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魂の年齢・・・という視点

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ここ1週間ほど、東京都知事の公金の使い方について色々問題になっています。
この種の問題は本当に際限なく続いており、また、ほぼ全てが時の経過と共にうやむやになってしまう状況と思います。
私達の多くは、智恵や工夫を活用して日常の家計を送っていますが、この手の話題を「またか!」と憤っているだけでは「もったいない」と思いますので、今回は「魂の年齢・・・という視点」なるテ-マでお伝えしていきます。

 

皆さんの身の周りには、いらっしゃるかもしれないし、いらっしゃらないかもしれませんが、

 

いい年をして、、、、、

 

という表現を耳にする、あるいは、言葉が口から出るという経験はありませんでしょうか?
通常、この「いい年をして、、、、、」の「、、、、、」の所には、

 

みっともない、恥ずかしい、分別がない・・・・・

 

などのように、非難めいた言葉が続いていくことがほとんどだと思います。

ところで、私がウォ-キングをしていた先日のことです。
比較的暑い日でしたが、前の方をご年配の方が買い物袋を手にし歩いていました。
そのまま私も歩き続けていた所、その方が道ばたに「何か」を落としたように見えました。

落とし物だと大変ですので、私はそのまま歩き続け、その「何か」を確認しました。
すると、それは飲み終えた後の「空のヤクルト」でした、、、、、

私はそのご年配の方と面識もありませんし、お名前も勿論知りません。
当然その方の一切を知らないということと同じ意味です。
暑い日差しの中、手には買い物袋を持って歩いているので喉が渇いていたのかもしれません。
しかし、、、、、

 

一事が万事

 

という表現があります。
「一事」を見れば「他の全ての事」が推察出来るという意味です。
私はそのご年配の方の一切を知りません。
もしかしたら、その方の本質は優しさに溢れている方なのかもしれません。

しかし、私も人間ですので、このご年配の方の行動には「一事が万事」という見方をしてしまうのも本音の一部でもあります。
そして、このことは先の東京都知事のケ-スにも当てはまります。

私達は誰もが聖人君子ではありませんし、そうである必要性もありません。
そして、

 

年を重ねたからといって、自然と人間的に成長する訳ではない

 

ということも当てはまります。
私自身も含めて、誰もが長所と短所を兼ね備えています。
様々な経験を通じて、長所を伸ばしたり、短所を補っていく側面も確かにあります。
しかし、このようなことも、

 

無自覚では出来ない

 

ということになります。
一方で、子どもや未成年の方でも、目覚ましい考えや行動を発揮しているケ-スも多々あります。
「この位の年齢」あるいは「年端もいかない年齢」で、よくこのような考えや行動に移せるものだ、というように感嘆するケ-スもあります。
教育や環境の影響というのもあることと思います。

 

このように、「いい年をして、、、、、」と評価されることもあれば、幼いながらも凄いと評価されるケ-スもあります。
これは、人間的な成長という意味合いでは、ただ単に年齢を重ねるということだけでは説明がつかないかもしれません。

 

もし仮に、魂は何度も生まれ変わってくると仮定すると、単に肉体的に年齢を重ねることだけが成長ではないという見方も出来るかもしれません。
幾度もの人生を通じて得意な分野や苦手な分野も表れてくることと思いますし、経験の差、あるいは成長の度合いというのも違ってくるかもしれません。

 

注意をしたり、諭すことも勿論大切なことです。
それと同時に、もし、そのようなことをしても何も変わらないケ-スの場合に、「肉体的な大人」に接するというより、「幼い魂」に接するというように、「魂の年齢」という視点を取り入れてみては如何でしょうか?

そして、今回の東京都知事のケ-スや、道ばたのポイ捨てなどのケ-スのような場合、私自身も含めて自ら気づくことが出来る一つの方法があります。
それは、

 

自分の行いを子どもにちゃんと説明出来るか?

 

という視点です。
子どもというのはご自身の子どものみならず、社会一般における子ども全般という意味合いです。
また、子どもと言えども、新社会人や新入社員の場合、あるいは転職した場合なども、その新たな環境の元では子どもに当てはまるケ-スもあります。

 

今の季節になると、新社会人も仕事に慣れてきつつあることと思います。
そのような中、「世の中はこういうものだ」「大人の社会では通用しない」などの言葉に戸惑いを覚えている方もいらっしゃるかもしれません。
また、ある意味上目線で「いつまでも学生気分が抜けていない」と一喝されるケ-スもあるかもしれません。

そのような職場における色々な状況がある中でも、今もって企業による不正も後を絶ちません、、、、、

 

勿論、注意や叱咤激励を受けた時に我が身を省みることも必要ですし大切なことです。
しかし、そのような中、自分がしていることが「子どもにちゃんと説明出来るか?」という視点も取り入れてみて下さい。

 

ご年配の方のポイ捨ては子どもに対してどのように説明出来るのでしょうか?
あるいは、東京都知事の公金の使い方を未成年の方も含めてちゃんと納得出来るように説明出来るのでしょうか?

 

東京都知事のケ-スでは、法律的には問題ないであろうとされていたり、そもそも法律に問題や抜け道があるにもかかわらず放置されているのも問題ですが、私が感じることは、法律的に、あるいは、常識的にと言うよりも、

 

「良識」としてどうなのか?

 

と感じています、、、、、
また、同時に話題に上がっているパナマ文書、いわゆるタックスヘイブン(租税回避地)の問題も同じ類いのように感じています。

 

「自らを律する」というと難しく思われるかもしれませんが、そのような際は、自分がしていることは子どもにちゃんと説明出来るか?
あるいは、誰かから意見を言われたけど妙に腑に落ちない場合などにも、その意見は子どもにちゃんと説明出来るのか?

子どもは親の背を見て育つ、ともよく言われます。
ここでの親というのは「社会」も含まれています。

そして、「魂の年齢」という視点も併せて活用してみて下さい。
振り返れば、あなた自身の「魂の年齢」も徐々に見えてくるかもしれません、、、、、

 

ちなみに、このTOPICSにおいてもクリティカル・ファキュリティ-(判断のフィルタ-)については幾度かお伝えしていますが、東京都知事の説明に納得がいかないという意見が98%とも言われています。
アンケ-トの聞き方で影響も変わるのでしょうが、様々なアンケ-トがある中で、意見が100%になることは、ほぼほぼ無いということと、出張費が高額であるか?という意見についても、答える皆さんのそれぞれのクリティカル・ファキュリテイ-(判断のフィルタ-)が少なからず関係しているということも考えてみると、何か面白い発見が出来るかもしれません、、、、、

2016年5月20日 04:05

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