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本来の意味の「終活」と、あの世という「区別世界」

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、先日ニュ-スを観ていたら、高齢者の方の暴行・傷害などの件数が、十数年前から右肩上がりとなり、事件数も倍増しているとの統計が出ているそうです。
この事件というのは、いわゆる「キレる」という範疇のものが多くを占めておりますが、一昔前でしたら「キレる」という用語は、ある意味、若者世代に当てはまる言葉として活用されていましたが、残念ながら現在ではその境目も無くなりつつある模様です。

 

ただ、暴行・傷害などや「キレる」という行動は年齢や性別などとは本来全く関係ありません。
そこで、今回は「本来の意味の「終活」と、あの世という「区別世界」」というテ-マでお届け致します。
なお、「終活?」「あの世?」「高齢者?」という言葉が出てきましたが、今回のテ-マもネガティブなものではなく、また、高齢世代の方のみに焦点を当てているものではありません。
「今」すぐに、誰にでも、そして、あなた自身にも当てはまるテ-マとなっていることは・・・読み進めて頂ければお分かりになるかと思います(笑)
では、進めて参ります!

 

まず、あの世とは、「厳然たる区別世界」と言われております。
そこで、「区別世界」というイメ-ジを捉えやすくするために、あの世とはLv(レベル)1からLv10迄の段階に分かれていると仮定していきます。
なお、あの世のLvとは、実際にはマンションのように3階や5階などのフロア-毎に分かれているものでもありませんし、上限というのは存在しません。
また、Lv1が悪くてLv10が良いという性質のものでもありません。
ポイント制で数字が増えていくものでも勿論ありません(笑)
このLvとは、

 

その人が至っている境地

 

という意味合いです。
そして、あの世における生活においては、例えば、Lv3の者同士が一緒に集まり、Lv10の者同士が一緒に集まっているという具合に、自分と同じような境地に至った人の集まりですので、ある意味、居心地が良いとも言われていますが、その反面、自分やその他の様々な視点に「気づきづらい」という側面もあります。
そこで、まず「本来の意味の終活」という視点ですが、これは、

 

この世を旅立つ時点での境地が、自然とあの世における同じLvの世界に移行する

 

という大前提がある、という意味です。
つまり、「今」あなたがこの世においてLv5であったならば、この世を旅立ち、その先に向かう世界というのは、あの世におけるLv5という事になります。

そして、ネガティブな意味ではなく、明日や未来の事は私達の誰もが分かりません。
また、あの世に旅立つのは病気などに限らず、事故や、時には事件に巻き込まれるというケ-スもある事と思います。
つまり、「一寸先・・・」という表現があるように、

 

誰もが、「今」この時点で至っている境地で、あの世の世界に移行する

 

という事になります。
これは、若い世代であろうが、高齢世代であろうが全く一緒です。
そして、この世の社会における終活とは、断捨離(だんしゃり)のように様々な物を手放したり、あるいは、身辺整理という意味合いが多いかと思われます。
これはこれでポジティブな側面でもあり、素敵な事と思います。
しかし、このような意味の終活には、先程来からの、

 

境地・・・という視点が抜け落ちている

 

という側面もあります。
どれほど物を手放したり、身辺整理をしようとも、周りの人や社会生活において暴言を吐いていたり、あるいは、少し乱暴とも呼べるような振る舞いをしているようでは、その時が来た暁には、その程度のLvの世界に移行してしまう事になります。

 

そして、このような事は繰り返しですが、老いも若きも、男女の別も全く関係ありません。
勿論、だからと言って、先の事を不安に思ったり怖れる必要性もありません(笑)
若い世代であれば欲しい物も多いでしょうし、これから先に集めたい物なども多々ある事でしょう。
また、高齢世代と言えども、必要な物はありますし、手放したくない想い出の品などもある事と思います。
このような物を無理に手放す必要性もありませんし、何か欲しい物のためにお仕事を頑張るなどは大いに励んで頂いて良いと思います。

そして、このような「本来の意味の終活」とは、老いも若きも関係なく、物を完全に手放す事でもなく、

 

「今」至っている思い・感情に目を向ける

 

という意味合いです。
なぜなら、繰り返しですが、

 

「今」至っている境地が、そのままあの世へと移行するエンジンになる

 

からです。
そして、「今」の思い・感情に目を向け、ネガティブな側面が強いと感じる思い・感情に気づいたら、出来る範囲内で、

 

そのような思い・感情を整理し、手放す

 

という事が、「今」すぐに、誰にでも、そして、あなた自身にも当てはまるテ-マという意味です。
そして、このような思いや行動は、あの世へ向けての準備という側面だけではありません。
それは、このようなネガティブな側面が強いと感じる思い・感情に気づき、それを手放そうと思う事は、

 

「今」目の前にある実際の日常生活を変化させる

 

という効果をもたらすからです。
そして、「今」目の前の日常生活に変化を起こすという事は、いつでもどこでも終活をしている事と同じ意味であり、このような心持ちで日常生活を送っていけるという事は、「今この世」という世界を生きながらも、

 

自然とあの世で送る事になる生活Lvに変化を及ぼしている

 

という事に繋がっています。
私はこのTOPICSにおいても、

 

「今」を大切に、そして、出来る範囲内で構いません

 

と繰り返しお伝えしておりますが、それは、今回のような側面も含めてのコメントでもあり、また、そうは言っても、この世、現世、あるいは、社会という荒波に揉まれている状況においては見失いがちになってしまう側面もありますし、私にもそのお気持ちは理解出来ます。
そのような折は、

 

「今」は「あの世」での快適生活の準備をしているんだ!

 

という「永い視点」を持つ事も効果的な場合も多々あります。
なお、これも繰り返しですが、自殺は決して行ってはなりません!
その理由はもうお分かりでしょうが、

 

「今」至っている境地が、自然とあの世での生活Lvになる

 

という点です。
今回は「繰り返し」という表現を多用しておりますので、煩わしく感じるかもしれませんが、現在の様々な社会情勢などを眺めていると、様々な乱れが大きくなっています。
この乱れの渦に巻き込まれない為に「繰り返し」お伝えしている点がありますのでご了承下さいね(笑)

では、このような視点をどのように日常生活において意識していけるかと言うと、様々な表現が存在しますが、その中の一つが、

 

一期一会(いちごいちえ)

 

です。
皆さんもご存じかと思いますが、これは、「今」あなたが接している人とは、この一生では一度きりかもしれない、だからこそ、

 

「今」に思いを込めて接し、「今」を大切に生きる

 

という意味合いです。
勿論、私も常にこのような事を実践出来ている訳ではありませんし、逢った人と別れる度に涙を流す必要性もありません(笑)
大切なのは、そのような「心持ち」を心掛けるという程度で大丈夫です!

 

そして、間もなくお彼岸の頃合いになりますが、ここでも供養というテ-マが出てきます。
しかし、今回のテ-マは供養そのものでもあります。
その意味は、

 

(この世の)私は「今」を一生懸命に生きています!
なので、
(あの世の)あなたも一緒に「今」を切磋琢磨して生きましょう!

 

というメッセ-ジを贈る事です。
必ずしも、あの世の人がこの世の人よりLvが高いという事はありません。
あの世に旅立った時の思い・感情において、憎しみや嫉妬などが強い場合には、そのままの世界に移行しています。
そのような場合では、この世の人があの世の人に語り掛ける事で、あの世の人に気づきをもたらす事が出来ます。
思念にはこの世もあの世も関係ありませんし、常に相通じているものです(笑)
そして、今回のようなテ-マからよく質問されるケ-スとしては、

 

愛する人とは必ずあの世で再会出来るの?

 

という問いがあります。
結論としては、「いつかどこかで」必ず再会出来ます。
しかし、これには一つだけ条件があります。
先程から、あの世は「厳然たる区別世界」とお伝えしております。

あの世においては、例えば、最初にLv7に至れば、その後に、LV6や5という風に下がっていく事はほとんどありません。
なぜなら、先程お伝えしたように、同じLvの人同士が集まっている事と、肉体や物などの制約や苦痛などから自由になっているからです。
そのような側面から、仮の数値ですが、

 

あなたの愛する人がLv5で、あなたがあの世に移行した段階でLv1であるならば、すぐには逢えない・・・かも・・・

 

という事があります
これは、Lv1のあなたが、Lv5の愛する人の世界を訪れる事は出来ないからです。
このような状況で逢える場合とは、例えば、あなたがLv3であり、愛する人がLv5であるならば、その愛する人はある程度までは降りてきて、Lv3で逢う事は出来ます。
しかし、このLvの差があまりにも離れてしまっている場合には、降りてくるにも限界があるという事です。
では、どのようにすれば再会する事が出来るのでしょうか?
それは、

 

気づく事で、至る境地が上がっていく

 

という事です。
なお、ここでは逢える迄には長い時間が掛かるという意味ではありません・・・そもそも、あの世に時間はありません(笑)
気づきという境地の段階を経る、という意味合いです。
つまり、愛する人がどれほど高いLvに存在していたとしても、あなたが様々な事に気づき、自らのLvを高めていけば逢える地点や世界が広がっていくという事です。
そして、

 

あの世であれ、この世であれ、気づくとは「今」である

 

という事です。
そして、先程の供養も全く同じ意味です。
仮にあなたがあの世に存在している折に、あなたよりLvが下がっている人と逢いたいならば、その人にエ-ル(応援)を贈り、気づきの手助けをしてあげる事が出来ます。
そして、このようなエ-ルは、

 

この世の人(魂)からあの世の人(魂)へも可能

 

です。
そして、常に、

 

あの世からあなたを愛する人が、あなたへのエ-ルを贈っている

 

という点にも目を向ける事が出来ます。
ここまでお読み頂ければ、「本来の意味の終活」という事と、「大切なのは今」という事が全て繋がっているという事がお分かり頂けたかと思います(笑)
そして、このようなテ-マも「今の日常」に役立てる事が出来る、という点も(笑)

 

そして、この同じテ-マから「何故、前世があるのか?」という答えも導き出せます。
これはこれで一つのTOPICSのテ-マとして成り立ちますが、簡単にご紹介致します(笑)
先程から、あの世ではLv5であれば同じLv5の人と集まる、とお伝えし、そして、このLvには上限も無い・・・と。
そして、上限はありませんが、Lv10であろうと、やはり同じようにLv10の人と集まる事になります。
そして、同じLvだからこそ居心地が良いと感じると同時に、様々な視点に気づきづらい・・・とも。
そして、「前世がある意味・理由」とは、

 

この世とは、Lv1からLv10迄の様々な人(魂)が集まっている場所

 

であるという事です。
つまり、あの世ではなかなか交流する事が出来ない様々なLvの人(魂)と、

 

この世であるからこそ、交流する事が出来、切磋琢磨する事が出来る

 

という大切な側面が存在しています。
そして、もうお分かりでしょうが、

 

様々なLvの人(魂)と交流可能だからこそ、様々な気づきという「視点=自分」を得やすくなる

 

というメリットがあります。
あなたにも日常生活においては好きな人もいれば嫌いな人もいらっしゃる事でしょうし、どうしようもない大人だと思う人もいれば、小さなお子さんから学ばせて貰い感心・感動するという経験も多々ある事と思います。
これが、

 

この世・現世が存在する意味

 

とも言えます。
そして、「今」という日常を通してLvを高めていけば、自然とあの世でのLvに繋がっていきます。
そして、逆のケ-スが多々ある事もまた然りです。
例えば、あの世でLv10であって、そこから今世に誕生したとしても、この世では様々なLvの人(魂)との交流が始まります。
そして、その交流の元で、

 

(あの世では)Lv10であったあなたが、(この世での)あなたの思い・言葉・行動次第で、Lv5あるいはLv1迄にも下げてしまう事はあり得る

 

という事です。
そして、この世とは、あの世で至った境地を、この世において再確認し、実践出来ますか?というお試しの場とも言えるかもしれません。
そして、それを本当の意味で身に付けていくために、あの世→この世→あの世→この世・・・という風に・・・

高齢世代の「キレる」というニュ-スを発端として今回のテ-マをお伝えしてきましたが、少し嬉しい?ニュ-スも提供致します。
100歳以上の方々が47年連続で最多数を更新中だそうです(笑)
長生きが良い、という意味ではありませんが、どのような年齢・世代でも、常にあるのは「今」だけ、という事からも、あなたがもし「今、100歳ならば・・・」どのような思い・言葉・行動をするのかを考えてみるのも楽しいかもしれません(笑)

 

そして、今回のように私はこのTOPICSではスピリチュアルなテ-マもお伝えしたり、様々な書籍などにも目を通したりしますが、

 

あまりにも過度な御利益頼みという書籍などは信頼していない

 

というスタンスを保っています。
そのような過度な御利益頼みの内容のものには、自らの思い・言葉・行動が分断され、

 

自らの意思が剥奪されてしまう怖れも潜んでいる

 

からです。
なお、ここでの行動などの意味は、祈りや思いが意味が無いという事でもなく、ご病気や怪我などで寝たきりの状態であれ、お体が不自由な場合であっても、「生きる・生きている」という表現をしているという意味で、立派に果たしていますので誤解の無きようお願い申し上げます。
是非、様々なスピリチュアル系の書籍などをお読みの方は、このような視点も考慮に入れて読んでみて下さい(笑)

 

そして、先日も北朝鮮からミサイルが発射されましたが、これに関しても様々な学びが含まれておりますので、チョットだけお伝え致します。
それは、

 

「怖れ」は「伝染」しないが、「連鎖」はする

 

という点です。
そもそも「怖れ」はウィルスなどのようなものではありませんので「伝染」はしません。
しかし、「怖れ」の中でも一番「怖い」のが「連鎖」です。

北朝鮮のミサイル発射は容認出来るものではありませんが、現在の北朝鮮は戦前の日本と同様との見方もあります。
そして、このミサイル発射などに対して、日本も核武装すべし、などの意見を唱える方々も日々増えてきているようにも見受けられます。
そして、北朝鮮にせよ何にせよ、「怖い」から核武装すべし、と言うのは、それこそ、多少の「動機」の違いがあるにせよ、

 

北朝鮮が今現在まで行って来ている行動と、本質の部分では同じでは・・・?

 

と、感じます。
「怖れの連鎖」とはこのように、

 

本来の大切な部分が知らず知らずの内に、見えなくなってしまう・・・

 

という点に現れてきます。
歴史が繰り返される・・・繰り返される歴史・・・というのを避ける為には、

 

理性と冷静さを保つ・・・

 

という事が必須になってきます・・・

2017年9月16日 06:09

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