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自動書記の仕組みと憑依&ヒ-リングとの関連性も

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

今回は「自動書記の仕組みと憑依&ヒ-リングとの関連性も」というテ-マをお届け致しますが、実は、今回のテ-マにつきましては以前からのお約束事を果たす為に設定しました(笑)
それは、2014年10月のTOPICS「小説「鹿の王」」において、自動書記と憑依については別の機会にお伝えします、とお約束をしておきながら3年も経過してしまいました(苦笑)
大変申し訳ございません!!!

 

そして、私の中でも、そろそろ時期的にも現状や簡単な仕組みなどをお伝えしても良い頃合いと感じておりましたのと、罪滅ぼし?と言っては何ですが、お約束の内容にプラス「ヒ-リングとの関連性」も含めてお伝え致しますので、それでご容赦頂ければ幸いです(笑)
また、ここ最近のTOPICSにおいては憑依現象も取り上げておりましたので、「鉄は熱いうちに打て」との思いから進めて参ります!
そして、今回のテ-マの「水脈」には、

 

「動き」

 

という点も脈々と流れておりますので、その点も意識してお読み頂ければ幸いです!

そこでまず、「自動書記」とは何ぞや?という点を簡単にご説明致します。
自動書記とは、ヒプノセラピ-(催眠療法)や各種心理療法においても採用されており、科学的・医学的な検証も踏まえた上で行われているセラピ-の一種です。

 

ヒプノセラピ-の自動書記では、クライアントをそれなりの深い催眠に入れた後に、潜在意識に対して、あなたの思っている所を全て表現しても良いですよ、との暗示の元にペンを持たせて、手が勝手に動くがままに、自由に表現させるという内容です。
イメ-ジとしては、長電話などをしている時に意味も無く何かを書いているような感覚に近いです(笑)
思いの丈を全て表現するという意味では、特段の催眠下でなくとも勿論可能ですし、催眠下においては顕在意識の障壁が取り払われる事により、通常の意識状態よりも言葉や思いがスラスラ出て来る傾向は確かにあります。

 

しかし、催眠下と言えども、ちゃんと意識は保たれておりますし、秘密などは決して自らの意思に反して話す事もない、という観点からも、「言葉」で表現するにはある程度の限界が生じる場合もあります。
これには、各人固有の「語彙の量や表現方法の違い」も関わってきます。
そこで、比較的自由になりやすい「手」を活用して、自分の中の思いを表現して貰うという手法です。
ちなみに、ヒプノセラピ-においては、この自動書記と似た仕組みで「指」を活用した「イデオモ-タ-・シグナル」という手法もあります。
これは、自分で本当の自分を知る為の「嘘発見器」のようなセラピ-です(笑)

 

そして、表現方法には個性が現れますので、文字として伝える方もいれば、言葉では表現しづらい思いなどを「絵」や「形」として表現する方もいらっしゃいます。
そのような意味では、よく小さなお子さんの心の内を知る際の「箱庭療法」と似通っている点もあります。

そして、ヒプノセラピ-を行う際は、セラピストはクライアントが適切に催眠に入っているか?を確認していくために、瞼(まぶた)の震えやカタレプシ-(硬直)、あるいは、呼吸などを観察しております。
そして、ほとんどのクライアントの方が無自覚ながら、

 

指や手、あるいは、足などが自然と動き出す

 

という傾向が見受けられます。
この動作のほとんどは些細な動きですが、時折ケ-スによっては比較的大きく動く場合もあります。
そして、これらの動きにクラインアントの方の多くは、

 

意識せずに行っている

 

という点が共通しています。
そして、私などはセッションが終わった後にクライアントの方に対し、こういう動きをしていましたが、どこか窮屈だったり、痒みや痛みなどで動かしましたか?と訊ねると、

 

そのような動きは全く覚えていない

 

と、これは100%の方がお答えになります。
ちなみに、ヒプノセラピ-を受ける時は、全員がこのような動きをする訳ではありませんし、自分でもコントロ-ル出来ないような大げさな動きに結び付く事はありませんので、どうぞご安心下さい(笑)
また、この動きは、よく眠りかけの時に「ビクッ!」と体が動いて目が覚めるという仕組みとは、「ある理由」から私は違うものと判断しておりますが、その判断基準については・・・また別の機会にという事に致します(笑)

そして、この「無自覚・無意識の体の動き」と言うのは、実は、

 

ヒ-リングが行われている過程においても、頻繁に見受けられる

 

という点が共通しています。
これは他のヒ-リングでも同様ですが、私が行っているレイキ ヒ-リングにおいても、クライアントの方が不調を感じると訴えている箇所に手を当てていると、

 

その箇所に動きを感じる

 

という現象はよく起こります。
そして、その動きは、ヒ-リングの場合においては、

 

ほとんどのクライアントの方も感じて気づいている

 

というケ-スが多いです。
そして、この動きの感じ方としては、

 

実際の体(物理的な)の動き

の場合もあれば、

体内(内臓や骨格など)の動き

の場合もありますし、

(何かしらの)エネルギ-的な動き

 

の場合など様々あります。
勿論、このような動きに関しては、どれが良くどれが悪いという性質のものではありませんし、動きが無い、あるいは、動きを感じないからと言って、ヒ-リングが行われていないというものではありません。
ただ、何かしらの動きを感じたケ-スにおいては、その後、比較的体調が変化していくのが速い・・・という傾向が見受けられるのは、あくまで私自身の経験から感じる事はありますが・・・

 

ちなみに、医学的な証明はなされておりませんが、治癒の過程においては体の自然発生的な動きを伴うケ-スがあるのでは?との観点からの検証などもありますし、このような「無自覚・無意識の体の動き」を治療に取り入れている病院なども、かなり少数ですが国内においても存在致します。
また、例えば肩の痛みなどで、その箇所にヒ-リングを行っていると足が動き出し、その後、肩の痛みも緩和したなどのケ-スも多々ある事から、不調の理由が必ずしもそこ(肩)にある?とは断定出来ないような場合もある事から、ヒ-リングを行っている最中に動きが生じた時は、「あるがまま」にさせておく、というのが改善や緩和に繋がっているケ-スが多いと個人的には感じています。

ここまでは、ヒプノセラピ-における「動き」と、ヒ-リングにおける「動き」をお伝えしてきましたが、

 

ヒプノセラピ-では心(感情)のブロックが緩む

ことにより、自動書記などの様々な動きも可能になり、

ヒ-リングでは体のブロックが緩む

ことにより、先ほどのように様々な観点の動きを感じる

 

という点が共通しています。
そして、どちらにおいても、

 

ブロックとは抵抗・葛藤の証

 

という点も共通しています。
心(感情)と体は繋がっておりますので、

 

ヒプノセラピ-で心(感情)に働きかけると、自然と体へも波及していく

のと同様に、

ヒ-リングで体に働きかけると、自然と心(感情)へも波及していく

 

という双方向かつ同時進行が行われています。
そして、これはどちらが有効とかと言う問題ではなく、あくまでクライアントの方が、どちらのアプロ-チの方が受け入れやすいのか、あるいは、どちらのアプロ-チが自分好みなのか、という選択で行いますので、長い目で見ると、行き着く所はどちらも同じという事になろうかと思います。

そして、ここまででヒプノセラピ-とヒ-リングにおける「動き」という共通点を見てきましたが、ここからは、自動書記と憑依の関連に入っていきます。
まず、憑依と言うと、

 

自らの意思に反して、体が操られてしまう・・・

 

という怖いイメ-ジを持たれる方々がほとんどであろうと思われます。
ちなみに、自らの意思が完全に脇に追いやられ、何かの意のままに体を操られてしまう憑依というのは、そうそう起こるものではありません。
そして、自動書記においては、

 

クライアント自身の潜在意識に働きかける事により、潜在意識に埋もれていた「思い」が表現される

という現象ですが、憑依による自動書記というのは、

クライアント自身とは関係のない存在自身の「思い」の表現

 

と言う事が出来ます。
ところで、このような憑依という現象ですが、恐山のイタコさんや霊媒師などの存在は耳にした事があろうかと思われます。
霊媒師などでは、半分ほどある存在に意識を預けながらも、霊媒師自身の意識を保ちながらメッセ-ジを伝えるケ-スや、イタコさんのように自らの意思のほとんどを自らで脇に追いやり、ある存在に体を預けて、ある存在の自由に体を使わせて「思い」を伝えさせるケ-スなどがあります。

 

そして、このようなイタコさんなどのケ-スにおいては、イタコさん自身が相当な修練や訓練を経て行っておりますので、危険性というのはありません。
また、このような修練や監視の元に成り立つ場合には、ある存在も、憑依をした体における「口という発声器官」をある程度自由に使う事が可能になると言われています。

 

しかし、このようなケ-スとは違う、かなりの執着や未練などを抱えたある存在が、憑依をして「口という発声器官」を使って何かを行うには、相当の困難が伴うとも言われています。
なぜなら、そのある存在は自らの体における「口という発声器官」を長く使用していないケ-スが多いからです。
つまり、憑依をしたとしても、

 

言葉を発する方法を忘れてしまっている

 

という理由からと考えられています。
しかし、手や足などの部分的な体の動きについては、

 

比較的容易に操りやすい

と言われており、この点があるが故に、

 

自動書記においては、クライアントの潜在意識からのメッセ-ジなのか・・・
あるいは、
他の存在からの「思い」の発露なのか・・・

 

の違いを見分ける事が難しいというケ-スが起こる可能性も考慮に入れる必要性が出てきます。
勿論、冷静に自動書記において書かれた内容を紐解く事で、クライアント自身のものか、あるいは、他の存在のものかを判別することは可能です。
ただ、仮に憑依などのケ-スかな?と感じられた場合には、

 

クライアントの方は「恐怖」を覚えてしまう・・・

 

という事に繋がり、自分を変えていきたい!との「思い」を途中で諦めてしまう結果にも繋がりかねません。
故に、S.Light.Mにおいて行っているヒプノセラピスト認定講座においても、自動書記の仕組みとやり方はお伝えしておりますが、むやみに活用しない方が良いですよ、と同時にお伝えしております。
また、そのような意味からも、私自身もクライアントの方に自動書記を提案する事は、ほぼありませんし、行う事もほぼありません。

つまり、自動書記と憑依との関連性につきましては、

 

① 手や足などの体の部分的な活用は比較的容易な事が多く
② そこで書かれた内容が、自分のものなのか、あるいは、別の存在のものなのか、の区別が付けづらく
③ 怖れを感じてしまっては元も子もない

 

という点がクロ-ズアップされます。
勿論、全ての自動書記においてこのような憑依現象が関わってくる訳ではありません。
他では行っている所もあるでしょうし、自動書記を活用する利点というのも確かに存在します。
また、これも自動書記と似たような仕組みで、かつ、憑依の影響を受けるケ-スも稀にはあり得るかも?という手法の一つとして「ペンジュラム・ワ-ク」というのもありますが、ただ、自動書記よりは危険性も低く少ないと思われるため、このワ-クについては注意点をお伝えした上で、ヒプノセラピスト認定講座においても実技も行って貰ってますし、このようなワ-クが好きなクライアントの方には行って貰っても良いですよ、とお伝えしております。
そして、以前のTOPICSからの繰り返しですが、

 

憑依とは「感情」につけ込んでくるもの

 

です。
そして、「感情」の多くにつけ込まれた結果として、「体の動き」などにも影響が及ぼされるという順番です。
そして、

 

憑依現象をむやみに怖れる必要性も全くありません!

ただ、余計かつ不要な憑依現象を避ける為には、

常日頃から、自らを律する、という姿勢を保ち続ける

 

という事がとても効果的であり有効な予防法にもなります。
そして、喜怒哀楽などの感情は自然なものですし、私も多々感じる感情でもあります。
なので、喜怒哀楽などの感情を排除する必要性も全くありませんし、そもそも不可能な事でもあります。
そして、自らを律するとは、感情のバランスを保つ、感情の適度な頃合いを知る、とも表現出来ますが、このようなバランスや適度な頃合いを判断基準にすると、

 

自分にとっての、何が適度でバランスが取れているのかが分からず、逆に悩みの種が増えてしまう・・・

 

と言った声が多く聞かれます(笑)
そこで、ここ数年来続く最近の事件などの傾向から導き出しますと、

 

過ぎたるは猶及ばざるが如し

 

の諺を心掛ける事が、一番簡単で分かりやすくなると私自身は感じています。
つまり、バランスや適度な頃合いを見つけようとの「動き」を試みるよりも、

 

今の自分は、何かに過度・過剰になり過ぎていないかな?

 

と、ある種の「受け身」の姿勢を保つだけでも、多くの事に気づいていく事が出来ます。
そして、憑依という言葉尻だけを捉えると怖い現象と思われるかもしれませんが、

 

あなたの心の中の素敵な部分の手助けをしてくれる存在からの、(憑依という名を借りた)プレゼントや贈り物が届けられる

 

というケ-スも起こり得ますので、是非、何かに過度・過剰になり過ぎていると感じた時はそれに気づき、そして、ほんの少しでも良いので自らを律してみよう!との思いを持つ事で、きっと素敵なサポ-トがあなたにもたらされる事と思います(笑)
そして、ヒ-リングと「動き」の関連性については、私達は日常的に体験している現象があります。
それは、

 

空腹になると、お腹がグ~ッと鳴る

 

という現象です。
これは、私達の体が「動き」を伴っている事で絶えず調整され続けている事でもあり、食事を受け入れる準備が整いましたよ、との合図にもなっています。

年末に向けて忘年会などの機会も増えていく頃合いと思います。
楽しい時間においては、多少の「度を超す」という点があるのも事実でしょうし、あまり気に掛けていては楽しさも半減する事でしょうから、是非、ほんの僅かだけでも「過度・過剰」になり過ぎないというのを、ほんの頭の片隅で結構ですので置いて頂いて、楽しい時間を大いに味わって下さい(笑)

2017年11月25日 04:11

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