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心に副作用はあるの・・・?

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、このTOPICSにおける表現や内容などにおきましては、とある条件により、今迄は多少の制限を設けておりましたが、それが、とある状況の変化により、そのような制限から解かれた事によりまして、これからは従来通りその時々の社会の変化に対応しつつも、今迄よりも少し深く踏み込んだ内容にもコメントしていきたいと思っております。
時には、いわゆる、「タブ-」と呼ばれている分野にも・・・
と言いましても、誰かや何かを批判したりという意味では全くありませんし、現在の法的な枠組(医師法や薬事法など)の中において、少しでも生き辛さや生き苦しさなどの緩和になればとの思いから、多少の自制を緩めてお伝えするという意味合いです(笑)

 

とまあ、今回はそのような趣旨設定ではありませんが、「心に副作用はあるの・・・?」というテ-マをお届け致します。
なお、今回のTOPICSは、一話簡潔という意味では、今迄で一番長い内容かと思われますので、休み休みお読み頂いても大丈夫ですよ(笑)
そこでまず、「副作用」などの用語はよく耳にする事があるかと思われますし、近頃では「副反応」という用語も使われておりますので、簡単に整理致します。
まず、

 

「副作用」とは、薬による化学的作用
「副反応」とは、ワクチンによる生体反応

 

と区別されているとの事です。
そして、日本病院薬剤師会という所の公表している資料によりますと、

 

「広義」の副作用とは、「主作用でない作用(すなわち主作用には関連のない薬理作用)」であり、必ずしも望ましくない作用ではない
「狭義」の副作用とは、「好ましくない薬の作用」

 

とされているそうで、この狭義の副作用とは区別して「有害事象」という概念もある、とされております。
おそらく、世間一般で言われている所の「副作用」とは、「狭義の副作用」と「有害事象」が混在された捉え方となっているのかもしれません。
そして、私は医師でも薬剤師でもありませんので、軽々にコメントは出来ませんが、近頃多く見られるようになってきた「副作用」と「副反応」の使い分けがされている一つの理由には、「言葉の持つイメ-ジ」が関与しているとの見解もありますが、皆さんは「副作用」と「副反応」の「言葉の響きの違い」をどのようにお感じになりますでしょうか・・・(笑)

 

そして、今回は「心に副作用はあるの・・・?」というテ-マですが、誰もがご存じの通り、心は目に見えるものでもありませんし、手で触れる事の出来るものでもありません。
しかし、

 

誰もが心の存在を知っているし、実感出来るもの

 

と、捉えてもいる事と思います。
そこでまず、とても誤解が多い点でもありますので、最初にご説明を致しますが、レイキ ヒ-リング、そして、ヒプノセラピ-(催眠療法)を受ける事によって、いわゆる一般的に考えられている「副作用」が起こる事はあり得ません!

なお、レイキ ヒ-リングによる好転反応は「副作用」ではありませんのと、ヒプノセラピ-において、一時的に感情が昂ぶるケ-スなども「副作用」ではありませんが、その辺りは状況をよく見ながら行うかどうか?の判断は考慮に入れるケ-スはございます。
(当然の事ながら、どちらも外部から何か(お薬など)を体内に取り入れるようなものではありませんし、このような事が行われるとすれば、医師法及び薬事法違反にもなります。)

 

そして、レイキ ヒ-リングとは単に「手を当てる」という方法であるのと、手を当てる箇所に強い圧力がかかるものでもありませんし、揉みほぐしたりする必要性もありませんし、バキバキと骨格などに働きかけるものでも当然ありません。
そして、仮に万が一にでも、このように「手を当てる」事だけで「副作用」が起こるとすると、誰もが皆「握手」をする事も出来ませんし、赤ちゃんをあやしたり寝かしつける際に「手でさする」なども出来なくなってしまいます(笑)
また、ヒプノセラピ-は潜在意識を活用した「言葉」による「コミュニケ-ション セラピ-」でもありますので、これも万が一に「副作用」が起こるとすると、私達の誰もが「会話」をする事も出来なくなってしまいます(笑)
あまりよく理解されていない分野だけに、様々な誤解や、誤った情報なども取り巻いておりますが、どうぞ、正しい知識を元に、理性と冷静さを持って判断してみて下さい(笑)

 

では、このような前提を踏まえた所で本題に入って参ります!
先日、「フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿」という番組が放映されておりました。
そして、この番組において、1939年にアメリカの孤児院で行われた「心理学上の人体実験」が紹介されていました。
その人体実験の目的とは、

 

言葉により子ども達を精神的に追いつめ・・・吃音(きつおん)に出来るか?

 

という内容です。
ちなみに、「吃音」とは、発音の際、第一音が容易に出ない、繰り返す、引き伸ばすなど、円滑に話せない状態とされており、「どもり」とも言われている症状です。
では、この番組で紹介されていたあらすじを元にしてご紹介していきますが、これは現実に行われていた実話です・・・

 

この実験を主導したのは、言語心理学者の「ウェンデル・ジョンソン」という人で、彼は後に「吃音治療の父」と呼ばれる「権威」にもなった人です。
このジョンソンは、小学生の時に担任の教師から「あなたは吃音である」と指摘され、その後は吃音がひどくなっていったと回顧しており、吃音が治りきらないままも、大学に進み同じく言語心理学者の「リ-・トラヴィス」の元で学んでいました。

この師とも言えるトラヴィスは、「吃音を来すのは、「脳」に何らかの原因がある」と考え、ジョンソンは自らが治療の為の様々な実験台となっていきました。
しかし、ジョンソンの吃音は治る事はなく進んでいったため、ジョンソンは吃音になる「別の原因」を探っていきますが、その手始めとして、彼は1934年に吃音の調査を開始しました。
そして、その調査結果から、子どもの吃音を親がその都度指摘し、それから子どもの吃音がよりひどくなっていった、との結論に達しました。
そして、1938年にその結論を学会に発表しましたが、それが、

 

診断起因説

 

と呼ばれているものです。
この説は、ジョンソンの幼少期の体験とその後の調査において、「吃音を生み出すのは、吃音であるとの診断を下すからである」という内容ですが、当時の学会では「脳」に原因があるとの説が主流であり、この診断起因説には目も向けられる事はありませんでした。
ちなみに、現在においても、この診断起因説は吃音の原因としては否定されているとの事です。

このような背景の元、ジョンソンは自らの学説の正しさを証明しようとの思い(固執)から、人体実験へと突き進んで行きます・・・
そして、この実験を遂行するに当たり、「メアリ-・テュ-ダ-」という女子学生を招き、

 

吃音だと意識させる事で、子どもを吃音にする事が出来たら、私の説が正しいと証明出来る・・・

 

と、彼女に実験の目的を告げました。
そして、1939年1月17日に、テュ-ダ-が孤児院に派遣されて行きます・・・

その孤児院でまず行われた事は、孤児院で生活している5歳から15歳の子ども達が集められ、話し方の流暢さのテストと称して、本を読ませ、とぎれ・繰り返し・音節の引き伸ばしなどが、言語聴覚士によりチェックされていきました。
そして、このテストに集められた子ども達には、「スピ-チ セラピ-」を行う、とだけ伝えられました・・・
そして、最終的に22人の子ども達が実験の対象として選別され、その選別された22人の子ども達は、その後、4つに分類をされました。
その分類が、

 

A:吃音はあるが、気にしなくても良いという「ポジティブ評価」
B:吃音があるので、問題があるという「ネガティブ評価」
C:吃音ではないにも関わらず、吃音である、あるいは、吃音になりかけているという「ネガティブ評価」
D:吃音ではないので、問題はないという「ポジティブ評価」

 

というものです。
そして、この実験の「真の目的」はジョンソンの説の正しさを証明する為だけのものですので、この実験の「真の対象者」は「Cの分類の子ども達」に絞られ、その後、5ケ月に渡る人体実験が行われていきます・・・

ここまで、少し読み疲れをされている方もいらっしゃるかもしれませんので、リラックスしたり、休みながらで構いませんし、頭を整理しながらでも続きをお読み下さい(笑)
では進めて参ります!

 

この「Cの分類の子ども達」に対して、派遣されたテュ-ダ-は、子ども達と話をしている時に、子ども達がほんの少しでも言葉に戸惑ったり、言葉の繰り返しをするだけでも、「そのままでは、あなたはひどい吃音になる」と、その都度、子ども達に繰り返し繰り返し指摘し続けていきます。
言わば、

 

あなたは既に吃音である!

 

との「暗示」をかけ続けるという行為を行っていきました。
そして、孤児院という性質上、24時間の生活を共にする教師や寮母にも、同様の指摘を子ども達にし続けさせました。
そして、このような人体実験が進んでいくに連れて、対象の子ども達に「異常な行動」が頻繁に見られるようになっていきました。
それは、例えば、話す時に、

 

言葉が出てこないと指を鳴らす・・・
体を揺する・・・
壁に頭を打ちつける・・・

 

など。
そして、このような人体実験が終わりに差し掛かる1939年5月24日に、ジョンソンは「初めて」自らで孤児院を訪れました。
そして、派遣されていたテュ-ダ-から、

 

吃音のラベル付けをした全員が、話す事に障がいを生じるようになっていた

 

との記録を渡されました。
そして、最後に、対象とされた「Cの分類の子ども達」6人に対して、検査が行われましたが、

・ 以前よりも話し方の流暢さがひどくなった 2人
・ 以前と比較して変化なし 2人
・ 以前よりも話し方の流暢さが向上した 2人

と分類され、最終的に言語聴覚士により下されたのは・・・

 

6人とも吃音ではない!

 

との最終判定でした。
このような判定にジョンソンは愕然としましたが、自らの説があくまで正しくて、実験結果の方が間違っている、との自らの考え・思い込みに固執し、その後も、孤児院の教師や寮母に今迄と同様に吃音の指摘を続けさせました。

そして、1941年1月に、孤児院からジョンソンの元に1通の手紙が届きました。
そこには・・・

 

被験者の子どもの一人が、吃音を怖れ、口をきかなくなってしまった・・・

 

と記されておりました。
そこで、ジョンソンは指摘を止めさせるよう告げましたが、子どもの一人が吃音になった事で、

 

自らの説が正しい!との思い込みを増していった・・・

 

という状況に突き進んで行きます。
そして、その後の状況に変化が訪れました。
それは、1942年4月に、ナチスによるユダヤ人に対する毒ガス人体実験が行われていた事が世間に公表されました。
それに対して世間から批判や非難がなされた事により、ジョンソンがこれからも仕事を続けていく為には、自らの行った人体実験を無かったものにし、テュ-ダ-の残した論文を、ごく一部の人の目にしか触れないように封印し発表を行いませんでした・・・
そして、このような一連の人体実験行為をジョンソン自らの手で闇に葬った事に対して、

 

心理学史上における「モンスタ-・スタディ-」

 

と呼ばれる所以となっていきました。
そして、このケ-スが「モンスタ-・スタディ-」と呼ばれる真の理由とは、

 

この人体実験の目的を、始めから終わりまで、孤児院の教師と寮母、そして、対象の子ども達にも一切知らされていなかった・・・

 

という点です。
当然の事ながら、孤児院の教師や寮母は吃音を改善させる為に、吃音を指摘し続けるという、子ども達にとって良かれと思って行っていた事ですし、言語聴覚士による最終判定の「6人とも吃音ではない!」との結論も、教師や寮母のみならず、当の子ども達にも一切知らされる事はありませんでした・・・
そして、先ほどの孤児院からの手紙が届いた際にも、この期に及んでも目的を知らせずに、ただ指摘を止めるように、と告げただけでした・・・

まだこのお話は続いていきますので、気疲れを感じている方がいらっしゃれば、どうぞご休憩下さい(笑)

 

ところで、1930年代やナチスなどの時代から、かなり昔の事・・・と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、この人体実験の「Cの分類の6人の子ども達」の対象となった方の中に、現在もご存命中の方がいらっしゃって、インタビュ-に応えております。
その方は91歳の女性の方ですが、次のようにお話しております。

 

(人体実験後の)人生は「沈黙」に追い込まれていった・・・
そして、現在では、ある程度吃音をコントロ-ル出来るようにもなっているが・・・
感情の昂ぶりなどがある際は、吃音が出てしまうという症状・影響が「今」でも残っている・・・

 

と。
では、その後のジョンソンの動向に再び目を向けていきますが、彼は自らの診断起因説に固執しながらも、当初行っていた親子面接などの調査も再び取り入れていきました。
そして、その後も、裏付けのほとんど取れていない説を学会で発表し続けていきましたが、それが逆に斬新な着眼点?などの風潮もあってか、

 

その後、20~30年の間、この診断起因説が学会でも主流となっていった・・・

 

という状況が続き、ジョンソンは様々な賞を受賞したり、様々な要職に就いていきました。
ただ、このような状況においても・・・

 

テュ-ダ-の論文は人目に触れずに存在・・・

し続け、この後に「モンスタ-・スタディ-」と呼ばれるテュ-ダ-の論文が社会に知れ渡るようになる迄に、

62年の歳月を要した・・・

 

という道のりを辿っています。
そして、2001年にある新聞紙が、この論文を記事に掲載した事により、「モンスタ-・スタディ-」が白日の下に晒される事になりました。
そして、先ほどの91歳の女性の方は、

 

この新聞記事を書いた記者により・・・初めて・・・(人体)実験の真の目的と真実を告げられた・・・

 

との事です。
彼女は、その間、多くの事を諦め・・・「今」の時点でも影響を受けつつも・・・

そして、この番組のあらすじはここで終了です。

 

皆さんはこのようなケ-ス・実話を知って、どのように思い・・・どのように感じましたでしょうか・・・?
また、今回のようなケ-スを考えた時に、「心に副作用は生じるかも・・・」あるいは「心に副作用は生じないのでは・・・」など、様々な捉え方や考え方が出て来るものと思われます。
いつもの事ながら、どのような捉え方でも考え方であっても、皆さんの自由です(笑)

 

何かの癖や、望まない習慣などに関しては、指摘をして気づかせていく事で改善させる方法もありますし、わざわざ指摘をして気づかせずに、他の癖や習慣に置き換えていく方法なども存在しますし、その癖や習慣の根本にある「感情や出来事」を探し出し、新たな意味付けなどを行う事で治まっていくケ-スもあります。
ただ、今回ご紹介したケ-スにおいては、2つの大切なポイントが存在しています。
その一つは、

 

あくまで当事者が現状をどのように感じ・・
そして、
今後はどうしていきたいのか・・・どうなっていきたいのか・・・
という、大前提となる、
当事者の思いを「出発点」にしなければならない・・・

 

という点です。
今回のケ-スでは、一切の当事者、そして、その周囲の方々にも目的は知らされておりませんでしたし、当事者が改善して欲しい!と頼んだ訳でもありません。
そして、次の二つ目が「現在という今」においては最も大切な視点になるかと感じておりますが、それは、

 

何かのアドバイスをする側や、何かのお手伝いをする側の・・・真の動機がどこにあるのか・・・?

 

という点です。
これは、何でもかんでも疑ってかかりましょう!という意味合いではありません(笑)
この真の動機とは、

 

相手はあなたの事をコントロ-ルしようとしているのか・・・?
あるいは、
心からあなたの事を思いやってのアドバイスなのか・・・?

 

という点です。
これは、あなたがアドバイスをする側でも同じ事が当てはまります。
しかし、このような真の動機を見抜く事はたやすい事ではないかもしれません(笑)
そこで、一つの視点をご紹介します。
それは、あなたが誰かに相談したりした際に、

 

相談に乗ってくれている相手の方へ、敢えて正反対の意見を述べてみる

 

という方法です。
もし、心からあなたの事を思いやって相談を受けてくれている方であれば、

 

あなたのお話にちゃんと耳を傾け・・・
その上でも、
その方自身の考えやアドバイスを冷静かつ理性を持って伝えてくれる・・・
なおかつ、
あなたに強制する事なく・・・

 

というようになるはずです。
しかし、逆であれば、反対の意見を述べられた事により、

 

相手の方はイライラしたり・・・怒ったり・・・話を逸らし始めたり・・・
という風に、
相手の方の態度に出やすくなる・・・

 

という所に着目する事が出来ます。
そして、結論は同じに見えても、

 

あなたの人生はあなたにしか生きる事は出来ないのだから、あなたの意見を尊重しつつも、必要な時は相談してね・・・

というケ-スと、

あなたの人生なんだから、後は私の知る所ではないので、あなたの勝手で生きればいいじゃない・・・

 

との狭間には、真の動機という大きな違いが生じてきます。
勿論、強制は出来ないとは言いながらも、人を傷付けたり、違法薬物に手を染める事などに対して、指を加えたまま何もしなくても良い、という意味ではありませんので(笑)

そして、今年に入ってからも、(旧)優生保護法により、国に強制的に不妊手術をさせられた問題による訴訟なども起こされてきています。
その当時は、精神薄弱などの症状は遺伝により受け継がれるので、そのような事態を引き起こさない為に強制不妊をさせていた・・・とも言われておりますが、単に「当時」と「現在」の医学的見解や進歩・発展という問題だけではないようにも私個人的には感じますし、真の動機は、果たしてどこにあるのでしょうか・・・?
そして、

 

あなた自身の「真の動機」、そして、周りの方々の「真の動機」という視点

 

を、何かの迷いの際には取り入れてみて下さい。
なお、繰り返しですが、何でもかんでも疑ってかかる、という意味ではありませんので、誤解の無きようお願い致します(笑)

 

そして、ここ迄で、かなりお疲れになった方もいらっしゃるかもしれませんが、長くなったついでに、大切な事ですので、ほんの少しだけ続けて参ります(笑)
それは、この番組では、他の心理学上の人体実験についても軽く触れておりましたので、それをご紹介致します。

 

一つ目は、「ミルグラム服従実験」と呼ばれているもので、電気ショックを活用しながら、人が如何にたやすく権威に服従してしまうのかを試す実験が行われていました。

二つ目は、「スタンフォ-ド監獄実験」と呼ばれているもので、刑務所という設定を設け、普通の人が看守と囚人という役割が与えられると、どのように人が変化していくのかを試す実験です。
この実験により、看守役の人は、精神的虐待を繰り返すようになり、囚人役の人は、精神に異常を来す人が現れた、との事で途中で中止されたそうです。

そして、次の三つ目は、正直、私もビックリしてしまいました!!!(大汗)
これは、2014年にニュ-ジ-ランドの社会開発省が主体となった国家としての実験計画です。
その実験内容とは・・・

 

新生児の時から虐待を受け続けた子どもは、成人になる迄に、どれ程の確率で犯罪を犯すのか?

 

というテ-マですが、この実験を実行するという事は、

 

現に目の前で行われている虐待を発見しても、それを無視し、ただ観察し続ける・・・

 

という「行動」に現れざるを得なくなるもので、実際には「中止」となりました。
ただ、私個人としての感じ方ですが、「中止」になったから良しというものではなく、このような発想の実験が現に行われようとされていた事実と、それを、国家として考えていた・・・という点に、とても恐怖を感じてしまいます。
どこに「真の動機」が潜まれているのでしょうか・・・

 

そして、ここで終わると寝覚めが悪い?かもしれませんので、「心(潜在意識)」と「行動(体)」についての、他愛も無い私の体験を一つご紹介致します。

私は自宅ではいつも決まったカップで「ホットコ-ヒ-」を飲んでいます。
そして、私はそのカップで飲むのはほとんどが「ホットコ-ヒ-」なのですが、ある時、その決まった同じカップに「アイスコ-ヒ-」を入れて飲もうとしていました。
すると、

 

「アイスコ-ヒ-」と頭で理解っているにも関わらず・・・
ソロソロとカップに口を近づけ・・・
ゆっくりと啜(すす)り・・・
終いには、自然と「フ-フ-」と冷ます事まで出来そうに感じて・・・

 

一人で悦に耽(ふけ)った?ような面白さを感じた体験がありました(笑)
興味のある方は、お味噌汁を飲むお椀などに、冷たい麦茶や温かいお茶などを入れて飲んでみると、似たような体験が出来るかもしれません・・・?(笑)

2018年2月3日 02:02

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