着眼点」を活用して、自由に思いを巡らせてみて下さい(笑)

そこで、まず、私が理解しているスピリチュアルの本質においては、

 

一つの「前提条件」と・・・

それに対する・・・

一つの「問い掛け」・・・

 

が存在していると捉えております。
それは、

 

私達「人間」というのは、どのような存在なのだろうか・・・?

 

という「前提条件」から導かれる、

 

私達「人間」というのは、魂としての存在である・・・

 

という観点が「出発点」となり、それに対する「問い掛け」というのが、

 

では、私達「人間」というのが、魂という存在であるのならば・・・

私達「人間」は・・・

どのような「生き方」をするのであろうか・・・?

 

との本質です。
では、ここで、もう一つの「そこ(スピリチュアルの本質)に神は存在するのか?」というテ-マですが、これも「今の私が到達している理解度」からは、

 

敢えて神という表現を使うのならば・・・

神は存在しているとも表現出来るが・・・

 

それは・・・「人間」のような姿や形を持った「擬人化」された存在ではなく・・・

また・・・「人間」のような特定の個性を持った存在でもなく・・・

 

神とは・・・

「自然法則」のこと・・・

 

という視点です。
そして、このような視点というのは、

 

四季折々に変化している自然現象や・・・

宇宙が(崩壊する事もなく)機能している面など・・・

 

からも見て取る事が出来ます。
また、スピリチュアルな視点において、「生命のサイクル」の象徴とされている、サナギが蝶へと変化を遂げるのも同じ現象でもあり光景でもあります(笑)

なお、この「自然法則」とは、例えば科学や医学などで発見されているものも含まれてはおりますが、当然の事ながら、それに限定される訳でもありません。
この世においては、現在判明している、あるいは、理解していると思えている事柄よりも、もっと膨大な未知の事柄で満たされているのは、真摯な姿勢を保った科学者や医学者などであれば同意頂ける事かと思われます(笑)
そして、

 

「自然法則」とは・・・

信じる信じないに関わらず・・・

知っている知らないに関わらず・・・

常に機能し働いているもの・・・

 

でもあります。
なぜなら、自然や宇宙や様々な生命活動において、当たり前?に思えてしまう現象や光景において、

 

私達の身の周りを見渡してみても・・・

欠けている(欠落している)「現実」というのは・・・

存在していない・・・

 

からです。
少なくとも私個人としては、周囲を見渡してみても、どこかがポッカリと欠けている(抜け落ちている)「現実」を見た事はありません(笑)
そして、このような視点からは、ある一つの迷いや疑問を生み出している傾向も見て取れます。
それは、

 

欠けている(欠落している)部分や面が無いという事は・・・

それは「完璧」を意味するはずなのに・・・

なぜ・・・イジメや犯罪や、時には戦争などが存在するのか・・・?

 

というものです。
そして、この答え?においては、

 

イジメや犯罪や戦争などは・・・

「人間」の未熟さが引き起こしているものであり・・・

神という「自然法則」とは関係ない・・・

 

との視点です。
勿論、「自然法則」としての「自分のした事は自分に反ってくる」という働きは常に機能しておりますが、このような世の中や社会における、所謂、正義とは思えないと感じている現象を神と結び付けて捉えてしまう所に、やはり、どこか神を「擬人化」している傾向が高いという面が見受けられます。

なお、「自然法則」という視点においては、地震や台風などの自然現象なども含まれますが、このような現象は一義的には、地球が自らを調整する事による側面がある一方で、「人間」による「環境破壊」や、「人間」の「意識(波動)」も関係しているのでは?などの研究も進められておりますが、だからと言って、自然災害などで人が傷付いたり他界したりする事を肯定している趣旨でもありませんし、致し方ないという諦めの趣旨でもございませんので、その点は重々ご了承頂ければと思います。

そして、このような観点からは、スピリチュアルの本質とは、

 

スピリチュアルとは、そもそもが「自然法則」を意味しており・・・

私達が「どのような生き方をするのか?」・・・

という思索における「(役立たてる為の)基盤・ベ-ス・指針」を意味している・・・

 

という事にもなります。
また、先ほどコメント致しましたように、私がご質問やご相談を受ける内容においては、スピリチュアルな観点に今まで馴染みがあまりなかったので分からない、あるいは、よく知らない部分がある、というケ-スも勿論多いですが、中には、

 

数十冊、あるいは、数百冊ものスピリチュアル関連の書籍を読んできたけれども・・・

「学べば学ぶほど」・・・

迷いに入って、分からなくなってきている・・・

 

という方も結構いらっしゃいます。
そして、このようなケ-スにおける視点としましては、先ほど来から、スピリチュアルとは「自然法則」の事とお伝えしておりますように、書籍などを通して、ほんの幾つかの「自然法則」を学ぶ事は役立つ事でもあり、理解を進める上では必要になるものではあります。
しかし、この、ほんの幾つかの「自然法則」に触れた後においても、

 

数十冊、数百冊の関連書籍を読み進めたけれど、迷いに入ってしまうという事は・・・

実は・・・

「(ほんの幾つかの)自然法則」を様々な表現(書籍など)から「知る」という作業を(延々と)続けている事で・・・

日常の実生活において「活用・行動・実践」する(落とし込む)という「学び」に繋がっていない・・・

 

という面から来ております。
つまり、

 

「知る」事と「学ぶ」事が混同されてしまい・・・

ひたすら「知る」事が「学ぶ」事だと思い込んでいる事により・・・

本当の意味での「学ぶ」事における・・・

一番大切な「活用・行動・実践」という、日常生活への落とし込みが出来ていない・・・

 

という面を意味しております。
少々手厳しい見解かもしれませんが、この点を理解しておかないと、いくら「知る」という作業を続けていても、

 

その中から生ずる迷いなどが・・・

いつしか、あらぬ方向性へ向かってしまい・・・

「現実」から乖離(浮遊)した・・・

本末転倒なスピリチュアルな観点(本質)として捉えてしまう(可能性が高くなる)・・・

 

という「危険性」をも孕んでしまいます。
つまり、本来のスピリチュアルな本質が伝えている事は、矛盾するように感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、

 

スピリチュアルな観点も・・・

目の前に広がっている世の中や社会も・・・

どちらもが「現実」である・・・

 

という側面から「目を背ける」方向性への「危険性」という意味でもあります。

では、ここで少し視点を転換してみます!
これも今までのTOPICSにおいて繰り返しお伝えしておりますが、私はキリスト教徒でもありませんし、無宗教ですが、また、ここからは私の全くの個人的な解釈でもあり、「今の私が到達している理解度」でもあり、正しいのか間違っているのかも分かりません(笑)
そこで、キリスト教における「三位一体(さんみいったい)」というものがあります。

なお、ここでお断りを入れますが、聖書においても旧約と新約とが存在しておりますのと、聖書そのものも後世の人々が書き連ねたり、改変もされているのは史実が明らかにしておりますので、そのような意味からも、現在までに伝えられているのは「キリストの言葉通りではない」事と、解釈(真意)においても、その作られた時代における人々(権力者など)の「都合」が混ざっているものでもあります。

では、この「三位一体」とは、

 

「父(である神)」と「子(であるキリスト)」と「聖霊」

 

である、と解釈されております。
そこで、キリストの真意?を私の勝手な憶測と推測で解釈してみます(笑)
キリストが伝えたかった「三位一体」とは、

 

「父(という自然法則)」と「子(という自分・自我)」と「聖霊(という(自分以外の)人間や動物や植物などの生命)」

 

であると捉えています。
しかし、ここで、何故、「聖霊」が「(自分以外の)人間や動物や植物などの生命」であるの?という疑問が湧くかもしれません(笑)
では、ご説明致します。

 

「私(という個人)」が「どういう生き方するのか?」という思索において・・・

「自分を知る(理解する)」ためには「他者(などの他の生命活動)」を知る事がとても役に立ちます・・・

そのような「自分の鏡」という役割を果たしてくれている「(自分以外の)人間や動物や植物などの生命」は・・・

まさに・・・「聖なる霊という存在」・・・

 

と言えるのかもしれない?という視点ですが、ここでの本当の意味は、締めくくりにも繋がっておりますので、宜しければ、このままお読み進め下さい(笑)
そして、この「三位一体」を、「私・自分」という一つの個体(個性)に当てはめますと

 

「心(精神)」と「体(肉体)」と「魂(霊)」

 

と呼べるのかもしれません。
そして、「三位一体」とは、

 

この「三(者)」は本質的に全く同じもの

 

と解釈されているように、

 

私達「人間」においては・・・

「心(精神)」と「体(肉体)」と「魂(霊)」とのように・・・

それぞれが、個別に分離して存在出来るものではなく・・・

 

私達「人間」とは・・・

この「三(者)」の全てが溶け合って(融合して)こそ・・・

初めて「人間」として存在出来る・・・

 

という事を意味しているようにも感じます。
そして、(大乗)仏教における仏の三種類の在り方としても、「法身・報身・応身」という「三身(さんしん)」が伝えられたりしております。

また、唯一神を崇拝の対象としている他の宗教においては、このような「三(位・身)」という概念が取り入れられているのは、ほとんどありません。
なお、これも誤解の無きようお伝え致しますが、「三(位・身)」を取り入れているから、あるいは、取り入れていないから「良いの?悪いの?」という趣旨では全くありませんし、それぞれの特色があるかと思いますので、そこに他意も悪意も全くございませんので。

それと、神社などにおいては、先ほどの「自然法則」そのものとして、例えば「岩木山というお山そのものをご神体」としている場合もありますし、また、「人間」として生きた(生活した)経験は持っていない、所謂「自然霊」という一種のエネルギ-体をご神体として奉っている場合もあります(笑)

 

では、ここでも少し視点を転換してみます!
スピリチュアルな観点に興味を抱き、関連書籍などを読み進めていくと、「シルバ-バ-チ」の言葉(霊言)に出逢う方も多いかと思われます。

このシルバ-バ-チとは、何千年も前に地上で「人間」として暮らしていた存在が、あるミ-ディアム(霊媒)の口を通して語った「生きる智慧や叡智」などを伝えているものです。
ちなみに、このシルバ-バ-チとは本名ではなく、ご本人は「私の名前など、どうでも宜しい」と伝えておりましたが、会話をしていくのには呼び名はあった方がスム-ズに進行するという意味合いで名付けられた仮の名称です(笑)

 

そして、確かに語られている内容においては、現在の世の中や社会を生きて行く上での役立つ視点も多いですが、スピリチュアルな観点に迷い、そして、分からなくなってしまう方々の中には、このシルバ-バ-チの言葉を「金科玉条」、あるいは、唯一無二の教典などのように扱い、シルバ-バ-チそのものを「崇拝の対象」にしてしまっているケ-スも見受けられます(なお、シルバ-バ-チは、「自分を崇拝の対象にしてはいけない」とも伝えております)。

では、ここで、シルバ-バ-チが首尾一貫して伝えている幾つかの視点を、簡潔に少しだけご紹介致します。
それは、

 

『 (どのようなものであれ)「誰(有名人など)が」話しているかではなく、その「中身(内容)」で判断して下さい・・・

 

私(シルバ-バ-チ)はスピリチュアリズムや〇〇教(という宗教)などの、「肩書きやラベルや名称」には(全く)興味はありません・・・

 

私(シルバ-バ-チ)の話している内容を、受け入れるも受け入れないのも、皆さんの「理性」で判断して下さい(拒否するのも、その人の自由なので、それで構いません)・・・

 

人の役に立つ「行動・実践」をする事が、最も大切な事です・・・ 』

 

と。
なお、この「人の役に立つ」という点ですが、様々な賛否や見解もあり、なかなか理解し難い感情も含まれている事をも踏まえた上でですが、これは、ご病気などで寝たきりの方などであっても、周囲の方々への「生きる姿勢」というのを学び取って貰うという視点も含まれ、スピリチュアルな本質においては、ちゃんと人の役に立っているという視点に沿っている事にもなります。
そして、言わばスピリチュアルの代表例とも称される、このようなシルバ-バ-チの言葉においても、

 

「理性」で判断するという、お一人お一人が「考える」という事が必要な事であり・・・

そして・・・

「知った」事を、自分にも、他の人にも役立つような「行動・実践」をする事が大切であり・・・

それが・・・

「学ぶ」という事・・・

 

と伝えているように私には感じております。
そして、再三再四の繰り返しですが、今回の内容は、あくまで「今の私が到達している理解度」からの視点でもあり、正しいという意味合いでは全くございません(笑)

では、皆さんにおけるスピリチュアルな本質と神の存在とは・・・どのように考えますでしょうか???

ちなみに、今回のテ-マを設定した当初においては、「三位一体」の箇所は私自身も全く予想や書こうと思っていなかった部分であります(笑)

そして、今回のテ-マの締めくくりとして、シルバ-バ-チの言葉に、少しのアレンジを加えてお伝え致します!
それは、シルバ-バ-チが私達「人間」に向けて贈った言葉です。

 

あなたは・・・

「死んでから」霊になるのではありません・・・

このTOPICSを読む事が出来ている・・・

「今そのもの」が・・・

あなたは既に(常に)霊という存在である証でもあります・・・(笑)

2019年3月16日 03:03

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