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「フラッシュ フォワ-ド」を震災関連死と共に考えてみます

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

間もなく、東日本大震災から8年が経過しようとしております。
そして、つい先日の3月2日に放映された、ETV特集「原発事故 命を脅かした心の傷」という番組を観ておりました。
そこで、今回は「「フラッシュ フォワ-ド」を震災関連死と共に考えてみます」というテ-マをお届け致します。

そこで、まず、改めて「震災関連死」とは、東日本大震災などにおいては、

 

地震や津波による「直接の被害」ではなく、避難生活などにおけるストレス等の「間接的な要因」で死亡に至ること

 

と定義されております。
では、この番組で放映されていた内容を元に、現在の状況を捉えてみたいと思います。

福島県では、現在においても、未だに「4万2、000人」もの方々が故郷に帰れずに避難生活を強いられております。
そして、2019年2月までの累計における、福島県内における「震災関連死」の方々は「2,267人」、「直接死」の方々は「1,605人」と報告されております。

 

そして、宮城県と岩手県においては「震災関連死」の増加はほぼ止まっているが、福島県においてはその人数が(当初から)突出して多くなっており、かつ、緩やかになってきてはいるものの、未だに増え続けているというのが現状であります。

そして、この番組冒頭では、原発事故により避難生活が始まったのが発端となり、未だに帰れないという故郷の喪失がもたらす深刻なストレスという一貫したテ-マの元に紹介されていきます。

 

では、この番組で放映されておりました、東日本大震災後に福島県に赴いてトラウマ等の診察を行ってきた、ある精神科医の方のコメントをご紹介致します。
それは、

 

『 帰る所がない人達の心のケアは、日本ではやった事がない、、、

かつて経験した、どの災害よりも、メンタルなトラウマのリスクは高い、、、 』

 

と、それと同時に、

 

『 原発避難の人達は、前を向けば向くほど絶望しか見えなかった、、、

そういう未来に向くようにって、逆に過酷なこと、、、

とんでもない矛盾、絶望を含んだこと、、、

未来が(見え)ない事に対して、どう対応するか、サポ-トするか、ケアするか、といった事は、私(達)は全く未経験だったので、そこ  は大変申し訳ないというか、、、

未知の時代に遭遇したんだと思っている、、、 』

 

と。
では、ここで、少し整理をしたいと思います。

 

「フラッシュ バック」とは、「過去」の出来事などにおけるトラウマを思い出してしまう

 

という、いわゆるPTSD(心的外傷後ストレス障害)と言われているものです。
その一方の、

 

「フラッシュ フォワ-ド」とは、不安などで先が見えない「未来(将来)」を思い煩ってしまう

 

というものです。
なお、この「フラッシュ フォワ-ド」とは、現在の精神医学では広く認知された考え方ではありませんが、どのような名称で呼ばれようとも、実際にこのような症状で苦しんでいる方々が大勢いらっしゃいます・・・

そして、先ほどの精神科医の方は、このような観点から、次のようにもコメントしておりました。

 

『 福島県の方々は、「過去」への「フラッシュ バック」と、「未来(将来)」への「フラッシュ フォワ-ド」という、「二重の苦しみ」にある、、、 』

 

と。
ところで、この「フラッシュ フォワ-ド」というのは、1986年にチェルノブイリで起きた原発事故での、「リクビダ-トル(チェルノブイリ原発事故処理の作業員)」の方々への聞き取りで頻繁に起こっていた事から発見に繋がったと言われているものです。

 

そして、ここでの事故処理作業員の方々においては、「フラッシュ バック」は起きておらず、被爆した事などにおける「未来(将来)」への恐怖が見出され、また、作業員のみならず、故郷であるチェルノブイリから避難せざるを得なかった人達にも同様の症状が見られた事が裏付けとなっています。

そして、福島県の方々においては、「二重の苦しみ」でもある事に加え、このような「フラッシュ フォワ-ド」による様々な症状により、「依存症」へも繋がってしまったり、「自死」を選択してしまった方々も大勢いらっしゃるのが実情でもあります。

 

そして、これも番組内で紹介されておりました、「フラッシュ フォワ-ド」で苦しんでいらっしゃるお二人のコメントをお伝え致します。
ある方は、次のように述べておりました。

 

『 宙ぶらりんみたいな感じ、、、

今は生きてるって感じ(がしない)、、、

(身体的には)生きてはいるけれど、、、 』

 

また、ある方は、

 

『 「(他の周りの人からは)そんな先の事を考えてどうするの?」と(言われるし)、「今の楽しい事を考えればいいんだよ」と言われたけ  ど、それが出来ない、、、 』

 

と心情を吐露されておりました。
このように番組は進んでいきますが、私はこの番組を観て考えさせられました・・・と言うより・・・

 

未だに考え続けている・・・

 

というのが率直な気持ちです。
確かに、このような「フラッシュ フォワ-ド」にアプロ-チするに際しての、色々な手法や方法は今でも存在はしているでしょうし、これからも様々と生み出されていく事とも思います。
と、同時に、

 

着飾った、あるいは、取り繕った、上辺(うわべ)だけの「言葉」・・・

いわゆる「美辞麗句」では届かないであろうし・・・

逆に、そのような「言葉」で、お気持ちを更に動揺させたり、時には、傷付けてしまうケ-スもあるのでは・・・

 

なども強く感じている面もあります。
そして、色々と考え続けた、「今の時点での私」においては、やはり、

 

どのような症状や状況であろうとも・・・

「言葉」の力を信じているし・・・

「心・精神・意識・魂」の底力を信じている・・・

 

というのが、現時点での私の考え方であり、捉え方でもありますので、ここから先は、その点を踏まえ、そして、そのような観点をご了承頂けるものとして、「私なりの視点」をお伝えして参ります。
まず、

 

「フラッシュ バック」では、「過去」の出来事の、ある「(一)点」に焦点が向いてしまう

という特徴と、

 

「フラッシュ フォワ-ド」では、「未来(将来)」への不安などの、ある「円」に焦点が向いてしまう

という特徴があると考えます。
つまり、焦点が向いてしまうのが、

 

「フラッシュ バック」では「点」であるのに対し・・・

「フラッシュ フォワ-ド」では「円」という・・・

「幅広さ」に違いが生じている・・・

 

という側面があるかもしれないという視点です。
そして、このような傾向から、

 

「フラッシュ バック」、あるいは、「フラッシュ フォワ-ド」の、どちらか一つの症状でさえ・・・

「今、ここ」に存在するのを難しくさせるのみならず・・・

この「両方(という二重の苦しみ)」が同時に起こってしまう事が・・・

さらに「今、ここ」に存在する事を難しくさせている・・・

 

というものです。
そして、少しでも支えや救いになるかは分かりませんが、また、現在苦しみの最中にある方々の心の中では、そのように思えない、出来ないという心情である事も踏まえた上でですが、それでも、やはり、私なりの視点をお伝え致します。
それは、

 

「過去」を「過去」として感じる事は出来ない・・・

「過去」を感じられるのは「今」だけだから・・・

そして・・・

「未来」を「未来」として感じる事は出来ない・・・

「未来」はどこまで行っても「今」という瞬間の事だから・・・

 

になります。
そして、これも難しい、出来ないという心情を踏まえた上でもありますが、先ほどからの私なりの「信じている」という視点と致しまして、

 

一日に一つで良いので・・・

自分なりの「幸せ」を見つけて下さい・・・

 

その「幸せ」は、ささやかなものでも、どのようなものでも構いません・・・

毎日同じ「幸せ」でも構いません・・・

あるいは、毎日違った「幸せ」でも構いません・・・

 

このような「幸せ」を見つける事が・・・

「今」は苦しく思えるかもしれません・・・

「今」は出来ないと感じてしまうかもしれません・・・

 

そして・・・

頑張る必要性も、焦る必要性もありません・・・

 

それでも・・・

「毎日」そして「一日に一度」で良いのでやり続けてみて下さい・・・

 

それが、きっと・・・

いえ・・・

必ずや、「今、ここ」に導いて、そして、気づかせてくれる力となって現れてくれます・・・

 

そして、この番組では、独自調査を元に、ある一つの結びもしておりましたが、ここまで今回のTOPICSをお読みになって頂いた皆さんは、併せて、次の事も考えてみて下さい。
それは、福島県の「震災関連死」2,267人の内、195人分のデ-タを分析した所、

 

避難や移動の回数が・・・

宮城県と岩手県では平均「2.7回」であった事に対し・・・

福島県では平均「6.7回」であった事から・・・

この避難や移動の回数の差異は・・・

原発事故によるものである・・・

 

との見解でした。
そして、この番組を通して私が抱いたものも、今回ご紹介した「フラッシュ フォワ-ド」や「震災関連死」の発端となっている多くが、同じく「原発事故による避難」です。

 

原発事故とは・・・

自然災害が引き起こしたものではなく・・・

「私(瀬川 瑞之)」も含めた・・・

「人間」が引き起こした災害である・・・

 

という点を、今一度、深く考える事が必要なものでもあり、そのような姿勢を保ち続ける事こそ、現在、苦しみの最中にある被災者や避難者の方々の思いに寄り添う事にも繋がるのかもしれません、、、

2019年3月9日 02:03

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