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「人」としての愛念が失われつつある今にこそ・・・

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

お正月、そして、その後の連休も終わり、そろそろ今年も本格始動へ!と気持ちの切り替えをしている頃合いかもしれません。
ところで、そのような切り替えの頃合いでもありますので、本来であれば別のテ-マを準備していたのですが、お正月明けの僅か10日程の間でも、「人」としての愛念が失われつつある・・・と思われる「炙り出し」のような事件・出来事などが頻発している事から、また、気づいて変える行動に移すには早い方が良いという観点からも、今回は「「人」としての愛念が失われつつある今にこそ・・・」というテ-マをお届け致します。
なお、今回のTOPICSの中には、不謹慎・不適切な表現も幾つか出て参りますが、これは、気づきを促すために敢えて活用しておりますので、事前にご理解とご了承を頂ければ幸いです。

 

まず、つい先日、全国的にも成人式が行われましたが、その晴れ着の着付けをしている会社が突如営業停止をして、多くの成人の方々を混乱や悲しみに陥れる出来事が起こりました。
これは、起こった原因に些少な違いはあるでしょうが、昨年に起こった旅行代理店のトラブルのケ-スとも似通っています。
私自身は、成人当時は大学入試センタ-試験のため成人式には参加しませんでしたが、この世という社会においては、成人になるという事は、言わば、

 

新たに産まれ変わる(ような気持ちになれる)契機

 

とも捉える事が出来ます。
そして、これはご本人のみならず、ここまで育ててくれた親御さんや周りの方々にとっても、自分達の行ってきた子育てに一区切りをつける、という晴れの日でもあります。
そして、今回の着付けの会社の起こした事は、

 

人の気持ちを土足で踏みにじる行為

 

という、もしかしたら詐欺などの犯罪行為よりも罪深い?「人」としての愛念を失った行為です。
そして、これもつい先日ですが、ある中国の企業が「AOMORI」という用語を商標出願したとのニュ-スが出ていました。
これは青森に限らず、以前から他の地域などでも同様の例が多数ありますのと、中国などの外国に限らず、日本国内においても、日本人のある弁理士が手当たり次第?に様々な商標出願をしており、時折、話題・問題になっているものでもあります。

 

この手法というのは、様々な用語を予め商標登録をしておき、もし仮にその用語が商品名などになり莫大な利益を生み出すようになった時点で、権利を主張し、代価を得るというものです。
ちなみに、弁理士というのは、本来の商標の価値を生み出した人や権利を守る為の法律家でもあります。
そして、今年に入っても相撲界は更なる賑わい?を見せておりますが、このような手法というのは、言わば、

 

他人のフンドシで相撲を取る

 

という行為です。
そして、他人のフンドシで相撲を取る、というのは、衛生面での問題や不潔という意味ではなく、また、男女に限らず想像力を活用頂ければお分かりになるかと思いますが、

 

心地よいものではない・・・

 

という「感じ」はご理解頂けるかと思います。
これは、別の表現を借りると、

 

何が清浄なものかが分からなくなってしまっている

 

という、これも「人」としての愛念を失った証として現れてきます。
そして、さらに、これもまた先日発覚しましたが、あるスポ-ツ選手が、ライバルを蹴落とすために飲料に禁止薬物を混入したという事件です。
これに対してワイドショ-などでは、さらに監視を増やすべきなのでは・・・などの意見も溢れている模様です。
ただ、これと同種の事は以前から頻繁に様々な分野でも起こっています。

 

例えば、テロの危険性のため航空機などの手荷物検査が強化されたり、機内には刃物やライタ-などを持ち込めない・・・
あるいは、様々な盗難や通り魔などの対策の為に、町中に監視カメラを増強している・・・
また、あおり運転などに対してドライブレコ-ダ-の売れ行きが好調・・・
などなど。

 

「今」という残念な状況においては、ある程度は自らで身を守るというのも効果があり、致し方ない点もあるのかもしれません。
しかし、このような状況が続いていくと、私達は自らの体の中にドライブレコ-ダ-を埋めよう!という???な雰囲気が醸し出されていく事も容易に想像出来ます。
そして、このような状況の悪化が招いて行く先には、

 

「家」から一歩も出られない・・・

 

という状況が作り出されてしまう・・・
いえいえ(ダジャレではありません 笑)、この行き着く先とは、

 

「家」そのものを信頼出来ない・・・

 

という所に行き着いてしまいます。
つまり、百歩譲って「家」にいれば多少の安心感を感じられていたものが、「家」そのものがいつ崩壊するか分からない、という心の状況に陥ってしまうという事です。
そして、敢えて今回のテ-マにおいて、「人」としての愛念・・・と表現したのかと言いますと、

 

「家」から一歩も出られない・・・というのは・・・「人」としての愛念が失われつつある・・・

という事を意味し、

 

「家」そのものを信頼出来ない・・・というのは・・・「魂」としての愛念が失われつつある・・・

という事を意味しています。
そして、

 

「魂」の一表現であるのが「人」

とも言えますし、極端に言えば、

「人」は「魂」の表現の一部に過ぎない

 

とも言えます。
そして、「人」としての愛念が失われる・・・「魂」としての愛念が失われる・・・という観点から考えた時に、

 

どちらがより「深刻な状況」でしょうか・・・

 

「人」としての今までの歴史においても様々な事件や出来事が起こってきました。
多少は同情や理解出来るかも?という出来事もあれば、全く理解不能な事件なども様々に起こってきました。
では、今一度ここ10日程で明らかになってきた、先ほどの事件や出来事を振り返ってみて下さい。
如何でしょうか・・・?

 

「人」としての愛念の欠如と捉える方もいらっしゃるでしょうし、「魂」としての愛念の欠如と捉える方もいらっしゃるかもしれません。
どちらの捉え方でも自由です。
ただ、次の事だけはどちらの考えの方も、今一度見つめてみて下さい。
それは、

 

どちらであっても・・・「身近」な所で起きている事象

 

という視点です。
どこか遠い世界や異次元での事件や出来事ではありません。
そして、このような事件や出来事の原因のどれもが、

 

以前(少なくとも数年前)に端を発している

 

という点です。
今回取り上げた事件や出来事は2018年になって初めて現れてきたものではありません。
それ以前に端を発し、事象となって現れてきたのが「今」である、という事に過ぎません。
そして、今回の一連の事件や出来事が「人」としての愛念の欠如であるとするならば、

 

「魂」としての愛念の欠如が生じてしまうと・・・どのような事が起こってしまうのか・・・

 

という点を踏まえ、そして、

 

「今」は事象として現れていなくとも、既に「今」の時点で端を発しているものがあるかも・・・

 

と考えて気づく事がとても重要になってくるかと思われます。
なぜなら、

 

「今」ならまだ・・・防げる・変えられる事が多々ある

 

からです。
つまり、「今」気づき、「今」何かを変えていければ、

 

将来において「魂」の愛念の欠如により起こり得るかもしれない事象を「炙り出さず」に済む

 

という事です。
そして、もし仮に、「今」において炙り出されている事象が「魂」としての愛念の欠如の兆しであるとすれば、今一度「人」としての愛念の欠如に目を向ける事で様々な事が解決可能になっていきます。
そして、その事に気づき、変化させるキッカケになる言葉があります。
それは、

 

喉(のど)元過ぎれば熱さを忘れる

 

です。
これは「反面教師」として活用出来る言葉です。
これまでも様々な出来事が起こり続けてきている事は、先ほどの「人」としての歴史からも明らかであると思います。
にも関わらず、減らないどころか、更に輪を掛けたような出来事が起こっているのは、まさに、

 

喉元の熱さを忘れつつ・・・臭い物に蓋をしてきた・・・

 

という所に端を発しているように感じます。
そして、反面教師の活用というのは、

 

今一度、喉元が熱かった出来事などを振り返る・・・

 

という視点です。
これには、個人的な出来事も含まれますが、

 

(一見すると自分とは関係ないように思われる)世の中・社会の出来事

 

の方が、今後は、より重要になってきます。
今回の着付けの出来事や旅行代理店でのケ-スなどは、利用した方々にとっては、言わば「通り魔」的な出来事です。
わざわざ前もって会社の財務内容などを検討する事も出来ませんし、ましてや、そのような事をしなければ安全・安心でないのであれば、社会そのものが機能しなくなってしまいます。
そして、なぜ、敢えて「人」と「魂」とを区別したかと言いますと、

 

「人」としての愛念の欠如の多くは、「個人的」な喉元が熱かった出来事を振り返る事により解決出来やすくなる

という傾向がありますが、

「魂」としての愛念の欠如の多くは、「社会・集団的」な喉元が熱かった出来事を振り返る必要性が出て来る

 

という傾向に現れやすいからです。
つまり、今回の着付けの出来事にせよ、スポ-ツ選手の事件にせよ、自分は成人ではないから関係ない、あるいは、自分はスポ-ツ選手ではないから関係ない、あるいは、日本から遠い国の出来事などは自分には関係ない、などのような、

 

(過度の)無関心が「魂」としての愛念の欠如を助長してしまう

 

という事です。
これが行き過ぎた場合には(既にそうなりつつあるようにも個人的には感じますが)、自分には関係のない、起こりようのないと思われる出来事が、

 

「魂」としての結び付き・親和力により、自分にも起こってしまうかもしれない・・・

 

との広い視点を持つ必要がある時代という事かもしれません。
かと言って、今回は何かの怖れや混迷を感じさせる為のものではありませんし、あくまで、「今」からでも様々な事は変えていけますよ!という趣旨です(笑)

 

そして、その為には、「個人的」に忘れてしまった喉元が熱かった出来事を再度見つめ、そして、それを「社会・集団的」に忘れてしまった喉元が熱かった出来事に心を馳せるだけでも充分変わっていきます。
お一人お一人の出来る事には、ある種の限界があるのかもしれません。
それは私も同様です(笑)
しかし、出来る事はお一人お一人に必ずあります。
私においては、このTOPICSなどでお伝えするという微々たる事かもしれませんが(笑)

 

そして、昨年から繰り返しお伝えしております「自分のした事は自分に反ってくる」というのは、今年は特に必要になると感じています。
そして、

 

この「反ってくる」と同じ意味合いが、今回活用した「炙り出し」という事象

 

です。
そして、これを現実に当てはめると、

 

進む方向性は・・・監視や規制を強める事ではない・・・

 

と私自身は感じます。
なぜなら、あらゆる事象に対して監視や規制を強めていく「一方(向)」だけを進めるという事は、先ほどのように、臭いものに蓋をするという事でもあり、自分で自分の首を絞めるのと同じ事になってしまい・・・と同時に、イタチごっこ・・・でもあるからです。

そして、例えば、地上と環境の違う飛行機内での誤作動などにより危険性の高い物などが持ち込み禁止とされる理由は理解出来ますが、青森から東京へ向かう飛行機の中で、美味しいリンゴを普通にナイフで調理して食べられる・・・という、何かを監視・規制せずとも、皆が安全・安心な社会は素敵な世の中だと思われませんか・・・(笑)

2018年1月13日 02:01

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