トップページ » 是か or 非か?・・・という人間関係

是か or 非か?・・・という人間関係

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

先日、プロ野球のセ・リ-グにおいては広島東洋カ-プが25年振りの優勝を決めました。
そして、夏の高校野球もついこの間終わったばかりと思っていたら、もうすでに、来年春の選抜出場をかけた地区予選も始まっています。
そこで、今回は野球にまつわる2つの出来事から「是か or 非か?・・・という人間関係」というテ-マでお届け致します。

 

まず、1つ目の出来事は高校野球からです。
この出来事は、巨人軍、そして、ニュ-ヨ-ク・ヤンキ-スでもプレイをした松井秀喜さんにまつわる出来事です。

 

ご存じの皆さんも多いと思われますが、当時高校生であった松井さんが甲子園に出場した時の出来事です。
松井さんは超高校級のバッタ-としてとても警戒されていました。
そこで、対戦相手の明徳義塾高校は、全打席(5打席)連続敬遠、という作戦を取りました。

敬遠というのは、相手打者とは勝負をしないということです。
しかしながら、無条件で走者を出すというリスクも同時に備わっている作戦です。

 

当時の試合内容においては、チャンスの場面に松井さんの打席が巡って来ている場面もあるので、確かに勝負をしないという決断をするのも理解出来ます。
しかしながら、リスクの少ない場面においても敬遠されたということで、当時はかなりの論争が繰り広げられました。
甲子園においてもメガホンが投げ込まれたり、帰れコ-ルが鳴り響いたりと、かなりの異様な状況でした。
この当時を振り返り、全打席敬遠を指示した監督さんは「松井に打たせると他の打者も乗ってくる・・・勝ちたいから敬遠した」とお話しています。

当時、真っ二つに割れた論争を要約すると以下の通りです。

 

「高校野球なんだから、勝利至上主義に徹し過ぎるのは良くない」
という意見と、
「敬遠はル-ル上認められているのだから、非難される筋合いのものではない」
という意見です。

野球に詳しくない方はピンとこないかもしれませんが、皆さんはどう感じるでしょうか・・・?

 

それでは、2つ目の出来事に進んでいきます。
この出来事はプロ野球のオ-ルスタ-の試合でのことです。
オ-ルスタ-というのはその年の活躍している選手がファン投票などから選出され、言わば、選ばれた選手のみが出場出来るという特別な試合です。

 

現在も大リ-グで活躍中ですが、当時、オリックスで脚光を浴びていたイチロ-選手が出場していました。
あと一人のアウトで試合終了という時、外野を守っていたイチロ-選手がピッチャ-としてマウンドに上がることになりました。
その時の打者は奇しくも1つ目の話題に出た松井さんでした。
しかし、代打を送られ、松井さんとイチロ-選手の対決は流れました。

 

実は、当時私は大学生でしたが、この試合を東京ド-ムで実際に見ていました。
現地の東京ド-ムでは、イチロ-選手がピッチャ-としてアナウンスされると大歓声が起こり、オ-ロラビジョンにイチロ-選手がマウンドに向かっていく時の満面の笑みが映し出されていました。
私の隣で見てた人が、「子どもみたいな笑顔だなぁ~」と言っていたことを覚えています。

 

イチロ-選手をピッチャ-として告げたのは、当時の仰木彬監督です。
仰木監督はファンを楽しませる野球をモット-としており、当時も色々な方法でファンを楽しませていました。
言わば、

ファンあってのプロ野球

という思いがあったことと思います。
しかし、一方の相手チ-ムの当時の監督は野村克也監督でした。
他のチ-ムの選手を預かる立場としては、本職でないピッチャ-にぶつけられてケガをさせられないとのことで、自分のチ-ムの投手を代打として送りました。

 

この出来事も当時大論争になりました。
野村克也監督は、オ-ルスタ-というのはお祭りではなく、選ばれた選手が最高峰のプロの技術をファンに対して見せるもの、という考えを持っていたそうです。
勿論悪い意味ではないですが、言わば、

プロ野球あってのファン

という思いの方が、どちらかと言えば強めだったのかもしれません。
このTOPICSでも度々出てきますが、鶏が先か?卵が先か?に似ているかもしれません。

 

ここまで、松井さんとイチロ-選手の2つの出来事を取り上げてきました。
どちらの出来事も、

 

ル-ルに則している

 

という共通点があります。
それでは、ル-ルに則しているのに、当時はなぜこれほどの大論争になったのでしょうか?
実の所、このような大論争は未だに決着がついているという性質のものではありませんし、正解というのもありません。
それが今回のテ-マ「是か or 非か?」という点です。

 

そして、このようなことは私達の日常生活においても身近な所にあることがあります。
例えば、「人を傷つけても良いか?」という点では、ほとんどの方が「非」と答えるかもしれません。

しかし、人を傷つけるというのは、身体のみに限りません。
心も傷つきます。
また、何か「物理的なもの」で傷つける場合もあれば、「言葉」で傷つけている場合もあります。
パワハラやセクハラなどは、良きにつけ悪しきにつけ相手がハラスメントと思わなければ成立しないという法的な見解もある位です。
そして、このような「是か or 非か?」という答えがないケ-スでは、人間関係に変化がもたらされる流れになっていくこともよくあります。

 

最近では芸能人などがSNSやツイッタ-などで発言したことが、様々な批判を浴びて炎上するケ-スもよく見受けられます。
この種の発言も「是か or 非か?」では割り切れない面を多分に含んでいます。
しかし、一点明確なのは、批判をしている人は、

 

匿名である

 

という点です。
そして、匿名ということは、

 

自分の発言の責任を回避している

 

ということです。
そして、責任を回避するということは、

 

誰かや何かに依存している

 

ということに繋がっていきます。
意見や考え方の違いで、誰かと疎遠になったり溝が出来たりすることも実際にはあることと思います。
相手の話を理解しようと努めてもそのようなことは起こり得ます。
しかし、大切なのは、

 

自分の思いも責任を持ってキチンと伝える

 

ということです。
責任を持ってというのは、特に何かをしたりすることではありません。
それは、

 

匿名ではなく自分自身として、なぜそう思うに至ったのかを伝える

 

ということです。
そして、その思いが後に変わったとしてもそれで良いのです。
思いが変わるに至った理由や出来事が何かしらあったことと思います。

 

今回のテ-マのようなことは、友達関係や恋愛関係においては比較的多いケ-スかもしれません。
思いや考え方の違いで相手との関係性に変化が生じそうな時は、

 

適度な距離感に変化させる時かも?
あるいは、
今まで見えていなかった相手の別の面に目を向けてみようかな?
あるいは、
相手と私との共通点はどこにあるのかな?

 

などを考慮に入れてみて下さい。
考慮に入れて考えてみても距離感が大きくなる人はいることと思います。
実際にその後は会わなくなる場合もあるかもしれません。
しかし、考えてみることで、その先の将来にまた距離感が縮まることもあれば、新たな友達や好意を持つ人と出会える可能性も生まれてきます。

 

自分の思いを伝えない、思いを封じ込めていると、相手のなすがままにコントロ-ルされてしまうケ-スもあります。
思いを伝えた後の変化を怖れず、匿名ではなく、自分自身として発言するように心に留め置いてみて下さい。
なぜなら、他の誰の言葉でもなく、

 

他ならぬあなたの言葉

 

に勇気づけられる人がきっとあなたの周りにもいらっしゃるかと思います。

2016年9月14日 05:09

«

»

TOPへ戻る

新着投稿

過去の投稿


プライバシーポリシー

当サイトのご利用規約

サイトの詳細につきましては上記のご利用規約をご確認ください。

当サイトはリンクフリーではありません。
事前の連絡と許可審査が必要です。

スマートフォン、タブレットで読み取ってください

先頭へ