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依存症と違法薬物

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

先日、元プロ野球選手の清原和博 氏が覚醒剤所持の疑いで逮捕されるという事件が起こりました。
私も小・中学校と野球をしていたので、その頃の野球少年にとっては、清原・桑田のKKコンビというのはアイドルのような存在でしたので、今回の事件は個人的にもとても残念に思います。

 

報道などでは、覚醒剤に手を染めるように至った背景などが色々分析されていますが、今となっては清原 氏 本人も真実が見えなくなっているかと思います。
違法薬物に手を出すということは絶対行ってはなりません。
しかし、私達と無縁の世界ということでもありません。
批判や同情など様々な意見もあることでしょうが、私達が同じ轍を踏まないよう、今回は「依存症と違法薬物」というテ-マをお伝えします。

 

まず「依存症」とよく言われますが、この態様はまさに様々あります。
アルコ-ル依存、ギャンブル依存、買い物依存など様々です。

 

ところで、上記の例のように、「アルコ-ル」「ギャンブル」「買い物」は違法性を伴うものではありません(注:未成年者の飲酒や、賭博などのギャンブルは違法ですので、ここではあくまで合法と認められている範囲内のものです)。

良い仕事をしたなぁ~! と、美味しいお酒を夜に飲む方もいらっしゃるでしょう。
ちょっと時間があるからお小遣いの範囲内でパチンコでもやってみるか! と、ストレス解消も含めて行う方もいらっしゃるでしょう。
今回は家事も頑張ったので、自分へのご褒美の意味で少し高めのお化粧品を買ってみよう! と、自分へのケアの意味も込めて買う方もいらっしゃるでしょう。
自分へのご褒美という意味では、今日は少し奮発して3千円の昼食を食べよう! なども同様です。

 

これら全ては勿論違法でもありませんし、どちらかと言えば、微笑ましさすら感じる当たり前の行動のようにも思います。
そうです、これら全ては私達の誰もが日常を通して行っていることです。
では、「依存症」とこれらの行動と、どこが違うのかと言うと、それは、

 

程度の違い

 

ということです。
美味しくお酒を飲むのは良いですが、度を超して飲み過ぎて翌日遅刻をしてしまう、それも何度も、、、、、
お小遣いの範囲内と思ってパチンコをしたが、負けが続いたので、借金をしてまで負け分を取り戻そうとパチンコをし続ける、、、、、
高いお化粧品を買うのは良いですが、それから1週間の食事は家族全員パンだけ、、、、、

もうお分かりかと思いますが、

 

極端に 過度になる あるいは 過小になる

 

という所がポイントです。
過度そして過小という意味合いでは、過食症や拒食症という言葉を皆さんも聞いたことがあるかもしれません。
そして、極端に過度あるいは過小になるということは、

 

バランスが取れていない = 自分を見失いつつある

 

ということです。
そして、バランスを取るためには「自分の軸」に気づくことが必要であり、そのことにより「自分を取り戻す」ということに繋がっていきます。

そして、この「自分の軸」というのは人によって違います。
1千円の昼食がご馳走と思う人もいれば、1万円の昼食は当たり前と思う方もいるかもしれません。
ギャンブルをするために5千円のお小遣いの範囲内で行う人もいれば、お小遣いは10万円だから5万円までギャンブルを行うという方もいるかもしれません。

 

このような、どこ迄が過度になるか、あるいは過小になるかという基準が「自分の軸」ということになります。
そして、この軸は人それぞれです。
故に、「自分の軸」に「自分で気づく」必要性が出てきます。

 

また、一見すると素敵な習慣と思えるような所にも「依存症」の形は現れることもあります。
ヒプノセラピ-(催眠療法)で活用する簡単なメタファ-(物語)を簡略化して一つご紹介します。
なお、このメタファ-というのは、結論を提示するものでもなく、あるいは、ある意図の元に一定の方向に導くものではありません。
十人いれば、十人十色の考えが出て来るものですし、どのように受け取っても正解や間違いという性質のものではありません。
では、メタファ-の始まりです。

 

「 ある所に、とても綺麗好きな女性が、旦那や子どもと一緒に暮らしていました。
仕事から疲れて帰って来る旦那のために、そして、学校から帰ってくる子どものために、心地よい空間で迎えてあげようとの思いから、一生懸命お部屋を綺麗にしようとお掃除に励んでいました。

そして、掃除をして綺麗になると、自分の心もとてもスッキリすることに、ある日気づきました。
それからは、綺麗にしようと一層掃除に励み、旦那がお風呂から上がっては掃除をし、子どもがお風呂から上がっては掃除をし、
食事時は、旦那が一皿食べたら食器を洗い、子どもが一皿食べたら食器を洗い、と綺麗を維持しようと様々なことを行っていました。

しかし、どうしてもホコリが舞ってしまうことに気づき、何とかならないかと色々考えました。
そこで、ソファ-や絨毯など、ホコリが舞いそうなもの全てをビニ-ル袋で覆うようにしました。

その結果ホコリも舞うこともなく、部屋は綺麗な状態を保つことが出来るようになりました。
しかし、綺麗な状態は達成出来たが、何か心の満足感は得られませんでした。
実は、その前夜、旦那と子どもは自分たちがいると部屋が汚れるからと言って、家を出て行ってしまいました。 」

 

ところで、「依存症」と言うと、先ほどの例のように、何か物的なこととの関わりが多く見受けられますが、「人間関係」にも「依存」はあります。
誤解無きようお断りしますが、「自分に出来ないことを誰かにお願いしてやってもらう」というのは「依存」ではありません。
また、お願いされたからやってあげるというのも「優しさ」ではなく、「当たり前のこと」です。
よく、当初は善意で行っていたことが、双方において「してもらっている」「してあげている」と捉えてしまうと、双方にとって望ましい結果にならないことはよくありますし、逆に言えば「こじれる」関係性に繋がっていきかねません。
「してもらったこと」に感謝をするのも素敵なことと思いますが、必要以上に「してもらっている」「してあげている」という感情は手放す方が双方にとって良い関係を持続出来ることと思います。

 

「人間関係の依存」の多くは、「自分の人生を誰かのために捧げてしまう」という所にも見受けられます。
これも本来はとても素敵な思いから発出しています。
ご家族の看病や介護などにも当てはまることもあります。
特にご病気の場合などでは、元気になって欲しいとの思いから一生懸命にお手伝いすることもよくあります。
これは、とても素晴らしいことと思います。

 

しかし、寿命を迎え、あれもしてあげられた、これもしてあげられた、でも出来なかった、、、、、など、後に考えることもよくあることでしょう。
そして、その人が旅立った後に、その人がいなくなったことにより、自分の人生を喪失してしまったと感じてしまう、、、、、
これは、医療現場などで患者さんが旅立った後などに起こる「バ-ンアウト(燃え尽き症候群)」や、子育てを終えた後の「空の巣症候群」なども同様です。

 

それまで一生懸命にしてきたことは、患者さんでもお子さんでも必ず理解しています。
しかし、その患者さんやお子さんが自分の人生から不在になることにより、自分の生きる価値を見い出せなくなるというのは「依存」の一つの現れでもあります。
とても素敵な行いが故に、あえて厳しい言い方になりますが、相手と共に自分をも大切にするという心構えが、双方にとっての「依存」を防ぐ一つの方法となり得ることと思います。

 

これまで、各種「依存症」などを見てきましたが、これらの中には肉体的な快楽を求めてしまうといった側面も確かにありますが、
ここでの「依存症」の多くは「心」から発出されています。

 

「寂しさ」を埋めるためにお酒を飲む、あるいは衝動買いをするということもあるかもしれません。
しかし、「寂しさ」を埋めるためにお酒を飲む、あるいは衝動買いをすることが「寂しさの解消」には繋がりません。
「寂しさ」を埋めるためにお酒を飲めない人が衝動買いをすることもあるでしょうし、買い物に興味のない人は逆にお酒を飲むかもしれません。
このように、「お酒を飲む」あるいは「衝動買いをする」ということが絶対的な解決法ではないということです。
表現を換えれば、「別の手段・方法」でも寂しさを埋めることが出来るということです。
そして、何かを埋めるための方法というのも人それぞれ様々です。
そして、ここに「程度」という「自分の軸」をしっかり保つことの重要性が存在します。

 

ところで、「違法薬物」の依存ですが、これは「違法」ということのみならず、また「程度」の問題でもなく、「その人そのもの」を壊してしまいます。
例えば、私達は常に空気を必要としていますが、空気を意識することはほとんどありません。
ある特殊な環境下、煙に巻かれている、高い山の登山をする、といった時などは、空気の薄さを感じ、空気を探そうとすることはあります。

 

空気は私達が生きていくために必須のものです。
しかし、同時に追い求めたり意識をしていないことも事実です。
肉体は私達が意識しようが意識しまいが、常に空気を求め必要としています。
なぜなら、肉体は常に生きることに全力を尽くしているからです。

「違法薬物」の依存とは、

 

肉体が常に空気を欲している

 

ようなものです。
どれだけ止めようと意識していても、肉体が生きるがために「違法薬物」を欲してしまっている状況です。

 

そして、不適切な例えですが、残念ながら社会には自殺もあります。
しかし、他の道具や手段を使わず、意思のみで呼吸を止め、死に至ることは可能なのでしょうか?

確かに訓練次第で意識して呼吸の回数を減らしたりなどは可能です。
しかし、私は意思のみで呼吸を止め、死に至ることは不可能と考えます。
ある意味、意思の力を上回る肉体の生への欲求が勝っているからだと思います。

 

そして、このような肉体の歪んだ欲求の現れが、「違法薬物」による依存ということになると考えています。
故に、禁断症状では死ぬほどの苦しみ、あるいは死んだ方がマシだと思えるほどの症状となって現れてくるのだと思います。

 

「違法薬物」に手を出すに至った理由が必ずあることも事実です。
そして、「違法薬物」に頼ってまでも「これから先も生きていたい」との思いが存在することも事実であろうと考えます。
しかし、「これから先も生きていたい」との思いを実現するために「違法薬物」に手を出すということは、

 

自殺と長生きを同時に実現させようとする

 

ことのように、不可能なことです。
そして、「違法薬物」の依存症というのは、肉体が空気を求めるかのごとく、依存性がとても強いということにあると考えます。

先の「依存症」は「心」に由来する部分が大きいと思いますが、「違法薬物への依存」は「心」を通り越して「肉体」を蝕むという究極の「依存症」になってしまいます。

 

各種「依存症」でも「違法薬物の依存」であっても、そのような現状を変えていくには、自分を省みる、あるいは内観するという作業が必要になります。
自分を見つめるというのは、自分の嫌な部分を見つめるということでもあり、とても辛い作業になることもあります。
嫌な部分というのは「未熟さ・弱さ」、あるいは「不完全さ」とも言えます。

 

しかし、私達の誰もが「不完全さ」を抱いています。
「完全な人」などというのは存在しないと思います。
「依存症」の人に特別限ったことではありません。

 

そして、自分を省みる、内観するということの作業が出来るということは、その人が「心身共に生きている」ことの証でもあります。
内観とは嫌な部分、あるいは不完全な部分のみを見つめる作業ではありません。
その「不完全さ」を抱きながら、それを補うその他の「素晴らしい力・能力」が備わっていることにも目を向ける必要性があります。
なぜなら、その人が今まで心身共に生きてこれたのは、このような「補う力・能力」が無意識ながらも発出されていたからです。

 

このような「不完全さ」は「闇」と表現される場合もあります。
しかし、「光」に照らされてこそ「闇」は浮かび上がります。
「闇」を感じた時は、実は常に「光」に照らされています。
この「光」こそが、「補う力・能力」かもしれません。

 

「闇」と向き合っていくには、

 

「闇」を減らす
あるいは
「光」を強める

 

などの色々なことが考えられます。
「違法薬物」の依存から、立派に新たな人生をスタ-トさせている人々も大勢いらっしゃいます。
希望、そして可能性というのは常に存在しています。

 

今回は長いテ-マとなりましたが、私達と無縁のことではなく、そして同じ轍を踏まぬよう、
見る・聞く出来事から何かを掴み取れるよう進めてきましたが、とても大切なことと思いますので、
よろしければ皆さんも自分なりに考えてみて下さい。

 

そして、ここから先は余談ですが、清原 氏の心の中には逮捕されたくないとの思いと同時に、見つけてくれてホッとしている思いもあるように感じます。
プロ野球の世界では、ファンの声援に応えるために打ち、そして自らのために打ち、ということを上手くミックス出来ていたことと思います。

しかし引退後、プライベ-ト、プロ野球界において「自分は必要とされていない」、、、、、
そして、それが「社会からも自分は必要とされていない」、、、、、と思うに至ってしまったのではと感じます。

実際には気に掛けてくれる知人や、手を差し伸べてくれている方々もいらっしゃったと思います。
ただ、それに気づくことが出来ていなかっただけなのかもしれません。
これから先の人生の再スタ-トには困難も伴うことと思いますが、人間・社会との隔絶が一番怖い所であるかもしれません。
まずは自分のために生き、そして、それと同時に周囲の方々の見守りも含め、
「自分は必要な人間だ」と思えるように、そして、改めて生き直すことが出来るよう、正しい方向に向かって生き抜いて欲しいと思います、、、、、

2016年2月5日 05:02

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