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真に「怖い」ものとは・・・

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

先日の北朝鮮からのミサイル発射の報に際しては、驚かれた方々も多い事かと思われますし、「怖さ」を感じたなど、様々な感想や考え方もある事かと思われます。
私も対象地域に住んでおりますので、ご多分に漏れずJアラ-トの警告音で起こされました(笑)
ただ、その日は明け方に雨が降っていた事と、ほんの数週間前にも大雨による河川の氾濫の警報としての、同じ警告音を聞いていましたので、今回も同じかな?と思い、メ-ルを見ずに再び布団に入りました。

 

・・・ただ、何となく気になったのでメ-ルを確認した所、ミサイル・・・との事でした。
10分程で飛来するというのは聞いておりましたので、既に7~8分経過している事もあり、特段何をするのでもなく、その後はTVを観ていました(笑)
他の多くの地域でも同じ事かと思いますが、地下への避難と言われても、私の住んでいる町においては地下施設など、ほぼ皆無ですし、唯一思い当たると言えば・・・病院の霊安室ぐらい?・・という、冗談にもシャレにもならない始末です(苦笑)

 

そこで今回は「真に「怖い」ものとは・・・」というテ-マでお届け致します。
なお、今回のテ-マの根本には、今までもこのTOPICSにおいて繰り返しお伝えしております、

 

どれほど大きな出来事であろうと、どれほど些細な出来事であろうと、そこには相互に反映されている部分がある

 

という趣旨が土台となっております。
なので、一見すると自分には無関係でどうする事も出来ないと思われる事でも、何かは自分の日常に当てはまる部分もあり、また、だからこそ自分にも出来る事がある、という視点を考えてみて下さい。

 

ところで、かなり前になりますが、韓国に旅行に行った事があります。
焼き肉を食べたり、カジノに行ったりと普通の観光ですが、その中で、「板門店」のツア-にも行きました。
「板門店」とは、韓国と北朝鮮の軍事境界線の真ん中にある施設であり、映画「JSA」の舞台ともなっている場所です。
このように、とても緊張に満ちた場所ではありますが、その真ん中の建物と部屋の中は、映画のセットよりも華奢(きゃしゃ)で狭く、正直驚いた覚えがあります。

 

当時は今ほどの緊張状態ではありませんでしたが、韓国籍の方はこのツア-には参加出来ませんし、出発前には、どのような事態が起ころうとも全てが自己責任との誓約書へのサインも求められます(実際に小競り合いというのは当時でも頻繁に起こっているとのお話も聞きました)。
また、ガイドをしてくれた方は脱北者の方であり、移動のバスにおいても常に機関銃を携帯した兵士の方が数人付いて回るという状況です。
昼食も込みのツア-でしたが、昼食後に「板門店」に向かいますので、昼食時のアルコ-ルの飲食も禁止されておりました。

 

そして、軍事境界線の真ん中の建物に入る前には、仮に向こう側のドアを開けて北朝鮮側に足を踏み入れた場合には、どのような事態になろうとも責任は持てず、容赦はしない・・・との趣旨を伝えられました。
そして、中に入ると先ほど述べたように狭くて華奢な作りに驚いていましたが、ある観光客の方が、向こう側のドアに近づいていきました。
すると、「蝋人形?」と思っていた屈強な男の人が振り向き、ガッシリとその観光客の方を制止しました。
なるほど・・・観光ツア-と言えども、面白半分で足を踏み入れる事は出来ない場所だと・・・「怖さ」も感じました。

 

そして、外に出て展望台のような所から見渡すと、すぐ目の前には北朝鮮の施設があります。
本当にすぐ目の前です。
そして、皆さんもニュ-スでよく目にする、軍服のようなス-ツのような格好をした北朝鮮の方々も外におりました。
当時は手を振ると、振り返してくれる方もいらっしゃいましたし、笑顔でタバコを吸っている方もおりました。
そして、そこで私が感じた事は、

 

軍事境界線であろうと、そこに存在するのは、得たいの知れない何かの生物でもなく・・・同じ人間である・・・

 

と・・・
ミサイルが発射されたこの日は、そのような事も想い出しながら、そして、ニュ-スなども観ながら、様々な思いを巡らせていました。
そして、行き着いたのが今回のテ-マの「真に「怖い」ものとは・・・」という事です。
ちなみに、私もミサイルは怖いですし、他にも怖いと思う事は様々ありますよ(笑)

 

そこでまず、今回のケ-スにおいては、北朝鮮であれ、アメリカであれ、韓国であれ、当然日本も含め、そこに共通している根本は、

 

恐怖・怖れ・・・で、間違いない

 

です。
ちなみに、私は普段は断言するような事はほとんどありません(笑)
そして、皆さんも次のような言葉を聞いた事はありませんでしょうか?

 

自分のした事は、必ず自分に反ってくる

 

と。
これは、自業自得、因果応報、蒔いた種は刈り取る、などとも表現されますし、戒め的には罰(バチ)が当たる、あるいは、少し「怖れ」を伴うような表現としては業(カルマ)などと言われたりもします。
ただ、このような言葉や表現には、どうしても何か宗教の教義のようなイメ-ジも伴い、あまり近づきたくないという思いもあるかと思われます(笑)

ただ、このような現象は、

 

単なる自然法則

 

と、捉える事も出来ます。
自然法則とは、私達が息を吸えば吐き出す、磁石のN極とS極は引き寄せ合う、という事と同じ現象です。
そして、自分に反ってくる時に、そこには、

 

何の感情や思いも伴わず、言い訳も弁解も入る余地もなく、単に戻ってくるだけ・・・

 

とも言えます。
おそらく、この辺りの要素がある事で、このような現象には「怖さ」のイメ-ジも伴っているのかもしれません。
しかし、このような現象の表現を変えると、小さなお子さんに教えるように、

 

自分がされて嫌な事は、他の人にもしてはいけないよ

 

という教えと全く同じ事を意味しています。
そして、

 

誰かに優しくすれば、他の誰かから優しくされるよ

 

も同じ意味です。
情けは人の為ならず、も同じです。
そして、「単に戻ってくるだけ」とお話しましたが、何か不都合な事を行って反省などをした時などは、

 

既にその時点から、その後の行動が変わっていく

 

という事から、言わば、反ってくる現象に多少の和らぎを感じるというケ-スも勿論あります。
そして、私が真に「怖い」と感じるもの、それは、

 

自分のした事が自分に反ってくる・・・という事を知らずに気づかずにいる事・・・

 

と感じています。
勿論、これが正解であるのか正しい事なのかは証明も出来ませんし、皆さんそれぞれの判断に委ねられるものでもあります。
ただ、「自分のした事が自分に反ってくる」という事の意味を、真に理解した時には、

 

現在行われている事の多くに変化が及ぼされるのでは・・・

 

という思いも強く感じます。
そして、このような事を腑に落ちるまでに理解が及ぶと、

 

イジメなどもなくなり、
そもそも、
自分に反ってくるのであれば、イジメなどをすること自体に「怖さ」を感じるのでは・・・

 

とも感じています。
そして、今回のミサイルの発射などにしても、「怒り」を感じている人も多々いらっしゃる事と思います。
特に漁業や航空関係のお仕事をされている方などは、仕事場を危険な状況にされてしまうという事もあり、お気持ちも理解出来ます。
ただ、

 

怒りの思いを持って、物事を反すと、その結果は如何なる事態をもたらしてしまうのか・・・

 

という点は、冷静さを持って、重々考える必要性があるかと思います。
そして、あくまで私個人の意見ですが、

 

どのような状況であろうとも、対話を続けていかなければならない

 

という事がとても大切であると感じます。
ニュ-スなどでは、このような対話を続けるというのは、理想論に過ぎず何の解決にもならない、その時期は既に終わっている、現実が見えていない、などのコメントをしている方も多々いらっしゃいます。
様々な意見や考えがあって当然ですし、私もそのような方々の意見や考えも尊重はします。
理想論を声高に大空に叫んでみてもミサイルを打ち落とせる訳ではない、という事は私もよく理解しています。
私もそこまで夢想家?ではありません(笑)

ただ、理想でも目標でもゴ-ルでも、表現は何でも構いませんが、

 

理想などを手放してしまうと、道に迷い混乱に陥る・・・

 

という側面があるのも真実です。
そして、ここで皆さんもご自身の事を振り返り、身に覚えがないかどうか「想い出して」みて下さい。
この世では、死に別れや、喧嘩や誤解による疎遠、あるいは、若気の至りなどで行動してしまったけれど謝罪も既に出来ない、など様々なケ-スがあります。
そして、このような別れや疎遠というケ-スにおいて、

 

あの時(当時)、もう少しちゃんと話をしておけば良かった・・・

 

との「想い出」などはありませんでしょうか?
私にはあります(笑)
これは、国と国という大きな側面であろうと、私達の日常における側面であろうと、全く同じ事です。

そして、どのようなものにせよ、相手への強烈な思いや感情を抱えたままで、対話を遮ってしまうと、

 

そのままの「残像」が残り続け、さらに、行き過ぎた「現像」を現す事になり、
そして、
それを(無意識で)繰り返す事で、(潜在意識には)現実として捉えられてしまう・・・

 

という道程を歩み続けます。
そして、相手への強烈な思いや感情が歪んだ「現像」になって現れたものは、

 

最終的には自分に戻ってくる

 

という結果に繋がっていきます。
これがよく言われる・・・後悔・・・というものかもしれません・・・

 

そして、何故、対話が大切かということを参考までに見てみます。
ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんし、あくまで仮説ですが「六次の隔(へだ)たり」というものがあります。
これは、

 

あなたに六人の知り合いがいれば、あなたは世界中の人々と間接的に繋がる事が出来る・繋がっている

 

という説です。
つまり、あなたが六人の知り合いにあなたの思いや考えを伝えると、間接的に世界中の人々があなたの思いや考えを知り得る状況になる・・・というものです。
そして、逆に、

 

あなたが誰かとの対話を遮断してしまうと、あなたの思いや考えを伝える術を、それだけ減らしてしまっている

 

という事も意味しています。
対話というのも、今までのTOPICSでも繰り返しお伝えしてきました、コミュニケ-ションと同じ事ですので、今のような世界情勢の折だからこそ、今一度、よろしければ考えてみて下さい。

 

そして、私自身が感じている、今の隣国との関係性を変化させる事が出来る、一つの解決策・方法というのが思い浮かんでいます(なお、一つというのは、策・方法が一つだけしかない、という意味ではありません)。
ただ、それには様々な思いや考えを整理・統合する必要性があるのと、その策・方法を口にすると、「今」という現状では誤解を生じる可能性もあるかもしれません。
しかし、その策・方法とは「手段」ともなり得るもので、実現出来た時の「風景」と呼べるようなものでもあります。
よろしければ、これも併せて考えてみて下さい(笑)
そして、今回は「思い出」「思い出して」ではなく、「想い出」「想い出して」という言葉を活用している点も、よろしければ深読みしてみて下さい(笑)

 

そして、ここから先は余談ですが、今回のケ-スにおいては防災無線が機能しなかった自治体が多数あったとの事でした。
防災無線にはそこにお住まいの方々の税金も活用されている事でしょうし、地震や津波や洪水などから身を守るためにも大切な手段ともなっています。
このような、当たり前の事が当たり前に出来ていない、そして、東日本大震災から僅か6年程しか経っておりません。
様々な理由や原因、また、予算の面などの課題もあるのかもしれませんが、

 

大切な教訓を、もう「忘れて」しまったのでしょうか・・・

そして、「忘れる」とは、

「心」を「亡(くす)」という字

 

です・・・
誤解があると大変失礼になりますのでお断り致しますが、例えば認知症などの症状において「物忘れ」と表現される事もありますが、これは、認知症の方は「心が亡い」という意味では決してありません。
逆に、私には「より自分の心に忠実になっている」と思われるようなケ-スを感じる事もあります。

 

そして、これこそどうでもいい余談で、オカシイのでは?と思われるかもしれませんが、一つだけお話し致します(笑)
ここ数年位ですが、北朝鮮のミサイル発射のニュ-スを聞くにつけて、私の中に、いつも同じヴィジョン・イメ-ジが思い起こされています。
詳細は省きますが、それは、

 

とても無機質で、移動している(動いている)のに・・・景色が全く変わらない・・・という、果てしないジレンマ?・・・

 

のようなヴィジョン・イメ-ジです。
私自身にとっては、音も感じるし、肌感覚でも感じる、結構リアルなヴィジョン・イメ-ジです(笑)

2017年9月2日 01:09

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