トップページ » 人となり・・・・・とは?

人となり・・・・・とは?

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ここ最近は、女性タレント、そして(元)国会議員の不倫について色々騒がれていました。
また、政治家によるお粗末、あるいは幼稚(幼稚というのは子どもに対して失礼かもしれませんが)な失言も多発しています。
そこで、今回は「人となり・・・・・とは?」というテ-マで進めていきたいと思います。
なお、今さらながら不倫の是非を考える訳ではありませんし、話題の人物を裁くことでもありません。
このTOPICSをお読み頂いている皆様は、自分でキッチリと思考できる力がありますので、ご自身なりの見解を大切にして下さい。

 

そこで、「人となり」を進めていくに当たり、方程式のような図式により、ビジュアルも通して進めていきます。
その中で、「≠」という記号が出てきますが、これは「イコ-ル(=)ではない」という等号否定の意味になっています。

それでは、まず、私達の行動様式を簡単に図式化してみます。
それは、

 

「 思い 」 → 「 言葉 」 → 「 行動 」

 

というように表せるかと思います。
私達は心の中で何かを「思い」、そして、その「思い」を「言葉」を通して表現し、そして、最終的に「行動」を起こしているという意味です。
あくまで簡略化した順番ですが、実際はこれら一連の流れが一瞬にして、そして無意識で行われていることも多々あります。

このような一連の流れが総体として「人となり」となって表現されています。
つまり、

 

「 思い 」 + 「 言葉 」 + 「 行動 」 = 「 人となり 」

 

というように図式化できます。
では、今回不倫で話題になっている人物はどうでしょうか?
おそらく、

 

「 思い 」 = 「 行動 」 ≠ 「 言葉 」 → 「 人となり 」

 

となっていると思われます。
つまり、心の中で「思って」いることと「行動」は一致しています。
しかし、

 

「 言葉 」 が一致していない

 

ということになります。
平たく言えば「嘘」という表現になるでしょう。
本来であれば全てが一致して「人となり」となって表れるはずが、「言葉」が一致していないことにより、
何か違和感のような、あるいは人によっては嫌悪感が生ずることと思います。

では、失言についてはどうでしょうか?
おそらく、

 

「 思い 」 = 「 言葉 」 ≠ 「 行動 」 → 「 人となり 」

 

というように表せるかもしれません。
つまり、「思って」いることと「言葉」は一致しています。
しかし、

 

「 行動 」 が一致していない

 

ということになります。
「行動」が一致していないというのは、

 

「誤解を与えたとすれば、、、」 あるいは 「不愉快な思いをさせたとすれば、、、」

 

発言の撤回や謝罪をします、というように「条件付き」で「行動」しているということです。
この「条件付き」という所に違和感を感じているのかもしれませんし、心の中ではそのように「思って」いないなぁと判断されがちになるということです。
つまり、誤解と捉えていない人には発言の撤回も謝罪も必要ないということです。
ここでは、

 

「 人となり 」 がダブルスタンダ-ド(二重基準)

 

になっているということです。
これは周囲から見れば「本心」が分からないということに繋がってしまいます。
人の評価や判断は十人十色です。
それで構いません。

しかし、「自分」の中で「人となり」を複数産み出すということは、以前からもお伝えしているように、

 

「 分離 」 を産み出してしまう

 

ということになります。
本来望ましいのは、繰り返しですが、

 

「 思い 」 + 「 言葉 」 + 「 行動 」 = 「 人となり 」

 

です。
なぜなら、ここには「一貫性」が貫かれているからです。
皆様も何か物事がスム-ズに進んでいるなぁという経験はあることと思います。
「念ずれば通ず」などの言葉にも表せるように、「一貫性」が自分の中を「通じている」ことによって、「思い」が実現化しやすくなります。

 

「思い」「言葉」「行動」には、それぞれ「力」が備わっています。
しかし、どれか一つが別の方向に使われると、

 

「力」のハレ-ション

 

が起こってしまいます。
「ハレ-ション」とは、「強い光が当たった部分の周囲が白くぼやける」という写真の世界などでよく活用される言葉です。
つまり、本当は暗く写る所が、他の光が強すぎて、暗い所までが明るく見えてしまうということです。
これを人に置き換えると、

 

「負の側面」 までもが 「正の側面」 に写っている

 

ということになります。
「力」のハレ-ションが起こると、

 

本来の「人となり」が歪められる

 

ということです。
「人となり」を見極めるというのは確かに難しい側面もあります。
身近な人でも同様です。
ましてや、TVなどを通してしかその「行動」が伝わってこない場合などは特にその傾向が強いです。
しかし、最後に表れるのが「行動」であるならば、やはり、

 

「人となり」を見るには、「行動」を見る

 

というのが目安になるかと思います。
昔から「親の背を見て子は育つ」とも言われています。
「親」というのは血縁による関係だけでなく、「育ての親」というケ-スもあれば、「周囲の人々」あるいは「社会」も含まれています。

皆さんも「人となり」というのを考える時に、「一貫性」そして「行動」に着目してみて下さい。

 

ちなみに、この流れは「赤ちゃん」も同じです。
あえて図式化すれば、

「 思い 」 → (「 言葉 」) → 「 行動 」

というようになるかと思います。
(「言葉」)というのは、赤ちゃんは自分を表現する「言葉」をまだ身に付けていないだけです。
しかし、そこには「一貫性」は純粋に貫かれています。
そのために親や周囲の人々が、(「言葉」)の部分を推測したり、あるいは経験から補っているということです。
赤ちゃんの泣き方によってお腹が空いている、あるいはおしめを取り替えてあげるということが何となく分かるということです。
ここでは、

 

「 思い 」 = 「 行動 」

 

というように分かりやすく表現されています。
そして、なぜそれに対処出来るかというと、

 

「 思い 」 + 「 行動 」 = ボディ-ランゲ-ジ(体で表す言葉)

 

になっているからです。
日本語や他の言語が通じない場合などに身振り手振りで伝えようとすることと同じです。
ヒ-リングやセラピ-も「言葉」や「体」を通してのコミュニケ-ションとも言えます。
色々なコミュニケ-ションの取り方があるということを考えてみるのも面白いかもしれません。

 

なお、ここから先は余談ですが、

私達が心の中で「思って」いることは「言葉」で思っているのか?

という研究もあります。
私達が自分の中の「思い」を考えてみる時、「言葉」を通して考えているというように感じやすいかもしれません。
しかし、先の赤ちゃんの例においては、「言葉」が無くとも「思い」は存在しています。
いわゆる「テレパシ-」などは、私達も案外身近に感じて経験しているのかもしれませんね、、、、、

2016年2月18日 04:02

«

»

TOPへ戻る

新着投稿

過去の投稿


プライバシーポリシー

当サイトのご利用規約

サイトの詳細につきましては上記のご利用規約をご確認ください。

当サイトはリンクフリーではありません。
事前の連絡と許可審査が必要です。

スマートフォン、タブレットで読み取ってください

先頭へ