トップページ » 裁(さば)くという事について・・・

裁(さば)くという事について・・・

こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、今回のテーマは「裁(さば)くという事について・・・」をお届け致しますが、「裁(さば)く」という言葉を聞くと、裁判や死刑制度などを連想する方も多いかもしれませんが、私達は日常的に、また、多くが無意識的にも「裁く」という事を行っております。
つまり、ここでの「裁く」とは、

 

意識的せよ・・・

無意識的せよ・・・

私達は常に、誰かや何かに対して・・・

何らかの「判断」を下している・・・

 

という意味合いが含まれています。
勿論、裁判や死刑制度という観点からは、殺人事件や危険運転などでの被害者やご遺族の方々が断罪や極刑を求めるお気持ちを理解出来る部分などがクローズアップされたりもしますが、今回は日常の身の周りの出来事などにおいても、

 

「裁きの本質」はどこにあるのか?

 

という点を考える素材として頂ければとの趣旨で進めて参ります。
そこで、まず、このTOPICSにおいても、

 

コミュニケーションは様々なレベルで行われている

 

という点を幾度かお伝えしておりますが、

 

「裁く」という「判断」も様々なレベルで行われている

 

という「本質」は共通しています。
では、ニュースなどで紹介もされておりますので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、ある一つの出来事から今回のテ-マを見ていきたいと思います。

 

それは、昨年の甲子園に出場した高校において、同校のダンス同好会が主催した有料(500円)のイベントに野球部員が参加した事により、日本学生野球憲章に定められている「野球部または部員を政治的あるいは商業的に利用しない」との規定に抵触している可能性がある事により、関係者の「処分」が検討されているとの出来事です。
これには様々な意見が出されている模様ですが、どちらかと言うと、多く出されている意見としては、

 

有料(500円)と言っても、それは借りる会場費であったり、準備の為の設営費などでもあるだろうし・・・

ダンス同好会の皆さんは、自分達のパフォーマンスを多くの人に観て貰いたいとの願いで主催したものであり・・・

参加した野球部員も甲子園での応援をして貰った事への、恩返しの思いからの事でもあり・・・

それを処分するとは、あまりにも杓子定規に過ぎるのでは・・・???

 

との見方が多いようにも思われます。
あくまで私個人の見解ですが、私自身も先の意見と似たように、「そこまで目くじらを立てなくても良いのでは・・・?」と感じておりますが(笑)
また、今回の出来事では、野球部とダンス同好会の責任者を同じ人が兼任しているとの、妬み嫉み?などの「大人の事情?」が問題をややこしくしている面もあるのかもしれません(苦笑)

 

そして、ここ迄で「処分」という言葉も出てきましたが、「処分」というのは会社などでも行われる事もありますし、車の運転などでのスピード違反や、一時停止をしなかった事などに対するものも「(行政)処分」となるように、この「処分」というのは「裁き」と同じ事になります。
これが、「裁く」という「判断」も様々なレベルで行われている、という点をご理解頂ける一つの例示にもなるかと思われます。

 

では、ここからあくまで私個人の見解としての「裁く」という「判断」の「本質」を見ていきたいと思います。
それは、

 

「裁く」とは・・・

何かをした相手に、物事の本質を「理解させる」ことであり・・・

必ずしも、相手に不利益な事を課することでもなく・・・

 

「判断」とは・・・

何かをした相手に、自分の考えている本質を「伝える」ことであり・・・

必ずしも、相手に「悪い」というレッテルを貼ることでもなく・・・

 

出来る事であるならば・・・

出来る範囲内で構わないので・・・

お互いに「理解」し合えるように努めてみる・・・

 

という点に「本質」が存在すると考えております。
そして、これはとても難しい事でもあると思いますが、

 

どのように・・・

どこまでなら・・・

相手を「赦せる」のか・・・

 

という点を考えていくのが、一つの大切な視点にもなり得るようにも感じています。
そして、それと同時に、

 

相手に対しては、「けじめ」などの「区切り」を付けさせる事も必要で大切な事でもあり・・・

「駄目なものは駄目!」と伝える事も必要で大切な事でもある・・・

 

という視点も忘れてはならないのは言うまでも無い事と思われます。
そうでなければ、「どうせ「赦して」貰えるのであれば、何をやったって構わない!」と誤解や曲解をする人も出てきてしまう事と思います(苦笑)
そして、TOPICSでも何度もお伝えしております通り、

 

自分のした事は自分に反ってくる

 

という視点が具現化したものが、世の中や社会においては、例えば車の運転における違反などでは「罰金」という「処分や判断」が下されるという意味でもあります。
ちなみに、今までのTOPICSにおいては、「自分のした事は自分に反ってくる」という視点だけでも考えて貰えればとの思いでお伝えして来ておりますが、実は、この視点には、

 

更なる「奥行き」という「深さ」に根本理由が存在している

 

というのも事実です。
なぜなら、「自分のした事が自分に反ってくるのであれば、自分で責任を取ればそれで済む話でしょ!」との反論も成り立つのですが、それが「自分だけ・・・」では通らない理由や存在もあるのですが、それは、また機会を見つけてお伝え出来ればと思っております(笑)
そして、なぜ「理解させる」ことが必要で大切かと言いますと、この世や社会においては、

 

「裁き」の裏道や抜け道を探す人が必ず出て来る

 

からです(苦笑)
笑い事では済まされませんが、この「理解させる」ことにおいて大切になるのは、

 

because(なぜなら)・・・

〇〇だから・・・

 

とキチンと相手に伝える事が必要になります。
この点に関しましては、2018年12月8日のTOPICS「「because~」が失われた2018年」においてもご紹介しておりますので、興味のある方は参照してみて下さい(笑)

 

今回のテーマの「裁く」、あるいは、「判断」という事に対しては、それこそ、多種多様の様々な見方や見解が存在します。
どれが悪くてどれが良い、あるいは、何が間違っていて何が正しいなどは、一概に言えるものでもない事と思います。
ただ、繰り返しですが、

 

私達の誰もが・・・

日常生活において・・・

常に何かしらの「判断」を下している・・・

 

という点は、宜しければ頭の片隅にでも入れて置いてみて下さい。
なぜなら、

 

常に・・・

「あなた」も「私」も・・・

誰かから「判断」を下されている・・・

 

からです(笑)
そして、このような「処分」や「判断」という視点を考える素材というのは、私達の身の周りに常に溢れてもおります。
例えば、ここ最近とても重要で大切かつ深刻な問題でもある、厚生労働省が行っていた不正な勤労統計調査がニュースとして取り上げられておりますが、また、それに関する最初の調査があまりに拙速で杜撰(ずさん)なのでは?などの声が多い事から、再調査も行われる模様ですが、

 

真相の解明が充分に出来ていないのにも関わらず・・・

まるで早めの幕引きを計るかのように?・・・

(職員などへの)「処分」という「判断」を下してしまっている・・・

 

という実態からも読み取る事が出来ます。
また、今回ご紹介した高校のケースにおいても、ネットなどでは、「正鵠(せいこく)を射る・得る」?ような、

 

日本学生野球憲章において、商業的利用が禁止されているのであれば・・・

なぜ・・・

甲子園大会などで「入場料」を徴収するの・・・???

 

などの意見も出されているようです(笑)
勿論、このような意見も、大会運営にお金が掛かる事は充分理解した上での、皮肉?を込めた見解である事とも思います(笑)
ただ、先ほどの厚生労働省のケースにしても、高野連の対応にしても、

 

「大人?である側」が・・・

このような意見や見解に対して・・・

理性でもって、理解を得られるような・・・

「because(なぜなら)~」・・・

 

という説明をちゃんと出来るのかも問われている事と感じます。
そして、今回は「裁く」というテーマを取り上げましたが、これも詰まる所、「コミュニケーション」との強い関連性がある事はご理解頂けるかもしれませんし、「コミュニケーション」においては、「様々な視点」を活用する事も効果的ですので、是非、今回も誰かからの「判断」を気にすること無く、まずは、皆さんなりの自由な心で考えるキッカケにでもして頂ければ幸いです(笑)

2019年1月26日 03:01

«

»

TOPへ戻る

新着投稿

過去の投稿


プライバシーポリシー

当サイトのご利用規約

サイトの詳細につきましては上記のご利用規約をご確認ください。

当サイトはリンクフリーではありません。
事前の連絡と許可審査が必要です。

スマートフォン、タブレットで読み取ってください

先頭へ