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2017年の「乱れ」の根本にあるのは・・・

こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

2017年も残り僅かとなりましたが、皆さんにとっての2017年は、どのような年でしたでしょうか?
個人的な出来事なども様々あった事かと思います。
嬉しかった事、楽しかった事、あるいは、悲しみや怒りを覚えた出来事などもあるかもしれませんね。

個人的な出来事は別としても、今年は社会という世の中が、かなり「乱れ」ていると、私自身は強く感じた年でもありました。
政治家の暴言・失言・私物化、大企業による相次ぐ(昔からの)不正、差別などを助長する怖れのある分断、宗教観などの価値観の違いによる対立、そして、不穏な世界情勢の雲行きなど・・・

 

ただ、このような「乱れ」は今年に入って始まったものでもありません。
私自身は「今」に繋がる「乱れ」は、ここ3~4年程から特に強まっているように感じます。
そこで、今回は「2017年の「乱れ」の根本にあるのは・・・」というテーマをお届け致します。
ちなみに、本当は私自身も光のある話題を取り上げたかったのですが、今年は本当にそのような世の中における話題が少なかったように感じます(苦笑)
ただ、だからと言って、2018年に向けて落胆のような気持ちを持ち越す必要性もありませんので、その点も含めて続けて参りますのでご安心下さい(笑)
ちなみに、例年に無く、私個人的には「今」があまり年末という感覚が湧きません・・・これは私だけでしょうか?(笑)

 

ところで、今回のTOPICSについては、私自身が「乱れ」の根本にあると感じるものを、率直にコメント致します。
まず、現在の「乱れ」の表層を覆っているもの、つまり、「乱れ」の根本ではないが、既に現象・事象として現れているもの、それは・・・

 

「虚」(いつわり、うつろ、むなしさ・・・)

 

に端を発しているものと感じます。
フェイクニュースなどのような「言葉」も残念ながら用いられるような時代になってしまいましたが、現在の「乱れ」の多くが、

 

虚偽・虚言・・・他の人を偽り・・・他の人をコントロールしたいという欲求へ・・・

という、今迄であれば「側面」的な傾向であったものが、

現在では「本質」的な面として現れてしまっている・・・

 

という点がとても大きいように感じます。
そして、そのような「虚」が周囲に溢れ出してくるにつれ、

 

次第に「虚」に慣れてしまい・・・「虚」である事に気づかず・・・「虚」から目を逸らしていく・・・

 

という点に結び付いていきます。
そして、「虚」を操っている側も、本来は自分自身でも「虚」である事を自覚していたであろう事柄が、

 

次第に自分自身の中でも「虚」が「真」に変質してしまっている・・・

 

という状態が「今」に繋がっていると思われます。
例えば、簡単な例を考えますと、今迄は「つまみ食い」は良くない事と自覚しながらも、ある程度の節度を持ち、多少の後ろめたさも持ちながらも「つまみ食い」をしていたものが、

 

自分でも気づかぬうちに、「つまみ食い」が堂々とした「お食事」・・・

 

となってしまっているというケースです。
このような、あまりにも行き過ぎた傾向に対して、戒めとして使われるのが、

 

恥を知りなさい

 

という「言葉」です。
そして、私は今年の夏頃からこのTOPICSにおいて、表現を拡大していきます、とお伝え致しました。
それは、誤解を怖れずに言えば・・・、とも言えますし、誤解をされても良いので・・・

 

役立つものは何でも活用する

 

という「行動」を強めようと思った点にあります。
そして、何故そのようなスタンスに変化させていったかと言いますと、

 

今回のテーマの「乱れ」が日々強くなっている・・・

 

と感じたからです。
そして、そのような事態を回避し、少しでも変えていく為には、あくまで私自身が感じているという前提ですが、

 

真実からの視点が必要

 

との「思い」から発しています。
そして、「虚」はあくまで表層部分であり、現象・事象として現れている兆候ですが、「乱れ」の根本にあるもの、つまり、「虚」を活用している者にとっては、

 

この世だけが全て

 

との「思い違い」から来ていると感じます。
そして、この世だけが全てであれば、自分の欲望を満たすために、あらゆる手段を動員するという発想になっていると感じます。
そして、それにより自分は満たされていると感じ、

 

自分にとって都合の良い現実は、「自分だけ」には永遠に続くもの

 

との「強い思い違い」から生み出されていると感じます。
そして、先にコメントしたような様々な現在の風潮は、

 

自分さえ良ければ・・・それで良い

 

との根本が存在します。
繰り返しですが、政治家の暴言・失言・私物化、大企業の不正、差別の助長、価値観の違いによる対立、不穏な世界情勢などの全てが残念ながら当てはまってしまいます。
そして、このような風潮や傾向を変化させていくには、ある意味数少ないとも言える真実を今年のTOPICSにおいては繰り返しお伝えしてきました。
それは、

 

自分のした事は必ず自分に反ってくる

 

という真実です。
多くの方がこの一点だけにでも気づき、理解し、そして、出来る範囲内で行動に移していければ、この世は確実に変化していきます。
嫌な事を自分がしたら、最終的には自分も嫌な目に遭う。
素敵な事を自分がしたら、最終的には素敵な事が自分にも周りも起こる。
ただ、これだけの事です・・・

しかし、今の「乱れ」の中にあっては、気づこうとせず、理解せず、従って行動にも移さないというのは、嫌な事をしたら・・・嫌な事が自分に反ってくるかも?という想像力の欠如の他に、

 

人としての愛念を失いつつある

 

という証となっている事のように感じます。
つまり、

 

「虚」が「真」を覆い隠してしまっている

 

という状況です。
今回はとても厳しい側面のコメントをしておりますので、ここ迄で、暗い気持ちになっているかもしれませんが大丈夫です(笑)
それは、

 

どのような状況であろうとも、揺り戻しという現象が起こる

 

からです。
言わば、振り子の針が揺れるようなものです。
そして、これは気休めではありません。
それは、

 

エネルギーは高い所から低い所に流れる
つまり、
低いエネルギーは高いエネルギーには影響を及ぼす事が出来ない

 

という科学・自然法則にも現れています。
そして、今という「乱れ」の世の中においても、確実に誰にでも出来る事があります。
それは、このTOPICSでも繰り返しお伝えしている通り、

 

「思い・言葉・行動」を大切にする

 

という事です。
この、「思い・言葉・行動」を蔑(ないがし)ろにしている結果が、今の「乱れ」に大きく関わっています。
そして、これも今年からのTOPICSでも繰り返しお伝えしているように、

 

「今」を生きる上でも、「あの世の視点」は役に立ち活用出来る

 

という点です。
これは、あの世を信じようと信じまいと、どちらでも構いません。
これは、

 

この世が全て・・・に端を発する、「乱れ」を伴う「思い・言葉・行動」を変化させる力を持つ
のみならず、
その先の私達、そして、その先のあなた自身に多大な影響を及ぼす

 

という事に繋がります。
この世においては様々な欲望があります。
勿論、私自身にも様々な欲望はあります(笑)
欲望が悪い訳ではありません。
人としての愛念を失うというのは、

 

欲望に全自我が支配されてしまっている・・・
そして、
その欲望を満たすためには、他の人はどのようになろうとも構わない・・・

 

という状態です。
そして、愛念を失う事を助長しているのが、先程来からの、

 

「思い・言葉・行動」を蔑ろにし・・・
「虚」の「思い・言葉・行動」に自分が支配され・・・ているにも関わらず・・・
その事に全く気づいていない・・・

 

という現象・事象となって現れているという事です。
そして、「あの世の視点」を活用するというのは、そのような欲望にあなたの全部が支配されてしまっているとしたら、

 

あなたは、どのような「あの世という世界」に移行する事になるのでしょうか・・・?

 

という想像力です。
そして、もし、あなたも何かしらの「乱れ」を感じ、あなたの身の周りにその影響を減らし、そして、少しでも望む良い方向への変化を求めるならば、あなたの出来る範囲内で充分ですので、

 

あなたの中の「思い・言葉・行動」を大切にする

そして、もし幾分かでも受け入れる余地がありそうと思えるならば、

その「思い・言葉・行動」を実践する際の判断基準として、「あの世の視点」をも活用する

 

という事が言えます。
この世だけが全て、と思ってしまうと、あらゆる欲望を満たそうと心がそちらに向いてしまう事も理解出来ないでもありません。
しかし、「あの世の視点」の活用を表現を変えれば、

 

「今というこの世」は、他界後に戻る本来の生活の場への準備になる

 

と少しでも捉える事が出来るようならば、「出来る範囲内で自らを少しだけでも律する」というのは可能になるかと思われます。
そして、

 

この世であろうとあの世であろうと、存在というのがあなた一人であるならば・・・欲望という感情すら生まれない

 

というのも真実です。
そして、あなたがこの世でたった一人ならば、

 

「思い・言葉・行動」を実践・活用する場も生み出しようがない

 

という事です。
私達は他界後に自動的に仏や神になる訳ではありません(おそらく、かなり努力をしても難しい事でしょうし、その前に、再三再四、生まれ変わってくる事がほとんどだと思います(笑))。
言わば、

 

他界後も個性は一切変わらない

 

という事です。
そして、ご自身において望ましくないと感じる個性を変化させていける唯一の方法は、

 

気づく

 

ことだけです。
それであるならば、

 

「今」気づいて、「思い・言葉・行動」を変えて行く方が、よほど簡単である

 

という事です。
今回は厳しくも辛辣でもある内容になりましたが、その趣旨としては、

 

まだまだ様々な事を変化させて行く事が出来る

 

という段階でもあります。
そして、2018年に入ったからといって、何かが自動的・自然的に変化していくものではありません。
変化を起こすのは・・・既に・・・「今」から始まっています・・・
そして、「思い・言葉・行動」とコメントしてきましたが、興味のある方は以下の様々な視点をご自身なりに考えてみて下さい。

 

この世界に「言葉」が無ければ、どのようになっている事でしょうか・・・?
「思い」を表現するために「言葉」が発明されたのでしょうか・・・?
「思い」は「言葉」に影響を及ぼされる事はないのでしょうか・・・?
「思い」が無ければ、何が私達を「行動」に駆り立てるのでしょうか・・・?

 

そして、少しだけ余談でありますが、今回のテーマの趣旨とも繋がってますので、先を続けます。
ここ連日、相撲の世界の事がニュースなどでは溢れかえっています。
確かに、傷害事件でもありますが、どこに真実・事実があるのかも分かりませんし、様々な理由や事情等もあるのかもしれませんし、私自身もこのニュースなどをよく見聞きしておりませんので、あくまで個人的な印象ですが、

 

ただ、この相撲協会と、とある親方の関係・・・
そして、北朝鮮と、それに対峙する各国の関係・・・

 

ここには似通った点があるように私には感じます。
どちらが良い悪いと言った意味ではありません。
良い悪いという観点は、時には「感情」に先走り過ぎる傾向を生み出し、そして、「裁く」という判断に陥りがちになりますので、ここではあくまで善悪の判断は致しませんが、もう皆さんもご存じの通り、この2つの大きな共通点は、

 

どちらも(直接)対話の道を閉ざしてしまっているのでは・・・?

 

という所です。
そして、このTOPICSでも繰り返しお伝えしている通り、

 

物事や出来事においては、大なり小なり相互に反映されている部分がある

 

という事です。
そして、この点を何故繰り返しお伝えしているかと言いますと、

 

この点を蔑ろにした結果が・・・今までの人の歴史の忌まわしい部分(人と人との殺戮など)に現れている

 

からです。
つまり、「賢者は歴史に学ぶ、愚者は経験に学ぶ」の現れです。
そして、仮にどうしても「経験に学ぶ」のであれば、この様々な物事や出来事における、

 

反映されている部分に気づけば・・・解決策も見え・・・過去の忌まわしい歴史を繰り返す必要がなくなる・・・

 

という方向に進んで行きます。
そして、この視点を蔑ろにしたり、あるいは、無関心を装ってしまうと、

 

より大きなものの為には、小さなものは無視して良い・・・そして、些細なものは多少の犠牲が出てもやむを得ない・・・

 

という方向に間違いなく、かつ、誤った方向に突き進んで行ってしまいます。
そして、繰り返しですが、今回のテーマの風潮として挙げたケースのどれもが、

 

人と人との間の事柄・出来事

 

です。
このどれもが、この世界に存在がたった一人しかいないならば、事柄・出来事も存在し得ません。
そして、このような人と人との間における問題において今の行き過ぎた兆候の根本にあるのは、

 

自分の意見を押し通す為に、人質的な弁法を悪用している

 

という点が見られます。
そして、この人質的な弁法というのは、

 

(怖れなどを利用して)自分に都合の良い言い訳をして、相手の意見を遮ってしまう

 

という意味合いです。
そして、このような弁法がラザニアやミルフィーユのように積もり重なって、

 

何が「真」かが見えなくなってしまっている・・・

 

とも言えます。
ちなみに、ラザニアやミルフィーユに罪はありません(笑)
そして、この傾向こそが、先ほどコメントした、

 

(自分に都合の良い言い訳という)「虚」が「真」を覆い隠してしまい、何が「真」であるかという目を逸らさせている

 

という結果に繋がってしまっています。
そして、この「虚」が「真」を覆い隠し、いつの間にか「虚」が「真」に取って変わられてしまう・・・しかし、それに気づかない・・・という傾向は、私達誰しもの個人の内面においても起こり得るものであり、現に起こっているかもしれません。
しかし、どのような問題であろうと、個人の内面であろうと、

 

人と人との間の問題、個人の内面の問題、という「人」が関係している問題は必ず解決出来る

 

という点が最も大切になります。
そして、このような意見には、

 

でも、現実的には・・・

 

という「言葉」が必ず出てきます。
では、

 

そのような現実を創り出した、あるいは、今も創り出しているのは・・・いったい、誰なのでしょうか・・・?

 

どうぞ2018年に向け、「今、ここから」出来る事、そして、あなたの望む人生などを創り上げるのに役に立つものが、「思い・言葉・行動」である点を今一度考えてみて下さい・・・
そして、帰結点でもあると同時に、出発点ともなる答えが・・・「自分の現実を創り出しているのは誰ですか?」という点にあるのでは・・・と、私個人的には強く感じています(笑)

2017年12月23日 01:12

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