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匿名という二次被害を防ぐには

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

先月、青森県つがる市の国道で4名の方がお亡くなりになるという、痛ましい交通事故が発生しましたが、ご存じの方も多いかと思われます。
大量の飲酒をした上、スピ-ドもかなり超過していたとの事で、弁解の余地のない事故(と言うか、事件)でもあります。
そして、無くならない飲酒運転という観点からもそうですが、この事故は全国版のニュ-スなどでも取り上げられる程、大きなものにもなっております・・・
そこで、今回は「匿名という二次被害を防ぐには」というテ-マをお届け致します。

 

ところで、私も交通事故の被害者の方、そして、加害者の方のカウンセリングなどのご依頼を受ける事も時折ございます。
そのようなカウンセリングの内容において、今までのケ-スにおいては、当該交通事故の状況などをお聞きすると、幾分かの過失(不注意など)が関係している場合もありますが、故意(わざと)や悪意などが絡んでいたケ-スはありません。

 

しかし、このような故意や悪意などが絡んでいない交通事故のカウンセリングなどにおいて、被害者、そして、加害者、共に共通してくる問題が一点存在している事がよくあります。
それは、

 

被害者であろうと・・・

加害者であろうと・・・

どちらも・・・

(近隣などの)周囲の方が憶測で様々な状況などを・・・

事実であるかの如く伝え触れている・・・

 

という問題です。
そして、この憶測からの様々な話が広まってしまう事で、

 

被害者の方も・・・

加害者の方も・・・

どちらもそのような(事実とは違う)噂に関して大きな悩み(ストレスなども含め)を抱えてしまう・・・

 

というケ-スです。
一見すると、加害者である場合には、色々なあらぬ噂などが広められてしまうというケ-スは起こりがちにもなりますが、しかし、実際に私がお話をお聞きしていると、被害者の方も同じような事実とは違う点を広められて困惑しているというケ-スもあります。
そして、まずは、このようなケ-スに関しての「二次被害」が存在するというのはご理解頂けるかと思います。

 

また、人の世の常とも言われますが、このような、あらぬ噂話を好む人もいらっしゃいます。
そして、このようなケ-スにおいては、

 

人の噂も七十五日と言われるように・・・

放っておく・・・

 

というのが適切な場合が多いです。
ただ、あらぬ噂が行き過ぎたりしている場合には、理性を活用しながらの名誉毀損などの法的手段を検討するのも、悪い事ではありません。
そして、そのような中において、何故、今回のテ-マを設定したかと言いますと、先ほどの、つがる市の交通事故においては、

 

ネットなどの地域掲示板において・・・

お亡くなりになられた方々への誹謗中傷が湧き起こり・・・

その事により、ご遺族の方が二重三重の苦しみを受けていた・・・

 

というのが、全国版のニュ-スにおいて、「ほんの僅か」だけ報道されておりました。
このような、被害者の方々が誹謗中傷を受けるに至った経緯としては、地方版のニュ-スにおいて、事故原因が判明していない状況で、(お亡くなりになられた方が)飲酒運転をしていたのでは?との報道がなされた事が原因の一端である模様ですが、メディアの伝え方などは別に再考する余地も存分にありますが、今回のテ-マはそこではありません。

それは、皆さんもご存じの通り、ネットなどでの誹謗中傷が行われる場面では、

 

そのほとんどが・・・

匿名である・・・

 

という事です。
中には、誹謗中傷ではなく、意見や思いを述べただけ、というケ-スもあるかもしれません。
また、新聞などの投書欄においては、匿名というのも見受けられるケ-スもあります。
このような場合では、誹謗中傷ではなく、

 

理性からの問題提起・・・

 

という側面がありますので、匿名である事で問題が起こる事はほぼありませんし、これは匿名でも構わないかとも思います。
また、ネットなどでは様々な質問に答えるような場合もありますが、これもわざわざ実名を出すのは憚(はばか)られるという思いがあるかと思いますので、あくまでご自身が正しいと感じている情報をお伝えする限りにおいては、これも匿名でも宜しいかとも思います。

しかし、今回のようなケ-スにおけるネットなどでの匿名は、

 

感情のみで物事を捉え過ぎ・・・

表現が過激になり過ぎる傾向が現れ・・・

時には、そのような過激な表現をしている自分に対して・・・

悦に耽(ふけ)ってしまう・・・

 

という状態になっている怖れが多々あります。
そして、このような匿名においては、

 

自分の発言に責任を取らなくても良い(と思わせている)・・・

 

というのが、更なる拍車を掛ける重大な要素にもなっています。
確かに取材の場などでは「オフレコ」とも呼ばれるように、身を守りながらも問題提起をするキッカケとして機能するケ-スもあるかもしれませんし、公益通報者保護制度などの活用という観点では、匿名である事が適切に当てはまるケ-スも確かにある事と思います。
しかし、

 

匿名でしか発言出来ないという事は・・・

自分で自分(の発言)を信頼出来ていない・・・

 

という面を、知らず知らずの内に「強化」しているという点に繋がっていきます。
そして、匿名での誹謗中傷というのは、

 

単なる鬱憤(うっぷん)晴らし・・・

 

でしかありません。
これは、匿名とは言え、

 

多くの人に・・・

「私は」幸せではない!・・・

 

と、わざわざ伝えているのと同じ事です。
つまり、自分は不幸だ!という感情を、自らに絶えず言い聞かせている、という状態と本質は同じです。
そして、そのような事象の中に、

 

他の人を巻き込んではいけないし・・・

他の人を傷付ける事はもってのほかでもあり・・・

何より、そのような事で幸せは感じられない・・・

 

というのが真実であり事実です。
そして、世の中や社会においては、確かにとんでもない行動や発言をする人がいるのも事実ですが(最近は特に顕著になってきてますが・・・)、そのような場合には匿名ではなく、なおかつ、理性を持って自分に自信を持って堂々と考えや意見を伝えると同時に、

 

それにより・・・

その人が変わらないようであれば・・・

放っておく・・・

 

という心掛けも必要になります(なお、この「放っておく」というのは、「無関心」とは違います)。
なぜなら、

 

その人が発した言葉は・・・

必ず・・・

その人に反ってくる・・・

 

からです。
一度出した言葉は引っ込められない、という表現もあります。
つまり、何かの憂さ晴らしなどで、ネットにおける匿名であろうと何であろうと、

 

誹謗中傷の域の発言をしている人は・・・

遠からず・・・

同じような目に遭ってしまう・・・

 

という事です。
そして先ほどの、一度出した言葉は引っ込められない、という点に関しては、もし、間違った事や、感情が行き過ぎて誹謗中傷めいた発言をしてしまった場合には、

 

その事に気づき・・・

傷付けた人がいるのならば謝罪をし・・・

改めて、変化した後の、ご自身の考えや思いを新たに伝えれば良い・・・

 

という事になります。
そして、誹謗中傷の類(たぐい)の自分の発した言葉が自分に反ってくるというのは、

 

自分の内面に「分離」を生み出し・・・

自分で自分の「バランス」を保てなくなり・・・

そして・・・

次第に自分を「見失って」いく・・・

 

という面に現れやすくなります。
私達の誰もが、私自身も含め、時には間違いも犯しますし、思いとは裏腹に誰かを傷付けてしまっていたりする事はあります。
もし、ネットなどにおいて、匿名で誰かや何かを誹謗中傷するような(したいような)感情に捕らわれている時には、

 

自分の内面を見つめ・・・

その誹謗中傷は・・・

実は・・・

自分に対して、自分が向けているものである・・・

 

という事に「気づいて」下さい。
そして、今回のような、

 

決して二次被害を出してはならない!

 

という面を、必ず「想い出して」下さい。
そうすると、あなたが自分の発した言葉で、他の人は勿論、自分自身をも傷付けたり苦しめたりする事は無くなります。
今回は痛ましい交通事故からのテ-マと相成りましたが、似たような側面は「夫婦喧嘩は犬も喰わぬ」、あるいは、「(他の人の悪口などを聞いた際などの)耳を洗う(耳を滌(すす)ぐ)」などの慣用句のように、身近でもよく起こりがちな事でもあります。

 

そして、全ての面でとは言いませんが、出来る範囲内において、何かの意見や思いを発する際には、匿名というスタンスではなく、本来の自分自身としての発言という面を意識してみて下さい。
なぜなら、一人一人が考える事をしないと・・・二次被害は防げない・・・からでもあります。

 

ちなみに、皆さんもニュ-スなどでよく目や耳にする光景とは思いますが、先ほどの取材現場などでの「オフレコ」とも関係してきますが、「与党(あるいは野党)幹部によると・・・」また「省庁の幹部筋によると・・・」などのコメントが匿名で紹介されるケ-スはとても多いです。
あくまで私の個人的見解ですが、このような立場や役職にある人の発言において、匿名というのは・・・如何なものか・・・と感じます。

 

そして、やはり、これから年末に向けてお酒を飲む機会も増える事かと思いますが、飲酒運転は絶対にしてはいけません。
先日の10月6日のTOPICS「青森県&五所川原の個性???」では、次のようにお伝え致しました。

 

「 自分だけ、であれば良いだろう(構わないだろう)・・・」

「 心の中では良くない事と思いながらも・・・
自分の胸の内で収めようとしている・・・ 」

 

と。
今回の交通事故における飲酒運転をした人は、まさしく、「自分だけ、であれば良いだろう(構わないだろう)」との思い、そして、飲酒運転と承知していながら、この車に同乗していた人は、「心の中では良くない事と思いながらも・・・自分の胸の内で収めようとしている」という思いにも当てはまるようにも感じます。

この回のTOPICSのテ-マとしては、敢えて、「青森県&五所川原の個性」としてお伝え致しましたが、

 

どこの誰にでも当てはまる(可能性がある)性質のもの・・・

 

という点は、このTOPICSをお読みになって頂いてる皆さんにおかれましては、その「真意」を読み取って頂けている事かと思います。

そして、少しだけ余談ですが、私の大学時代からの親友が、某有名な大手の車メ-カ-に卒業後に入社しました。
その数年後に、その親友は車の運転中に事故を起こし、その相手の方は、(若くして)お亡くなりになりました。
勿論、飲酒運転などによる事故ではありませんが、その後も幾度となく、その親友と飲んだりしている時に、その親友は、

 

一生を掛けて償わなければならないし・・・一生涯忘れてはいけない(忘れられない)・・・

 

などの、相手の方(ご遺族なども含め)に対するお詫びや申し訳のなさ、自責の念や後悔などの言葉が口から出て来ていました。
何年間もご遺族の元を訪問して、お詫びやお墓参りなどを続けていましたが、ご遺族の方から「もう充分に気持ちは理解出来ているから、あなたの人生を生きて下さい」という趣旨のお言葉を頂いたとも話しておりました。

そして、その後も車の販売という仕事をしていながらも、その車を運転する事も出来ない(してはいけない)・・・という葛藤を抱えながら、その後も年数を経たある時に、その親友から、

 

「 自分は(今後)車を運転しても良いのだろうか・・・? 」

 

との話になり、その時には、その親友も結婚してお子さんも授かったりという新たな状況になっていた事もあり、私は、

 

「 (事故に遭われた)ご本人さんも、そのご家族の方も、もうちゃんと理解してくれているよ(だから運転しても大丈夫だよ) 」

 

と伝えた事を今でも覚えております。

このような事は、交通事故に限るものではありませんし、どれだけ注意しても防ぎようがない事故などがある事も、個人的な実感としてはありますが、そのような中においても、

 

被害者がいれば・・・加害者が存在し・・・

加害者がいれば・・・被害者が存在し・・・

そして・・・

どちらも色々な苦しみや悲しみなどを抱えて生きている・・・

 

というケ-スが多くの場合にある事を、今回、縁あってこのTOPICSが初めて目に留まった方々におかれましても、理性からの問題提起ではない、感情優位の匿名による誹謗中傷などは、他の人を傷付けるのみならず、他ならぬ、自分自身をも傷付ける行為でもあること意識して頂き、あなた自身が自らで同じような体験をする事が無い為にも、今回のTOPICSで学び終えて頂ければ幸いでもあります・・・

2018年10月27日 02:10

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