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ヒプノセラピ-(催眠療法)における「記憶の回復」と「ウソ」

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

先日来、元大臣そして元県議の金銭にまつわる諸問題が色々と報じられていますが、その中で、
「記憶を整理・確認する」「記憶にない」などのキ-ワ-ドが盛んに報じられていました。
そこで今回は、ヒプノセラピ-(催眠療法)における「記憶の回復」と「ウソ」というテ-マで進めて行きたいと思います。

今回のTOPICSにおいては、事の真相を解明することが目的ではありませんし、何か政治的な諸問題を扱う訳ではありませんので、お気軽にお読み下さい。

 

まず、「記憶をなくす」ということが今回のテ-マの一つの出発点になります。
そこで、どのような場合に「記憶をなくす」のかを幾つか取り上げていきたいと思います。

なお、「記憶をなくす」という場合には様々なケ-スが考えられます。
そこで今回は、外傷等による脳機能の欠損、薬物の乱用による記憶障がい、多重人格、憑依などのケ-スは含めないものとしております。

 

ちなみに、憑依というケ-スは非科学的で何かオカルトめいたものと思われるかもしれません。
しかし、この憑依についても実は昔から医学的な観点から検証されているケ-スも多々あります。
その一つとして、アメリカの精神科医であるカ-ル・A・ウィックランド博士は、異常行動で医学の手に負えなくなった患者について、憑依現象という観点から30年余に渡る治療を行っていたという記録が残っています。
この記録は「迷える霊との対話」(C.A.ウイックランド 著、近藤千雄 訳:(株)ハ-ト出版)として出版されています。
かなり分厚い本ですが、内容は台本形式で書かれていますので、厚さの割には比較的読みやすい内容になっていますので、興味のある方は参考にしてみて下さい。

また、多重人格と憑依は関連して調査されているケ-スも多いですし、多重人格については様々な角度から検証もされています。
「精神生物学(サイコバイオロジ-) - 心身のコミュニケ-ションと治癒の新理論 - 」(ア-ネスト・L・ロッシ 著、伊藤はるみ 訳:(株)日本教文社)においては多重人格と催眠における検証、また、ロバ-ト・ケネディ暗殺事件の催眠における検証なども紹介されています。
興味のある方は読んでみても面白いかもしれませんが、全体としては結構難しい内容ですので、催眠に関する所だけを読んでみるという方法もお勧めします。

 

それでは、まず「単なる物忘れ」というケ-スです。
皆さんもTVなどを見ていて、知ってはいるけれど、その芸能人の名前が出てこない、などの経験はあることと思います。
ここでの「物忘れ」は、全体としては記憶にある、そして知っているけれど、その一部が思い出せないというケ-スです。

 

私もこのようなケ-スは自分でも経験します。
ひらがなの「ア行」から順に当てはめて名前を思い出すこともあれば、全く思い出せない場合も多々あります。
このような時は「五感」を活用すれば思い出せることがよくあります。

 

例えば、芸能人の名前であれば、その人の出ていた映画であったり、歌を歌っているのであれば過去の音楽番組などを、さっとイメ-ジするように思い出すという方法です。
そして、次にそれを見ていた時の自分の状況をイメ-ジ・思い出してみます。
もしかしたらその時何か飲み物を飲んでいたかもしれません。
あるいは誰かがそばにいたかもしれません。

 

なぜ、このようにその当時をイメ-ジ・思い出してみるかというと、その当時のあなたはこの芸能人の名前を覚えていたからです。
つまり、その当時のことを鮮明に思い出せれば思い出せる程、その芸能人の名前も思い出しやすくなるということです。

 

そして、イメ-ジ・思い出した後は、何か別のことや他のことに取りかかり、その芸能人の名前に関しては、頭から取り去ることです。
そうしていると、ふとした瞬間に繋がりが出来て名前を思い出すことと思います。
現実的にはスマフォやパソコンなどで調べればモヤモヤ感はすぐに解消出来るでしょうし、特段試してみる必要もないかもしれません。

 

ところで、私達の潜在意識は「全てを覚えている・記憶している」と言われています。
しかし、覚えている・記憶しているとは言え、事細かに全てを細部に渡って思い出す必要もない場合もほとんどです。

 

年齢退行療法などを行うと、このような細部の記憶違いはよく起こります。
例えば、今の悩みの種となっている、ある原因や出来事が小学校1年生の時にあったと仮定します。
催眠下では、小学校1年生の時の教室にいる場面を思い出しました。
そこでヒプノセラピストが、その教室の状況を聞き取りしていきます。
すると、教室の壁紙が緑色であったことを思い出します。
しかし、実際は教室の壁紙が緑色だったのは小学校3年生の時であり、小学校1年生の時の教室の壁紙は黄色でした。

 

このような細部についての記憶違いというのがよく起こるということは、その壁紙の記憶に原因があるのではなく、
あくまで原因となっていると思われる1年生の出来事を思い出していくための準備を潜在意識は行っているということです。
本質に辿り着きやすくするための、潜在意識からの配慮とも言えます。
認知症などの場合では別の手法などになるかと思いますが、「単なる物忘れ」の場合には試してみるのも面白いかもしれません。

 

次は、何か衝撃的な出来事(トラウマ)などにより「記憶を抑圧」しているケ-スです。
このケ-スも色々な出来事が考えられます。
虐待の場合もあれば事故の場合もあることと思います。

 

このケ-スについては、正確な報告は今もってなされていないのが現状だと思います。
自分を守るために潜在意識が記憶を封印しているということもあり得ると考えます。
逆の表現を用いれば、潜在意識は「今の自分にとって安全」であるイメ-ジしか思い出せないようにしているという側面があります。
そして、然るべき時が来れば、思い出す必要のあることは、潜在意識が思い出すように導いてくれているとも言えます。

 

このような衝撃的な出来事により「記憶が抑圧」されているケ-スでは、時間と回数を掛けていく方が良いと考えます。
また、その出来事を思い出す必要性がないというケ-スもあります。
と言うのも、このような衝撃的な出来事の中には、自分は100%悪くないというケ-スが存在するからです。
これも残虐な虐待の事件がニュ-スで報道されています。

 

物心もついていない、ましてや自分の意思を表す言葉も話せない状況での虐待は、100%虐待を行っている方が悪いです。
しかし、このような出来事から生きていくために、そして自分なりに起こった出来事を正当化しようと無意識で行っている行為があるケ-スもあります。
その起こった出来事を正当化しようとする行為で多く見られるのは、「自分が悪い」と思い込むようになることです。
「DV」などでは比較的よく見受けられるケ-スです。

 

しかし、出来事の本質は「自分が悪い」ということで正当化出来ないことは、その本人の心の奥底では理解しています。
このような自分の中での葛藤や自己矛盾が、生きづらさを産み出している場合もあります。
そして、生きていくために無かった出来事にしようと「記憶を抑圧」したり、また、別の経験として捉えようと「偽りの記憶」を産み出すこともあります。

 

どのような場合でも潜在意識はその人を守るために働いてくれていますので、「今」思い出すべきことでなければ思い出しません。
また、全ての出来事を思い出す必要性がない側面もあります。
このような場合は、前世療法などで、その出来事に関わる要因を、大きく長い時間軸の中で少しづつ把握し、そして必要であれば、今回の人生における衝撃的な出来事に最終的に取り組むという方法も考えられます。

一番大切なのは、「今、これからを、どう生きるか」です。

 

次は、「日常的に習慣的に行っていること」です。
一見すると、「記憶をなくす」ということと相反するように思えるかもしれません。
ちゃんと自覚しているからこそ、日常的に習慣的に行うことが出来ている、という見方も正しいと思います。

 

皆さんも日常的に行っている動作や行為などは必ずあることと思います。
歯を磨いたり顔を洗ったり、車を運転したりなど様々あることでしょう。
お酒を飲む方であれば、飲み過ぎて記憶はないけど、ちゃんと家には帰っているというケ-スもあるかもしれません。

 

それでは、1週間前に、どのような状況で、どのようにして歯を磨いていたかを正確に思い出せるでしょうか?
その時に、何か日常とは違う出来事が起こっていたら思い出せるかもしれません。
しかし、多くの方は、思い出せているとは思うけれど、本当に正確な記憶かどうかは分からないと思います。
もしかしたら、1週間前と3日前の歯磨きの行為が重なっている記憶かもしれません。

 

このケ-スは、自転車に乗れるようになってから、自転車に乗れる方法を正確に説明出来るか?というのと似ているように思います。
このような日常的・習慣的行為を思い出す必要性があるケ-スはあまりないと思います。
しかし、鍵をどこかに置き忘れてきた、などの場合では、朝からの行動を思い出してみたりといった経験はないでしょうか?
このような場合は、意外と日常的・習慣的行為を正確に思い出すのは難しい一面もあることを思い出して貰い、普段であればまず行かない部屋や行動を考えて、その場所を探してみて下さい。
意外な所で探し物を発見するのはよくあることです。

 

最後は「ウソ」についてです。
本人が「ウソ」をついている場合、ヒプノセラピ-(催眠療法)において、本当の記憶を呼び覚まし、真実を語らせることは出来るでしょうか?

 

結論から申しますと、真実を語らせるのは、ほとんど不可能です。
これは「全ての催眠は自己催眠である」という催眠の本質から導き出されます。
つまり、本人にとって不都合な真実などは、どのように深い催眠下でも強制的に語らせることは出来ないということです。
これは、催眠下でも意識はハッキリしていることの証にもなりますし、催眠下で個人の秘密や、マイナンバ-や銀行の暗唱番号などをセラピストに聞き出されてしまうといったことはあり得ないということになります。
(勿論、このような秘密や何かの暗証番号などを聞き出すセラピストはおりません!)

 

ただし、「ウソ」をついていると思われる場合でも、先ほどの「記憶が抑圧」されているケ-スでの「偽りの記憶」が産み出されている場合もあり得ます。この場合は本人にとっては「偽りの記憶」こそが「真の記憶」となっているため、単純に「ウソ」をついていると言い切れない場合もあります。
また、催眠下において、何か自分の中の心や思いに気づき、当初は不都合な真実なので話さないとしていたことを、やっぱり真実を話そうと思うに至ることはあるかもしれません。このような場合でも、強制的なものではなく、あくまで本人の気づきから導き出される真実ということになります。

 

色々長々と見てきましたが、今回ご紹介したケ-スが勿論全てではありません。
が、しかし、そこで先の金銭にまつわる「記憶の整理・確認をする、記憶がない」ということを、「単なる物忘れ」、トラウマなどによる「記憶の抑圧」、「日常的に習慣的に行っていること」、そして「ウソ」を、ご自身なりに当てはめて考えてみて下さい。

 

真実は、当の本人には必ず分かっているはずです。
このような「記憶にない」などの発言は、今までも常套句として使われてきましたし、残念ながらこれから先も使われていくことでしょう。
是非、自分なりに真実を見つけるために「記憶」という観点からも、色々検証してみて下さい。

2016年1月30日 04:01

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