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アイドルという存在から考える依存や感謝などの視点

こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、ご存じの方もかなり多いかと思われますが、先日、人気アイドルグループの「嵐」が、2020年を持って活動を休止するとの話題がありました。
ファンの方々においては、衝撃や寂しさなどもある事かと存じますが、概ねは活動休止の理由に理解を示し、また、それまでの間も変わらずに応援し続けるといった、温かい反応が多いようにも見受けられます(笑)
そこで、今回は「アイドルという存在から考える依存や感謝などの視点」というテーマをお届け致します。

 

そこで、まず、今回のテーマの一つにおいては「依存」という言葉が入っておりますが、これは、アイドルなどを応援したりする事を否定や非難をしている訳では勿論ございません。
私はオジサン世代ではありますが、ジャニーズなどの歌やドラマは好きで観ている側面もありますし、同世代のアイドルの方々などが活躍している事は励みにもなっております(笑)

 

その上で、今回の活動休止の話題においては、記者からのある一つの質問が物議を醸している様相も存在しています。
その質問とは、これも、多くの方がご存じかもしれませんが、

 

『 (活動を休止するというのは)無責任なのではないか?(という指摘もあるようですが・・・) 』

というものです。
個人的には、この質問をした記者の方が特段の悪意を持って聞いたという訳でもない事かと思いますが、また、これも私個人の勝手な?見解ですが、この質問の根底には、

 

『 今まで「嵐」の存在や活動などにより、励ましや勇気を貰ってきた人もいる中で、活動を休止してしまうと、その人達の気持ちはどうするのですか? 』

 

との趣旨が存在しているようにも感じます。
極端に言えば、

 

『 活動を休止するとは、応援してきた人達から生きる希望などを奪い去ることになってしまい、その事に対して責任を取れるのですか? 』

 

との「感じ」になってしまうのかもしれません。
勿論、このような「感じ」が正確なものかどうかは分かりませんが、もし、仮にそうだとすると、

 

この「感じ」が・・・

依存という面を・・・

的確に現している・・・

 

という風に私には感じています。
では、何故、今回このようなテーマを設定したかと言いますと、このTOPICSでは何度かお伝えもしておりますが、結構多くの方が誤解?あるいは、捉え違い?をしている傾向が見受けられる一つの点があるからです。
それは、

 

依存する事と・・・

支えや寄り添いなどを受ける(享受する)事とは・・・

全く違う・・・

 

という点です。
そして、何故、誤解?や捉え違い?が生じるかと言いますと、外形上では依存と支えて貰う事などの違いが目に見え辛いという側面も確かにありますが、依存と寄り添って貰う事などの違いにおける明確な線引きの「本質」となっているのは、

 

「感謝」の気持ちが存在しているのかどうか?

 

です。
故に、今回のテーマのもう一つとして「感謝」という言葉が入っている事と、今回の「嵐」のケースにおいては、先ほどコメントしました通り、ファンの多くの方々が理解を示しているという事からも、「依存ではない」・・・という事が現れている事かと感じます(笑)

そして、このような視点においては、確かにファンの方々の思いの中には、寂しさや悲しさなども含まれている事かと思います。
これも自然な気持ちの現れでもあります。
そして、このようなケースは一種の「別離(わかれ)」とも言えるかと思いますが、ここでの「本質」も、

 

恋人との別れ・・・

配偶者などとの離婚・・・

親しき人との別離(卒業や巣立ちや死別など)・・・

 

などでも同様です。
勿論、虐待を受けていたなどの極端なケースは別ですが、このような「別離」においても、

 

そこに「感謝」の気持ちがあるかどうか?

 

がとても大切な視点となり、悲しさや寂しさがある中においても、

 

その「別離」の中に・・・

ほんの少しでも「感謝」の気持ちを見い出せる事であるならば・・・

それは、その先の生きる「希望(など)」へ繋げてくれる!

 

という大きな力や励みともなります。
では、ここ迄は、「依存」と「支えや寄り添いを受ける」という事は、その「本質」では違いがある、という点を何かの折には想い出すキッカケとして頂ければ幸いです(笑)

 

では、アイドルという存在への視点を少し変えてみます。
この視点は、男女という意味では本来は同列ですが、どちらかと言うと、女性アイドルに対して多く見受けられる傾向でもあり、また、先ほどの「依存」よりも、より根が深く深刻な感じもしております。
それは、

 

アイドル(としての活動中)は恋愛禁止・・・?

 

というものです。
これもどこまで真実であるのかどうかは分かりませんが、まことしやかに囁(ささや)かれているのも事実ですし、中には恋愛禁止は当然である、と公言するアイドルの方もいらっしゃいます。
勿論、一生懸命頑張っていらしゃる当事者としてのアイドルの方が、そのように思ったり考えたりするのも全くの自由ですので、それも構わないかと思います。
ただ、これも理性から考え、また、私達の多くである一般人としての自分の事として考えた時には、

 

(異性であれ同性であれ)誰かに好意を持つのは自然なこと・・・

 

というのは誰もが本当は理解出来ている事と思います。
ちなみに、誰かに好意を持つのは「自然なこと・・・」であって、「当たり前なこと・・・」という意味ではありません。

と言うのも、「当たり前」と言ってしまうと、「では、誰にも好意を持っていない(持てない)私はおかしくて変なの?」というご意見も出されるからです。
勿論、このような事はおかしくて変な事では決してありません。
ただ・・・、極論を言えば、

 

全く誰にも何に対しても好意を持てないというのは・・・

実は・・・自分自身を蔑(ないがし)ろにしている・・・

 

というケースもございます。
余談で話が逸れてしまいましたが、戻して参ります!

そこで、このようなアイドルという存在は恋愛禁止?という気持ちも全く分からない訳ではありません。
私も中・高生の時には好きなアイドルもおりましたし(笑)
ただ、このような恋愛禁止をファンや運営側(の大人)が求め(過ぎ)るというのは、

 

人(生身の人間)の心や感情は・・・

VR(バーチャルリアリティ)とは違う・・・

 

という「本質」に反する事にもなります。
なお、ここでのVRとは、ここ最近はVR上のアイドルというのも存在している模様ですし、そのようなアイドルを好きになるのも応援するのも全くの自由ですので、それを否定や非難をしている訳でもございません。
ただ、

 

心や感情はVRではない・・・

という事は、

ゲームのようにリセット(をしたり、させる事)は出来ない・・・

 

という面も同時に忘れてはならない視点でもあると感じます。
そして、恋愛禁止?から見られる、心や感情をVRと捉える事が行き過ぎると、歪んだ形となったストーカー行為などへ変質していく怖れも多々含まれますが、このような恋愛禁止?に「根」が近い現象というのは、近頃の親子関係や職場などでも見受けられる事が多くなってきているようにも感じます。
それは、

 

親は子どもを自分の所有物と思い込み・・・

上司や経営者は部下を自分の所有物と思い込み・・・

それが故に・・・

子どもや部下を(自分の意のままに)コントロール出来ると思い込み過ぎている・・・

 

という傾向と、少し大げさかもしれませんが、「何か」が繋がっているのかもしれません。
そして、ここでの心や感情をVRのように扱い、また、何かや誰かを自分の所有物のように思い込むというのは、もうお分かりの通り、ここには「感謝」という視点が存在していないという側面が大きく関与しております、、、、、

そして、あくまで個人的見解ですが、このようなアイドルの恋愛禁止?というのは、本当のファンを育(はぐく)む事にはなりませんし、成熟したファンにとっては「はた迷惑」?かもしれませんし、もうこのような視点からは「卒業」しても良いのでは?とも感じます(笑)

 

では、さらに視点を変化させてみます!
最近では、スポーツなどのアスリートの方々もアイドル視されたりする傾向がある事はご承知の通りかと思います。
そして、このようなアスリートという存在に対しては、特に女性の方々における、幅広い年代層からの応援なども特徴のように思われます。
そして、その応援の裏側には、感動を貰った!などの「感謝」の気持ちも存在しているのも事実です(笑)

ただ、一点、私が危惧している面が存在しているものがあります。
それは、

 

「〇〇ロス」・・・という言葉

 

です。
これは、「ペットロス症候群」などのように、

 

何かを「失った・失われた」心の状態

 

を指す場合が多いですが、ペットなどが他界した事により、その後の人生に希望が持てなくなったり、あるいは、ペットがいないと生きていけない、などの深刻なケースに陥ってしまう事もあります。
勿論、このような心の状態というのは、ご家族や知人などの「人」の場合でも、その「本質」は同じです。
そして、何故、私が危惧しているかと言いますと、まず、

 

言葉には「力・パワー」がある

 

という点です。
そして、もっと突き詰めて表現しますと、

 

言葉には力・パワーという「実体」がある

 

という事でもあります。
そして、アスリートなどの引退のケースでよく「〇〇ロス」と使われたりもしますし、これは、芸能人としてのアイドルなどの場合も同様に使われています。
そして、私が危惧している現実問題としては、

 

マスコミなどでは・・・

あまりにも安易に・・・

「〇〇ロス」という言葉を活用し過ぎている・・・

 

という現象です。
これは、このTOPICSでも幾度も取り上げているセクハラやパワハラなどの「ハラスメント」における「〇〇ハラ」も同様です。
つまり、このような略語があまりにも軽く?使われ過ぎて、そして、当たり前のように目にしている事で、

 

「実体」と「心の状態」に乖離(かいり)が起き始めている・・・

 

という部分です。
そして、

 

この「〇〇ロス」という・・・

「ロス(失う・失われた)」という言葉(の使われ方)には・・・

「一方的」に奪われた、とのイメージが伴いやすく・・・

 

結果的に・・・

「感謝」という側面をも見え辛くさせている・・・

 

という傾向に拍車を掛けているのが、現在の世の中や社会に多々反映されていると、私個人としては感じています。
そして、今回のアイドルという存在をどう考え捉えるかという視点も、

 

詰まる所は・・・コミュニケーション

 

と同じです。
このアイドル、あるいは、アスリートという存在とのコミュニケーションにおいては、その多くは「直接的」ではないかもしれませんが、TVなどを通した「間接的」な場合でも、その「本質」は一緒です。
なぜなら、

 

どちらでも・・・あなたの心を・・・感じ動かせている

 

からです。
そして、どのようなコミュニケーションにおいても、その「本質」は、

 

「相手」を理解しようとする試みでもあり・・・

それと同時に・・・

「自分(の考えている事など)」をどのように表現し伝えるのか・・・

 

という所にあります。
それと、これも誤解の生じやすい部分がありますので、今回は一言付け加えさせて頂きます。
それは、例えば、

 

「相手」を理解しようとする試みとは・・・

「相手」の言い分を丸ごと受け入れたりする事ではなく・・・

 

「あなた(相手)」の話している事は・・・

「私には」筋の通らないものである、と・・・

「私は」理解しています・・・

 

というような面(ケース)も含まれています。
そして、このような事により、時には相手との「距離を設ける」との判断も出て来る事もあるでしょうし、その後の変化によって、相手との「距離を縮める」という事も可能になっていきます、、、、、

 

そして、今回のアイドルというテーマから、元SMAPの中居正広さんが、昨年末のご自身の番組において、ちょうど解散が決まっていた「タッキー&翼」の滝沢秀明さんに向けて、次のような事をお伝えしていました。
それは、

 

『 自分は・・・怠った人間だから・・・ 』

 

と。
これは、おそらく、

 

『 自分はSMAPの解散に際して・・・

ファンの方々などに・・・

「感謝」を伝える(充分な)場や機会を設ける事が出来なかった・・・ 』

 

という事を「怠った」と表現しているにように、私自身は感じて観ていました。
そして、今回のテーマにおいては、もうご承知かと思われますが、「感謝」という面に意識を向ける事だけでも、「依存」に陥らない「指針」として活用出来ますよ!との趣旨でもありました(笑)

そして、ここまでお読みになって頂いた皆さん方は、もう「依存」に陥る事はありませんので、自由に存分にアイドルやアスリートなどを楽しんで応援して大丈夫です!
また、今回の視点は、アイドルやアスリートに限らず、皆さんの身の周りの人々に意識を向ける事で、より実感が伴いやすくなる事とも感じます。
その上で、「依存」は「一方的」になりがちになりますが、「感謝」においては「お互い様」という気持ちに通じていくのかもしれません(笑)

2019年2月2日 02:02

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