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ゴ-スト・幽霊も暗示にかかる?

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

残暑が続いており、相次ぐ台風などの被害も出ておりますが、皆さんもそれぞれのお住まいの地域においてもお気をつけ下さい。
ところで先日、映画「ゴ-ストバスタ-ズ」を観に行ってきました。
この映画の初期のものは私が小学生の頃に公開されましたが、当時は今のようなCGもない中で、かなり衝撃的な映像であったと記憶しています。
また、映画は観ていなくとも、ゴ-ストバスタ-ズの音楽は一度は耳にされた方も多いと思います。

 

そこで今回のテ-マ「ゴ-スト・幽霊も暗示にかかる?」をお届けします。
なお、今回のテ-マに関しては、一般的なスピリチュアルの見解と私の想像?空想?を加味した内容ですので、特段根拠はありませんし、証明されているものでは当然ありません。
なので、単なる私が創作したフィクションの雑談のような感じで、興味のある方はお気軽に目を通してみて下さい。

そこで、このテ-マを進めるに当たり、一般的なスピリチュアルな見解としての、

 

私達は死後も魂として存続する

 

というのが大前提となります。
なぜなら、死後も魂として存続しないとなると、今回のテ-マの主人公であるゴ-スト・幽霊も脳の産み出した産物ということで話が片付けられてしまうからです。
まずは、この点をご了承の上、読み進めてみて下さい。

 

ところで、幽霊とゴ-ストという表現においては、かなりイメ-ジにおける違いが感じられるかと思います。
一般的に幽霊とは日本における存在であり、ゴ-ストとは西洋における存在と理解されているかと思います。

 

日本における幽霊という存在は、日本昔話などの怪談話に出て来るケ-スや、掛け軸やお寺にある絵などで認められるように、白装束を着て、両手が胸の前で垂れ下がっている印象だと思います。
また、登場?する時の音楽もヒュ~ドロドロのような、何か背筋を凍らせるようなイメ-ジもあるかもしれません。
言わば、白黒という印象がとても強く感じられます。
また、勝手な個人的解釈ですが、幽霊の両手が垂れ下がっているのは、幽霊とは言わば仏教における地獄に存在するような見方から、仏さんに祈る際の両手を失ったイメ-ジ・象徴として描かれているのでは?と感じています。

 

一方の西洋におけるゴ-ストの印象はどうでしょうか?
先ほどご紹介したゴ-ストバスタ-ズに出て来るゴ-ストや、東京ディズニ-ランドのアトラクションにあるホ-ンテッドマンションに登場するゴ-ストなどは、とにかく色がカラフルです。
また、ホ-ンテッドマンションなどでは中世の時代そのままに、未だに舞踏会で華やかに踊っているゴ-ストが紹介されたりしています。
そして、机の引き出しが飛び出したり、カップが宙を舞うなどのポルタ-ガイスト現象が「騒がしい霊」と表現されているように、とかくゴ-ストは派手なイメ-ジもあるかもしれません。

 

ここまで一般的な幽霊とゴ-ストのイメ-ジの違いを見てきましたが、それでは、そもそも、

なぜ、幽霊やゴ-ストは存在するのでしょうか?

ここで第1の暗示です。
その暗示とは、

 

死後も未練や執着があると幽霊やゴ-ストになる
あるいは、
死後は全てが無になる

 

という生前からの暗示です。
日本においては仏教が主流ですが、ここでは生前に悪い行いをすると地獄に落ちるなどの教訓が語られています。
勿論、これは生きている今を大切にするための教訓ですが、自分は悪いことをしたので地獄に落ちるかも?と死後に思ってしまうのもある意味当然かもしれません。
私達の中で生前に(程度の差はあれ)全く悪い行いをしなかった人など皆無でしょうし、死後すぐにこの世の未練や執着もなく飛び立っていく人もかなり少ないことでしょう。

 

仏教では49日として生前にお世話になった方々へのお礼や未練や執着を断ち切る期間が設けられていますが、この50日前後というのは、世界各国、そして、宗教や文化が違えどおおむねこの日数は共通しています。

このような暗示により、死後に未練や執着を断ち切ろうとしながらも、(あの世に時間はありませんが)何となく50日前後経たのに未だに未練や執着がある私は幽霊になるのかしら?と思ってしまうのかもしれません。

 

また、死後は全てが無になる、と思っていた人が、実は未だに生きているという自覚を持った場合も混乱をきたすかもしれません。
生前に思っていた状況と違う、あるいは、私はまだ生きている、と思って答えを探そうとして色々彷徨ってしまうのも無理からぬことかもしれません。

ここまでが幽霊やゴ-ストの存在の第1の暗示です。

 

では、日本と西洋の幽霊やゴ-ストの違いはどこから生じてくるのでしょうか?
これが第2の暗示です。

日本においては土葬にせよ現在のような火葬にせよ、棺桶や樽などに白装束を着せて葬るというのが古くからの習いです。
一方の西洋では未だに火葬を行わない所も多く、また埋葬する際にはス-ツやドレスなどの正装のように、生前にその人が好んでいた装いにしてあげるケ-スが多いと聞きます。

 

また、これも一般的なスピリチュアルにおける見解ですが、ほとんどの人は自分の葬儀に自分自身として立ち会っていると言われています。
その際に棺に入った自分の装いが白装束であるか、あるいは、ス-ツやドレスであるかの視覚的なものも影響を及ぼすことと思われます。
幽霊が一般的には白装束で登場し、ゴ-ストが色とりどりのカラフルな姿で登場するのも、この辺りの習わしという暗示の違いかもしれません。

 

ちなみに、西洋においては信仰上のものから悪魔やサタンなどの存在が人とは別の存在として描かれたりしています。
時には、この別の存在が人に憑依をして悪さをする映画なども多くありますが、日本においてはこのような人とは別の存在としては妖怪などとして馴染みのあるものかもしれません。
幸福を呼ぶ座敷童などは素敵な一例かもしれませんね。

 

では、ここまで第1の暗示、第2の暗示と見てきましたが、他にも暗示と思われるケ-スは色々あります。
それは、今まで見てきたような死後にも影響を与える暗示もあれば、今生きている私達がかかっている暗示というのもあります。

 

例えば、死後にも影響が残るケ-スとして、よく墓地や霊園で幽霊やゴ-ストを見かけるというお話があります。
これも死後はお墓で眠るもの、という暗示が影響してお墓をお家と思い込んでいるのかもしれません。
最近では、死んだ後までも旦那や姑と一緒にいたくないなどの理由で分骨などをするケ-スも多いようです。
このような思いも執着に繋がっていくのかもしれません。

 

一方では、以前に「千の風になって」という歌が流行しました。
「私のお墓の前で 泣かないで下さい そこに私はいません 眠ってなんかいません・・・」という歌い出しです。
この歌詞を誰が作詞したのかという説は色々ありますが、原詩は作者不詳とのことです。
面白いものですが、この歌を好きな人はお墓で目撃されることはないことでしょう、、、、、

 

また、今生きている私達に関する暗示として、病院では幽霊やゴ-ストの目撃談が多いというお話も耳にした方は多いかもしれません。
しかし、実際には病院において幽霊やゴ-ストはほとんど見かけないというのが実状だそうです。
勿論、何らかの理由で亡くなったことにすぐには気づかず、少しの間病院で過ごしてしまう人もいるかもしれません。
しかし、私達も病気やケガが治ればお家に帰るのと同様に、亡くなった人もすぐにお家に帰りたいという思いは一緒だと思います。
また、目撃した対象がある人の残留思念であるという見解もあります。残留思念とは、言わばエネルギ-の痕跡のようなもので、例えば私達が砂場に足を踏み入れると、しばらくの間、砂場に靴の後が残っているような感じです。

 

他には、日本人にとっては信じがたいことかもしれませんが、イギリスではゴ-ストが出るホテルやお家は人気が高く、値段も高いという風潮があります。
そのような気質のあるイギリス人にとっては、自分の死後にお家の資産価値を高める?ということでこの世に留まることを楽しんでいるケ-スもあるかもしれません!?
なぜなら、死後も個性は変わらないからです。

 

さて、色々書き連ねてきましたが、今回のテ-マはある意味、身も蓋もない内容です。
そもそも、死後は全てが無になる、というのが真相であれば、今回のお話も全く意味をなさない空虚なお話となることでしょう。
しかし、もし仮に死後も魂は存続する、とすれば、、、、、

 

未練や執着をなくすというのは、実は、この世における一部の人のための常識や、特定の人の利益を考慮した社会観などを払拭することなのかもしれません。
そして、物事の本質を捉える、ということが死後の目的の一つなのかもしれません。
真実は分かりませんが、このような目的は生きている今でもすぐに行えることのようにも思えます。
そして、今回のようなテ-マの視点においては、今まで思い込んできた人生というものの位置づけや捉え方、そして、先に旅立った方々への思いや接し方などに素敵な変化が及ぼされるかもしれません。

 

また、ゴ-ストや幽霊と聞くと、怖い、何か悪さをされるのでは?あるいは頭がおかしいのでは?などと思いがちになってしまいますが、

本当に怖いのは実は生きている側の人間では?

という視点も見失いがちになっているかもしれません、、、、、

 

今回のゴ-ストバスタ-ズの映画は、ブラックジョ-クやアメリカンジョ-ク的な会話も多いので日本人にとっては馴染みがあまりないものかもしれませんが、単純なスト-リ-ですし、映像として観てるだけでも小さいお子さんから大人まで楽しめますので、興味のある方はご覧になってみて下さい。

また、「幽霊を捕まえようとした科学者たち」(著:デボラ・ブラム 訳:鈴木恵 文藝春秋)という書籍では、医師、物理学者、数学者、哲学者、心理学者などがゴ-ストハンタ-ズとして様々な試みを行ったお話が書かれていますので、興味のある方は読んでみると面白いかもしれません。

2016年8月26日 01:08

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