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人生はあなたを「通して」現れる

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

GWの連休から少し経ちますが、お休みだった方も、お仕事であった方も、お疲れはございませんでしょうか?(笑)
どのような連休を過ごし、また、今をどのようなお過ごし方をされていても、人生は続いているかと思いますので、今回は「人生はあなたを「通して」現れる」というテ-マをお届け致します。

 

そこでまず、今は望めば様々な情報に接する事が可能な時代になっています。
そのような情報の中には、正しいものもあれば、間違っているものもあるかもしれませんし、また、正しい、あるいは、間違っているという単純な判別では語る事が出来ない性質の情報もある事かと思います。
そして、皆さんが様々な情報に接する際には、次のような観点を意識してみて下さい。
それは、

 

「誰が」伝えているのかではなく・・・伝えられている情報の「内容」に焦点を合わせる

 

という事です。
勿論、世の中には素晴らしい方々も多くいらっしゃいますので、「あの人」が伝えている「内容」だから、その情報に接してみよう!とのケ-スがあるのも自然な事ですし、それはそれで構わないとも思います。
ただ、

 

「あの人」という「誰か」に焦点を合わせ過ぎてしまうと・・・

あなたは・・・

あなた自身の人生を歩んでいる、という実感が薄れてしまう(かもしれない)・・・

 

というケ-スが起こってしまう事も稀にあります。
今までも、今回も、そして、これからのTOPICSも、書いてお伝えしている「私(瀬川)」は正直どうでも良い!と思って頂いて構わないという意味でもあります(笑)
つまり、有り難い事に、このTOPICSをお読み頂いている皆さんにおいても、

 

お伝えしている「内容」に役立つと思われる点があれば、ご活用頂くのも自由ですし・・・

「私(瀬川)」と同じ意見や考えを持つ必要性も全く無く・・・

「あなた」と「私(瀬川)」は違っても良い・・・

 

そして、

「内容」をご活用頂ける場合でも、あるいは、意見や考えが全く違う場合の、どちらでも・・・

必ず、あなたにとっての「真実」に結び付いている!

 

という、「あなた」にとっての「内容」に目を向けてみて下さい、という意味合いです(笑)
そして、このTOPICSを例に挙げましたが、様々な情報に接する際には、このような視点を持って、あまり「誰が」という点に意識を向け過ぎる事なく、「内容」の方にあなたの意識を向けてみて下さい、という意味合いでもあります。
そして、今回のテ-マですが、おそらく多くの方が次のような感じを持っているかもしれません。

 

人生における出来事の中に「自分」が存在している

 

と。
もっと直接的な表現を用いると、

 

人生における出来事の中に「自分」が置かれている(時には、放り出されている)

 

という感覚を持っている方もいらっしゃるかもしれません。
そして、これには別の見方も存在しています。
それが今回のテ-マである、

 

「あなた」の人生における様々な出来事の全ては・・・

「あなた」を「通して」現れている・・・

 

つまり、

人生における様々な出来事というのは・・・

「あなた」を「通して」しか、現れようがない・・・

 

とも表現出来るかもしれません。
そして、これを別の表現で置き換えたものが、

 

自分の人生は自分で創り上げている

 

というものですが、こちらの表現の方が妙に納得?出来る人の方が多いかもしれません(笑)
そして、ここで「質問」が出てくるかもしれません。

 

自分を「通して」と言っても・・・その「通す(通して)」という「方法」が分からない・・・

 

と(笑)
まず、結論ですが、

 

「通す(通して)」という「方法」をわざわざ学ぶ必要性はありません

なぜなら、

「あなた」は既に「通す(通して)」という「方法」を知っており、かつ、実践出来ているから

 

です(笑)
では、ここで「質問」を致します。

 

あなたは自分の人生において・・・

1分、あるいは、1秒でも・・・

自分の人生が途切れた・・・

 

という経験をした事がありますでしょうか?
別の表現で「質問」しますと、

 

あなたの人生において・・・

あなたが一瞬たりとも・・・

存在しなかった・・・

 

という事はありますでしょうか?のような感覚でも構いません。
これは、「記憶(の途切れ)」とは全く関係のないものですし、例えば、臨死体験などでも同様です。
そして、仮に、自分の人生において、10秒だけ途切れた経験がある・・・という方がいらっしゃるとすれば、

 

その人生における途切れを・・・

どのようにして・・・

再び、繋ぎ合わせる事が出来たのですか・・・?

 

との「質問」が出て来るかもしれません(笑)
もうお分かりの通り、ここでの、

 

「通す(通して)」という意味は、「創り上げる」という意味と全く同じ

 

です。
つまり、あなたが存在しているという事は、

 

あなたは、今までも・・・これからも・・・

常に人生を創り上げているのであって・・・

その「創り上げる」あるいは「通す(通して)」という「方法」を・・・

わざわざ学ぶ必要性はない・・

 

という事になります。
なぜなら、

 

あなたの人生は一瞬でも途切れた事はなく・・・

それは、今までも・・・これからも・・・

変わる事なく続いていくから・・・

 

です(笑)
では、このように、人生における様々な出来事が、あなたを「通して」現れている、あるいは、あなた自身が「創り上げている」という点が、多少なりとも理解出来たと仮定した際に、

 

でも・・・やはり人生における出来事には・・・分からない事も多々ある

 

という「思い」を持たれるのも自然な事でもあります(笑)
つまり、

 

人生には様々な「質問(や疑問)」も存在している

あるいは、

人生において様々に起こる出来事に、どのような「理由や意味」があるのか分からない

 

というのと、似たような感覚かもしれません。
そこで、このような点に関しては、次のような見方も存在しています。

 

「答え」があるから「質問」が存在する

つまり、これを別な表現で例えると、

「質問」には必ず「答え」が存在する

また、

「答え」のない「質問」は、そもそも存在し得ない

 

とも。
ところで、私は最近、アメリカのTVドラマの「SUPERNATURAL(ス-パ-ナチュラル)」というのを借りてきて観ています。
これは、二人の兄弟と悪魔との対決を描いた物語ですが、ある放映回は次のような内容でした。

 

二人の兄弟と他3人の方が悪魔の集団に取り囲まれて警察署内から脱出出来ない状態に追い込まれてしまいました。
そして、この窮地を脱するには、他3人のうちのAさんを殺せば(犠牲として差し出せば)、警察署を取り囲んでいる悪魔の集団は消失する、という提案をされます。
しかし、Aさんを犠牲として差し出すという事は出来ず、もう一つの選択肢として、取り囲んでいる悪魔と対決する方法を選びました。
そして、結果的にほとんどの悪魔を消失(浄化)させ、その警察署から脱出する事が出来たのですが、兄弟が警察署から帰った後に、警察署に残っていたAさんを含めた他の3人は、生き残った悪魔に殺されてしまいました・・・

 

Aさんを犠牲として差し出せば、残りの悪魔が消失すると共に、他2人は生き残れたのかもしれません。
しかし、対決する事を選択した事により、Aさんも、そして、他の2人も殺されてしまいました。
結果のみで考えると、どちらを選択しても、Aさんは犠牲に成らざるを得なかった・・・という内容です。
これはあくまでドラマでもあり、極端なケ-スですが、ここで一つの視点として考えられるのは、

 

本当に二者択一という「質問」なのか?

 

という点です。
「質問」には「答え」が必ず用意されている、という観点からすると、このドラマの内容においては、多くの方がどちらを選択しても望ましい「結果」にはならないと思われる事と感じます。
そして、

 

望まない「答え」というのも・・・「質問」に対する本当に用意された「答え」なのか・・・?

 

との「新たな質問」も出て来る事でしょう。
ドラマの内容はともかくとしまして、やはりここで思い出して頂きたい視点というのは、

 

第3、第4、第5・・・という選択肢を探し出す(事も出来る)

という姿勢と共に、この、別の選択肢を探し出す際に役立ってくれるのが、

イマジネ-ション(想像力)

 

になります。
また、それのみならず、仮にある選択をした際の「答え(結果)」は「一つ」であったとしても、同様にイマジネ-ションを活用する事により、

 

「答え(結果)」へ向かう方法や道のりは「無数(複数)」に見つけ出す事も出来、かつ、自分の望む方法や道のりを選択する事が出来る

 

という所にも繋がっていきます。
では、ここで今回のテ-マに戻ります。
人生はあなたを「通して」現れるという際に、「通す(通して)」という「方法」は改めて学ぶ必要性がない事は既にご説明した通りです。
では、あなたの人生に変化を起こす際には、何をすれば良いのか?という点を考えるに当たり、

 

あなたが「通そう」としているものは「何」なのか?

 

という視点です。
人生があなたを「通して」現れるものであるとすれば、

 

あなたが「通そう」と思っている「何」かは・・・既にあなた自身の中にあるもの

 

になります。
言い換えれば、

 

あなた自身の中にあるものしか・・・あなたの人生に現れてくる(「通って」くる)ものはない

 

とも言えます。
つまり、あなた自身の中にあるもの・・・あなたの中の「何」かとは・・・

 

あなたが「思って」いるもの

でもあり、

(意識的にせよ無意識的にせよ、あるいは、良かれ悪かれにせよ)
あなたが「信じて」いるもの

 

になります。
この「信じて」いるものとは、考え方、感じ方、捉え方、観念、あるいは、出来事に対する意味付け、など様々に表現が可能です。
そこで、今回のTOPICSの最初を思い出してみて下さい。
様々な情報が溢れている・・・ポジティブな表現を借りれば、様々な情報に接する事の出来る今という環境において、

 

あなたがあなたの人生において「通して」いる「何」かは・・・

「内容」の方でしょうか・・・?

あるいは、

「誰か」の方でしょうか・・・?

 

いかがでしょうか?
もし仮に、あなたがあなたの人生において「通して」いるものが「誰か」であれば・・・

 

あなたは自分の人生を「誰か」に預けてしまっている

 

という感覚から、不安や焦燥感などを持ちやすくなってしまうかもしれません。
しかし、「通して」いるものが、あなたが「信じて」いる「内容」であるとすれば、

 

その「内容」を選択したのは自分であり・・・

もし、その選択によってあまり望んでいない結果という「答え」が現れているとすれば・・・

別の「内容」を選択して、あなたの人生に「通す」事によって・・・

別の結果という「答え」が現れる・・・

 

という事になります。
つまり、

 

「答え」は出来事という外側にあるのではなく・・・

「答え」はあなたという内面にある・・・

 

とも言い換える事が出来ます。
そして、よく次のような事も言われたりします。

 

人は自分が思った(信じた)通りの人間になる

 

と。
そして、「思っている」あるいは「信じている」という源にあるのは、

 

イマジネ-ション(想像力)

 

です。
様々な情報を活用している「今」のあなたの人生において、あなたは「何」を「通して」あなた自身の人生を現しておりますでしょうか?(笑)
そして、このような「質問」にも、既に「答え」が存在しているとすれば・・・(笑)

2018年5月19日 01:05

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