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「魂」の存在を信じるとお得?

こんにちは。レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

S.Light.Mにおいて行っているレイキ ヒ-リング(エネルギ-療法)及びヒプノセラピ-(催眠療法)は、

現在の所、医学的科学的観点から検証や研究が進められていますが、実際のヒ-リングやセラピ-の場面では、

現在までの科学的観点では説明出来ない現象や事例というものが存在するのも事実です。

故に、このTOPICSにおいては、気軽な意味で、多少スピリチュアルな視点からのお話も交えて紹介していきたいと思います。

(注:科学で証明出来ない現象が全てスピリチュアルな現象というものではありません)

 

今回は「魂」というワ-ドに着目して紹介しますが、スピリチュアルな内容のものではなく、

「魂」の存在について論理的な解釈をしたらどうなるだろう、という言葉遊びのようなお話をご紹介します。

 

ここに、「魂」の存在を信じている花子さんと、「魂」の存在を信じていない太郎さんがいます。

その二人が「魂」の存在を信じる信じないについて、「どちらが得をするのだろうか?」という所から始まります。

そして、以下、「魂が存在する場合」と「魂が存在しない場合」にお話は進んでいきます。

 

まず、「魂が存在しない場合」は、そもそも「魂」が存在していないので、肉体を土に還した後は、

太郎さんも花子さんも存在しないことになり、「魂が存在しない」ということすらも自覚することが出来ません。

故に、「魂が存在しない場合」には、太郎さんも花子さんも得をするどころのお話にはなりません。

得をするという「意識・自覚」すらあり得ない訳です。

 

では、「魂が存在する場合」はどうでしょう?

魂の存在を信じている花子さんの場合は、肉体を土に還した後でも、自分の意識、魂が存在している、

言わば、肉体が無いだけで自分というものが存在していることを自覚しているので、

「やっぱり魂は存在した」という「気づき」を得ることによって混乱をすることはありません。

 

一方、魂の存在を信じていない太郎さんの場合は、肉体を土に還した後でも、自分の意識が存在している、

言わば、自分は確かに存在しているという「自覚」を持ち続けています。

しかし、魂は存在しないと信じているので、「いや、自分は死んではいない」「夢を見ているだけだ」と、

現状を受け入れられず混乱します。

 

このように、言葉の論理を扱った「魂」の存在についてのお話でした。

 

魂の存在を信じるも信じないも全くの自由です。

お話の中では「得をする?」という言葉を使用しましたが、そもそも損得の問題でもありません。

また、「魂」の存在を信じるように説得や強制をする趣旨でもありません。

 

近頃ではスピリチュアルという言葉だけが一人歩きして、オカルトの類と混同されているケ-スも多いですし、

この問題は、ただ信じるか信じないかを二分しているようにも思われます。

(中には人の恐怖心を煽って、色々な商法を行っているケ-スもあるでしょうからお気をつけ下さい)

 

今回ご紹介したのは、何かに行き詰まった時、壁にぶつかった時、あるいは迷いがある時などに、

「視点」を変えて物事を見る方法もあるということをお伝えしようと思いました。

 

例えば、壁にぶつかった時には何とかその壁を乗り越えようと必死に努力をするでしょう。

しかし、その壁はあまりにも高すぎて登れないことに気づき落胆してしまいます。

このような時、人は前しか見ていません。

もしかしたら、左あるいは右に道が続いているかもしれません。

あるいは、後ろに少し戻ることによって、別の道を発見することがあるかもしれません。

また、道具を使って壁を乗り越える方法を発見するかもしれません。

道具というのは「人の支え」のこともあるでしょう。

 

物事の渦中にいる時、人は視野が狭くなりがちですが、そのような時こそ、

一呼吸落ち着けて、少し広い視野、あるいは高い視点からその物事を見つめてみることも一つの方法です。

 

 

 

2014年8月9日 04:08

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