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祈り・思い

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

全般的にはお盆休みに入っている時期ですが、いかがお過ごしでしょうか。
帰省されている方、旅行に行かれてる方、お仕事の方など、それぞれのお過ごし方をしている事かと思います。

 

そこで、今回は「祈り・思い」というテ-マで進めて行きたいと思います。

8月は、「祈り」や「思い」ということを意識する事が多い季節であるかもしれません。

 

8月6日には広島へ原爆が投下され、9日には長崎へ原爆が投下されました。
8月15日は終戦記念日となっています。
「平和」への「祈り」が数多く意識される時期かもしれません。

 

そして、明日13日は「お盆」の盆入り:迎え日でもあります。
また、本日12日は日航機墜落の事故が起こった日でもあります。
「旅立たれた方々」への「思い」を馳せる時期かもしれません。

 

ところで、「祈り」というと、何か特定の宗教行事であるイメ-ジを持つ方もいらっしゃるかもしれませんし、
祈った所で何も変わらないという意見の方々もいらっしゃるかと思います。
いつも通り、色々な意見があって良いと思います。
そして、「祈り」には確固たる定義がある訳でもありません。

 

そのようなことを踏まえつつ、今回は「祈りの効果」の実験についてのお話をご紹介します。
このお話は色々な学術文献や書籍でも紹介されていますが、それぞれの紹介記事の中に類似のケ-スが混じっていたり、数字上の齟齬が見受けられるケ-スもありますので、
今回は現役の脳神経外科医である串田 剛 氏の書籍、
「シ-タヒ-リング 脳波にはたらきかけて健康になる」(版:(株)BABジャパン)から抜粋してご紹介します。

 

【 心臓病の専門医であるランドルフ・バ-ド氏が行った「祈りの効果」に関する実験で、ラリ-・ドッシイ博士の医学専門誌への報告より 】

《 この実験は、サンフランシスコ総合病院の心臓病集中病棟の患者393名の協力の元に行われました。
その方法は、アメリカ国内の様々な場所にいるキリスト教信者の集団が、指定されたグル-プの患者の一人ひとりに祈りを捧げるものです。
一方、別のグル-プの患者に対しては、誰も祈らず、そして祈りという行為を除いて、全ての患者は同じ治療を受けました。
この実験の結果、祈ってもらった患者は、祈ってもらわなかった患者よりも抗生物質や人口透析器の使用率が低くなった。

実験結果:
グル-プ(祈りあり)192名は、急速な回復および合併症や死亡の阻止抗生剤利尿剤人口呼吸器による治療を必要とする率が有意に少ない。予後も良好。
グル-プ(祈りなし)201名は、予後は祈りをしたグル-プより悪い。 》

 

実験の前提条件などの詳細は先述の医学専門誌に掲載されている模様ですが、詳細はここでは省略して紹介されています。
この実験結果については様々な意見がなされることと思います。
実験の設定条件によって結果は変わってくる。
明確に数値のみで計れる性質のものではない。
あくまで結果ありきで、それに見合うような報告がなされているに過ぎない。 などなど

 

この記事をどのように解釈するか、また、どのように受け止めるかも皆様の自由です。
信じる、信じないも同様に自由です。
また、私はキリスト教の祈りを肯定している訳でもありません。
アメリカ国内での実験であるため、主教であるキリスト教が活用されたことと思います。
日本で言えば「ご仏壇に手を合わせる」ような感じかもしれません。

 

このような「祈り・思い」とは、言い換えれば「私達の意識」そのものです。
そして、人々の意識が集合した時に、そのエネルギ-は何倍にも増大していき、様々な事象に影響を及ぼしていることは量子力学の実験では科学的に証明されています。

 

皆様も名前だけは知っている方も多いかもしれませんが、
心理学者のカ-ル・ユングは「集合無意識」という説を唱えていました。

 

この説の説明として使用されるお話に「百匹目の猿」というのがあります。
それは、集団生活を送っている猿のグル-プの中で、ある一匹の猿が芋を洗ってから食べ始めるようになりました。
すると、その芋を洗うという行為が他の猿にも伝わって、ある一定数の猿が同じように芋を洗って食べるようになりました。
ここまでは、よくある普通のお話です。

そして、ある一定数の猿が同じ行為を行うことによって、
接触することが不可能な距離も空間も遠く離れた別の猿のグル-プの中に、芋を洗う行為がその後見受けられたというお話です。
つまり、「意識」がある一定数を超えると、それは空間を超えて別の「他の意識」により認識されるようになるというお話です。

このお話の実験にも、異論・反論も多々あります。
そして、このお話も同様に、自由に受け取って下さい。

 

私の全くの個人的見解ですが、「お盆」の日でなくとも、「旅立たれた方々」は私達を見守り、必要であれば導きも行ってくれていると思います。
しかし、「お盆」という日を設けることにより、私達の「多く」の意識が「旅立たれた方々」へ向けられ、
より「思い」が届きやすくなるという側面があるのもしれません。

 

何かを信仰している方であれば、その流儀や儀式に則るのも良いでしょうし、
特に信仰しているものがなければ儀式などにこだわる必要もないと思います。

やはり大切なのは「思い」であると感じます。
皆で思い出話に花を咲かすのも良いでしょうし、一人心の中で静かに思うのも良いでしょう。
「旅立たれた方々」を気に掛けているようでしたら、
「お盆」の日を活用して「思い」を馳せ、
そして、今年の後半を健やかに送れるよう、切り替えの季節にしてみるのも良いかもしれません。

2015年8月12日 04:08

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