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図書館戦争とニュ-トリノ(素粒子)

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

今回は「図書館戦争とニュ-トリノ(素粒子)」というテ-マでお伝えしていきたいと思います。
「図書館戦争」と「ニュ-トリノ(素粒子)」では、全く繋がりも脈絡もなく感じるかもしれません。
では、このテ-マから何が紡ぎ出されるのか進めて行きたいと思います。

 

「図書館戦争」については、2014年10月24日のTOPICS「小説「鹿の王」」でも少し触れていますが、
先日、TVにて特別版とサブ・スト-リ-のドラマが放映されていました。
また、来週から最新版の映画も公開されるとのことです。

 

この「図書館戦争」は「思想・言論の自由」を守るということが大きなテ-マとなっています。
権力者側にとって都合の悪い思想や言論は全て取り締まりの対象となってしまう、とても息苦しい世界が舞台となっています。

 

ところで、先日、「ニュ-トリノ(素粒子)」が質量を持つことを証明したことで、ノ-ベル物理学賞の受賞のニュ-スも流れていました。
「ニュ-トリノ(素粒子)」は私達の肉眼の目には映りませんが、私達の身の周りの至る所に溢れている物質です。
そして、この物質は1秒間に約1兆個もの数が、私達の体を透過しています。
つまり、私達が意識している、意識していないに関わらず、この目に見えない物質は、私達の体を常に貫通し続けているということです。

 

そして、今回の発見により、今現在通用していると思われている現代物理学の根本・前提の見直しを迫られる理論が証明されました。
つまり、従来の枠組みでは、もう捉えきれない現象が証明されたということです。

 

では、何がこの発見に繋がったのでしょうか?

 

それは、証明する以前に、このような現象もあり得るかも?という「発想」の転換があったことと思います。
言い換えれば、「大胆な仮説」と言えるかもしれません。
そして、この「大胆な仮説」を証明しようとして、「ス-パ-カミオカンデ」という装置が作られていきました。

 

そこで、「図書館戦争」では「思想」を守ることがキ-ワ-ドです。
今回の「ニュ-トリノ(素粒子)」では「発想」がキ-ワ-ドです。
「思想」と「発想」では違いがあるのでしょうか?

 

「思想」は「生き方」や「哲学」、場合によっては何か宗教的な感じや、オカルト的な響きを感じる方もいるかもしれません。
一方、「発想」は「アイディア」や「着眼点」といった印象を持たれるかもしれません。

 

しかし、「思想」は「想い」に「思い」を馳せることです。
そして、「発想」は同じ「想い」を「表現」することです。
思想も発想も「想い」は同じです。

 

つまり、「思想」が弾圧されるということは「発想」が弾圧されるということです。
自由な「思想」が認められるとは、自由な「発想」が認められるということです。
そして、自由な「発想」が認められているため、今回のような素晴らしい「発見」に繋がったことと思います。

 

もうお分かりかもしれませんが、「発見」とは、「想い」が目に「見える」形になった現象です。
「見える」という現象が「表現」されたということです。

 

話は変わりますが、私が行政書士の仕事をしていた時、事務所の内外でも色々な会議がありました。
その際、私個人としては、会議の場での発言に「制限を設けない」ということを心掛けていました。
つまり、どんな突拍子もない、あるいは実現不可能のように思われるアイディアでも考えでも、まずは表現して貰うということです。
実現出来るかどうかは、その次に考えれば良いことだからです。

 

会議の場などでアイディアや考えを述べて貰う際、「実現可能な」という条件や前提を付してしまうと、「実現可能な」ことすら困難な道を歩むように私には感じられます。
言い過ぎな表現ですが、このような条件や前提も「弾圧」に近いものかもしれません。

 

私が行っているカウンセリング、ヒ-リング、セラピ-においても、

 

自分は「どうなりたいのか!」

 

という点を考えて貰い、そこを目指すようにしております。
そして「どうなりたいのか!」ということを考える際には「制限」を設けないようにアドバイスをしています。

 

自由に「どうなりたいのか!」を考えても良いのですよ、とアドバイスをしても、
「私には出来ない」「そこまでにはなれない」など、自らに「制限」を設けてしまう方もいらっしゃいます。
繰り返しですが、実現させる「方法」はその次に考えれば良いのです。

 

そして、「どうなりたいのか!」が決まったら、一番のポイントは「簡単にクリア出来る目標」を設定することです。
例えば、常に憂鬱な気分に苛まれているのなら、「1日に1度だけ笑う」といった簡単な目標です。
作り笑顔でも構いません。
そして、クリア出来たら、その回数を増やして次々にクリアしていくことです。

 

そして、このような簡単な目標をクリアしていくことで、自分でも気づかないうちに「自信」が産まれていきます。
「自信」が産まれれば、ドンドン「確信」に変わっていきます。
そして、知らず知らずのうちに、「どうなりたいのか!」という「自分」に近づいていると思います。
そして、また近づいた段階で新たな「どうなりたいのか!」という前向きな自分を発見していくことと感じます。

 

今回のテ-マ「図書館戦争」と「ニュ-トリノ(素粒子)」では、「思想・発想」が大きなテ-マであり、そして「制限を設けない」という所が裏のテ-マになっています。
なお、「思想・発想」に「制限を設けない」と言っても、「差別」をしてはいけません!
「相手」が存在することも念頭に入れておいて下さい。

 

ここから先は余談ですが、私はこのTOPICSにおいては、科学的な視点・観点も出来る限り取り入れています。
私は高校時代は理数系の科目は全くの不得意でした。
高校時代の全国模試の数学においては、「2点」を取った強者(つわもの)?です。
しかも、答案用紙の自分の「名前」の箇所に〇印(2点)が付けられていました。
きっと、採点して下さった方の、お心遣いと激励の想いが込められていたと解釈しています。

 

このように理数系は不得意ですので、科学雑誌などを読んでも詳しいところはほとんど分かりません。
数式などが書かれている所は、読み飛ばしています。
しかし、全体のイメ-ジを掴めるように心掛けて読んでいます。

 

そして、このように全体のイメ-ジだけでも掴みかけていると、以前に読んだ小説の中で、自然描写の中であった素敵な表現が、実は科学的にはこのように捉えられているのかな?と感じたりすることも多くなっていきました。

 

今回の「ニュ-トリノ(素粒子)」においても、色々な本やTVを観ている中で、「ニュ-トリノ(物質)」と「反ニュ-トリノ(反物質)」が存在していることが分かりました。
そして、現在の説では、宇宙は「物質」で出来ていると考えられています。
また、「反物質」の星や人間世界があるのでは?という研究もなされているそうです。

 

「物質」と「反物質」が1:1の割合で衝突すると「対消滅」という現象が起き、「物質」も「反物質」も「消滅」してしまいます。
そして、宇宙の成り立ちは、数値は仮のものですが、「物質が1.1」、「反物質が1.0」の割合で衝突したために、「物質の1.0」と「反物質の1.0」が消滅したため、残った「物質0.1」で構成されたと考えられているそうです。
そして、残りの「物質0.1」で、宇宙、そして私達の体やその他の全ての物質が作られたという説です。

 

ここから私の素人的な発想から考えると、何かしらの体の物的な症状などは、「反物質」をある一定の割合で体内に取り込むことにより、不要な箇所は「対消滅」して症状が消え、体たる物質は本来の姿に戻れるのでは?などと考えたりしています。

 

前回のTOPICSで「nano(ナノ)」レベルのお話もしましたが、体を透過するという素粒子の性質により、近い将来の医学の大胆な発展、また、「エネルギ-」や「心・意識」などのヒ-リングやセラピ-の解明にも近づいているのかもしれません、、、、、

2015年10月9日 04:10

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