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「死」の持つ意味とあの世の視点の獲得

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

間もなくお盆の頃合いに入りますが、この時期は、先にこの世を旅立たれた方々への思いを馳せる人も多いかと思います。
勿論、だからと言って妙に神妙になる必要性もありませんし、思いを馳せないからと言って罰が当たる訳でもありませんし、旅行などを大いに楽しんで活力にするというのも、とても有意義な事と思います(笑)

ところで、「死」というテ-マを扱う際には、縁起が悪い、忌み嫌う内容、あるいは、何か悪い事が起こるのでは、、、などのようなイメ-ジを伴う事がとても多いかと思います。
そこで、まず、

 

「死」を考え意識する事は、より今の「生」に意識を向け、これから先のより良い「生」を生きていくために役立てるもの

 

という大前提が存在します。
「死」を考えたり意識するという事は、何か悪い方向性に引っ張られたり、ネガティブな思いや感情に引きずられるためのものではありません。
ましてや、自殺を助長するような性質のものでも全くありません。
それとは、真逆の方向性です。
つまり、

 

より望む方向へと自分の背中を押し、ポジティブな思いや感情を活用して、これから先の人生を創り上げるため

 

というのが「本来の視点」として内在されているものです。
例えば、あなたがこの世に産まれた際に、他の誰もが存在しないという場合をイメ-ジしてみて下さい。
なお、そんな環境でどうやって生きていくの?というイメ-ジは取りあえず、脇に追いやって下さいね(笑)
つまり、あなたがオギャ-と産まれた瞬間に、この世にあなた一人しか存在しないならば、

 

あなたは「孤独」を感じようがないし、「孤独」という言葉や概念、「孤独」にまつわる思いや感情すら存在し得ない

 

という事になります。
言わば、

 

「孤独」を考え意識出来るというのは、紛れもなく「他者」が存在しているから

 

です。
そして、これを今回のテ-マに当てはめると、

 

「生」を考え意識出来るというのは、紛れもなく「死」が存在しているから

 

に他なりません。
なお、ここでの意味合いの「死の存在」をどう捉えるかは、また別の機会にコメントしていきたいと思います。
そして、100%反対も出ず、誰もが納得せざるを得ないのが、

 

お金持ちであろうが、権力者であろうが、どれだけ立派な人であろうが、あるいは、凶悪な犯罪者であろうが、「死」を体験出来ない人は一人もいない

 

という点です。
そして、繰り返しですが、今回のテ-マに関しましても、決してネガティブな方向性へ目を向ける内容ではありません。
もし、読み進めていく過程において、ネガティブな思いや感情が湧き出そうになった時は、今この文章に立ち戻り、方向性を定め直してみて下さい。
では、大前提が長くなってしまいましたが、「「死」の持つ意味とあの世の視点の獲得」を進めて行きましょう!

 

ところで、皆さんは「死」というものを初めて意識したのは何歳ぐらい、あるいは、何かキッカケの出来事などを思い出す事は出来ますでしょうか?
幸いにも?このTOPICSで初めて意識した、という方もいらっしゃるかもしれませんが(笑)

私が今世?において初めて「死」というものを意識したのは、何歳頃かはハッキリと覚えていませんが、小学生の終わりから中学生の始めの頃だったと思います。
それ以前に母方の祖父が亡くなったりといった記憶も鮮明に覚えていますが、私が初めて「死」を意識したのは、

 

ある「夢」がキッカケ

 

でした。
内容はコメントしませんが、今でもハッキリその「夢の場面」は覚えています。
とは言っても、何か悲惨で壮絶な「夢」というものではありません(笑)
そして、多くの方も感じる事かもしれませんが、その時から、

 

「死」に対して「怖れ」を感じる

 

ようにもなりました。
だからと言ってその後の人生の歩みに大きな変化を感じた訳でもありませんし、特段の日常生活を送る上での不都合などを感じていた訳でもありません。
ある意味、普通に淡々と人生の歩みを進めてきました。
しかし・・・

 

ここで「しかし・・・」とコメントしたのは、「今」の自分から振り返ってみると、先ほどの初めて「死」を意識したという思いや感情が、「今」の自分に影響を与え、そして、「今」の自分を創り上げる「源」となったキッカケの一因として役立っている、というのが理解出来たからです。
そして、これをキッカケとして、「今」の自分が「過去」の自分を振り返って見ると、

 

「真実」を求め、そして、知りたい

 

との思いが「源」である、というのが自分に取っては腑に落ちる点が多々感じられるという事です。
そして、それなりに振り返って見ると、2014年9月のTOPICS「臨死体験&前世療法≒個人的体験」でも触れている、自分なりのプチ臨死体験?などもその過程にあります。
勿論、その当時は「今」のような思いや考えでは対応出来ていませんでしたが(笑)

 

また、私は心理学をやりたく大学受験をしていましたが、結果としては法学部に進学しました。
しかし、これも「今」となって振り返ってみると、私が大学で心理学を学んでいたら、、、

 

おそらく「今」のお仕事をしておらず、「今」の自分からは真逆な思いや考え方をしていたであろう・・・

 

と、とても強く感じ思います。
もしかしたら、皆さんは「今」のお仕事と心理学は当然ながら関係性があるのでは?と思われるかもしれませんが・・・(笑)
そして、行政書士としての仕事を選んで行ってきましたが、そこでは社会の仕組みにおける「恥部?」あるいは「未熟な部分」なども見聞きし体験させて貰いました。
このTOPICSではお伝え出来ないような見聞きの体験というのもあります・・・(笑)

 

そして、このような体験を通して「今」思い感じる事が、「今」の私の行っているお仕事に役立っています。
それは、

 

バランスと調和という視点を得る事が出来た

 

という点に現れています。
カウンセリングなどを行っていても、「以前に他でカウンセリングを受けた時は、その時は大丈夫と思えたのですが、家に戻り、翌日の仕事などが始まると途端に気持ちが元に戻ってしまう」という方もいらっしゃいます。
よくよくお話をお聞きすると、せっかくのカウンセリングで知ったり感じたりした思いや感情や、あるいは、手法などを、

 

実生活において活用し役立たせる視点が欠けていた

 

というケ-スがとても多いです。
つまり、

 

どのように活用し役立たせていけるのか・・・という、実生活においてのバランスと調和の取り方を掘り下げていない

 

という事が当てはまります。
(なお、これは他の方が行っているカウンセリングなどを批判している訳では全くありませんので、誤解の無きようご理解頂ければと思います。)
例えば、借金があってよく眠れないという方がいらっしゃるとします。
カウンセリングやヒ-リング、あるいは、ヒプノセラピ-(催眠療法)などで多少眠れるようにはなります。
しかし、多くの場合は、また時の経過と共に元に戻ってしまいます。
なぜなら、

 

心を整えるのと同時に、借金を減らす方法や工夫など、現実の手段も同時に行う必要性がある

 

からです。
そして、本来はカウンセリングやヒ-リング、あるいは、ヒプノセラピ-というのは、

 

心を整える
のと同時に、
現実の手段を行う、つまり、行動を妨げている要因を発見し、現実の行動に繋げる事をも目的としている

 

という所が、着地点でもあり出発点となっています。
(ちなみに、借金の例を挙げましたが、S.Light.Mにおいては法律相談などは行っておりませんので、こちらも併せてご了承頂ければと思います。)
ここまで一見すると、今回の「死」というテ-マと掛け離れているのでは?と思われるかもしれませんが、大丈夫です。
ちゃんと繋がっていますので(笑)

繰り返しですが、

 

「死」を意識するという事は、「生」をも強く意識する

 

という事です。
つまり、このテ-マにおいては、

 

「死」と「生」とのバランスと調和を取る

 

という点が最大のポイントとなります。
先ほどの借金のケ-スを様々な視点から眺めて見ると、

 

心を整えるだけでは借金は減らない・・・
借金を返せたとしても、また眠れなくなるほど、再び借金をするようでは心が整えられていない・・・

つまり、「死」と「生」というのも、

どちらかが欠けていれば成り立たないものであり、本来はそれぞれが双方を補完し合っているもの

 

という視点です。
そして、ここからが今回のテ-マの本来の趣旨に入って行きます。
私達は「時間軸」で物事、あるいは、人生そのものを捉えています。
これはこれで全く構いません。
そして、これも先ほどコメントしたように、誰にでも「死」が訪れるという「時間軸」が成り立ち、結局の所は行き着く先は「死」と捉えがちになってしまう事と思います。

 

では、ここからは皆さんにイメ-ジして貰います。
「今」、あなたの目の前に一粒の丸薬が置いてあります。
これを飲めば、あなたは、「今の精神」のままで、肉体上も一番健康のままで、容姿も一番輝いているままで、事故や災害にも遭わず、勿論、病気もする事もなく、あと、500年間生きる事が出来る、という代物です。

 

ただ、一つだけ条件があります。
この丸薬は一粒しかなく、あなたにしか飲む事は出来ません。
この丸薬を他の誰かに分けてあげる事も出来ませんし、半分づつに分け合って飲むという事も出来ません。
はたまた、この丸薬を研究して他の人々の為に役立たせる事も出来ませんし、丸薬を飲んだあなた自身が研究対象になる事も出来ません。
そして、あなたの周りの人々、そして、社会というのは今までのペ-スで変化なりをしていきます。

 

では、ここで少し想像力を加速させましょう!
仮にあなたが今現在40歳と仮定し、丸薬を飲んだ事で20歳の状態になりました。

 

今からあなたは500年間、精一杯生きていく事が出来ます。
好きなことや、やり遂げたいことなど様々な取り組みが可能です。
そして、50年が過ぎました・・・

 

あなたの実年齢は90歳です。
ご両親やあなたの先輩などは、既にこの世を旅立っていると思われます。
もしかしたら、あなたの配偶者や友人や知人なども、ちらほら、あの世に旅立っているかもしれません。
そして、もし、お子さんがいらっしゃれば、お子さんは60歳位でしょうか・・・?
では、さらに50年が経過しました・・・

 

あなたの実年齢は140歳です。
あなたのお子さんも既にこの世を旅立っていることと思われます。
あなたのお子さんの子ども、つまり、孫がいらっしゃれば、孫は80歳位かもしれません。
この頃になると、あなたは新たな人間関係の元、あなたの新しい知人などの生い立ちから現在までの全ての変遷を知りうる状況にあるかもしれません。
しかし、あなたの幼少期を知る人は既にこの世になく、あなたは子ども時代などの思い出話を出来る相手は既にこの世にはおりません・・・
さらに50年が経過します・・・

 

あなたの実年齢は190歳です。
あなたの孫の子どもさんが、さらにお子さんを授かり、血縁の繋がりはあるものの、どこか他人のように感じる事もあるかもしれません。
また、あなたが新たな人間関係を築いてきた人々も、そろそろあの世への里帰りを始めている方もいらっしゃることでしょう。
この時代においては、あなたはまさに生き証人のような存在として扱われているかもしれません。
さらに50年が経過します・・・

 

あなたの実年齢は240歳です。
しかし、肉体は20歳のままですので、今からスポ-ツでも何でも新しい事をやり始めることも出来ます。
しかも、ここ迄で、500年の不老不死の内で経過したのは、まだ200年です・・・
まだ半分にも辿り着いていません・・・
残り300年間、あなたは生き続けなければなりません・・・
というよりも、生き続ける以外に、あなたに残された生きる道はないからです・・・

 

では、想像力はここで一端ストップしましょう!
皆さんはどのようにイメ-ジし、また、感じた事でしょうか?
様々で大丈夫です。
まだまだやりたい事があるから続けよう、人生はまだ半分以上も残されている、などの感じ方もある事でしょう。
しかし、あくまで私個人としては、

 

そろそろ、一息入れたいなぁ~・・・

 

と感じるように思ってしまいます。
他の全ての人々も、今回のような丸薬を飲んで、同じようなペ-スで人生を送っていけるのであれば、このようには思わないのかもしれませんが・・・
そこで、今回の「死」の持つ意味というのは、

 

ひとまず、一端「区切り」をつける手段

 

とも、捉えられるように感じます。
そして、この「区切り」を感じる一つの要因には、

 

人間関係も含まれている

 

と感じます。
確かに、生き続ける事によって幾らでも新たな人間関係を築き上げていく事も出来ます。
しかし、あなたは新たな人間関係を築いた周りの人々の幼少期などの思い出を知っていても、誰もあなたの幼少期の頃の思い出などを知りません。
あなたの幼少期を知っている人もおりませんし、あなた自身が思い出話を聞かせてあげる以外に方法はありません。
そして、幼少期という同じ時代を生きた感覚を共有出来る場も人も、既にありません。
そして、

 

「区切り」というのは、その「先」があるから「区切り」となる

 

というのが特徴です。
「先」がなければ「終わり」もないのと一緒です・・・

今、このTOPICSをお読み頂いているあなたは、これまでも、そして、これからもあなたであり続けると思われます。
そして、このTOPICSをお読み頂いている「今、この瞬間」も、あなたには様々な思いや考えが去来している事と思われます。
そして、そのようなあなた自身を感じてみて下さい・・・
今、感じているあなた自身は、心臓が止まる、あるいは、脳の機能が停止した事で、

 

あなたの全てが跡形もなく消え去ってしまう・・・と、心の底から思えるでしょうか・・・あるいは、感じ入る事が出来るでしょうか・・・

 

これも様々な感じ方があって当然ですし、どのような考えや感じ方でも勿論構いません。
ただ、ほんの少しでも、自分の全てが跡形もなく消え去ってしまう、という事に「違和感」を感じるようであれば、

 

その「違和感」の中に、あなたの今までの、そして、これからの「生」の動機が含まれている

 

と捉えてみて下さい。
きっと、あなたの中で、何かが変わっていく事と思います。

そして、「あの世の視点の獲得」ですが、これは、何もあの世に行かなければ獲得出来ない性質のものではありません。
というよりも、今、ここで、獲得出来る性質のものでもあり、既に兼ね備えている性質のものでもあります。
「あの世の視点」とは、今この世よりも、

 

幅が広く奥行きが深い視点

 

という意味合いです。
では、この意味合いを、具体的なケ-スで見ていきましょう!

ある所に、お父さんとお母さんと、小学生の子どもさんの3人家族がいます。
ある日、お母さんは突如お腹が痛くなってしまい寝ていました。
すると、お父さんが、「お母さんはお腹が痛くて晩ご飯を作れないから、焼き肉でも食べに行こう」と、子どもと出かけていきました。
その父子の姿を見たお母さんは、

 

お腹が痛くて寝ている私をほったらかしにして、二人で焼き肉を食べに行くなんて、ヒドイ!!!

 

と思ってしまいました。
この「単純」にヒドイと思ってしまった視点が「制限されたこの世の視点」と似ています。
では、「あの世の視点」ではどのように展開していくのでしょうか?

 

実は、明日はお子さんがとても楽しみにしていた野球の試合の日でした。
そこでお父さんは明日に備えて、お子さんにお腹いっぱい食べて貰えるように焼き肉屋さんに連れて行こうと考えました。
そして、実はもう一つ、明日はお母さんの誕生日でもありました。
お子さんは明日の野球の試合で頑張って、お母さんへの誕生日プレゼントとして勝利を届けたいと思っていました。

 

ここ迄でお分かりになりましたでしょうか?(笑)
お母さんの「ヒドイ」と思う気持ちも、私にもよく理解出来ます(笑)
そして、お腹が痛いお母さんが実際にお父さんとお子さんの気持ちを推し量る余裕もない事も理解出来ます。
しかし、もし、お母さんが、お父さんとお子さんの気持ちを少しでも推し量る事が出来ていれば、

 

「ヒドイ」という反応が、僅かの変化でも違ったものになっていたのでは・・・?

 

というのが「あの世の視点」という意味合いです。
そして、もしかしたら、よし!明日は子どもの応援に行くために一晩寝て治してしまうぞ!というように、巡り巡って自分自身への励ましに繋がっていく事もあるかもしれません。
そして、ここで言う「あの世の視点」とは、

 

想像力、思いやり、気遣い、感謝・・・などの様々な思い

 

と捉える事が出来ます。
そして、このような様々な思いというのは、

 

この世でもあの世でも変わらない

 

という点が一致しています。
つまり、「あの世の視点の獲得」とは、

 

「制限」している思いや考えを、少し「拡大」してみる

 

ことで、いつでも、どこでも手に入る視点の事を指しています。
勿論、この世とあの世とでは、視点の「拡大の程度の差」が生じることは否めませんし、それはそれで構わないとも思います。
そして、500年生きようと、1000年生きようと、あるいは、あの世に戻ろうと、

 

気づかなければ手に入らない

 

と言えるかもしれません。
また、それと同時に、

 

気づくとは、思い出すのと同じこと・・・

 

ともよく言われます。
今回のテ-マも私が証明しようにも出来ませんし、捉え方は皆さんの自由です。
しかし、不老不死というケ-スにせよ、あの世の視点という事にせよ、

 

起点となっている思いは「今、ここ」にある

 

という事を、何かの折には、よろしければ意識してみて下さい。
そして、あの世の視点という事に関して、私自身の繰り返してきた後悔?から気づいたケ-スというのを、具体的に少しだけご紹介します。
と言っても取るに足らないケ-スではありますが(笑)

 

私もこれまで、海外を含め幾度か旅行をしてきました。
皆さんの多くも同じかもしれませんが、私も旅行に出向く前に、旅行先の観光案内の本などを購入して、どこそこに行ってみたいなどの簡単な目星をつけて行っていました。
そして、ここからが私の後悔?の始まりです(笑)

 

それは、いつも旅行先で楽しんで帰ってきてから、その楽しい思いを持って、その観光案内などの本を読み返していました。
勿論、そうだよね~、ここは良かったよね~、などの思いと同時に読み返しているのですが・・・、

 

あそこはそんな素敵な場所だったんだ!
実際に行く前に、もっとちゃんと観光案内本を読んでおけば良かった!

近くにはこんな場所もあったんだ!
行く前にちゃんと観光案内本を読んでおけば、立ち寄ることも出来たのに!

 

などのような、旅行から帰ってきてから、あそこも行っておけば良かった!もっと内容を知っていれば、もっと楽しめたり感じ方も違ったのに!などのように後悔するケ-スが多々ありました(笑)
しかも今まで何度も繰り返してきていました(笑)
そして、さすがに今では、出来る範囲内では調べるようになりました(笑)

そして、このケ-スから、

 

人生も同じなのでは・・・?
あの世に戻ってから、あそこも行っておけば良かった・・・あれも楽しんでおけば良かった・・・

と思う位であれば、

「今、ここ」で「真実」を出来る範囲内で求め、そして、「今、ここ」で出来るだけ活用してみよう!

 

と、取るに足らないケ-スからですが、そのように思えるようになった事が、「今のお仕事」にも繋がっているように感じています(笑)

2017年8月7日 01:08

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